< レジデント pre フォース 終編 診断書 >
2004年4月3日 連載「やれる・・・!僕は・・・」
その前にガソリンと食事だ。早朝に金をおろして、休養の上で。
そうだ、その前に。左手で助手席の携帯電話をまさぐった。
「もしもし。病院ですか。ユウキです・・須藤さんですか」
「先生・・今、どこにいるの?」
「今はまだ・・ゴホゴホ、病状が軽快してないので」
「皆さん心配されてますよ。ひょっとして先生が・・」
「何?もう辞めたとか?」
「死んだんじゃないかって・・もちろん冗談で言ってるんでしょうけど」
「いや、もうすぐ良くなる」
「新患は全部、伊藤先生が見てくれてます。あ、あと一般内科から新しいレジデントが来ました」
「またローテーションか何か?」
「3ヶ月限定だそうで。すごくやる気のある先生です」
「・・参ったな。またハリキリ野郎か」
「もしもし?もしもし?」
「あれ・・・もしもし?」
「もしもし?・・・・・・せ・・・・・・・が・・・・・をも・・・・」
電波の調子で電話は切れた。改めて公衆電話から電話だ。
「もしもし・・・そ、その声は?」
「伊藤だよ。何やってんの、君は?」
「まだ療養中でね。大丈夫、もうすぐ行ける」
「こっちは大変だよ。ちょうど先生の患者にちょっとトラブルがあってね」
「え?」
「MCTDの若い子だよ。僕が代わりに回診してたんだが」
「それで・・?」
「どうやら内服を全部飲んでなかったらしいんだよ」
「全部?」
「あれはどう見ても全部だな。あの子、いつも枕元に箱置いてただろ?」
「箱?ああ、あれゴミ箱じゃ・・」
「そんなとこにゴミ箱置くかよ。で、見せてもらったんだ、勝ってに。そしたらすごく慌てて」
「いいのか、おい」
「いいのかって、薬飲まずに隠すってのがいかんだろ!」
「じゃあ、ステロイドも・・今回のPG製剤も?」
「ぜーんぶ飲んでなかったのさ!なんのためのカテーテルだ?」
「その子、悲しんでなかったか?」
「え?何で?」
「落ち込んだり・・」
「なんかヘンだな、遠いところにいるのか?さっきからチリンチリンって。硬貨が落ちる音か?」
「いや、10円玉でね・・・」
サービスエリアの公衆電話の横を大型トラックが通り過ぎた。
「なんか凄くうるさいぞ、どうしたんだ?」
「早朝だから。病院に通院するんだよ、これから」
「そうか。じゃ、気をつけてね」
ふう。
早朝のサービスエリア。平日で人は少ない。
しかしまた携帯へ電話がかかってきた。
「もしもし、須藤です」
「はいはい。日勤なの?」
「いいえ。誠に申し訳ないのですが」
今度は何だ?
