僕は詰所横の待合室へ。向こうから球のようなものをナースが投げてきた。
「おっと。イタタ?」
よく見ると、ムンテラ用の冠動脈モデルだ。
「あ・・ありがとう・・・で、ご家族の方?」
若い女性が1人座っている。
「はい、妻です。心筋梗塞って先生・・・どんな?」
「心臓の周囲の血管の冠動脈。これです。これによって心臓が動くわけですが、おそらくどれかが詰まったものと」
「私の食事がいけなかったのでしょうか・・・」
「え?いや、そうではなくて。原因はいろいろと」
「私よく主人を怒らせてましたから・・・この前も昼のテレビでやってました。怒る人は死にやすいと」
「いや、そうでもないです」
「そうですか、では大丈夫なんですね?」
「いや、それも・・分かりません。詰まった冠動脈の閉塞を解除しないと。それが・・」
「ああ、あのカテーテル?」
「そうです。それで閉塞部位を特定して、必要と判断した場合拡げる・・風船ですね。最近はステントという金網を入れたりすることも」
「ええ。ええ。とにかくお願いします」
「同意書がこれです。合併症としては?感染?出血?血栓による塞栓が主なものです・・・・・もしもしカテ室?搬入は・・・30分後!」

いったん僕はCCUを出た。呼吸器科の畑先生とすれ違った。
「おはようございます」
「おう。重症か?」
「これから緊急カテです」
「AMIか?で、主治医は・・お前?」
「背景にもいろいろありそうですが。高脂血症とか・・それも家族性の」
「オイオイ、また大学のときみたいに、検査出しすぎるなよ。この前も・・」
「1ヶ月前ですか?反省してます」
「ちょっと蛋白高いからって、それIgG/M/E、それ抗核抗体、それ補体、電気泳動・・・ヤンヤヤンヤ」
「保険・・・かなり削られますかね」
「また事務職員の誰かがノイローゼになりそうだな!ワハハ!」
 畑先生はペタンとぞうりに履き替え、ICUに入っていった。

 僕はピタッと足を止めた。
「そうだ。外来はもう中止したんだ。病棟はどうなってるか・・?腹痛の患者。とりあえず最低でもイレウスの処置がいるだろう」
 一般内科のドクター診察に期待しながら、病棟へ駆け上った。

 星野先生が待っていた。
「おう、AMIが入ったんだって?onsetは?」
「数時間前のようです」
「カテは30分後だな。今日は横田と芝の番だな」
「はい」
「ああそう、お前の患者な。一般内科へ紹介する予定の。今日は一般内科、午前診が夕方4時くらいまでかかるようだぞ」
「そんな・・・」
「それまで待たないとな。看護婦さん?リーダーはカナちゃんか。カナちゃん!どうバイタルは?」
 病棟ではアイドル的存在のカナさんが小走りにやってきた。25歳くらいだろうか。
「はい!今から確認します!」
「カナちゃん彼氏と別れたんだって?」
「彼氏じゃないですよ、あんなの!星野先生のほうがよっぽどいいですよ!」
「ハハハ、わし困っちゃうなあ・・・」
 こっちも困っちゃう・・・。

新人の片山さんがバイタルを報告。高校生で通用しそうなくらい幼い。
「血圧は、130/60mmHg、脈は100/minです。BTは36度ちょうど。異常ありません!」
カナさんは横目で僕をちらっと睨んだ。
「先生。イレウスなんでしょうね、本当に!」
「少なくともイレウスってことだよ」
「はあ?どういうこと?」
「原因とかはまだだ」
「そりゃそうでしょ。まずはイレウスそのものの治療でしょ。はい!マーゲンチューブ!先生が入れてよ!早くやってね!」
「ああ・・」
「今から!」
「今?そうだな・・」
「もう早くしてよ!CCUのAMIも大事だろうけど!星野先生も言ってやってくださいよ!」
「う、うん。ユウキ先生!あっちこっちに患者がいて大変なのは分かるが、1つ1つきちんとこなしていけよ。時間がかかるなら
他の先生に相談して・・・。じゃ、心カテ見に行ってくる・・・・しっかりな!」

 相談か。それはしているつもりなのだが・・・。される前に気づいて欲しいことだってある。

 詰所横の重症部屋。ベッドサイドの横でMチューブ挿入。横に片山さんとカナさんが介助。
「片山さん、カナさん。バイタルは正常って言ってたけど・・・SpO2は下がってなかったかい?」
 カナさんはムッとした表情になった。
「イレウスでしょ、先生。肺や心臓は聞いてないけど?」
「イレウスで怖いのは穿孔や腹膜炎だけじゃない。循環不全だよ」
「はあ」
「サードスペースに体液が貯留して、循環血液量が不足・・・SpO2は?片山さん」
「はい、78%です」
「・・・なに?」
「78%ですが・・・」
「ですがって・・・動脈血!血ガスを!」

 詰所から声がかかる。
「ユウキ先生。カテ室から電話で、早くカテの下準備をしろと」
「血ガス取ったら行きますと伝えて!」
「はい。一般内科病棟からの伝言ですが。なるべく早く顔を出してくれと」
「よし!持っていって!・・・どんな用件で?」
「さあ、それは私には・・・」
「わかったわかった!」
 
 小杉が入ってきた。
「あら先生?いったい何人いるの?外来は?」
「中断したんだよ」
「これから横の患者さんのポータブル撮るんだけどー」
「今、止血してんだよ」
「へーっ。日雇いも大変だねー。いろいろさせられて」
「カテ室へ行くんだろ?」
「このあとね。なんかもうみんな集まってるよ」
「ブーブー言ってる?」
「ブーブーというよりモーモーって感じ」
「?・・・あ、結果!」

 片山さんが結果を持ってきた。小杉が覗いた。
「うっわー、やな感じー!ペーハーが7.13!」
「pHが?ホントだ・・・」
「また先生、間違えて静脈血取ったんじゃない?」
「いや、違う。酸素は74Torr、二酸化炭素は24Torr。静脈のはずがない」
「過換気ってこと?」
「BEがマイナス16だぞ。これは・・・代謝性アシドーシスだ。過換気で代償しようとしてる」
「待てよ、アシドーシスは、酸性だから・・・」
「とりあえず酸素吸入と・・・メイロン!片山さん!」
「はい。わたしよく分からないので、看護婦さん呼んできます」
「君も看護婦だろ!」
「ちょ、ちょっ・・・」
 代わりにリーダーのカナさんが入ってきた。
「ちょっと先生!ちゃんと診断ついてんの?」
「アシドーシスだ、アシドーシス!」
「で、どうすんのよ?」
「酸素!マスクで、それとメイロンを・・・ええっと、手帳、手帳・・・どこだっけ・・・」

『忘れたか。BE -2 につきメイロン1アンプルだ』

「そうだな!じゃ・・・8アンプル!」
「先生、誰かと交信してんの?宇宙人?」
「いや、これは・・・独り言」
「ちょっと!どこ行こうとしてるの?」
「心カテの準備だよ」
「指示をちょうだい!酸素が下がったときの、とか!」
「すまんが!」
「先生!オイ!コラ!」

 僕は早歩きでカテ室へ。

<つづく>

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