< レジデンツ・フォース 14 フォースは君とともに・・・ >
2004年4月18日 連載 夜中3時、ポケベルが鳴った。
「も、もしもし・・・」
「伊藤だ」
「伊藤?今日の拘束医は俺じゃないぞ・・・」
「急患だ。AMIだ。全員集合だ」
「そうか・・・わかった・・・よ」
電話を切り、3秒だけ長いため息・・・。
「こんな時間にもう!よし、行くぞ!」
眠りかけたのは朝1時。しかしこんなのは日常茶飯事だ。果たして何歳までこの仕事が勤まるのだろうか。
自転車をこぎながら考えた。カテ年齢は40歳代までという。50歳からは眼がついていきにくいと。しかし西岡
先生のように50過ぎてもカテに命をささげる人もいる・・・・。
自分はいったい、どうなりたいんだろうか・・・。
このまま流されていいのだろうか・・・?
一生使われる身なのか・・・・?
カテ室へ。患者は既に運ばれていた。西岡先生が着替え始めていた。
「伊藤、t-PAは準備したか?」
「オッケーです!」
「同意書は?伊藤?」
「これからです!」
伊藤が横になった患者の耳元でつぶやく。
「あのですね。これは治検薬でして・・・新しい血栓溶解剤なわけです。今から投与しようと思います」
50代で働き盛りっぽい男性は苦悶状の表情だ。
「ああ、もう、何でもいいから!早くこの胸の痛み、取ってくれい!」
「それでですね。治験薬ということなので、本物でない場合もあるわけでして」
「ハア?もう何でもいいから、説明はあとにしてくれい!」
「そのですね。説明してから同意書というのを頂かないと・・」
西岡先生が患者の間近を通りかかった。
「伊藤。早くしろ!家族は来てないんだ。本人から早く同意書を!」
「は、はい!・・・あのですね。こちらにサインを。拇印でよろしいですので」
「ああ・・・!こ、これでいいだろ!」
伊藤がオッケーサインを出した。
「投与開始です!」
僕は伊藤と反対側、患者の頭右側についた。
「伊藤。治験なのか、これ」
「ああ。新しいt-PAのな。末梢静脈投与だ」
「もしこれがハズレで、血管が拡がらなければ?」
「そのときは西岡大魔神が風船で拡げてくれるさ」
「なるほど・・・」
しばらくして、血管造影の体制に入った。西岡先生の横はオーベンだ。
「加藤君よ。大学へは助手で戻るのか?」
「ええ。また貧乏ヒマなしで」
「30万くらいか?」
「大学はね。でも名義は他の病院です。そこから40万くらいでしょう」
大人の会話だ・・・。西岡先生がコロナリーを造影。
「右冠動脈の起始部に完全閉塞。もうちょっとして造影する」
患者はまだ苦悶様だ。僕は話しかけた。
「患者さん、いや、失礼。痛みは一番ひどいのが10なら、今は?」
「20はあるんちゃうんかああああ!」
「伊藤、薬が当たりかハズレか知ってるのは・・・・?」
「医者は誰も知らないよ。薬を管理してる役人に聞けよ」
「・・・・・」
モニターのSTは上がったままだ。西岡先生はまた会話を始めた。
「加藤君よ。これから子供作るんだったら、被曝せんほうがいいのでは?」
「・・・それがその・・・」
「んん?」
西岡先生が不意に足のペダルを踏んだ。うっかり部屋に入っていたオバサン看護婦が一瞬被曝した。
「うわ!」
「ああ、すまんすまん。じゃ、加藤君よ・・・・・オメデタ?」
オーベンの露出した眼がニッコリ笑った。
そうだったのか。なぜか、ショックだ・・。
「おいユウキ、輸液速度!」
「え?」
「吉本先生が横から指示しただろ!本体輸液!時間60ml/hrへ上げろ!」
「あ、ああ!時間!60ml/hr!・・・ふう」
「君が大好きな、右室梗塞っぽいよ」
「伊藤が診断したのか」
「ああ。来週はPTCAも少し手伝えるって」
「2年目でか?凄いな」
「ガイドカテの挿入だけだよ。だが、これで大学に自慢できる」
モニターのSTが、突然下がり始めた。伊藤がうなった。
「西岡先生!ST、改善してきてます!」
「そうか!じゃ、造影のじゅ・・・」
突然、波形が乱れアラーム音が鳴り始めた。西岡先生が素早く反応した。
「VTだ!そら!」
胸部殴打。しかしVTは改善しない。患者は意識不明で痙攣し始めた。
僕らは全力で押さえにかかる。西岡先生、オーベンも患者を支えるのに精一杯だ。
伊藤は患者の左側で、器具も救急カートもない側だ。
西岡先生が患者を抑えながら必死に声をかける。
「き、キシロカインを!」
患者のブンブン振り上げる手が、右側の点滴台を倒し、救急カート上の薬瓶が次々と倒され、割れていった。
「何やってんだ!キシロカイン!・・・・レジデント!頼む!レジデント!」
伊藤はパニクって患者を抑えたままだ。
どうしたら・・・?
