豪勢な懐石料理の店に、大きな長いテーブルが4つ。1つあたり20人くらい。それぞれ一般内科病棟、呼吸器科病棟、循環器病棟、ICU/CCUが占めている。外科系は隣の部屋で行われている。「歓迎会を兼ねた」新年度会だ。みんなおとなしく席について・・いるはずがない。一部の看護婦は会の前から既に酔いつぶれていた。何やらキャアキャア突付きあっている。
 幹事の畑先生がスーツで現れた。

「えーみなさん、お静かに!それではこれより、県立病院の新歓コンパ!なんちゃって!歓迎会!兼!新年度会!を行います。エー、院長
先生はねー、今回もいろいろとご多忙中でしてぇー、山城先生も少々遅れるそうです。ではお酒のほう、廻りましたか?」

 みんなビールをお互い注ぎあっている。僕はICU/CCUの中にうもれていた。働いて数ヶ月経つが、集中治療室の面々はほとんど素顔を見る
ことがなく、誰が誰かわからない。

「県病院の今後の発展を願って、乾杯!」
「乾杯!」

 しばらくの間のあと、みなゆっくり席に腰を下ろした。

「その爪、伸びすぎ!」
 右側のロングの結構かわいい子が声をかけてきた。アイドル顔の20前半といったところだろうか。
しかしこの声、以前に・・・。
「あたしよ!本田といいます!」
「・・・?ああ!CCUの患者のときの?」
 ほとんど人違いといっていいほど、ガラッと印象が違ってた。その派手な服装や話し方からは、とてもあの働きぶりには結びつかない。
「どう?少しは慣れた?どうぞ」
「え?ああ、ありがとう・・。もういい、もういい」
「弱いの?」
「あまり強くは。というより、看護婦さんらは皆強いもので・・」
「甘えてるわね。この世界じゃ、弱い人間はバカにされるわよ」
「酒に・・かい?」
「酒だけじゃなくって。何でも。意見でも何でもよ。正しくなくても、自分の意見を通せる人が生き残れるの」
「それって、一番良くないと思うよ」
「知ってるよ、先生。この前のあの患者!」
 僕の左側のショートの子が後ろに回り、肩を揉み始めた。この子もなかなか・・・。
「そおよ、先生!角といいます、よろしくね」
 本田さんはムッと少しムキになった。
「ちょっと何?今はあたしの男よ!」
 男?
「いいんです!先輩は休んでて!先生すごく凝ってる・・・!これはどう?」

 後ろの子の胸がポカポカ背中に当たっている。こ、こんなこと、いいんだろうか・・・。
この2人はどうやら同じICU/CCUの先輩後輩だ。 

「角ちゃん。あなたレポートは仕上げたの?」
「ちゃんと直したじゃないですかあ」
「いんや、この前とあまり変わってなあい!」
「先輩こわあい!先生に守ってもらおうっと」
 その子はいきなり両腕を後ろから回してきた。
「ひ!」
「大事な話なんだから!どきなさい!彼氏に言いふらすわよ!」
 本田さんはさらに後ろからズルズルと後輩の体を彼方まで引きずっていった。

 そうか、彼氏、いるのか・・・。なんか残念だったりして。
本田さんはすぐに戻ってきた。
「ふう。あ、そうそう。さっきのハナシ!」
「腸間膜動脈閉塞・・・の?」
「そうよ。外科がなかなかオペしてくれなかったんでしょ」
「そうなんだ。あれは参った」
「でも先生の押しもちょっと弱かったんじゃなくて?」
「押しが?」
「外科の先生のせいだけじゃなかったってこと。それに、一番迷惑こうむったのは患者さんよ」
「それは分かってる!反省はしてる!」
「次にそれを生かしてくれたらいいわ」
 彼女は5杯目を一気に飲み干した。

 何だい、えらそうに・・・。

「みなさん、静粛に!せいしゅくに!」
 ネズミがまた出てきた。しかし今度の表情はどこか深刻だ。
「ただいま山城先生がいらっしゃいましたあ!」
 急に周囲が静まり返った。

トン、トン、とゆっくり足音が聞こえる。コップの水面は・・揺れてなかった。

いつもの巨体がズンズンと重い足取りでやってきた。マフィアのボスさながらだ。
サングラスに角刈り。体重は100kgくらいあると聞く。しかし手先の器用さ、
頭脳は関西で指折りと聞いている。

「やあみなさん!僕ももう飲んでます!」
洪水のごとく笑いが巻き起こった。
「・・というのはさておき。新しいお荷物も迎えて、再出発ってところやな」


 お荷物だと・・。僕以外にも数人の新入りがいるのに。

「荷物が重いなら、それなりの足跡が残せるはずや。だが今の現状で歩いていてはいかん。みんなにもいえることや」

 あたりはシーンと静まったままだ。

「絶えず前進する気持ちを持ち続けることや。そのために勉強するし、遅くまで残るし、夜中でも出てくる。そうすれば
おのずと、患者さまは増えてくる、早く退院できる、また来てくれる」

 ネズミは感動して少しすすり泣きしているようだ。

「今年の上半期の売り上げは昨年を上回った。これもみんなのおかげや。みんながおるからわしもおる。こうして飲ませてもらって
家に帰ることもできる」

 この人のカリスマ性が・・なんとなく分かるような気がする。

 山城先生が座り再びにぎやかになったが、人が少しずつ散らばり始めた。メインのイベントは終わったっていうことか。
「さ、先生、これからよ」
「なに?」
 本田さんがこう誘うのは、嫌な気はしなかった。
「カラオケよ!夜通し歌うのよ!」
「ボックスかい?」
「カウンターよ。1時間で1人1曲ってとこかなあ」
「この大勢で?」
「あたしたちICU/CCU軍団に決まってるじゃない!それに・・2次会からがホントの飲み会よ!」
 向こうから星野先生が呼んでいる。これまた病棟の女性陣にからまれている。
「ユウキ!循環器病棟のナース軍団と、『あさひ』へ集合だ!9時!遅れるな!」
 本田さんはおかまいなしだった。
「無視無視、あんなの!」
「し、しかし」
「どうせ朝になったら忘れてるわよ」
 本田さんに引っ張られるまま、僕らは階下へと向かっていった。彼女は携帯を取り出した。
「準備できたわ。タクシーで行く」
 ピーと彼女は電話を切った。
「乗るわよ。あなたは前」
「?」
 飲み屋の目の前にタクシーが1台、ちょうど止まった。雪崩のように乗り込んだ。
「『RETRO』まで急いで!」
 タクシーはゆっくりと加速しだした。あまりの速い展開に僕は言葉もなかった。
「本田さん・・・他の人は?」
「みんなとっくに向こうに着いてるわよ」
「え?でもあと何人も残って・・」
「甘いわね」
「?」
「私たちの中にでも、派閥はあるのよ」
「派閥が?」
「女ってね、3人以上集まると、もう仲間はずれができちゃうのよ」
「・・・男は、僕だけ?」
「そ。あなたラッキーよ。みんなの同意で、あなただけ連れてくることになったの」
「そりゃ、光栄だなぁ」
「そのかわり!ちょっとでも手、出すようなマネしたら・・・!」
 彼女のその表情自体、十分いやらしかった。


<つづく>

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