< フィフス・レジデント 3 エキスパート・ナース >
2004年5月11日 連載 キンキンは素早く後片付けに入った。紹介状の返事を・・と。
「心不全傾向ではありませんが、今後も定期的な受診を」
こうして患者の数が雪だるま式に増えていくのだ。
プルルルル・・・外来の内線だ。
「もしもし?」
「外来婦長です。救急で見た患者さんは先生、ほったらかしですか?」
「ほったらかしとは何だ?」
「CT撮り終わってもうしばらく経つんですよ!外科の診察も終わったのに!」
「澤田先生の診察が終わった・・・?で、返事は?」
「外科は関係ない、と」
「澤田先生の外来につないでよ」
「それが、今は外来始まったから電話出れないって。でも先生、外科は関係なんだったら・・・」
「腹痛だろ。こっちは循環器外来だよ。一般内科の先生にでも」
「一般内科もすごい数なんです。先生の3倍はいるし」
「悪かったな」
「いえいえ。だからとりあえず、先生、そっちへ行ってもらいますから」
電話は切れた。仕方なく、僕はイヤイヤながら他の循環器ドクターに相談することにした。
患者は苦悶様で、大汗をかいている。バイタルはやはり正常。
サングラス姿の長身の男性が後ろに立っている。
「先生、すまんなあ」
「え?」
「コイツがこんなんで」
「こんなん、って・・?」
「ふだんから大酒飲んでなあ!精神科の薬もまともに飲まずに・・」
「精神科・・・精神科から薬を?」
「ああ。でもな、どこの科かは知らんで。薬も見あたらへん。捨てたんちゃいまっかー」
「ご主人さんは・・・同居では?」
「いや、もう1年くらい別居中や」
「別居・・」
「まあコイツは無職やからな、時々食事持ってったりしたんや、このオレがな」
「時々ですか」
「週に1回かな?そんくらい。わしだって他の生活があるからな。息子や娘、まともに学校行かさないかん」
「子育てを、ご主人さんが?」
「ああだからもう、大変なんや。コイツが作った借金も返さないかん」
僕の背後では循環器科のナンバー2、40代の星野先生がデータを見ている。
「・・・・・これはオイ、循環器とちゃうだろ」
「外科はオペ適応がないと」
「せめて消化器だろ。イレウスしかはっきりせんし。とにかく循環器は関係ない」
「ではやはり、一般内科へ・・」
「そうだな。うちの病院は循環器、呼吸器、一般内科だけだしな。一般内科へ廻せ」
「病棟へ入院ということで」
「循環器の病棟、オレが1人退院させる。そこへ入れろ」
「ハイ、ありがとうございます」
ご主人はジーッとこちらに見入っていた。
「で?どうなったんや?先生よ」
「病棟のベッドが空きますので、入院になります」
「入院?病気はなんやの?」
「腸閉塞ということだけ分かるのですが・・」
「それだけやないと?」
「え、ええ。詳しくは消化器担当の先生に・・」
「でもあんたも内科医だろ?そうコロコロ先生代えんといてえな」
「ええ。しかし・・・」
「・・・・・・」
「しかし、それが確実かと」
「・・・・・・いくらや?金はあんまり出されへん」
「・・・看護婦さん、空く部屋ってのは・・」
「ハイ!個室で1日5千円です!」
ご主人は目を丸くした。
「なんやと?5千円?そんな部屋に入れるか!ンなんだったら、連れて帰るわ!」
キンキンは時々後ろの患者を気にしながら説得しようとした。
「そんなことしても、一方的に悪くなるだけですよ!」
「痛み止めくれや。それでもアカンかったら連れてきたらええだろうが!」
迎えに来ていた病棟看護婦がこちらへ歩み寄った。
「先生・・・先生のご判断で、個室料金はこちらでみる、という方法もあるそうですが」
「そうなの?」
