キンキンは素早く後片付けに入った。紹介状の返事を・・と。
「心不全傾向ではありませんが、今後も定期的な受診を」

 こうして患者の数が雪だるま式に増えていくのだ。

プルルルル・・・外来の内線だ。
「もしもし?」
「外来婦長です。救急で見た患者さんは先生、ほったらかしですか?」
「ほったらかしとは何だ?」
「CT撮り終わってもうしばらく経つんですよ!外科の診察も終わったのに!」
「澤田先生の診察が終わった・・・?で、返事は?」
「外科は関係ない、と」
「澤田先生の外来につないでよ」
「それが、今は外来始まったから電話出れないって。でも先生、外科は関係なんだったら・・・」
「腹痛だろ。こっちは循環器外来だよ。一般内科の先生にでも」
「一般内科もすごい数なんです。先生の3倍はいるし」
「悪かったな」
「いえいえ。だからとりあえず、先生、そっちへ行ってもらいますから」

 電話は切れた。仕方なく、僕はイヤイヤながら他の循環器ドクターに相談することにした。

患者は苦悶様で、大汗をかいている。バイタルはやはり正常。
サングラス姿の長身の男性が後ろに立っている。
「先生、すまんなあ」
「え?」
「コイツがこんなんで」
「こんなん、って・・?」
「ふだんから大酒飲んでなあ!精神科の薬もまともに飲まずに・・」
「精神科・・・精神科から薬を?」
「ああ。でもな、どこの科かは知らんで。薬も見あたらへん。捨てたんちゃいまっかー」
「ご主人さんは・・・同居では?」
「いや、もう1年くらい別居中や」
「別居・・」
「まあコイツは無職やからな、時々食事持ってったりしたんや、このオレがな」
「時々ですか」
「週に1回かな?そんくらい。わしだって他の生活があるからな。息子や娘、まともに学校行かさないかん」
「子育てを、ご主人さんが?」
「ああだからもう、大変なんや。コイツが作った借金も返さないかん」

僕の背後では循環器科のナンバー2、40代の星野先生がデータを見ている。
「・・・・・これはオイ、循環器とちゃうだろ」
「外科はオペ適応がないと」
「せめて消化器だろ。イレウスしかはっきりせんし。とにかく循環器は関係ない」
「ではやはり、一般内科へ・・」
「そうだな。うちの病院は循環器、呼吸器、一般内科だけだしな。一般内科へ廻せ」
「病棟へ入院ということで」
「循環器の病棟、オレが1人退院させる。そこへ入れろ」
「ハイ、ありがとうございます」
ご主人はジーッとこちらに見入っていた。

「で?どうなったんや?先生よ」
「病棟のベッドが空きますので、入院になります」
「入院?病気はなんやの?」
「腸閉塞ということだけ分かるのですが・・」
「それだけやないと?」
「え、ええ。詳しくは消化器担当の先生に・・」
「でもあんたも内科医だろ?そうコロコロ先生代えんといてえな」
「ええ。しかし・・・」
「・・・・・・」
「しかし、それが確実かと」
「・・・・・・いくらや?金はあんまり出されへん」
「・・・看護婦さん、空く部屋ってのは・・」
「ハイ!個室で1日5千円です!」
ご主人は目を丸くした。

「なんやと?5千円?そんな部屋に入れるか!ンなんだったら、連れて帰るわ!」
 キンキンは時々後ろの患者を気にしながら説得しようとした。
「そんなことしても、一方的に悪くなるだけですよ!」
「痛み止めくれや。それでもアカンかったら連れてきたらええだろうが!」
 迎えに来ていた病棟看護婦がこちらへ歩み寄った。
「先生・・・先生のご判断で、個室料金はこちらでみる、という方法もあるそうですが」
「そうなの?」
「ええ、婦長さんから」
「そっか・・・婦長もいい人いるんだな。あのね、ご主人さん!」

