西岡先生は回診に出かけ、話題が元に戻った。坂本は余裕の笑みで答えた。
「ユウキ先生。これじゃないですか?」
「む・・・・!SIADHか?」
「私、もう3例ほど見たんです。認定医試験用に、1例貸しましょうか?」
「・・・あ、そう。じゃ、指示出してくれる?」
「わかりました」
 なんかホントに楽しそうだな。だからどうも・・一般内科というのは・・・いっぱんというより・・・いっぺん・・しばくぞ。

 彼女の指示は丁寧に書かれていた。
「どれどれ。血中浸透圧、尿中浸透圧、尿中ナトリウム濃度。これらを2日間」
「点滴の指示はこれに変えてください。そのあとで検査に出してくださいね」
「本体は生食1リットル、それに10%NaClを1日2本。こんなに塩分多くていいの?水分少ないし」
「先生の嫌いな国試内科学にありますが・・・治療はまず、水分制限ですよ」
「あ、そ、そうだったな!でもオイ、血中ADHの測定は?」
「ああそれ、あまり意味ないと思います」
「へ?」
「むしろ正常の場合もあるので」
「あ、そ・・・」
 やっぱ内分泌オタクには、叶わない・・・。

 医局に戻って、休憩。スタイル抜群で人気の医局秘書がいた。
「あ、先生。いいところに!」
「な、なにが?」
「これまで貯まりました医局費、1万4千円!」
 スーツ姿の彼女は細い手をサッと差し出した。
「・・・金、ないんだよ。分かるでしょ?」
「でもみんな払ってます!」
「みんなはそりゃね。レジデント以外は40万以上もらってるんでしょ」
「さあそれは判りかねますが」

 またその言い方・・嫌いだな。

「伊藤は払ってるの?」
「はい。最初の就任時に1年分をまとめて」
「嫌な奴・・・」
「転勤までには必ずお願いしますね!それと未完成のサマリーも。およそ40枚」
「やっぱ部長のハンコが要るのかなあ」
「部長はもう確認なしのハンコ押しでいいと」
「よし!」
「あと先生、年度末にあります内科学会はどうされます?」
「日本内科学会?あ、それは聞きに行こうかと」
「みなさんといっしょに行かれますか?」
「部長がそう言うからね。レジデントは質問を必ず1回しろって・・・でもオーベンの結婚式とほとんど同じ日だよね」
「さあそれは判り・・」
「はいはい。で、出張費は出るんですか?」
「病院から一部出ます。出席した証明が要ります」
「前払いでちょうだいよ」
「それは無理です」
「旅費・ホテル代で・・2泊3日しても5万は要るだろう?学会そのものも金が要るし。買い物もしたい」
「さあ、それは先生が責任を持って負担されないと・・・」
「まあいいや。何とかしよう」
「すごく楽しそうですね。誰かと合流するとか・・・?例の女医さん?それとも遠距離の・・・?」
「さあ、それは・・・私では、判りかねますが!」
 
 ナニッという表情を尻目に、医局を出た。

 職員食堂に入ると・・今日も一番乗りだ。混んでないときが一番。
そしてナースらの休憩中に詰所でゆっくり過ごすのが僕のスタイルだ。

 トレイにカレーライスを載せて、窓際のテーブルに腰掛けた。
外は快晴で、目の前はビル群が立ち並ぶ。このビルの向こうは山があるはずで、海も見えるかもしれない。

「内科学会か・・・みんな集まるんだろうなあ」
 ポケットに丸めてあった雑誌の日程を破って取り出した。
「東京・・・・3日間。講演のプログラムと、発表のプログラム・・・いったい何万人来るんだ・・?」
 片方のポケットからメモ帳を取り出す。
「オーベンが入籍、結婚式は3月末に大阪のホテルで、か。バツイチなのに、よく式までやるな。しかし、かなりの出費だ。これは」
 よく見ると、日程的に無理がある。式が3/31で、学会が4/1からの3日間。
「それまでこの病院にいれるのかどうかも心配だな・・・」

 食器を返却口へ戻し、廊下へ戻った。

 詰所へ戻ったら、みんなちょうど休憩中のようだ。
カルテを確認。
 MCTDの子・・・坂本には逢わせないように回診したが。この子は結局大学病院へ戻されることになった。当院は稼働率が高いため、
しばらく置くこと自体婦長が猛反対なのだ。内服は再開できていることになっているが、真偽の程はわからない。

「明日退院か。気が重いが・・・行くか」
 嫌なことは早めに終わらせておく。

 個室をノック、入室。
「失礼します」
 誰もいない。だが荷物がかなり片付けられている。ボストンバッグが多数。知らない間に多くの花が届けられている。
「いないか・・・」
 と、個室内のトイレの流れる音がした。どうしようかと思ったが・・・待つことにした。

「あ、先生。こんな格好だけど・・・」
 彼女はジャージ姿、タオルで手を拭いていた。
「ああ、気にせずに」
「お世話になりました」
「いやあ、何もしてない」
「ひどい事とか言いましたね・・・傷ついてる?」
「え?いや全然」
「嘘。あれから先生、病室来る回数、減ったもん」
「いろいろあって・・・」
「川口先生が言ってたよ。もっと自分を正直に出したらって」
「自分を・・?」

 彼女は窓の外を眺めていた。
「先生、さようなら・・・」


<つづく>

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