「ええ、婦長さんから」
「そっか・・・婦長もいい人いるんだな。あのね、ご主人さん!」
患者は病棟へ上げられた。一般内科による1時間後の病棟受診、とした。
キンキンは積んであるカルテを1冊取り出した。
「入ります!45歳バイパス術後!」
「カルテを貸せよ!」
「タハーラーさーーーーーん!」
「先生、おはようございます」
「おはようございます。胸の痛みは?」
「ええ。退院して6ヶ月ですが・・どうもないです」
「じゃ、いつもの薬で・・小児用バファリン、と!確認造影をまた今度」
「はい。糖尿のほうは?」
「糖尿・・は。うちは専門でないので、一般内科、今日行きましょうか。じゃあ・・・次!」
プルルルル・・・また内線だ。
「もしもし・・・救急外来?オレが?今外来だよ、看護婦さん!誰か他の先生に・・・」
一瞬空白があり、ナースから別の人間に電話が代わった。
「何をボソボソ言うてんのじゃ、コラあ!」
「や、山城先生?」
「来いっちゅうたら来るんじゃ、ボケ!」
電話は切られた。鶴の一声だ。
キンキンは行く手に立ちふさがった。
「どこ行くの?」
「山城先生の命令なんだよ。救急外来へ」
「待ってよ!ダメ!」
「ダメって何だよ?通せよ!なっ・・?」
僕らはおしくらまんじゅう状態になった。クルクル3回転の上、僕は輪から外れることができた。
救急外来・・・!
救急室は複数の医師、看護婦、技師でごったがえしていた。
「これは・・・?」
かなり肥満した患者が暴れている。点滴が入っていて、酸素マスク・・ついてないようなものだが。両端に2人ずつ、腕をつかんで抑制している。
山城先生はその足元で立って両腕を組んでいた。
「さっさと来い!そんなに忙しくないだろ!」
「いえ、それは・・・」
「30代後半の男性。AMI起こして数時間後だ。今からCCUに入れる。主治医、お前や」
「は、はい」
「点滴メニューの指示、家族へのムンテラ、カテの同意書ももらっとけ!」
後ろからナンバー3の横田先生が肩を思いっきり叩いた。
「くれぐれも前みたいに、筋注なんかすんなよ!CPKが狂う!」
ナンバー4の芝先生は患者を抑えていた。
「くく・・・早く指示出せよ!指示がトロいって評判だぞ!」
「は、はい・・・」
頭側のベッドを持ち、エレベーターへ。空くやいなや、僕はベッドごとエレベーターの奥へ叩きつけられた。
「わあ!」
「ゴタゴタ言うな!」
ナンバー3が叫んだ。
チンとエレベーターが空くと、キンキンが待っていた。
「もう!外来があるんですから、横ちゃんと芝ちゃんで診てよ!」
横田先生はベッドを運びながらマスクを下にずらした。
「メグちゃん、そんな怒るなよお。可愛い顔が台無しだよー」
「も、もう!」
何喜んでんだよ、この女・・・。
キンキンは遠くから叫んだ。
「じゃあ!外来の人はみんな!くすりだけにしときますよー!」
CCUに入った途端、大勢の看護婦が迎えてくれた。病棟の白衣と違い、黄色のケーシだ。
どのスタッフも体格がほっそりとしていて敏捷そうに見える。顔は目以外隠されている。
「主治医はユウキ先生ですね。こちらのBベッドへ!こちらが運びますので、先生はご家族へ説明を。指示も早めにお願いします。本体は?」
「あ、本体ね。時間20ml/hrでね」
「側管は何か?」
「み、ミリスロールを頼みます。原液、3ml/hrで」
「ではもう1本ルートが要りますね。本体は5%TZで?」
「あ、ああ」
彼女は次々と腕にメモしていく。すかさず患者の前腕を握っている。
「徐脈・・・右冠動脈ですか?」
「ああ、たぶん。右誘導も取っておいてね」
「了解しました。ご家族がお待ちです。抗生剤テストを?」
