< フィフス・レジデント 10 SPASM >
2004年5月18日 連載このような感じで、とうとう朝を迎えてしまった。
ナースは黙々と働いている。
「よかった。あと2時間くらいで解放ね」
「何言ってんだ!こっちは・・・」
「先生は、朝・晩関係ないでしょ」
「何?」
「そんだけ給料もらってるんだから、当然よね」
「僕だけは日雇いなんだよ!」
「ヒビコってこと?プッ」
とは言っても、この時点で手取り・月40万は入っていた。時間外を足すと60万近かった。
循環器病棟では朝の申し送りが始まっていた。
僕はゴソゴソとカルテを1冊ずつ取り出しては見ていた。
夜勤を始めて間もない片山さんが報告している。リーダーのカナさんは新入り・記入メモをじっくりと交互に睨んで離さない。
「432号室の村山さんですが、昨日狭心症発作があって、ニトロペンを1錠舌下。するところだったんですが、合計3錠使用したと
報告がありまして」
「本人から?」
「はい」
「以前の古いヤツを持ってたの?」
「はい・・・いえ・・・それは」
「じゃあどこから沸いて出たの?手持ちにはしてなかったはずよ」
「はい・・・」
「引き出しにもっと隠してたりしてなかった?」
「はい・・それはないと思い」
「確認したの?」
僕は凝固した。気まずい時間が流れた。
「何とか言ったら?」
「いえ・・・してません」
「で?3錠も舌下して、バイタルは?」
「大丈夫そうでした」
「大丈夫そうって何よ!バイタルはって聞いてんの!」
カナさんと僕の目が一瞬合って・・・怖かった。
「・・・それからは、測定していません」
「測定・・何を見るべきだった?」
「脈・・・」
「ニトロペンってあなた、何か知ってて?」
耐え切れず、僕は詰所を出た。後ろからNo.4の芝先生が追っかけてきた。
「ニトロペンってあんた、何か知ってるの?パシ!」
自分で自分の顔を叩いた。
「おいレジデント!今日は心カテが6例。そのうち2例のセカンドで入れ!グズグズするなよ!」
「は、はい」
「ホルター心電図の所見が50くらい貯まってるのと・・・あさっての講演会のスライド!山城先生発表用の!」
「あ、忘れてました」
「締め切りは今日!明日の朝7時にカンファだからな」
「そうでしたね・・・でも先生、医局のパソコン、調子悪いようで」
「だったら大学の、使わせてもらえ」
「大学へ?1時間は余裕でかかるし・・」
「甘えるな!早くから準備しないからだ!ああそれに!」
「?」
「今日はユキちゃんの誕生日だからな!絶対に出席だ!」
「それは・・?あ、山城先生の・・・」
「シッ!」
・・・そうだ。愛人って噂の・・・。
「一般内科病棟の主任さんですね」
「そうだ。プレゼント代、よこせ。お前は・・・5万でいい」
「5万?」
「出せ、早く。よし。晩の8時に。遅れるな」
カテ室の更衣室。
術衣に着替え、トイレに入った。同時に山城先生が入ってきた。
「おう。今日はしっかりな」
「はい」
「スライドは出来たか?」
「いえ・・それがまだ」
「・・・・・わしのオーダー通りにな」
「はい」
「それを芝にチェックしてもらって、奴がいいと言ったらな」
「・・・明日の早朝までですよね」
「ああ」
「・・・先生、今日の飲み会は・・」
「誕生パーティーか?お前の席ももう予約してるぞ」
「え?」
「金はMRが払う。表向きは勉強会としてやるんだからな」
「先生、自分は・・・」
「スライド作りは飲み会が終わってからやれ」
体育会系だな・・・。
芝先生によるアセチルコリン負荷。
「右冠動脈、アセチルコリンいきます」
僕はセカンドの役目として、正面のモニターを睨んでいた。
ST-T変化は・・・・ないか。最近、少し視力が悪くなってきたな。モニター見てるとその衰えが分かりやすい。
「造影!」
造影剤が射ちこまれた。全体的に冠動脈が狭小化している。
実際spasmかどうかは微妙なところだ。
「も1回・・・・造影!」
今度の造影ではさらに狭小化がみられる。♯2以降はほとんど見えない。
心電図は・・・ST上昇している。芝先生は落ち着いている。
「どうもないですか」
「ちょっと重たいなあ、胸が」
患者は答えた。
「あ!」
芝先生が慌てた。
「カテが・・・」
透視画面。カテーテルが抜けてしまっている。
「入れ直さないと」
芝先生は身を乗り出し、焦って入り口を探している。しかし・・・
「どこや、どこや・・・クソッ」
心電図はST上昇したままだ。僕はニトロールを用意している。
「芝先生、静脈からでは・・・」
「待て、うるさい!」
カテは入らない。入り口まで狭小化したのか?
