< レジデンツ・フォース 21 日本内科学会 エピソード 2 >
2004年4月25日 連載人だかりは徐々に散らばり始めた。ポスターセッションはこのブロックに関しては終了のようだ。
司会が汗を抑えながら礼をしている。
「えー今日はみなさん大変お忙しいところをどうも、ありがとうございました!」
一同は解散した。
僕はグッチの後ろから歩み寄った。
「やあ、お疲れさん」
グッチはゆっくり振り向いた。
「・・・来てたね」
目まいがしそうだった。
自ずと僕らは渡り廊下を歩き始めた。
「昨日は来れなかったのね。新大阪駅」
なんか知らない間に、女らしい雰囲気になっている?
「でも連絡は欲しかったな」
「で・・・これからどうするの?」
「約束してる友達がいてね。いっしょに泊まることになってるし」
「友達・・」
「あ、よその大学の子でね、そ、それで」
「そっか・・で、2泊するの?」
「あ、明日帰る」
「大学の用事?」
「院生でもいろいろやることがあってね。雑用雑用!」
彼女は目をそらし始めた。
僕には全てが、なんとなく分かっていた。
しかし、すぐに他の考えが頭をよぎった。
「まてよ!」
ダン!と踏みとどまる。
「どうしたの?」
「学会、もう終わるね?」
「え、ええ。一折終わる時間ね」
「まずい・・」
「え?私?何かした?」
「ロビー入り口・・・奴らが」
「奴ら?」
「奴らが待ってる」
学会会場で充電した携帯はまだ鳴ってはいない。しかし鳴っても出るつもりはない。
長い廊下の向こうからロビー入り口を見たが、人があふれかえっている。
これじゃ出た間際に見つかる可能性がある。
僕は本の購買のところへ行って、いろいろ物色するフリをしていた。
「何、買うの?ああ、今日の循環器の治療指針・・あたしこれ、おすすめ!」
「・・・・・」
僕は本は眼中になく、ひたすらロビーに行きかう客を眺めていた。
「あと腹部エコーのABC、もバイブルよね。腹部エコーはできる?」
「・・・・・いや。知らん」
「でも腹部エコーは見落とし怖いよねー。心エコーならそういう心配ないでしょ」
「・・・左房粘液腫と、心膜腫瘍・・・」
「そ、そうね。心臓でも腫瘍あるよね」
僕らの会話はぎこちないままだった。
「あ!」
「何?」
「あれだ・・・シッ!」
例の4人・・・とネズミがロビーのど真ん中にやってきた。笑顔で何やら下品にしゃべっている。
「あれ、畑先生じゃないの?大学を出て・・」
「今はどこに?」
「山城先生の病院よ」
「そうだったのか。しかしあれじゃ奴隷だよ」
「畑先生は論文が全くできなくてね。院生だったんだけどマシなデータがでなくて。それで助教授が他の
病院の先生に頼んだの」
「それが山城先生だったのか」
「あの先生は発表とかドンドンしてるしね。院生で泣きついてる人が多いの」
「汚いよ、それ。結局他の先生に論文書いてもらって、学位取るなんて」
一瞬、彼女の顔が曇った。しまったと思ったが・・遅かった。
「・・・でも大学には貢献したでしょ。その見返りよ」
「そんなんで学位取れるんだったら、僕だって・・・」
「あたしが他の先生からデータもらったって知ってて、そんなこと言ってるの?」
「・・・え・・・」
「あたしは違うわ。ちゃんと松田先生の実験も手伝ってたし。だから引継ぎのような形で頂いたの」
「ああ。何もヘンな解釈など・・」
「自然な成り行きでしょ?私は汚い手なんか使ってない」
「そ、そりゃあ」
「でも皆ひどいわよ。陰でコソコソ。私だけぬけがけしたとか」
「それは・・ひどいな」
「結局理解してくれたのは・・・」
その後の言葉はなかった。
「グッチ、悩んでたんだね・・・」
グッチはうつむいて、あてもなく本を探すふりばかりだ。
「あたし、これ買う。異常値の出るメカニズム、病態で学ぶ呼吸・循環・消化器学。呼吸管理トレーニング・・・」
「そ、そんなに?」
