< フィフス・レジデント 14 発進せよ! >
2004年5月20日 連載「胸部CTでも、胸水はないです」
循環器科のこぢんまりとしたカンファレンスだ。先日入院した患者の心不全は改善したようだ。
山城先生がふんぞりかえって聞いている。
「エコーでは基礎疾患らしきものは?」
「収縮能はかなり低下しています。LVEFは40%前後」
「前後とは何だ。計測値をハッキリと言え!」
「41%です」
「左室の拡大は?」
「今の段階でLVDd 60mmです」
「けっこう水ひいて、それか。ICMかな」
「そう思います」
「安静度は?」
「ポータブルトイレだけでST変化が若干」
「若干とか・・・そういう表現はやめろ!」
「は、はい。0.5mmの下降です」
「エコーでLVEF 41%か。それは2次元的な計測だな?」
「は、はい。Simpson計測はしてなくて・・・」
「左室造影とあまりにも違ってたら許さんからな」
カテ室で芝先生と手洗い。
「ユウキ、お前・・病棟のカナちゃん達が怒りまくってるぞ!」
「またですか・・・」
「病棟に1日1回しか行ってないんだって?」
「昼に行ってますが、申し送り事項聞いて、患者廻って・・・」
「そのあとに大事な報告が出たりもするんだ!朝・昼・夕・夜中、と顔を出せ!」
「・・・できれば」
「入院患者からの不満もあるぞ。お前、CCUの入院患者は?」
「5人。全部、僕です」
「ふん」
「ICUに4人」
「ふん」
「一般内科に7人。呼吸器内科に6人」
ナンバー2・3は数人しか担当していない。
「ふん・・・とにかく、まんべんなくやれ!」
グイーン、と自動ドアをくぐった。
「ユウキ、術者は俺だ。俺が穿刺する」
「え?主治医は僕で・・」
「でもだ。これは山城先生からの命令だ」
「そうですか・・・」
「何か、お前が気に入らないことでも言ったか、あるいはお前を病棟勤務に専念させたいのか・・」
「何も言ってません」
「じゃ、もう一方のほうだ。病棟勤務に徹しろ、ということだ」
「ならそう言ってくれたらいいのに・・・」
「山ちゃんの怖いところはそこだ。黙ったまま人を斬る!」
右冠動脈造影。♯2、♯4に75%の狭窄。
「思ったとおりやな。左もあるな。おい!造影剤は?」
「は、はい」
「身が入っとらんな」
「すみません」
「あまりうつつを抜かすなよ」
「何に?」
「もうそこらじゅう話題になってるぞ」
「冷やかさないでください・・・」
「あと3ヶ月で半年か。頑張れよ!」
左冠動脈。主幹部に75%の狭窄が見つかった。LAD♯7、LCx♯12にも75%狭窄。
「ユウキ、この患者の背景にはDMが?」
「あります。HbA1c 10.3%。4年前から指摘されてて無治療」
「無症候性か。自業自得やな・・・さて」
芝先生はガラス越しの星野先生に向って口パクした。
「(バイパスですね?)」
「(そうだな。終わろう)」
「終わります!」
CCUへ戻ったが、患者の表情がおかしい。
「どうされました?」
「ちょっと重たいような・・・」
「胸が?」
「心電図を」
本田さんが現れた。
「検査は終了で、あとはリハビリね」
「いやそれが。主幹部に狭窄があって・・」
「バイパス?じゃあ、心臓外科ね」
「心臓外科はうちの大学関連の総合病院だ」
「またあの道を救急車で運ぶの?」
「行きは1時間、帰りは2時間かな」
「今から?」
「心電図、これ今の?ありがとう・・・ST下がってる。さらに1mm。ニトロ舌下させて」
星野先生が入ってきた。
「一応、心臓外科へは俺が連絡しておいた。オペそのものは明日以降らしいな」
「明日・・ですか。しかし」
「ST下がってきたのか」
「ええ。薬剤は追加しようとは思いますが」
「家族へちゃんと説明しとけ。わたしのせいですってな。ハハハ!」
「な・・・」
「それはマイケル、ジョーダン!ジョーダン!」
「うへへへへ」
関係のないネズミまでが笑っている。
アウトローの鈴木さんがイスを並べ始めた。
「先生、ムンテラを家族に」
「そうだな・・入ってもらって」
ヅカヅカと7,8人の男女が入ってきた。みな若い。30代くらいか。そのうちのリーダー格が先頭に座った。
「俺が長男です。さっき、東京から到着しまして」
「今、検査が終了したところで」
「うちのおふくろへ説明してたみたいだけど・・・。あんな老人捕まえて説明しても、理解しろっていうのが無理でしょ、先生」
「え、ええ。しかし身近におられる方へ説明するしかなかったので」
「おふくろから連絡あったときは、検査するだけなので心配ない、そう聞いてたんだけどね」
「・・・重症の心不全だと説明したんですがねえ」
「だから先生!お年寄りには無理だって、医学的なことは!」
「ええ」
