< フィフス・レジデント 7 感情 >
2004年5月14日 連載0時すぎのCCU。ナースが声をかけた。
「先生、オペ室から連絡です。至急来てくれと」
「わかった」
僕は着替えてオペ室へ。
オペ台の患者右側に澤田先生、左に3年目の村中先生。麻酔科の先生も。
「あ、ありがとうございます・・・」
「ご覧の通りだ」
澤田先生は勝ち誇ったように腕組みをした。術野を覗き込むと・・・
「わかったのかね、ユウキ先生」
「・・・いいえ」
「ハン・・・!あのね、これ、腸よ。全部。分かる?」
「ええ、それは」
「これ見てみ。真っ黒や」
「ええ・・・そんなに・・・」
「腸の3分の1が壊死。動脈の閉塞だ。壊死組織ごと切除したいところだが」
「・・・・・」
「侵襲が大きすぎる。こんなに進行しているし、閉じるほかない」
何の反省もみられてない様子だ。それが悲しい。
「君の電話の話じゃあ、まさかこんな病態だとは思わなかったよ。あれじゃ分からん」
下っ端のドクター・麻酔科も小刻みに頷いている。
「じゃ、閉じるぞ!今後は内科で保存的に!」
腹壁は閉じられた。
家族の前で、それら状況を説明した。
「・・・・じゃ、もう手立てはないっちゅうことか。そうなんやな?」
「ええ・・・」
「そうなんやな!」
「はい」
「そうか、わかった」
ご主人はゆっくり立ち上がり、外の廊下へ出て行こうとした。
「どちらへ?」
「子供が待ってるんや。まだメシも食わしてない」
「今は帰られないほうが」
「今、死ぬんか?」
「な・・・?」
「1時間くれや。ハラ空かしてるガキが3人おるんや」
「はい・・・」
「逃げはせんがな。戻ってくるさかい」
「す、すみません・・・」
この人はホントは・・・多分、かなり悲しいんじゃないだろうか・・・・。
ご主人は妻の顔をリザーバマスクごしに数秒見つめ、すぐ出て行った。
夜中の3時。2連続の徹夜はキツい。
「先生、SpO2が83%です・・・・先生・・・・・せんせい!」
「はっ?」
「寝てどうするんです?SpO2が83%!」
「あ、ああ。スマン。酸素は・・・」
「もう一杯一杯です」
「そうか・・・」
「先生、レスピは」
「人工呼吸器か・・・」
「挿管の準備は出来てますが・・・するんですか?」
「か、家族の・・・ご主人は?」
「まだ戻ってないんです」
「で、電話は・・・」
「電話はないそうです」
「電話がない・・・?」
「SpO2 77%・・・先生!」
「わかった。しよう。喉頭鏡を」
「そこにあります」
「あ、ああ・・・」
幸い、声門は確認しやすかった。
「チューブちょうだい・・・よし、入ったと思う。アンビューを!」
レントゲンで挿管チューブ位置を確認。
「ちょっと浅いな。3センチ押して」
ナースは素早くカフを緩めて若干押し込んだ。
「呼吸器はサーボがあったね。そのまま強制換気で」
指示出ししている最中、ご主人が戻ってきた。
「逝ってもうたんか?」
「勝手に入らないでください!」
ナースが怒った。しかし主人は動じてない。
「おい先生よ。そこまでしてアンタ、どうすんの?」
「・・・・呼吸が危うかったので」
「呼吸、してるやないか」
「これは機械の呼吸で」
「・・いや、合間に自分の呼吸、出てるぞ。むしろ息苦しいんとちゃうんか」
「自分の呼吸もあるのですが。しかしそれでは十分でないのです」
「・・・・・子供は寝かしてきた。親戚のばあさんにも頼んできた」
「・・・・・」
「オイ!なんとか言えや!」
「な、何を?」
「こいつはしぶとい!絶対死なへんのや!オーイ!」
ナースがまた走ってきた。
「やめてください!患者さんたちが起きます!」
「しっかりせんか、コラァ!」
「け、警察を・・!」
「・・・・・わかったわかった。出とく」
朝の6時。モニターは徐脈傾向だ。カリウムは上昇していた。カルチコール・メイロン・陽イオン交換樹脂、G-I、すべて効果はない。
「腎不全で無尿にもなってる・・・。これじゃカリウムを細胞にただ押し込んでるだけだ」