「先生の脳梗塞後リハビリ中の患者さんが転倒してしまいまして」
「検査に行く途中で?ふん、それで?」
「頭から出血してます」
「おい!それはいかんだろ!」
「すみません。私が車椅子で連れて行ったのが」
「車椅子からどうやって落ちたんだよ?ま、ともかく」
「どうしましょうか」
「どうしましょうかって?今はそっちは行けないって!」
「あ、そうか。先生、療養中でしたね」
「そうだよ、ゴホゴホ!だから伊藤か誰かに」
「じゃあお願いすることに。あ、先生!待ってください!」
「何よ?」
「さきほど部長が横におられまして・・・今日受診する病院から診断書をもらってきなさいと」
「い?」
「診断書が要るそうです」
「仮病じゃないのに」
「以前仮病を使ってばれたレジデントの先生がいたんですよ」
「はあ?」
「とにかく先生、お願いします」
診断書。
車は関西へ帰ってきた。車は病院の前に止まった。病院の玄関先になんとか乗りつけ、エレベーターへと駆け込んだ。
詰所へと向かい、その手前のスタッフルームへ早足で駆けていった。
部屋を空けたところ、見知らぬ医師が1人。本と向かい合っていたその医師はこちらを一瞥、無視。よく考えると僕は私服だ。
ためらわず話しかけた。
「あの、みんなは?」
「みんな?医局員ですか?病棟を回診されてます」
「君は?」
「オーベン待ちです」
しばらく待ってると、医師が2人入ってきた。オーベンとコベン。
「SIADHを今さら診断しろって言われてもなあ!」
「そうですよね、先生。ナトリウムもう入ってますし・・あ!」
コベンが気づいたのに遅れ、オーベンがこちらを見つけた。
「ああ?おお!」
「野中か」
「何でお前、ここに?」
「助けてくれ、診断書を」
「診断書?死亡診断書か?」
クッククク・・とコベンがこちらを見て薄笑いしている。野中はキッとなった。
「おい、オレの同僚なんだぞ」
「は?ああ!これは誠に・・すみません!申し訳ないですー!」
コベンはかなり困った表情で謝ってきた。
「でな野中、今ちょっと調子悪くて」
「ハハーン、とうとう登院拒否したわけだな、なるほど。それで診断書を書いてくれということだな?いいのか?俺の名前でも?」
「いいよ。大学病院の書類でね。ハンコ、頼むぞ」
「ハンコ、ないな。医局で借りたら怪しまれるし。拇印では?」
またコベンが笑いそうになっていた。
「野中、ほか誰か先生が?」
「外来をやってる先生がいいだろ。例えば・・医局長は?」
「この前会ったが、ヤな感じだったなあ」
「聞いたけどお前、山城先生のとこに決まったんだってな?」
「決まった?」
「噂では、もう引っ越したと」
「なわけない。でもその、山城先生ってのは」
「怖いよ、そりゃもう。救急も循環器もできる。関西でも指折りだ」
「そうなのか?」
「と、自分で言ってるらしい。でもウソでもなさそうだ」
「大学帰ろうかなあ」
「そら無理だ。マミーが大学へ戻ることが決まった。ユウキは自動的に山城先生のとこだ」
勇気を出して外来のカーテンをくぐった。
「ちょっといいですか?」
安井先生が気づいた。
「あ?おう、この前は失礼したな。ここへ戻って来たいのか?それは分かるが」
「いえ、違うんです。あの」
「どうした?その足なんだ?ドロドロだぞ」
「事故が・・いいや、調子が悪いんです。それで診断書をと」
「診断書?君の病院で診断してもらえよ。風邪か?」
「ええ、だいぶよくなりました」
「カゼの9割はウイルスだ。治りかけなら薬は要らんだろう」
「はい、薬はいいです。でもその、診断書を」
「ははあ、分かった。裸にされたりするのがイヤなんだな?」
