0時すぎのCCU。ナースが声をかけた。
「先生、オペ室から連絡です。至急来てくれと」
「わかった」
 僕は着替えてオペ室へ。

 オペ台の患者右側に澤田先生、左に3年目の村中先生。麻酔科の先生も。
「あ、ありがとうございます・・・」
「ご覧の通りだ」
 澤田先生は勝ち誇ったように腕組みをした。術野を覗き込むと・・・
「わかったのかね、ユウキ先生」
「・・・いいえ」
「ハン・・・!あのね、これ、腸よ。全部。分かる?」
「ええ、それは」
「これ見てみ。真っ黒や」
「ええ・・・そんなに・・・」
「腸の3分の1が壊死。動脈の閉塞だ。壊死組織ごと切除したいところだが」
「・・・・・」
「侵襲が大きすぎる。こんなに進行しているし、閉じるほかない」
 何の反省もみられてない様子だ。それが悲しい。
「君の電話の話じゃあ、まさかこんな病態だとは思わなかったよ。あれじゃ分からん」
 下っ端のドクター・麻酔科も小刻みに頷いている。
「じゃ、閉じるぞ!今後は内科で保存的に!」

 腹壁は閉じられた。

 家族の前で、それら状況を説明した。
「・・・・じゃ、もう手立てはないっちゅうことか。そうなんやな?」
「ええ・・・」
「そうなんやな!」
「はい」
「そうか、わかった」
 ご主人はゆっくり立ち上がり、外の廊下へ出て行こうとした。
「どちらへ?」
「子供が待ってるんや。まだメシも食わしてない」
「今は帰られないほうが」
「今、死ぬんか?」
「な・・・?」
「1時間くれや。ハラ空かしてるガキが3人おるんや」
「はい・・・」
「逃げはせんがな。戻ってくるさかい」
「す、すみません・・・」

 この人はホントは・・・多分、かなり悲しいんじゃないだろうか・・・・。

 ご主人は妻の顔をリザーバマスクごしに数秒見つめ、すぐ出て行った。

 夜中の3時。2連続の徹夜はキツい。

「先生、SpO2が83%です・・・・先生・・・・・せんせい!」
「はっ?」
「寝てどうするんです?SpO2が83%!」
「あ、ああ。スマン。酸素は・・・」
「もう一杯一杯です」
「そうか・・・」
「先生、レスピは」
「人工呼吸器か・・・」
「挿管の準備は出来てますが・・・するんですか?」
「か、家族の・・・ご主人は?」
「まだ戻ってないんです」
「で、電話は・・・」
「電話はないそうです」
「電話がない・・・?」
「SpO2 77%・・・先生!」
「わかった。しよう。喉頭鏡を」
「そこにあります」
「あ、ああ・・・」
 幸い、声門は確認しやすかった。
「チューブちょうだい・・・よし、入ったと思う。アンビューを!」
 
 レントゲンで挿管チューブ位置を確認。
「ちょっと浅いな。3センチ押して」
 ナースは素早くカフを緩めて若干押し込んだ。
「呼吸器はサーボがあったね。そのまま強制換気で」
 指示出ししている最中、ご主人が戻ってきた。
「逝ってもうたんか?」
「勝手に入らないでください!」
 ナースが怒った。しかし主人は動じてない。
「おい先生よ。そこまでしてアンタ、どうすんの?」
「・・・・呼吸が危うかったので」
「呼吸、してるやないか」
「これは機械の呼吸で」
「・・いや、合間に自分の呼吸、出てるぞ。むしろ息苦しいんとちゃうんか」
「自分の呼吸もあるのですが。しかしそれでは十分でないのです」
「・・・・・子供は寝かしてきた。親戚のばあさんにも頼んできた」
「・・・・・」
「オイ!なんとか言えや!」
「な、何を?」
「こいつはしぶとい!絶対死なへんのや!オーイ!」
 ナースがまた走ってきた。
「やめてください!患者さんたちが起きます!」
「しっかりせんか、コラァ!」
「け、警察を・・!」
「・・・・・わかったわかった。出とく」
 
 朝の6時。モニターは徐脈傾向だ。カリウムは上昇していた。カルチコール・メイロン・陽イオン交換樹脂、G-I、すべて効果はない。
「腎不全で無尿にもなってる・・・。これじゃカリウムを細胞にただ押し込んでるだけだ」
 SpO2も下がり始めた。モニターの脈も30台に。
「・・・ご主人を、こちらに」
「・・・・」
 ナースは無言で立ち去り、主人を連れてきた。
「心臓・・・止まったのか」
 ご主人はみるみる、おそるおそるモニター・本人を交互に見ていた。
「いえ・・・しかし、もう」
「26・・・・22・・・脈か、あれが」
「そうです」
「14・・・薬入って・・・これか」
「はい。もう手段が」
「・・・・・」

モニターはフラットに移行した。

しばらく沈黙が流れた。

僕は宣告しなきゃいけなかったが・・・。

「・・・・・」
「止まった・・・?先生、止まったのか?」
「はい・・・・・・と、止まりました・・・今」
 固い表情だったご主人の表情が一瞬のうちに崩れた。
「か、カンニンや!カンニンや!ゴメンな、ゴメンな!まさか、わし・・・わし!」
 僕は怒りで悔しかった。その怒りは、他へだけではなかった。

外はかなり明るい。子供たちはやがて眠りから覚めてしまい、このことを知らされるのか・・。
伝える人間はどうする?僕だったら耐えられない。

死後の処置を終え、カルテに記憶していた範囲の処置を記入した。
「・・・・・永眠」
死亡診断書を記入。死亡原因・・・腸間膜動脈閉塞症・・・その原因・・・・

僕は手が一瞬止まった。理性が抑えた。
「原因は・・・・・ふ、不明・・・!」


 地下で見送りを終えると、もう朝の9時になっていた。
 
「そうだ。今日は・・・日曜日だ」
妙な開放感に包まれた。

『君には感情はあるのか?』

気持ちを無視しながら、受付の横を通り過ぎる。

 玄関先に出ると、また雨が降っている。
「雨か・・・イヤだな」
 手をかざして後ろを振り向くと、老婆が1人と、小さな子供がカッパを羽織って立っていた。
 脱ぎながらしずくをパタパタと振り下ろしている。

 僕は手をかざしたまま雨に濡れていた。そして・・・ただひたすら・・・歩いた・・・。


<つづく>

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