SpO2も下がり始めた。モニターの脈も30台に。
「・・・ご主人を、こちらに」
「・・・・」
ナースは無言で立ち去り、主人を連れてきた。
「心臓・・・止まったのか」
ご主人はみるみる、おそるおそるモニター・本人を交互に見ていた。
「いえ・・・しかし、もう」
「26・・・・22・・・脈か、あれが」
「そうです」
「14・・・薬入って・・・これか」
「はい。もう手段が」
「・・・・・」
モニターはフラットに移行した。
しばらく沈黙が流れた。
僕は宣告しなきゃいけなかったが・・・。
「・・・・・」
「止まった・・・?先生、止まったのか?」
「はい・・・・・・と、止まりました・・・今」
固い表情だったご主人の表情が一瞬のうちに崩れた。
「か、カンニンや!カンニンや!ゴメンな、ゴメンな!まさか、わし・・・わし!」
僕は怒りで悔しかった。その怒りは、他へだけではなかった。
外はかなり明るい。子供たちはやがて眠りから覚めてしまい、このことを知らされるのか・・。
伝える人間はどうする?僕だったら耐えられない。
死後の処置を終え、カルテに記憶していた範囲の処置を記入した。
「・・・・・永眠」
死亡診断書を記入。死亡原因・・・腸間膜動脈閉塞症・・・その原因・・・・
僕は手が一瞬止まった。理性が抑えた。
「原因は・・・・・ふ、不明・・・!」
地下で見送りを終えると、もう朝の9時になっていた。
「そうだ。今日は・・・日曜日だ」
妙な開放感に包まれた。
『君には感情はあるのか?』
気持ちを無視しながら、受付の横を通り過ぎる。
玄関先に出ると、また雨が降っている。
「雨か・・・イヤだな」
手をかざして後ろを振り向くと、老婆が1人と、小さな子供がカッパを羽織って立っていた。
脱ぎながらしずくをパタパタと振り下ろしている。
僕は手をかざしたまま雨に濡れていた。そして・・・ただひたすら・・・歩いた・・・。
<つづく>
「先生、オペ室から連絡です。至急来てくれと」
「わかった」
僕は着替えてオペ室へ。
オペ台の患者右側に澤田先生、左に3年目の村中先生。麻酔科の先生も。
「あ、ありがとうございます・・・」
「ご覧の通りだ」
澤田先生は勝ち誇ったように腕組みをした。術野を覗き込むと・・・
「わかったのかね、ユウキ先生」
「・・・いいえ」
「ハン・・・!あのね、これ、腸よ。全部。分かる?」
「ええ、それは」
「これ見てみ。真っ黒や」
「ええ・・・そんなに・・・」
「腸の3分の1が壊死。動脈の閉塞だ。壊死組織ごと切除したいところだが」
「・・・・・」
「侵襲が大きすぎる。こんなに進行しているし、閉じるほかない」
何の反省もみられてない様子だ。それが悲しい。
「君の電話の話じゃあ、まさかこんな病態だとは思わなかったよ。あれじゃ分からん」
下っ端のドクター・麻酔科も小刻みに頷いている。
「じゃ、閉じるぞ!今後は内科で保存的に!」
腹壁は閉じられた。
家族の前で、それら状況を説明した。
「・・・・じゃ、もう手立てはないっちゅうことか。そうなんやな?」
「ええ・・・」
「そうなんやな!」
「はい」
「そうか、わかった」
ご主人はゆっくり立ち上がり、外の廊下へ出て行こうとした。
「どちらへ?」
「子供が待ってるんや。まだメシも食わしてない」
「今は帰られないほうが」
「今、死ぬんか?」
「な・・・?」
「1時間くれや。ハラ空かしてるガキが3人おるんや」
「はい・・・」
「逃げはせんがな。戻ってくるさかい」
「す、すみません・・・」
この人はホントは・・・多分、かなり悲しいんじゃないだろうか・・・・。
ご主人は妻の顔をリザーバマスクごしに数秒見つめ、すぐ出て行った。
夜中の3時。2連続の徹夜はキツい。
「先生、SpO2が83%です・・・・先生・・・・・せんせい!」
「はっ?」
「寝てどうするんです?SpO2が83%!」
「あ、ああ。スマン。酸素は・・・」