「ええまあ、そんなところです・・」
「じゃ、畑君よ!診断書書いてくれ」
畑先生が嫌々書類を取り出した。
「コストはかかるからな、おい」
「も、もちろんです」
「えーと、診断名は、急性気管支炎にでもするか?急性咽頭炎?どっちでもいいぞ」
「では咽頭炎で・コホッ」
「なーにお前、今さら咳なんかしてんだよ」
本物の咳だった。
「で、頭書の者、上記と診断した。終わり!大蔵くん、これ受付へ走って!」
「はい」
レジデントは急いで駆けていってくれた。
安井先生はカルテを書きながら呟いた。
「ま、こちらにも借りがあるしな。山城先生のとこへ行って下さるという、ね」
「ええ。それは・・で、先生、具体的な転勤は・・・?」
「春かな?今のレジデントはまだ体力あるみたいだし。だが1月あたりには音を上げるだろうな」
「じゃ、冬かも・・」
「ま、頑張れ!あ、それと心カテ、早く合格しろよ!」
「先生、それ誰から・・・」
「はい、次の人!」
診断書をもらって、僕は病院を出た。
数日休んだが・・勉強になったこともある。年末当直にも向けて、頑張れそうだ。
車に乗り込み、…
その前にガソリンと食事だ。早朝に金をおろして、休養の上で。
そうだ、その前に。左手で助手席の携帯電話をまさぐった。
「もしもし。病院ですか。ユウキです・・須藤さんですか」
「先生・・今、どこにいるの?」
「今はまだ・・ゴホゴホ、病状が軽快してないので」
「皆さん心配されてますよ。ひょっとして先生が・・」
「何?もう辞めたとか?」
「死んだんじゃないかって・・もちろん冗談で言ってるんでしょうけど」
「いや、もうすぐ良くなる」
「新患は全部、伊藤先生が見てくれてます。あ、あと一般内科から新しいレジデントが来ました」
「またローテーションか何か?」
「3ヶ月限定だそうで。すごくやる気のある先生です」
「・・参ったな。またハリキリ野郎か」
「もしもし?もしもし?」
「あれ・・・もしもし?」
「もしもし?・・・・・・せ・・・・・・・が・・・・・をも・・・・」
電波の調子で電話は切れた。改めて公衆電話から電話だ。
「もしもし・・・そ、その声は?」
「伊藤だよ。何やってんの、君は?」
「まだ療養中でね。大丈夫、もうすぐ行ける」
「こっちは大変だよ。ちょうど先生の患者にちょっとトラブルがあってね」
「え?」
「MCTDの若い子だよ。僕が代わりに回診してたんだが」
「それで・・?」
「どうやら内服を全部飲んでなかったらしいんだよ」
「全部?」
「あれはどう見ても全部だな。あの子、いつも枕元に箱置いてただろ?」
「箱?ああ、あれゴミ箱じゃ・・」
「そんなとこにゴミ箱置くかよ。で、見せてもらったんだ、勝ってに。そしたらすごく慌てて」
「いいのか、おい」
「いいのかって、薬飲まずに隠すってのがいかんだろ!」
「じゃあ、ステロイドも・・今回のPG製剤も?」
「ぜーんぶ飲んでなかったのさ!なんのためのカテーテルだ?」
「その子、悲しんでなかったか?」
「え?何で?」
「落ち込んだり・・」
「なんかヘンだな、遠いところにいるのか?さっきからチリンチリンって。硬貨が落ちる音か?」
「いや、10円玉でね・・・」
サービスエリアの公衆電話の横を大型トラックが通り過ぎた。
「なんか凄くうるさいぞ、どうしたんだ?」
「早朝だから。病院に通院するんだよ、これから」
「そうか。じゃ、気をつけてね」
ふう。
早朝のサービスエリア。平日で人は少ない。
しかしまた携帯へ電話がかかってきた。
「もしもし、須藤です」
「はいはい。日勤なの?」
「いいえ。誠に申し訳ないのですが」
今度は何だ?