『先生・・・君がやるんだ』
「僕が・・・?しかし・・・」
看護婦が救急カートへ走ったが、手が震えているようで何もできてない様子だ。
と、部屋の隅に、それはあった。
『あれで、やるんだ!』
「よし!伊藤!押さえてろ!」
僕はDCを引っ張ってきた。幸い充電中のままだ。
『慌てるな。君はジェームズ・ボンド君だ。クールに!』
「僕は、ボンド、ボンド・・・・」
周囲は大パニックとなっていたが、目の焦点を中心に合わせたとたん、気にならなくなった。
『台は患者のなるべく近くに!』
「なるべく、近く・・と!」
以下、スローモーションのつもりで。
両手でパッドを取り出した。西岡先生が気づき、患者に被せてる布をバサーッと剥ぎ取る。
大魔神というより、闘牛士のようだ。
充電セット、ウィーーン・・・・と電圧がみなぎる音。
オーベンがDC用の湿ったシートを2枚被せた。伊藤はモニターを外す。
あとは・・・
『右と左は間違えてないか?』
「?」
よく見ると、間違えてる。患者の体の上で交差し、持ち替えた。
「200ジュール!いきます!」
西岡先生が頷いた。
ズドンという音とともに、患者の体がエビ反りに一瞬反り返った。
一瞬辺りが沈黙し、伊藤がモニターを再装着した。みんなが一斉にモニターを見やった。
伊藤が絶叫した。
「やった!サイナスだ!STも!戻ってきてる!」
すかさず西岡先生が血管造影。
「よおし!閉塞解除!」
ウォー!と周囲が沸いた。ガラス張りの向こうの技師の人々もだ。
残りの造影も終了し、汗だくの西岡先生はマスクを下に外した。
「ユウキ先生!よくやった!」
「ええ、こちらにDCがあったもんで」
「よく落ち着いて行動した!」
よく見ると、西岡先生は泣き顔だった。
「そうだ。それを忘れるな!この経験を一生忘れないことだ!」
ストレッチャーは総勢8名で、病棟へ上げられた。先頭は僕と点滴台だ。
誰にも見られてないのをいいことに、僕はしたり顔だった。
『フォースはいつも、君とともにある・・・』
<つづく>
「も、もしもし・・・」
「伊藤だ」
「伊藤?今日の拘束医は俺じゃないぞ・・・」
「急患だ。AMIだ。全員集合だ」
「そうか・・・わかった・・・よ」
電話を切り、3秒だけ長いため息・・・。
「こんな時間にもう!よし、行くぞ!」
眠りかけたのは朝1時。しかしこんなのは日常茶飯事だ。果たして何歳までこの仕事が勤まるのだろうか。
自転車をこぎながら考えた。カテ年齢は40歳代までという。50歳からは眼がついていきにくいと。しかし西岡
先生のように50過ぎてもカテに命をささげる人もいる・・・・。
自分はいったい、どうなりたいんだろうか・・・。
このまま流されていいのだろうか・・・?
一生使われる身なのか・・・・?
カテ室へ。患者は既に運ばれていた。西岡先生が着替え始めていた。
「伊藤、t-PAは準備したか?」
「オッケーです!」
「同意書は?伊藤?」
「これからです!」
伊藤が横になった患者の耳元でつぶやく。
「あのですね。これは治検薬でして・・・新しい血栓溶解剤なわけです。今から投与しようと思います」
50代で働き盛りっぽい男性は苦悶状の表情だ。
「ああ、もう、何でもいいから!早くこの胸の痛み、取ってくれい!」
「それでですね。治験薬ということなので、本物でない場合もあるわけでして」
「ハア?もう何でもいいから、説明はあとにしてくれい!」
「そのですね。説明してから同意書というのを頂かないと・・」
西岡先生が患者の間近を通りかかった。
「伊藤。早くしろ!家族は来てないんだ。本人から早く同意書を!」
「は、はい!・・・あのですね。こちらにサインを。拇印でよろしいですので」
「ああ・・・!こ、これでいいだろ!」
伊藤がオッケーサインを出した。
「投与開始です!」
僕は伊藤と反対側、患者の頭右側についた。
「伊藤。治験なのか、これ」
「ああ。新しいt-PAのな。末梢静脈投与だ」
「もしこれがハズレで、血管が拡がらなければ?」
「そのときは西岡大魔神が風船で拡げてくれるさ」
「なるほど・・・」
しばらくして、血管造影の体制に入った。西岡先生の横はオーベンだ。
「加藤君よ。大学へは助手で戻るのか?」
「ええ。また貧乏ヒマなしで」
「30万くらいか?」
「大学はね。でも名義は他の病院です。そこから40万くらいでしょう」
