次の日午前中の外来業務・・検査の手伝いを終えて、荷物出しを横から見守った。
事は順調に運び、部屋はあっという間に空っぽになった。
「1年か・・・・短かったな・・・」

 引き続き、不動産屋へ向った。敷金がいくら返ってくるか。部屋もほとんど傷がないし、けっこう戻ってくるんじゃないか。
「ハイハイ、お引越しされましたね。鍵ね、はいどうも」
「急ぎます・・・部屋まで一緒に」
「ハイハイ」

 明るく威勢のいい兄ちゃんと一緒にアパートに戻った。
「フムフム・・・・傷も特にないしぃ・・・」
「ないと思います。敷金が帰ってきたら引越し代の一部にしようと」
「フフンのフン・・・」
 天井を見回し、にいちゃんは軽くため息をついた。
「お客様のおっしゃいますとおり、弁償の対象となるような傷はございませんね・・・ただし」
「た、ただし?」
「その壁のクロス。引越し時はお客様負担の張替えとなっておりまして」
「?」
「1枚が1万なので・・・合計8万円です。それと、その他もろもろ総合的に見積もりますと・・・・合計13万円になります」
「し、敷金が12万でしょ?これじゃ、逆に・・・」
「そおですねえ、逆に1万円払っていただかないと・・・」

 この頃から、不動産の印象は悪い。

午後は車を医局前に移し、医局の荷物をまとめにかかった。またしても読んでない本が山ほどある。
それを大切に箱に詰めてしまう哀しさ。
 車の中は箱や本で一杯になってしまった。

 急いで新天地へ出発。車はいつもの勢いがない。本がそれだけ重たいということなのだろうか・・・。

 医師官舎。ツーバイフォーといえば聞こえはいいが、築30年以上は経ってそう。黒ずんだというか灰色の建物だ。
間取り的には3LDKはあり、家賃は月2万円と破格。家族への配慮がなされている。4月からここで1人暮らしだ。
病院は目と鼻の先。病院を抜けると海岸があり、砂浜が左右に拡がる。潮風が砂とともに吹き付けている。
 その病院は・・・前回勤務した病院ほどマンモスではないが、最近改装されたせいかキレイで、すごく近代的だ。

「この前見たような景色だ・・・」

 結婚式出席のためわざわざ購入したスーツ。お金を2万円ほどつつむ。貯金など全くない状態だ。
タクシーで、とりあえずJRの駅まで行こうとした。すると・・携帯が鳴り始めた。誰だ?ひょっとして・・・
あいつらか?学会が終わるまでは、電話は出ないようにしよう。
 しばらくするとまた鳴り始める。
「うっとうしいな!」
 電源を切った。しばらくして留守電を聞いた。
「・・・川口です。元気?」
「おおっ!」
 携帯を右耳に密着させ、僕は天を仰いだ。
「・・・今日の夕方の新幹線で行きます。医局員の1名分が都合で空いたので、よかったら・・・。2人で行くことになるけど、いいかな・・・」
「なに!2人!それイイ!」
 官舎のベランダからどこかの奥さんと思われる人が覗いている。僕は背を向けてゆっくりと歩き始めた。
「・・・では、新大阪駅に6時頃。早めに着いて待ってるね。無理なら、大学へ夕方4時までに電話を。わたし携帯持ってないので」
「よし!よし!」

 梅田発、寝台特急の券が払い戻しにならなくとも・・・!

式場は豪華絢爛なホテルの教会で用意されていた。ただし教会は身内のみで、僕らは披露宴からの参加となった。
丸テーブルが20くらい。1テーブル10人くらいいるんじゃないか・・・?カメラマンが2名。僕は中間よりやや後ろ。その前は
みんなドクターだ。司会のおきまりの挨拶が終わった。
「それでは入場です!」
ステージにモクモクと煙が上がった。すると・・・はるか上方からゴンドラのようなものがゆっくりと降りてきた。派手な音楽が鳴り響く。
そのゴンドラの中に現れた、オーベン、白装束。横に須藤さん。金のドレス。肩は丸出しで胸まで・・見えそう。
照明は激しく点灯し、爆発音みたいにも聞こえる。