「で、昨日そっちへ電話したら、この看護婦さんかな?心不全で入院してると聞いてね」
「ええ」
「ビックリしたよ。そんな重い病気なら、ふつうはあなた、子のほうまで連絡しようとか、思いませんか?先生!」
「ええ、そうですね」
「だから、そいつ、いったいどんな主治医なんだ?ってことで、友達いっぱい連れて来ました」
なんで友達、連れて来るんだよ。いい年して。
「このうち2人は医者です。横浜でクリニック経営してます。もと同級生です」
2人が立ち上がり、それぞれポケットから名刺を取り出した。
「深沢です」
「水野です」
「複雑な説明だったら困るので、こうして友人にお願いしてきた、ってことです。で、今はオヤジも鼻から酸素吸ってるくらいみたいですね、
先生!退院まであと1週間ってところですか?」
「あの・・いいですか?」
「ええ、どうぞ。おい、ケータイ、切っておけよ!」
「心不全は改善。原因究明のために冠動脈造影を行いました」
クリニックの2人はこちらを直視しわずかに頷いていた。
「すると、このフィルムのように・・・何箇所も狭窄がありました」
みんなフィルムを見入った。
「狭窄が限定されていればカテーテル下で拡張したりもしますが・・このような複数病変となると。しかも主幹部というこの箇所に高度な
狭窄があります。ここ自体カテーテルでの拡張は無理があります。危険が大きすぎる」
クリニックの2人はペンを鼻に当ててチックタックし始めた。
「しかも今でも発作を起こしかけてます。虚血による症状です十分な血流がいきわたってないんです」
「すると・・・?」
「バイパス術です。それも早めに。待機的にやるにしても、心臓外科のある病院に移っておくべきです」
「はあ、じゃあそこへ・・・」
「連絡しましたら準備オッケーだそうなので」
「じゃ、その・・・今から?」
「救急車で。私も乗ります」
「あ、そ・・・・よ、よろしく」
一方的なムンテラではあるが、余計な時間をかけたくなかった。
入り口に救急車が待機。中に患者のほか救急隊、僕と長男。
「じゃ、行きますか」
と僕が声をかけたが、救急隊はまだ出発しない。ふと思い出した。
「そうだ。紹介状、写真・・置いてきてしまった!」
病院へ戻ろうとしたところ、ナースが1人それらを持ってやってきた。
マスクを外しているが・・アウトローのあの子だ。
「私が行くことになりましたので」
「・・・あ、ああ」
なぜか少し照れてしまった。
「行きましょう!」
<つづく>
循環器科のこぢんまりとしたカンファレンスだ。先日入院した患者の心不全は改善したようだ。
山城先生がふんぞりかえって聞いている。
「エコーでは基礎疾患らしきものは?」
「収縮能はかなり低下しています。LVEFは40%前後」
「前後とは何だ。計測値をハッキリと言え!」
「41%です」
「左室の拡大は?」
「今の段階でLVDd 60mmです」
「けっこう水ひいて、それか。ICMかな」
「そう思います」
「安静度は?」
「ポータブルトイレだけでST変化が若干」
「若干とか・・・そういう表現はやめろ!」
「は、はい。0.5mmの下降です」
「エコーでLVEF 41%か。それは2次元的な計測だな?」
「は、はい。Simpson計測はしてなくて・・・」
「左室造影とあまりにも違ってたら許さんからな」
カテ室で芝先生と手洗い。
「ユウキ、お前・・病棟のカナちゃん達が怒りまくってるぞ!」
「またですか・・・」
「病棟に1日1回しか行ってないんだって?」
「昼に行ってますが、申し送り事項聞いて、患者廻って・・・」
「そのあとに大事な報告が出たりもするんだ!朝・昼・夕・夜中、と顔を出せ!」
「・・・できれば」
「入院患者からの不満もあるぞ。お前、CCUの入院患者は?」
「5人。全部、僕です」
「ふん」
「ICUに4人」
「ふん」
「一般内科に7人。呼吸器内科に6人」
ナンバー2・3は数人しか担当していない。
「ふん・・・とにかく、まんべんなくやれ!」
グイーン、と自動ドアをくぐった。
「ユウキ、術者は俺だ。俺が穿刺する」
「え?主治医は僕で・・」
「でもだ。これは山城先生からの命令だ」
「そうですか・・・」
「何か、お前が気に入らないことでも言ったか、あるいはお前を病棟勤務に専念させたいのか・・」
「何も言ってません」
「じゃ、もう一方のほうだ。病棟勤務に徹しろ、ということだ」
「ならそう言ってくれたらいいのに・・・」
「山ちゃんの怖いところはそこだ。黙ったまま人を斬る!」
右冠動脈造影。♯2、♯4に75%の狭窄。
「思ったとおりやな。左もあるな。おい!造影剤は?」
「は、はい」
「身が入っとらんな」
「すみません」
「あまりうつつを抜かすなよ」
「何に?」
「もうそこらじゅう話題になってるぞ」
「冷やかさないでください・・・」