大人の会話だ・・・。西岡先生がコロナリーを造影。
「右冠動脈の起始部に完全閉塞。もうちょっとして造影する」
患者はまだ苦悶様だ。僕は話しかけた。
「患者さん、いや、失礼。痛みは一番ひどいのが10なら、今は?」
「20はあるんちゃうんかああああ!」
「伊藤、薬が当たりかハズレか知ってるのは・・・・?」
「医者は誰も知らないよ。薬を管理してる役人に聞けよ」
「・・・・・」
モニターのSTは上がったままだ。西岡先生はまた会話を始めた。
「加藤君よ。これから子供作るんだったら、被曝せんほうがいいのでは?」
「・・・それがその・・・」
「んん?」
西岡先生が不意に足のペダルを踏んだ。うっかり部屋に入っていたオバサン看護婦が一瞬被曝した。
「うわ!」
「ああ、すまんすまん。じゃ、加藤君よ・・・・・オメデタ?」
オーベンの露出した眼がニッコリ笑った。
そうだったのか。なぜか、ショックだ・・。
「おいユウキ、輸液速度!」
「え?」
「吉本先生が横から指示しただろ!本体輸液!時間60ml/hrへ上げろ!」
「あ、ああ!時間!60ml/hr!・・・ふう」
「君が大好きな、右室梗塞っぽいよ」
「伊藤が診断したのか」
「ああ。来週はPTCAも少し手伝えるって」
「2年目でか?凄いな」
「ガイドカテの挿入だけだよ。だが、これで大学に自慢できる」
モニターのSTが、突然下がり始めた。伊藤がうなった。
「西岡先生!ST、改善してきてます!」
「そうか!じゃ、造影のじゅ・・・」
突然、波形が乱れアラーム音が鳴り始めた。西岡先生が素早く反応した。
「VTだ!そら!」
胸部殴打。しかしVTは改善しない。患者は意識不明で痙攣し始めた。
僕らは全力で押さえにかかる。西岡先生、オーベンも患者を支えるのに精一杯だ。
伊藤は患者の左側で、器具も救急カートもない側だ。
西岡先生が患者を抑えながら必死に声をかける。
「き、キシロカインを!」
患者のブンブン振り上げる手が、右側の点滴台を倒し、救急カート上の薬瓶が次々と倒され、割れていった。
「何やってんだ!キシロカイン!・・・・レジデント!頼む!レジデント!」
伊藤はパニクって患者を抑えたままだ。
どうしたら・・・?
『先生・・・君がやるんだ』
「僕が・・・?しかし・・・」
看護婦が救急カートへ走ったが、手が震えているようで何もできてない様子だ。
と、部屋の隅に、それはあった。
『あれで、やるんだ!』
「よし!伊藤!押さえてろ!」
僕はDCを引っ張ってきた。幸い充電中のままだ。
『慌てるな。君はジェームズ・ボンド君だ。クールに!』
「僕は、ボンド、ボンド・・・・」
周囲は大パニックとなっていたが、目の焦点を中心に合わせたとたん、気にならなくなった。
『台は患者のなるべく近くに!』
「なるべく、近く・・と!」
以下、スローモーションのつもりで。
両手でパッドを取り出した。西岡先生が気づき、患者に被せてる布をバサーッと剥ぎ取る。
大魔神というより、闘牛士のようだ。
充電セット、ウィーーン・・・・と電圧がみなぎる音。
オーベンがDC用の湿ったシートを2枚被せた。伊藤はモニターを外す。
あとは・・・
『右と左は間違えてないか?』
「?」
よく見ると、間違えてる。患者の体の上で交差し、持ち替えた。
「200ジュール!いきます!」
西岡先生が頷いた。
ズドンという音とともに、患者の体がエビ反りに一瞬反り返った。
一瞬辺りが沈黙し、伊藤がモニターを再装着した。みんなが一斉にモニターを見やった。
伊藤が絶叫した。
「やった!サイナスだ!STも!戻ってきてる!」
すかさず西岡先生が血管造影。
「よおし!閉塞解除!」
ウォー!と周囲が沸いた。ガラス張りの向こうの技師の人々もだ。
残りの造影も終了し、汗だくの西岡先生はマスクを下に外した。
「ユウキ先生!よくやった!」
「ええ、こちらにDCがあったもんで」
「よく落ち着いて行動した!」
よく見ると、西岡先生は泣き顔だった。
「そうだ。それを忘れるな!この経験を一生忘れないことだ!」
ストレッチャーは総勢8名で、病棟へ上げられた。先頭は僕と点滴台だ。
誰にも見られてないのをいいことに、僕はしたり顔だった。
『フォースはいつも、君とともにある・・・』
<つづく>
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