やっと僕らの順番だ。オーベンは貴公子といった感じだ。
「先生、おめでとうございます!」
「おう!ああ!松本先生!学会の前なのに・・・」
「いやあ、わしは学会は行かんから・・」
 須藤さんは・・美しい。それで十分だった。彼女はニコッと大人っぽく微笑んだ。
「センセ。頑張ってね」
「オーベンの字のこと。しゃべったね?へへ」
「フフ。象形文字は笑えたわ」
「看護婦は辞めたんだね」
「うん。主婦業に専念する」
 子供も生まれるもんね・・・。
「でもなあ、須藤さん、いや、加藤さん。これ以上は言わないで・・・頼む」
「言わないで・・これ以上?」
「そう。これ以上!ハハ・・じゃ!」

 司会が入ってきた。
「それでは歌のほうを。ユウキ先生」
 と、トップバッターかよ?聞いてた順番と違う。
「それではどうぞ。『君がいるだけで』」

 音楽が始まった。歌詞は・・目の前だ。よかった。
「たっとえばぁー、きみがいるだーっけで・・・」
 目から火が出るほど恥ずかしいとはこのことだ。
しかし会場は全く関心ない様子だ。それにしても・・医者ばかりだ。

ここは結婚式会場というよりも・・・学会会場だ。
みんな家族でなく教授への挨拶に力が入ってるようだ。

「ララララーラララ・・・あれ?」
 音楽がいきなりフェードアウトした。画面でも歌詞がでなくなっている。
今の「あれ?」もカメラに収まったんだろうか、と考えながら退散した。
腕時計を見ると・・夕方の4時だ。川口は大学をもう出るのだろう。
彼女と合流したい僕は、大学へ連絡せぬまま、劇的な再会を期待することにした。

それにしても・・・梅田が会場でよかったな・・。

「新大阪駅に、6時、6時・・・!」

 会場はそろそろお開きの雰囲気だった。
佐々木先生が歩いている。オーベンのところへ向っていった。
「あ、佐々木先生・・」
「おう、歌、うまかったぞ」
「先生もご出席で?」
「オマエも来いよ!」
「さきほど挨拶してき・・」
「来いって!」
 彼も完全に酔っ払っていた。

 再びオーベンのもとへ。須藤さんは看護婦連中と写真撮影会だ。

「加藤!」
「佐々木!」
「オマエんとこのコベン連れてきたぞ!ま、コイツはこれからかな!」
「お前が手ほどきしてくれたんだろ?救急は」
「でもオマエ、オーベンだろ!もうちょっと厳しくあたらんと!」
「教えることは教えたよな、なあユウキ君!」
「ヒック・・・ちゃあんと教えておいたからな。DICにはアドナはいいけどトランサミンは・・」
「おいおい!心不全にメイロン1本250ml全部入れやがったのは・・・?ナトリウムどんだけ入ったことか!」
「ヒック・・それくらい!」
「ユウキ君はナトリウムにうるさいんだぞ!なあ!」
 
 僕は笑いが止まらなかった・・・。

披露宴は終了。万歳三唱で締めくくった。佐々木先生が握手を求めてきた。
「内科学会か、これから」
「ええ」
「新幹線だろ」
「はい。このあと大阪駅からJRで」
「もうちょっと行こうや、なあ!」
「喫茶店ぐらいなら・・」
「オマエがこの前言ってた店・・・・行きつけのほら・・・ババアのいる・・・ピエロかペテンかってとこ」
「ああ、ありますね」
「オマエがいいって言うからこの前行ったけど・・・なんか店閉めるような雰囲気だったぞ」
「閉める?」
「メニューもさっぱしでな。だから帰った」
「・・・・・」
「どうしたんだ?」

 ビルの外で、店に電話した。が、つながらない。
「本当に閉めたのかな・・・」
 まだ少し時間がある。僕は徒歩でそこまで歩いた。
店は・・・やはりまだ営業時間に入ってないようだ。
しかし・・・ドアは半開きだ。

「し、失礼します・・・」

 奥のほうでドン、ドン、といった音が聞こえている。店の中はテーブルが1つもない。壁に貼ってあった
ポスター・絵も全てなくなっている。
 ドン、という音が止み・・・向こうからオバちゃんは出てきた。顔はいつもの白塗りようでなく・・・ふつうの
老人、というか老婆だった。険しい表情だ。

「何」
「結婚式があってね。で、寄ってみた」
「何」
「店、今は・・やってないの?」
「もうやってないよ。見りゃわかるだろうが」
 オバちゃん・・老婆はタバコをスッと取り出し、つけた。
「春になったら花見がてら、お客を連れてこようかと・・」
「ああいいよ・・・・でもアンタ、いつもと同じだね」
「?」
「言い訳ばっかりだよ」
「・・・・・」
「口先ばっかりだしね、いつも」
「・・・悪かったな」
 険悪な雰囲気になってきた。
「なんか教えて欲しいことでもあるの?そうだろ?」
「・・・これから学会に行くんだが。川口もね」
「ああ?お嬢ちゃんね?はいはい。男がいるかって?」
「いや、そこまでは・・・でもオバちゃんはいろいろ知ってるだろ」
「ハン!あんたにはもったいない、よく出来た子だ。マジで。教えたろか?」
「あ、ああ」
「じゃ、これ!」
 老婆はトントントン、とカウンターを手で叩いている。
「・・・金?」
「善意で人助けして金もらってんだろ。あたしの善意も買い取ってよ」
「・・・こんだけしかないけど」
「・・・こんだけって・・・ま、これでいいわ」
 老婆は僕の財布から3万抜き取った。
「なんだったら・・・・するかい?」
「な、何をだよ?」
「ハッハハ・・・冗談だよ。じゃ、教えるよ。あんたのオーベンだよ」
「え?・・・・どの?」
「あんたを心配してたって、ヒント言っただろが!」
「く、窪田先生・・・?」
「そ、カマっぽい先生。アイツ、あんたの前では彼女に冷たくしてただろ?」
「そ、そういえば・・」
「その頃にはスタートしてたみたいだね」
「・・・・・」
「みんな知ってんだよ。知らないのは、あんただけ」
「・・・・そっか」
「女は待たされたら生きていけないんだよ。じゃ、もう勝手に帰りな!」

 店から追い出されるように、僕は商店街に躍り出た。


 今夕方5時すぎ。本来ならそろそろJRで新大阪へ向わないといけない。
そうか。彼女の横の席は、窪田先生の席だったのか・・・。で、僕が?
だとすると、これは屈辱だ。侮辱だ。

 しかしそれとは反対に、駅まで駆け出してる僕がいる。
コートに入れてた携帯をみると・・何度か電話があったようだ。着信元はもちろん不明。
ズボンに差し込んだ。

 正気でない僕は、みどりの窓口へ向った。
「これ、寝台の券。一部だけでも払い戻しを・・・!」
 お金をつかんで、時刻パネルを確認しようとした。

 ズボンの携帯がブーブー鳴ってる。彼女か?
「も、もしもし!」
「梅田か?今!乗ったか?」
僕は反射的に答えてしまった。
「いや!これから!・・・・誰?」
「ちょうどいいな」
 電話はプツンと切れた。
「もしもし・・・!」
 それきり電話がかからない。一体誰が・・・。


<つづく>

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