「先生の脳梗塞後リハビリ中の患者さんが転倒してしまいまして」
「検査に行く途中で?ふん、それで?」
「頭から出血してます」
「おい!それはいかんだろ!」
「すみません。私が車椅子で連れて行ったのが」
「車椅子からどうやって落ちたんだよ?ま、ともかく」
「どうしましょうか」
「どうしましょうかって?今はそっちは行けないって!」
「あ、そうか。先生、療養中でしたね」
「そうだよ、ゴホゴホ!だから伊藤か誰かに」
「じゃあお願いすることに。あ、先生!待ってください!」
「何よ?」
「さきほど部長が横におられまして・・・今日受診する病院から診断書をもらってきなさいと」
「い?」
「診断書が要るそうです」
「仮病じゃないのに」
「以前仮病を使ってばれたレジデントの先生がいたんですよ」
「はあ?」
「とにかく先生、お願いします」
診断書。
車は関西へ帰ってきた。車は病院の前に止まった。病院の玄関先になんとか乗りつけ、エレベーターへと駆け込んだ。
詰所へと向かい、その手前のスタッフルームへ早足で駆けていった。
部屋を空けたところ、見知らぬ医師が1人。本と向かい合っていたその医師はこちらを一瞥、無視。よく考えると僕は私服だ。
ためらわず話しかけた。
「あの、みんなは?」
「みんな?医局員ですか?病棟を回診されてます」
「君は?」
「オーベン待ちです」
しばらく待ってると、医師が2人入ってきた。オーベンとコベン。
「SIADHを今さら診断しろって言われてもなあ!」
「そうですよね、先生。ナトリウムもう入ってますし・・あ!」
コベンが気づいたのに遅れ、オーベンがこちらを見つけた。
「ああ?おお!」
「野中か」
「何でお前、ここに?」
「助けてくれ、診断書を」
「診断書?死亡診断書か?」
クッククク・・とコベンがこちらを見て薄笑いしている。野中はキッとなった。
「おい、オレの同僚なんだぞ」
「は?ああ!これは誠に・・すみません!申し訳ないですー!」
コベンはかなり困った表情で謝ってきた。
「でな野中、今ちょっと調子悪くて」
「ハハーン、とうとう登院拒否したわけだな、なるほど。それで診断書を書いてくれということだな?いいのか?俺の名前でも?」
「いいよ。大学病院の書類でね。ハンコ、頼むぞ」
「ハンコ、ないな。医局で借りたら怪しまれるし。拇印では?」
またコベンが笑いそうになっていた。
「野中、ほか誰か先生が?」
「外来をやってる先生がいいだろ。例えば・・医局長は?」
「この前会ったが、ヤな感じだったなあ」
「聞いたけどお前、山城先生のとこに決まったんだってな?」
「決まった?」
「噂では、もう引っ越したと」
「なわけない。でもその、山城先生ってのは」
「怖いよ、そりゃもう。救急も循環器もできる。関西でも指折りだ」
「そうなのか?」
「と、自分で言ってるらしい。でもウソでもなさそうだ」
「大学帰ろうかなあ」
「そら無理だ。マミーが大学へ戻ることが決まった。ユウキは自動的に山城先生のとこだ」
勇気を出して外来のカーテンをくぐった。
「ちょっといいですか?」
安井先生が気づいた。
「あ?おう、この前は失礼したな。ここへ戻って来たいのか?それは分かるが」
「いえ、違うんです。あの」
「どうした?その足なんだ?ドロドロだぞ」
「事故が・・いいや、調子が悪いんです。それで診断書をと」
「診断書?君の病院で診断してもらえよ。風邪か?」
「ええ、だいぶよくなりました」
「カゼの9割はウイルスだ。治りかけなら薬は要らんだろう」
「はい、薬はいいです。でもその、診断書を」
「ははあ、分かった。裸にされたりするのがイヤなんだな?」
「ええまあ、そんなところです・・」
「じゃ、畑君よ!診断書書いてくれ」
畑先生が嫌々書類を取り出した。
「コストはかかるからな、おい」
「も、もちろんです」
「えーと、診断名は、急性気管支炎にでもするか?急性咽頭炎?どっちでもいいぞ」
「では咽頭炎で・コホッ」
「なーにお前、今さら咳なんかしてんだよ」
本物の咳だった。
「で、頭書の者、上記と診断した。終わり!大蔵くん、これ受付へ走って!」
「はい」
レジデントは急いで駆けていってくれた。
安井先生はカルテを書きながら呟いた。
「ま、こちらにも借りがあるしな。山城先生のとこへ行って下さるという、ね」
「ええ。それは・・で、先生、具体的な転勤は・・・?」
「春かな?今のレジデントはまだ体力あるみたいだし。だが1月あたりには音を上げるだろうな」
「じゃ、冬かも・・」
「ま、頑張れ!あ、それと心カテ、早く合格しろよ!」
「先生、それ誰から・・・」
「はい、次の人!」
診断書をもらって、僕は病院を出た。
数日休んだが・・勉強になったこともある。年末当直にも向けて、頑張れそうだ。
車に乗り込み、…
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