「アイツは論文だけだって、言われたくないの」
「臨床の勉強を?」
「実験だけの院生終わって、民間病院でバカにされる医者は多いの。だから勉強しとく!」
「そ、そうか・・」
それにしても僕の周囲の人はみんな頑固だ。しかも心に余裕がないというか・・。
「あれ、山城先生じゃない?先生はこれからお世話になるんでしょ」
「せ、先生って・・やめてくれよ、そんな言い方」
「挨拶してきたら?」
「それはもうした。今日はもう捕まりたくないんだよ」
「待ち伏せしてるわよ」
「だから、どうしようかと・・」
「もうお開きみたいだし」
書籍コーナーもしまい始めた。
「くそっ、このまま新宿まで・・」
「行ったらいいじゃない。かわいいお姉さんたちがお相手してくれるんでしょ?」
「いやだ。君と行くなら別だが・・」とは言えなかった。
「・・・わかった。あたしがまいてあげる」
「まいて・・・って?」
「あたしが彼らのとこ行って、その間に先生は逃げればいいでしょ」
「え、ああ、うう・・・」
「それともあそこで捕まって、新宿まで行く?」
どちらもイヤなんだ。君がいてこそ、なのに・・・。
しかし自分への防衛本能が上回った。
「・・・・じゃあ、その・・・お願いしようか」
「わかった。MCTDの子の借りがこれで返せるかな」
「?ああ、その件・・・」
「心配して病院に来てくれたのね、ありがとう・・・」
一瞬、唯一見せてくれた笑顔だった。
「じゃあね」
引き止める隙もなく、彼女はゆっくりと向こうへ歩み寄っていった・・・。
僕は書籍の横に隠れた。
彼らは一瞬盛り上がり、数分会話が続いていた。すると彼女は畑先生の
手を引っ張り、本会場へと進んでいった。こちらの目の前を通ったが・・・
なんとか見つからずにすんだようだ。
そして、どう見ても怪しい足取りで、僕は逃げるように出口を出た。
タクシーの中で、後ろを何度も何度も振り向いたが、何も見えるはずがない。
僕の学会1日目は「がっかり」で終わった・・・。
<つづく>
司会が汗を抑えながら礼をしている。
「えー今日はみなさん大変お忙しいところをどうも、ありがとうございました!」
一同は解散した。
僕はグッチの後ろから歩み寄った。
「やあ、お疲れさん」
グッチはゆっくり振り向いた。
「・・・来てたね」
目まいがしそうだった。
自ずと僕らは渡り廊下を歩き始めた。
「昨日は来れなかったのね。新大阪駅」
なんか知らない間に、女らしい雰囲気になっている?
「でも連絡は欲しかったな」
「で・・・これからどうするの?」
「約束してる友達がいてね。いっしょに泊まることになってるし」
「友達・・」
「あ、よその大学の子でね、そ、それで」
「そっか・・で、2泊するの?」
「あ、明日帰る」
「大学の用事?」
「院生でもいろいろやることがあってね。雑用雑用!」
彼女は目をそらし始めた。
僕には全てが、なんとなく分かっていた。
しかし、すぐに他の考えが頭をよぎった。
「まてよ!」
ダン!と踏みとどまる。
「どうしたの?」
「学会、もう終わるね?」
「え、ええ。一折終わる時間ね」
「まずい・・」
「え?私?何かした?」
「ロビー入り口・・・奴らが」
「奴ら?」
「奴らが待ってる」
学会会場で充電した携帯はまだ鳴ってはいない。しかし鳴っても出るつもりはない。
長い廊下の向こうからロビー入り口を見たが、人があふれかえっている。
これじゃ出た間際に見つかる可能性がある。
僕は本の購買のところへ行って、いろいろ物色するフリをしていた。
「何、買うの?ああ、今日の循環器の治療指針・・あたしこれ、おすすめ!」
「・・・・・」
僕は本は眼中になく、ひたすらロビーに行きかう客を眺めていた。
「あと腹部エコーのABC、もバイブルよね。腹部エコーはできる?」
「・・・・・いや。知らん」
「でも腹部エコーは見落とし怖いよねー。心エコーならそういう心配ないでしょ」