「もう一杯一杯です」
「そうか・・・」
「先生、レスピは」
「人工呼吸器か・・・」
「挿管の準備は出来てますが・・・するんですか?」
「か、家族の・・・ご主人は?」
「まだ戻ってないんです」
「で、電話は・・・」
「電話はないそうです」
「電話がない・・・?」
「SpO2 77%・・・先生!」
「わかった。しよう。喉頭鏡を」
「そこにあります」
「あ、ああ・・・」
幸い、声門は確認しやすかった。
「チューブちょうだい・・・よし、入ったと思う。アンビューを!」
レントゲンで挿管チューブ位置を確認。
「ちょっと浅いな。3センチ押して」
ナースは素早くカフを緩めて若干押し込んだ。
「呼吸器はサーボがあったね。そのまま強制換気で」
指示出ししている最中、ご主人が戻ってきた。
「逝ってもうたんか?」
「勝手に入らないでください!」
ナースが怒った。しかし主人は動じてない。
「おい先生よ。そこまでしてアンタ、どうすんの?」
「・・・・呼吸が危うかったので」
「呼吸、してるやないか」
「これは機械の呼吸で」
「・・いや、合間に自分の呼吸、出てるぞ。むしろ息苦しいんとちゃうんか」
「自分の呼吸もあるのですが。しかしそれでは十分でないのです」
「・・・・・子供は寝かしてきた。親戚のばあさんにも頼んできた」
「・・・・・」
「オイ!なんとか言えや!」
「な、何を?」
「こいつはしぶとい!絶対死なへんのや!オーイ!」
ナースがまた走ってきた。
「やめてください!患者さんたちが起きます!」
「しっかりせんか、コラァ!」
「け、警察を・・!」
「・・・・・わかったわかった。出とく」
朝の6時。モニターは徐脈傾向だ。カリウムは上昇していた。カルチコール・メイロン・陽イオン交換樹脂、G-I、すべて効果はない。
「腎不全で無尿にもなってる・・・。これじゃカリウムを細胞にただ押し込んでるだけだ」
SpO2も下がり始めた。モニターの脈も30台に。
「・・・ご主人を、こちらに」
「・・・・」
ナースは無言で立ち去り、主人を連れてきた。
「心臓・・・止まったのか」
ご主人はみるみる、おそるおそるモニター・本人を交互に見ていた。
「いえ・・・しかし、もう」
「26・・・・22・・・脈か、あれが」
「そうです」
「14・・・薬入って・・・これか」
「はい。もう手段が」
「・・・・・」
モニターはフラットに移行した。
しばらく沈黙が流れた。
僕は宣告しなきゃいけなかったが・・・。
「・・・・・」
「止まった・・・?先生、止まったのか?」
「はい・・・・・・と、止まりました・・・今」
固い表情だったご主人の表情が一瞬のうちに崩れた。
「か、カンニンや!カンニンや!ゴメンな、ゴメンな!まさか、わし・・・わし!」
僕は怒りで悔しかった。その怒りは、他へだけではなかった。
外はかなり明るい。子供たちはやがて眠りから覚めてしまい、このことを知らされるのか・・。
伝える人間はどうする?僕だったら耐えられない。
死後の処置を終え、カルテに記憶していた範囲の処置を記入した。
「・・・・・永眠」
死亡診断書を記入。死亡原因・・・腸間膜動脈閉塞症・・・その原因・・・・
僕は手が一瞬止まった。理性が抑えた。
「原因は・・・・・ふ、不明・・・!」
地下で見送りを終えると、もう朝の9時になっていた。
「そうだ。今日は・・・日曜日だ」
妙な開放感に包まれた。
『君には感情はあるのか?』
気持ちを無視しながら、受付の横を通り過ぎる。
玄関先に出ると、また雨が降っている。
「雨か・・・イヤだな」
手をかざして後ろを振り向くと、老婆が1人と、小さな子供がカッパを羽織って立っていた。
脱ぎながらしずくをパタパタと振り下ろしている。
僕は手をかざしたまま雨に濡れていた。そして・・・ただひたすら・・・歩いた・・・。
<つづく>
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