ようやく落ち着いたようだ。

同じ丸テーブルの僕の右横には「伊藤」の字があるが・・彼は来てない。1つ向こうの主任ナースが話しかけてきた。
「大変ですねえ。伊藤先生も」
「え?」
「今日はムンテラがあって来られないと」
「ムンテラ?あいつも、もう明日から転勤でしょ?」
「ホラ、例の心カテの事件」
「事件?合併症なのに」
「家族が医療関係の人でね。これからかなりもめるんだって」
「・・・そうか、そういや吉本先生も来てないな」
「訴訟にするとか言ってたわ、その患者さん」
「・・・で、君は・・・?」
「?」
「そのとき、なんて言ったんだよ?」
 ナースは固まった。

左の松本部長・・一般内科の部長が話しかけてきた。すでに酔っ払っている。
「まあまあ、飲みなさいな!嫌なことも全部忘れて!」
「あ、ありがとうございます」
「あそこにいるだろ、前の・・・白髪の!あれね、彼の医局の教授」
「教授・・仲人なんですね」
「わしも仲人したいなあ」
「え?」
「仲人はいいよ。ヘッヘ。教授なんかさ・・」
「何か・・・あるんでしょうか」
「大学の医局員の結婚式で仲人っつうたらアンタ、教授しかおりませんがな」
「え?じゃあ・・式の日取りもそれで?」
「当たり前よ。教授の都合に合わせないと・・・アンタ結婚は?」
「まだです」
「金、貯めとめよ。医局にもよるが、仲人への相場っちゅうもんがあるからなあ。はい、グイっと!」
「ウプ・・・・どれくらいで?」
「100万が普通の相場だろ」
「ええっ?」
「伝統のあるとことかは300万とかね。医局員に聞いてみなよ。ヘッヘ」
「そんな金・・・」
「教授っちゅうのはアンタ、給料少ないんだよ。今のアンタの2−3倍だ、せいぜい」
「はあ・・」
「だからこういう舞台で儲けるんだ。あとお中元、お歳暮ね」

 この人、飲んだら面白い人だったんだな。救急のときは印象悪かったけど。
嫌な奴はいても、悪い奴はいないんだな、きっと・・・。

 タキシードの兄ちゃんがやってきた。
「ユウキ先生でございますか。歌のほうですが・・」
「え?もう?」
「申し訳ありません。ガッツ出せ、のほうはまだ入荷しておりませんで・・」
 タイトル違うよ。
「あの、ガッツだぜ、なんですが?」
「ガッザーゼ?」
「違う!ガッツだぜ!」

 周囲が部分的に静まり返った。

「申し訳ありません。このような曲しか・・・」
「こんだけ?てんとう虫のサンバ、娘よ・・・いつの歌だ?これ?あ、でも冬のファンタジー・・・」
「どれになさいますか・・・」
「しょうがない!これ!」
「かしこまりました」

 みんな上座のほうへ1人ずつ歩いている。僕も行かないと。
「松本先生、ちょっと行って来ます」
「わしも行く!」
 タコのように赤くなった部長と僕は、列の後ろに並んだ。
「ユウキ先生。佐々木君がえらく君を褒めてたな」
「佐々木先生が?」
「救急で2回ほどいっしょになったんだってな」
「いや、それほどじゃあ」
「いやいや、能力的にという意味ではない。その手段を選ばないところがいいらしい」
「?」
「まあ適当にウソついて小児科医呼んだりとか問題にはなったが。すべて患者のためやったことだ」
「そのつもりなんですが」
「だが大学の支配下にこれからもいるのならな、流れには逆らわんほうがいい」
「流されろ、と?」
「そこまでは言わんよ。だがあまり目立ってもいけない」
「・・・・」
「なんか見てると心配でなあ。君が。いったん病院も休んだってな」
「体調がちょっと・・」
「ま、気持ちは分かるがな」

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索