「あと3ヶ月で半年か。頑張れよ!」
左冠動脈。主幹部に75%の狭窄が見つかった。LAD♯7、LCx♯12にも75%狭窄。
「ユウキ、この患者の背景にはDMが?」
「あります。HbA1c 10.3%。4年前から指摘されてて無治療」
「無症候性か。自業自得やな・・・さて」
芝先生はガラス越しの星野先生に向って口パクした。
「(バイパスですね?)」
「(そうだな。終わろう)」
「終わります!」
CCUへ戻ったが、患者の表情がおかしい。
「どうされました?」
「ちょっと重たいような・・・」
「胸が?」
「心電図を」
本田さんが現れた。
「検査は終了で、あとはリハビリね」
「いやそれが。主幹部に狭窄があって・・」
「バイパス?じゃあ、心臓外科ね」
「心臓外科はうちの大学関連の総合病院だ」
「またあの道を救急車で運ぶの?」
「行きは1時間、帰りは2時間かな」
「今から?」
「心電図、これ今の?ありがとう・・・ST下がってる。さらに1mm。ニトロ舌下させて」
星野先生が入ってきた。
「一応、心臓外科へは俺が連絡しておいた。オペそのものは明日以降らしいな」
「明日・・ですか。しかし」
「ST下がってきたのか」
「ええ。薬剤は追加しようとは思いますが」
「家族へちゃんと説明しとけ。わたしのせいですってな。ハハハ!」
「な・・・」
「それはマイケル、ジョーダン!ジョーダン!」
「うへへへへ」
関係のないネズミまでが笑っている。
アウトローの鈴木さんがイスを並べ始めた。
「先生、ムンテラを家族に」
「そうだな・・入ってもらって」
ヅカヅカと7,8人の男女が入ってきた。みな若い。30代くらいか。そのうちのリーダー格が先頭に座った。
「俺が長男です。さっき、東京から到着しまして」
「今、検査が終了したところで」
「うちのおふくろへ説明してたみたいだけど・・・。あんな老人捕まえて説明しても、理解しろっていうのが無理でしょ、先生」
「え、ええ。しかし身近におられる方へ説明するしかなかったので」
「おふくろから連絡あったときは、検査するだけなので心配ない、そう聞いてたんだけどね」
「・・・重症の心不全だと説明したんですがねえ」
「だから先生!お年寄りには無理だって、医学的なことは!」
「ええ」
「で、昨日そっちへ電話したら、この看護婦さんかな?心不全で入院してると聞いてね」
「ええ」
「ビックリしたよ。そんな重い病気なら、ふつうはあなた、子のほうまで連絡しようとか、思いませんか?先生!」
「ええ、そうですね」
「だから、そいつ、いったいどんな主治医なんだ?ってことで、友達いっぱい連れて来ました」
なんで友達、連れて来るんだよ。いい年して。
「このうち2人は医者です。横浜でクリニック経営してます。もと同級生です」
2人が立ち上がり、それぞれポケットから名刺を取り出した。
「深沢です」
「水野です」
「複雑な説明だったら困るので、こうして友人にお願いしてきた、ってことです。で、今はオヤジも鼻から酸素吸ってるくらいみたいですね、
先生!退院まであと1週間ってところですか?」
「あの・・いいですか?」
「ええ、どうぞ。おい、ケータイ、切っておけよ!」
「心不全は改善。原因究明のために冠動脈造影を行いました」
クリニックの2人はこちらを直視しわずかに頷いていた。
「すると、このフィルムのように・・・何箇所も狭窄がありました」
みんなフィルムを見入った。
「狭窄が限定されていればカテーテル下で拡張したりもしますが・・このような複数病変となると。しかも主幹部というこの箇所に高度な
狭窄があります。ここ自体カテーテルでの拡張は無理があります。危険が大きすぎる」
クリニックの2人はペンを鼻に当ててチックタックし始めた。
「しかも今でも発作を起こしかけてます。虚血による症状です十分な血流がいきわたってないんです」
「すると・・・?」
「バイパス術です。それも早めに。待機的にやるにしても、心臓外科のある病院に移っておくべきです」
「はあ、じゃあそこへ・・・」
「連絡しましたら準備オッケーだそうなので」
「じゃ、その・・・今から?」
「救急車で。私も乗ります」
「あ、そ・・・・よ、よろしく」
一方的なムンテラではあるが、余計な時間をかけたくなかった。
入り口に救急車が待機。中に患者のほか救急隊、僕と長男。
「じゃ、行きますか」
と僕が声をかけたが、救急隊はまだ出発しない。ふと思い出した。
「そうだ。紹介状、写真・・置いてきてしまった!」
病院へ戻ろうとしたところ、ナースが1人それらを持ってやってきた。
マスクを外しているが・・アウトローのあの子だ。
「私が行くことになりましたので」
「・・・あ、ああ」
なぜか少し照れてしまった。
「行きましょう!」
<つづく>
コメント