モニター上、血圧が70mmHg台に。ガラス越しの小杉が立ち上がって腕組みしだした。
「ゆ、ユウキ、血圧見ろ。ニトロールは今は使うなよ」
「え、ええ」
「1回造影して、入り口探すか!」
とは言って造影したものの、入り口もよく分からない状況だ。
「痛くなってきた・・だんだん」
患者の訴えがひどくなってきた。
芝先生は冷静さを保とうとはしていた。
「大丈夫ですからねー」
声は震えていた。額、頬に大量の汗。
向こうから巨漢が現れた。芝先生がパッと顔を上げた。
「や、山城先生!抜けてしまいましてね!なかなかエンゲージ・・」
山城先生は無言で駆けつけ、片手で芝先生の腕をつかみ、体を数メートル後ろまで弾き飛ばした。
芝先生はバランスを崩し、後ろの処置台とともに床にガシャ−ンと叩きつけられた。
「ユウキ!DC近くに持ってきとけ!」
「は、はい!」
山城先生は細いサイズのカテーテルを挿入した。
「・・・・・入った」
とたん、モニターの波形が赤く点灯し始めた。
「VT、VT!おい!DCは?」
僕はDCを持ってきた。
「貸せ!」
山城先生が直接操作した。
「いくぞ!」
ズドンと電圧が放出された。患者が一瞬浮き上がる。
「戻ったな。ニトロール、冠注!」
しばらく沈黙が流れた。
「造影!」
冠動脈は・・・正常に造影された。
カテが終了し、再び更衣室。
「芝!あれは何だ!」
「誠に申し訳ありません!」
芝先生は正座し、うつむいていた。今度はこっちがスパズムっている。
「貴様はちょっと調子に乗るとこうだな」
「申し訳ございません」
「それとおい、お前!」
ギロっと僕の方に矛先が向いた。
「はい!」
「お前がカテーテル引っ張った可能性もあるんだぞ!」
「そ、操作中に・・ですか?」
「そうだ。その可能性もあっただろ?放射線部の奴もそう指摘してる」
「小杉・・・」
「芝!お前もそう思うだろ?」
芝先生はこちらを上目遣いで見た。が一瞬で目を逸らした。
「は、はい。確かにこれまでにも何回か。今回もそうかもしれません」
今回は、そんな覚えはないぞ。
「そらな。ま、共同責任だ。循環器はチームだからな」
山城先生は去っていった。芝先生はゆっくりと立ち上がった。スパズムは解除されたようだ。
「ゆ、ユウキ。スライド早く仕上げろよ。明日の朝5時、医局でオレに見せろ」
「は、はい・・・」
足早に芝先生は退散した。
「大変だったねー」
モップを抱えた小杉が横から声をかけた。
「山さんに、何て言われてたの?先生まで怒られてたようだけど?」
「・・さあな」
「お疲れー!」
彼の薄ら笑いの表情が気に入らず、僕も足早にカテ室を出た。
<つづく>
ナースは黙々と働いている。
「よかった。あと2時間くらいで解放ね」
「何言ってんだ!こっちは・・・」
「先生は、朝・晩関係ないでしょ」
「何?」
「そんだけ給料もらってるんだから、当然よね」
「僕だけは日雇いなんだよ!」
「ヒビコってこと?プッ」
とは言っても、この時点で手取り・月40万は入っていた。時間外を足すと60万近かった。
循環器病棟では朝の申し送りが始まっていた。
僕はゴソゴソとカルテを1冊ずつ取り出しては見ていた。
夜勤を始めて間もない片山さんが報告している。リーダーのカナさんは新入り・記入メモをじっくりと交互に睨んで離さない。
「432号室の村山さんですが、昨日狭心症発作があって、ニトロペンを1錠舌下。するところだったんですが、合計3錠使用したと
報告がありまして」
「本人から?」
「はい」
「以前の古いヤツを持ってたの?」