患者は病棟へ上げられた。一般内科による1時間後の病棟受診、とした。

キンキンは積んであるカルテを1冊取り出した。
「入ります!45歳バイパス術後!」
「カルテを貸せよ!」
「タハーラーさーーーーーん!」
「先生、おはようございます」
「おはようございます。胸の痛みは?」
「ええ。退院して6ヶ月ですが・・どうもないです」
「じゃ、いつもの薬で・・小児用バファリン、と!確認造影をまた今度」
「はい。糖尿のほうは?」
「糖尿・・は。うちは専門でないので、一般内科、今日行きましょうか。じゃあ・・・次!」

プルルルル・・・また内線だ。
「もしもし・・・救急外来?オレが?今外来だよ、看護婦さん!誰か他の先生に・・・」
一瞬空白があり、ナースから別の人間に電話が代わった。
「何をボソボソ言うてんのじゃ、コラあ!」
「や、山城先生?」
「来いっちゅうたら来るんじゃ、ボケ!」
 電話は切られた。鶴の一声だ。

キンキンは行く手に立ちふさがった。
「どこ行くの?」
「山城先生の命令なんだよ。救急外来へ」
「待ってよ!ダメ!」
「ダメって何だよ?通せよ!なっ・・?」
 僕らはおしくらまんじゅう状態になった。クルクル3回転の上、僕は輪から外れることができた。

 救急外来・・・!

 救急室は複数の医師、看護婦、技師でごったがえしていた。
「これは・・・?」
 かなり肥満した患者が暴れている。点滴が入っていて、酸素マスク・・ついてないようなものだが。両端に2人ずつ、腕をつかんで抑制している。
山城先生はその足元で立って両腕を組んでいた。
「さっさと来い!そんなに忙しくないだろ!」
「いえ、それは・・・」
「30代後半の男性。AMI起こして数時間後だ。今からCCUに入れる。主治医、お前や」
「は、はい」
「点滴メニューの指示、家族へのムンテラ、カテの同意書ももらっとけ!」
 後ろからナンバー3の横田先生が肩を思いっきり叩いた。
「くれぐれも前みたいに、筋注なんかすんなよ!CPKが狂う!」
 ナンバー4の芝先生は患者を抑えていた。
「くく・・・早く指示出せよ!指示がトロいって評判だぞ!」
「は、はい・・・」
 頭側のベッドを持ち、エレベーターへ。空くやいなや、僕はベッドごとエレベーターの奥へ叩きつけられた。
「わあ!」
「ゴタゴタ言うな!」
 ナンバー3が叫んだ。

チンとエレベーターが空くと、キンキンが待っていた。
「もう!外来があるんですから、横ちゃんと芝ちゃんで診てよ!」
横田先生はベッドを運びながらマスクを下にずらした。
「メグちゃん、そんな怒るなよお。可愛い顔が台無しだよー」
「も、もう!」
 何喜んでんだよ、この女・・・。
キンキンは遠くから叫んだ。
「じゃあ!外来の人はみんな!くすりだけにしときますよー!」

 CCUに入った途端、大勢の看護婦が迎えてくれた。病棟の白衣と違い、黄色のケーシだ。
どのスタッフも体格がほっそりとしていて敏捷そうに見える。顔は目以外隠されている。
「主治医はユウキ先生ですね。こちらのBベッドへ!こちらが運びますので、先生はご家族へ説明を。指示も早めにお願いします。本体は?」
「あ、本体ね。時間20ml/hrでね」
「側管は何か?」
「み、ミリスロールを頼みます。原液、3ml/hrで」
「ではもう1本ルートが要りますね。本体は5%TZで?」
「あ、ああ」
 彼女は次々と腕にメモしていく。すかさず患者の前腕を握っている。
「徐脈・・・右冠動脈ですか?」
「ああ、たぶん。右誘導も取っておいてね」
「了解しました。ご家族がお待ちです。抗生剤テストを?」
「せ、セファメジンでお願い」

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