「せ、セファメジンでお願い」
「心不全傾向ではありませんが、今後も定期的な受診を」
こうして患者の数が雪だるま式に増えていくのだ。
プルルルル・・・外来の内線だ。
「もしもし?」
「外来婦長です。救急で見た患者さんは先生、ほったらかしですか?」
「ほったらかしとは何だ?」
「CT撮り終わってもうしばらく経つんですよ!外科の診察も終わったのに!」
「澤田先生の診察が終わった・・・?で、返事は?」
「外科は関係ない、と」
「澤田先生の外来につないでよ」
「それが、今は外来始まったから電話出れないって。でも先生、外科は関係なんだったら・・・」
「腹痛だろ。こっちは循環器外来だよ。一般内科の先生にでも」
「一般内科もすごい数なんです。先生の3倍はいるし」
「悪かったな」
「いえいえ。だからとりあえず、先生、そっちへ行ってもらいますから」
電話は切れた。仕方なく、僕はイヤイヤながら他の循環器ドクターに相談することにした。
患者は苦悶様で、大汗をかいている。バイタルはやはり正常。
サングラス姿の長身の男性が後ろに立っている。
「先生、すまんなあ」
「え?」
「コイツがこんなんで」
「こんなん、って・・?」
「ふだんから大酒飲んでなあ!精神科の薬もまともに飲まずに・・」
「精神科・・・精神科から薬を?」
「ああ。でもな、どこの科かは知らんで。薬も見あたらへん。捨てたんちゃいまっかー」
「ご主人さんは・・・同居では?」
「いや、もう1年くらい別居中や」
「別居・・」
「まあコイツは無職やからな、時々食事持ってったりしたんや、このオレがな」
「時々ですか」
「週に1回かな?そんくらい。わしだって他の生活があるからな。息子や娘、まともに学校行かさないかん」
「子育てを、ご主人さんが?」
「ああだからもう、大変なんや。コイツが作った借金も返さないかん」
僕の背後では循環器科のナンバー2、40代の星野先生がデータを見ている。
「・・・・・これはオイ、循環器とちゃうだろ」
「外科はオペ適応がないと」
「せめて消化器だろ。イレウスしかはっきりせんし。とにかく循環器は関係ない」
「ではやはり、一般内科へ・・」
「そうだな。うちの病院は循環器、呼吸器、一般内科だけだしな。一般内科へ廻せ」
「病棟へ入院ということで」
「循環器の病棟、オレが1人退院させる。そこへ入れろ」
「ハイ、ありがとうございます」
ご主人はジーッとこちらに見入っていた。
「で?どうなったんや?先生よ」
「病棟のベッドが空きますので、入院になります」
「入院?病気はなんやの?」
「腸閉塞ということだけ分かるのですが・・」
「それだけやないと?」
「え、ええ。詳しくは消化器担当の先生に・・」
「でもあんたも内科医だろ?そうコロコロ先生代えんといてえな」
「ええ。しかし・・・」
「・・・・・・」
「しかし、それが確実かと」
「・・・・・・いくらや?金はあんまり出されへん」
「・・・看護婦さん、空く部屋ってのは・・」
「ハイ!個室で1日5千円です!」
ご主人は目を丸くした。
「なんやと?5千円?そんな部屋に入れるか!ンなんだったら、連れて帰るわ!」
キンキンは時々後ろの患者を気にしながら説得しようとした。
「そんなことしても、一方的に悪くなるだけですよ!」
「痛み止めくれや。それでもアカンかったら連れてきたらええだろうが!」
迎えに来ていた病棟看護婦がこちらへ歩み寄った。
「先生・・・先生のご判断で、個室料金はこちらでみる、という方法もあるそうですが」
「そうなの?」
「ええ、婦長さんから」
「そっか・・・婦長もいい人いるんだな。あのね、ご主人さん!」
患者は病棟へ上げられた。一般内科による1時間後の病棟受診、とした。