「はい・・・いえ・・・それは」
「じゃあどこから沸いて出たの?手持ちにはしてなかったはずよ」
「はい・・・」
「引き出しにもっと隠してたりしてなかった?」
「はい・・それはないと思い」
「確認したの?」
僕は凝固した。気まずい時間が流れた。
「何とか言ったら?」
「いえ・・・してません」
「で?3錠も舌下して、バイタルは?」
「大丈夫そうでした」
「大丈夫そうって何よ!バイタルはって聞いてんの!」
カナさんと僕の目が一瞬合って・・・怖かった。
「・・・それからは、測定していません」
「測定・・何を見るべきだった?」
「脈・・・」
「ニトロペンってあなた、何か知ってて?」
耐え切れず、僕は詰所を出た。後ろからNo.4の芝先生が追っかけてきた。
「ニトロペンってあんた、何か知ってるの?パシ!」
自分で自分の顔を叩いた。
「おいレジデント!今日は心カテが6例。そのうち2例のセカンドで入れ!グズグズするなよ!」
「は、はい」
「ホルター心電図の所見が50くらい貯まってるのと・・・あさっての講演会のスライド!山城先生発表用の!」
「あ、忘れてました」
「締め切りは今日!明日の朝7時にカンファだからな」
「そうでしたね・・・でも先生、医局のパソコン、調子悪いようで」
「だったら大学の、使わせてもらえ」
「大学へ?1時間は余裕でかかるし・・」
「甘えるな!早くから準備しないからだ!ああそれに!」
「?」
「今日はユキちゃんの誕生日だからな!絶対に出席だ!」
「それは・・?あ、山城先生の・・・」
「シッ!」
・・・そうだ。愛人って噂の・・・。
「一般内科病棟の主任さんですね」
「そうだ。プレゼント代、よこせ。お前は・・・5万でいい」
「5万?」
「出せ、早く。よし。晩の8時に。遅れるな」
カテ室の更衣室。
術衣に着替え、トイレに入った。同時に山城先生が入ってきた。
「おう。今日はしっかりな」
「はい」
「スライドは出来たか?」
「いえ・・それがまだ」
「・・・・・わしのオーダー通りにな」
「はい」
「それを芝にチェックしてもらって、奴がいいと言ったらな」
「・・・明日の早朝までですよね」
「ああ」
「・・・先生、今日の飲み会は・・」
「誕生パーティーか?お前の席ももう予約してるぞ」
「え?」
「金はMRが払う。表向きは勉強会としてやるんだからな」
「先生、自分は・・・」
「スライド作りは飲み会が終わってからやれ」
体育会系だな・・・。
芝先生によるアセチルコリン負荷。
「右冠動脈、アセチルコリンいきます」
僕はセカンドの役目として、正面のモニターを睨んでいた。
ST-T変化は・・・・ないか。最近、少し視力が悪くなってきたな。モニター見てるとその衰えが分かりやすい。
「造影!」
造影剤が射ちこまれた。全体的に冠動脈が狭小化している。
実際spasmかどうかは微妙なところだ。
「も1回・・・・造影!」
今度の造影ではさらに狭小化がみられる。♯2以降はほとんど見えない。
心電図は・・・ST上昇している。芝先生は落ち着いている。
「どうもないですか」
「ちょっと重たいなあ、胸が」
患者は答えた。
「あ!」
芝先生が慌てた。
「カテが・・・」
透視画面。カテーテルが抜けてしまっている。
「入れ直さないと」
芝先生は身を乗り出し、焦って入り口を探している。しかし・・・
「どこや、どこや・・・クソッ」
心電図はST上昇したままだ。僕はニトロールを用意している。
「芝先生、静脈からでは・・・」
「待て、うるさい!」
カテは入らない。入り口まで狭小化したのか?