「・・・左房粘液腫と、心膜腫瘍・・・」
「そ、そうね。心臓でも腫瘍あるよね」
僕らの会話はぎこちないままだった。
「あ!」
「何?」
「あれだ・・・シッ!」
例の4人・・・とネズミがロビーのど真ん中にやってきた。笑顔で何やら下品にしゃべっている。
「あれ、畑先生じゃないの?大学を出て・・」
「今はどこに?」
「山城先生の病院よ」
「そうだったのか。しかしあれじゃ奴隷だよ」
「畑先生は論文が全くできなくてね。院生だったんだけどマシなデータがでなくて。それで助教授が他の
病院の先生に頼んだの」
「それが山城先生だったのか」
「あの先生は発表とかドンドンしてるしね。院生で泣きついてる人が多いの」
「汚いよ、それ。結局他の先生に論文書いてもらって、学位取るなんて」
一瞬、彼女の顔が曇った。しまったと思ったが・・遅かった。
「・・・でも大学には貢献したでしょ。その見返りよ」
「そんなんで学位取れるんだったら、僕だって・・・」
「あたしが他の先生からデータもらったって知ってて、そんなこと言ってるの?」
「・・・え・・・」
「あたしは違うわ。ちゃんと松田先生の実験も手伝ってたし。だから引継ぎのような形で頂いたの」
「ああ。何もヘンな解釈など・・」
「自然な成り行きでしょ?私は汚い手なんか使ってない」
「そ、そりゃあ」
「でも皆ひどいわよ。陰でコソコソ。私だけぬけがけしたとか」
「それは・・ひどいな」
「結局理解してくれたのは・・・」
その後の言葉はなかった。
「グッチ、悩んでたんだね・・・」
グッチはうつむいて、あてもなく本を探すふりばかりだ。
「あたし、これ買う。異常値の出るメカニズム、病態で学ぶ呼吸・循環・消化器学。呼吸管理トレーニング・・・」
「そ、そんなに?」
「アイツは論文だけだって、言われたくないの」
「臨床の勉強を?」
「実験だけの院生終わって、民間病院でバカにされる医者は多いの。だから勉強しとく!」
「そ、そうか・・」
それにしても僕の周囲の人はみんな頑固だ。しかも心に余裕がないというか・・。
「あれ、山城先生じゃない?先生はこれからお世話になるんでしょ」
「せ、先生って・・やめてくれよ、そんな言い方」
「挨拶してきたら?」
「それはもうした。今日はもう捕まりたくないんだよ」
「待ち伏せしてるわよ」
「だから、どうしようかと・・」
「もうお開きみたいだし」
書籍コーナーもしまい始めた。
「くそっ、このまま新宿まで・・」
「行ったらいいじゃない。かわいいお姉さんたちがお相手してくれるんでしょ?」
「いやだ。君と行くなら別だが・・」とは言えなかった。
「・・・わかった。あたしがまいてあげる」
「まいて・・・って?」
「あたしが彼らのとこ行って、その間に先生は逃げればいいでしょ」
「え、ああ、うう・・・」
「それともあそこで捕まって、新宿まで行く?」
どちらもイヤなんだ。君がいてこそ、なのに・・・。
しかし自分への防衛本能が上回った。
「・・・・じゃあ、その・・・お願いしようか」
「わかった。MCTDの子の借りがこれで返せるかな」
「?ああ、その件・・・」
「心配して病院に来てくれたのね、ありがとう・・・」
一瞬、唯一見せてくれた笑顔だった。
「じゃあね」
引き止める隙もなく、彼女はゆっくりと向こうへ歩み寄っていった・・・。
僕は書籍の横に隠れた。
彼らは一瞬盛り上がり、数分会話が続いていた。すると彼女は畑先生の
手を引っ張り、本会場へと進んでいった。こちらの目の前を通ったが・・・
なんとか見つからずにすんだようだ。
そして、どう見ても怪しい足取りで、僕は逃げるように出口を出た。
タクシーの中で、後ろを何度も何度も振り向いたが、何も見えるはずがない。
僕の学会1日目は「がっかり」で終わった・・・。
<つづく>
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