学会3日目。

「肺線維症の治療。治療はいろいろありますが、生存期間が延長したという報告はない。かといって有効な治療法がないと
結論づけられたわけではないのです。

 治療のタイミングとしては、『非可逆的線維化が完成する前』がベストとされています」

 胸部CT撮ったとき、うっすらとした影が肺野に映る、あのときか。しかしそう思われる影をやれ「肺炎だ」とか「体動」だとか言われるのは
まっぴらだ。

「治療のベースはあくまでもステロイドとなっていますが、最近の報告でも有効率はわずか・・10%台しかないのです」

 肺線維症のステロイドパルスで著効した、というのは確かにみたことがない。あればそれは・・・NSIPやBOOPだった、ということだろう。

 昼を過ぎ、僕は会場を出た。明日から新天地という複雑な悩み・期待を代償するかのように、本を買い漁った。そのため金はほとんど底を
ついてしまっていた。なんせ気管支鏡の図解入りの本は3万もする。とにかく医学書は高いのだ。

・・・今月出た給料20万は1週間目にしてほとんど使い果たしてしまった。




 結局いろいろ道順を間違え、品川バスターミナルに着いたのは夜の8時ごろ。
少し時間があるのでどこか店に・・・と思ったが、残金の関係で結局吉野家になった。

 食べながら考えていたが、今回の内科学会は最初、伊藤と行く予定だった。しかしdissectionのことがあってから彼はムンテラなど
家族への説明・対応に追われている。とても学会どころではない。信じたくないが、今後そのオーベンは処分が検討されているらしい。
オーベンだけでなく、部長、ひいては医局そのものも。僕はギリギリのところで脱出したということだろうか・・。

 店を出てからもいろいろ考えた。
「もうこれからは、自分のことだけにしよう・・自分で精一杯だから」
 そう言い訳して、バスの待機しているターミナルへ向った。すると・・・

「ああ、いたいた!」
 小走りでネズミがやってきた。なぜここを?
引き続き4人のサングラス男が登場してきた。この前の例の奴らだ。ヘッドはいないようだ。
「こ、こんばんは」
「何言うてんねん」
 グラサンのうち1人がつぶやいた。ネズミは興奮気味だ。
「オマエな!山城先生に感謝しろよ!わざわざここまで来て、車で直接送ってくださるんだからな!」
「車で・・・?」
 よく見ると、向って右側にセルシオ、ベンツが並んでいる。
「いえ、僕は・・・バスを」
「さ、行こうや」
 チンピラの1人が腕をつかんだ。
「いろいろと考えたいこともありまして」
「今日はなあ、山城先生のセルシオでゆっくり反省会や」
「ちょっ・・・」
 僕は腕を振り解こうとしたが・・力が凄すぎる。

セルシオ助手席の窓が開いた。山城先生が酒を飲んでいる。
「おう。やっと捕まえたな。明日から同じカマの飯や」
「カマ?」
「なんや、また嫌がりおって。なんかあったんか?」
「・・・・・」
 僕は悔しかったことなど思い浮かべ、表情にあらわした。
ネズミが横から覗いている。
「ひょっとして、怒ってんの?パンしゃぶ行きたかった?」
 山城先生が制した。
「ドブネズミ、やめとけ」
「は、ははっ」
「・・・ま、いろいろあったようやな・・よう分からんが」
 他のチンピラはアレっ?ていう残念な表情を見せた。
「みんな、乗れ。ドライバー以外は今から熟睡や」
 車のドアは次々と閉められた。ネズミはベンツの運転席。

 僕はいちおう挨拶をしようとしたが、2台とも物凄い急発進で
国道を突っ走っていった。アスファルトの焦げた匂いと雨の匂いが残った。

 バスの最後尾に座り、やがてドアが閉められた。額を窓ガラスにくっつけ、
レンドルミンを内服。僕はゆっくりと眠りにおちていった・・・。

往生際の悪い僕は、まだ彼女の面影にすがっていた。
「ムニャムニャ・・・・グッチ・・・なぜ、言わにゃかった・・・・ムニュムニュ」

ウォークマンに繰り返し流れる、「非情階段」。救急に向うときに流れた曲だ。


『君を忘れて 生きてゆけば いいというのか?』



<第4部・完>



※ ゴールデンウイーク明け数日後より、第5部「フィフス・レジデント」を連載開始!
  レジデント殺し病院、と噂される病院で、僕は耐えていけるのか・・・?

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