モニター上、血圧が70mmHg台に。ガラス越しの小杉が立ち上がって腕組みしだした。
「ゆ、ユウキ、血圧見ろ。ニトロールは今は使うなよ」
「え、ええ」
「1回造影して、入り口探すか!」
とは言って造影したものの、入り口もよく分からない状況だ。
「痛くなってきた・・だんだん」
患者の訴えがひどくなってきた。
芝先生は冷静さを保とうとはしていた。
「大丈夫ですからねー」
声は震えていた。額、頬に大量の汗。
向こうから巨漢が現れた。芝先生がパッと顔を上げた。
「や、山城先生!抜けてしまいましてね!なかなかエンゲージ・・」
山城先生は無言で駆けつけ、片手で芝先生の腕をつかみ、体を数メートル後ろまで弾き飛ばした。
芝先生はバランスを崩し、後ろの処置台とともに床にガシャ−ンと叩きつけられた。
「ユウキ!DC近くに持ってきとけ!」
「は、はい!」
山城先生は細いサイズのカテーテルを挿入した。
「・・・・・入った」
とたん、モニターの波形が赤く点灯し始めた。
「VT、VT!おい!DCは?」
僕はDCを持ってきた。
「貸せ!」
山城先生が直接操作した。
「いくぞ!」
ズドンと電圧が放出された。患者が一瞬浮き上がる。
「戻ったな。ニトロール、冠注!」
しばらく沈黙が流れた。
「造影!」
冠動脈は・・・正常に造影された。
カテが終了し、再び更衣室。
「芝!あれは何だ!」
「誠に申し訳ありません!」
芝先生は正座し、うつむいていた。今度はこっちがスパズムっている。
「貴様はちょっと調子に乗るとこうだな」
「申し訳ございません」
「それとおい、お前!」
ギロっと僕の方に矛先が向いた。
「はい!」
「お前がカテーテル引っ張った可能性もあるんだぞ!」
「そ、操作中に・・ですか?」
「そうだ。その可能性もあっただろ?放射線部の奴もそう指摘してる」
「小杉・・・」
「芝!お前もそう思うだろ?」
芝先生はこちらを上目遣いで見た。が一瞬で目を逸らした。
「は、はい。確かにこれまでにも何回か。今回もそうかもしれません」
今回は、そんな覚えはないぞ。
「そらな。ま、共同責任だ。循環器はチームだからな」
山城先生は去っていった。芝先生はゆっくりと立ち上がった。スパズムは解除されたようだ。
「ゆ、ユウキ。スライド早く仕上げろよ。明日の朝5時、医局でオレに見せろ」
「は、はい・・・」
足早に芝先生は退散した。
「大変だったねー」
モップを抱えた小杉が横から声をかけた。
「山さんに、何て言われてたの?先生まで怒られてたようだけど?」
「・・さあな」
「お疲れー!」
彼の薄ら笑いの表情が気に入らず、僕も足早にカテ室を出た。
<つづく>
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