キンキンは積んであるカルテを1冊取り出した。
「入ります!45歳バイパス術後!」
「カルテを貸せよ!」
「タハーラーさーーーーーん!」
「先生、おはようございます」
「おはようございます。胸の痛みは?」
「ええ。退院して6ヶ月ですが・・どうもないです」
「じゃ、いつもの薬で・・小児用バファリン、と!確認造影をまた今度」
「はい。糖尿のほうは?」
「糖尿・・は。うちは専門でないので、一般内科、今日行きましょうか。じゃあ・・・次!」
プルルルル・・・また内線だ。
「もしもし・・・救急外来?オレが?今外来だよ、看護婦さん!誰か他の先生に・・・」
一瞬空白があり、ナースから別の人間に電話が代わった。
「何をボソボソ言うてんのじゃ、コラあ!」
「や、山城先生?」
「来いっちゅうたら来るんじゃ、ボケ!」
電話は切られた。鶴の一声だ。
キンキンは行く手に立ちふさがった。
「どこ行くの?」
「山城先生の命令なんだよ。救急外来へ」
「待ってよ!ダメ!」
「ダメって何だよ?通せよ!なっ・・?」
僕らはおしくらまんじゅう状態になった。クルクル3回転の上、僕は輪から外れることができた。
救急外来・・・!
救急室は複数の医師、看護婦、技師でごったがえしていた。
「これは・・・?」
かなり肥満した患者が暴れている。点滴が入っていて、酸素マスク・・ついてないようなものだが。両端に2人ずつ、腕をつかんで抑制している。
山城先生はその足元で立って両腕を組んでいた。
「さっさと来い!そんなに忙しくないだろ!」
「いえ、それは・・・」
「30代後半の男性。AMI起こして数時間後だ。今からCCUに入れる。主治医、お前や」
「は、はい」
「点滴メニューの指示、家族へのムンテラ、カテの同意書ももらっとけ!」
後ろからナンバー3の横田先生が肩を思いっきり叩いた。
「くれぐれも前みたいに、筋注なんかすんなよ!CPKが狂う!」
ナンバー4の芝先生は患者を抑えていた。
「くく・・・早く指示出せよ!指示がトロいって評判だぞ!」
「は、はい・・・」
頭側のベッドを持ち、エレベーターへ。空くやいなや、僕はベッドごとエレベーターの奥へ叩きつけられた。
「わあ!」
「ゴタゴタ言うな!」
ナンバー3が叫んだ。
チンとエレベーターが空くと、キンキンが待っていた。
「もう!外来があるんですから、横ちゃんと芝ちゃんで診てよ!」
横田先生はベッドを運びながらマスクを下にずらした。
「メグちゃん、そんな怒るなよお。可愛い顔が台無しだよー」
「も、もう!」
何喜んでんだよ、この女・・・。
キンキンは遠くから叫んだ。
「じゃあ!外来の人はみんな!くすりだけにしときますよー!」
CCUに入った途端、大勢の看護婦が迎えてくれた。病棟の白衣と違い、黄色のケーシだ。
どのスタッフも体格がほっそりとしていて敏捷そうに見える。顔は目以外隠されている。
「主治医はユウキ先生ですね。こちらのBベッドへ!こちらが運びますので、先生はご家族へ説明を。指示も早めにお願いします。本体は?」
「あ、本体ね。時間20ml/hrでね」
「側管は何か?」
「み、ミリスロールを頼みます。原液、3ml/hrで」
「ではもう1本ルートが要りますね。本体は5%TZで?」
「あ、ああ」
彼女は次々と腕にメモしていく。すかさず患者の前腕を握っている。
「徐脈・・・右冠動脈ですか?」
「ああ、たぶん。右誘導も取っておいてね」
「了解しました。ご家族がお待ちです。抗生剤テストを?」
「せ、セファメジンでお願い」
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