救急車は勢いよくサイレンを発しはじめた。ビデオのコマ送りのごとく、風景が変化していく。
車の中は畳1畳くらいのサイズしかない。救急隊員が報告している。
「71歳男性!生年月日・・・・いつですか?」
「ここに書いてあります」
「あ、どうも・・・症状は・・・どういうふうな?」
「僕がいいますよ」
「それダメ!」
「なぜに?」
「そういうシステムだから!」

 どうやら渋滞に巻き込まれたようだ。市街地をジグザグ運転している。点滴がブンブン揺れている。
長男が不安がった。
「その点滴には・・何が?」
「カタボンという強心剤です」
「はあ・・・」
「脈はこのモニターで見てます」
「今日、手術してもらえないのですかね」
「今日は無理のようです。明日以降ということらしいです」
「明日・・・しかし本人はつらそうですよ」
「今、薬剤を増量したところです」

 モニターはあまり変わりがみられない。不整脈もなし。待機でいけそうな雰囲気だ。
アウトローはモニターをじっくり見ている。みんなたびたび揺れているが、彼女はあまり動じてない。

 長男が何かまた話しかけたそうだ。
「先生。先生の口からあっちの先生にお願いしてくれないかな」
「?」
「今日にでも手術してくれないか、と」
「しかし・・・」
「ついこの前、親戚のじいちゃんが心臓で亡くなったばっかりなんだ」
「同じ病気で?」
「手術はまだしなくていいと病院から説明受けてたんだけど・・急に悪化してね。悪化したらその医者、
『今、手術するのはリスクが大きすぎる』ってね・・・」
「それ、分かりますよ」
「そうですか」
「自分も似たような経験を最近・・・」
「ありがとう、ありがとう」
 長男は泣き出した。
「分かりました、頼んでみます」
 
 妙なヒロイズムにかられた。

「もしもし、心外の島田です」
「すみません。搬送中の患者さんですが」
「僕はレジデントなんです。あまり詳細な対応は・・・」
「?」
「待機的にオペをするって聞いてますけど」
「他の先生方は?」
「どうしよっかな・・・・じゃ、これ、内緒なんですが。公式の飲み会がありまして」
 世間知らずのそのレジデントは簡単に誘導できた。
「・・・MRのでしょ?」
「ええそうです」
「すると今日はもう帰られないんですね。先生も大変ですね」
「そう!そうなんですよ!」
「いろいろ大変ですね。明日のオペの手伝いを?」
「いいえ、僕は見てるだけです。ペースメーカーの電池交換です。比較的楽なほうですが」
「そうですか。こちらは不安定狭心症なもので」
「発作・・あるんですか?」
「多少は。先生、今日は泊まりですか?」
「はい」
「そうか・・・大変だな」
「え?え?」
「いやいや。まあST変化は有意でないですがね。そちらの先生が待機的にということだから」
「ウソ、マジ、ウソ・・・」
「もし先生、患者診られて不安でしたら早めに相談されても」
「いえ。ちょっと報告しときます」

 救急車は山道を走り出した。この峠を越えて、下りたら病院だ。
救急隊員がベッドにつかまる。
「揺れますよ!」
 カーブにつぐカーブが僕らを翻弄した。

 救急隊が電話を差し出した。
「先生、さっきの病院!」
「ええ。あ、もしもし?」
「先生すみません、やっぱダメでした。明らかなST変化がない限り、オペは明日以降にすると」
「そうですか・・・」
 モニターも変化はない。

「長男さん、やっぱ明日以降のようです」
「夜中、大丈夫なんでしょうか・・・。怖いです」
「・・・・・」

 車は峠を下りだした。
鈴木さんが肩を叩いてきた。
「先生、脈!脈!」
「はっ?」
モニターを見ると、かなりの頻脈だ。VPCも単発で出ている。
患者も動悸を訴えているようだ。
「あたたた・・・ドキドキする」
汗をかき出した。モニターのSTは低下傾向だ。
「鈴木さん!持ってきた薬は?」
「キシロは、この1本だけです」
「半分ずついくぞ!」
 50mgを投与。しかし変わらない!

 病院の玄関に到着した。
入り口からレジデントらしき医者が走ってきた。
「さきほどの・・・ユウキ先生?」
「そうです!」
「さっき救急隊から連絡ありました。大きな発作が出てきたと」
 連絡してくれてたんだ。
「で、上の先生方にも連絡しました」
「そ、そうなんですか」
「オペ場で待機、ということになりまして」
「じゃ、今からオペを?」
「ええ。させて頂くと」
「ありがとう!」
 と、長男が飛び出してきた。
「な、何ですか先生?この人は?」
「長男さんです」
「あ、これはどうも・・・」

 ストレッチャーは救急外来を通り越し、廊下に運ばれていった。

救急車へ僕と鈴木さんは歩き出した。彼女は少し含み笑いしている。
「プッ!」
「ど、どうしたの?」
「よかったですね、先生」
「でも頻脈発作が起こった。どうなるかと思ったよ」
「頻脈は治りますよ」
「え?」
「ウフフフ・・・先生、気づかなかった?アハハ!」
 見たことのない笑顔で、彼女は高らかに笑い出した。
「あーおかしい。先生が一生懸命処置したあとに気づいたんだけど、点滴がね・・・外れてたの」
「外れてた?台から?」
「そしたら全開で落ち続けていて・・」
「カタボンのことか、それ?」
「そ。もちろん直しましたよ!」
「そりゃ、脈、速くなるよな!」
「そうでしょ!あはは!」
「なんと言おうか、その・・・峠を越したってことか?」
「先生、うまあい!」
「いちおう、報告を・・・」
「いいじゃない・・」
「え?」
「このままオペしてもらおうよ・・」
「う、うん」
「行こ」
「あ、ああ」
 
帰りの救急車はサイレンなしの長距離ドライブとなった。彼女は何度も思い出し笑い。
いろんな話をしながら、僕らは小さく笑い続けた。救急隊の人たちにも笑顔がみられた。

 緊急オペは無事終了、その患者は1ヵ月後に退院した・・・・。

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