< フィフス・レジデント 15 天才!カタボン >
2004年5月20日 連載 救急車は勢いよくサイレンを発しはじめた。ビデオのコマ送りのごとく、風景が変化していく。
車の中は畳1畳くらいのサイズしかない。救急隊員が報告している。
「71歳男性!生年月日・・・・いつですか?」
「ここに書いてあります」
「あ、どうも・・・症状は・・・どういうふうな?」
「僕がいいますよ」
「それダメ!」
「なぜに?」
「そういうシステムだから!」
どうやら渋滞に巻き込まれたようだ。市街地をジグザグ運転している。点滴がブンブン揺れている。
長男が不安がった。
「その点滴には・・何が?」
「カタボンという強心剤です」
「はあ・・・」
「脈はこのモニターで見てます」
「今日、手術してもらえないのですかね」
「今日は無理のようです。明日以降ということらしいです」
「明日・・・しかし本人はつらそうですよ」
「今、薬剤を増量したところです」
モニターはあまり変わりがみられない。不整脈もなし。待機でいけそうな雰囲気だ。
アウトローはモニターをじっくり見ている。みんなたびたび揺れているが、彼女はあまり動じてない。
長男が何かまた話しかけたそうだ。
「先生。先生の口からあっちの先生にお願いしてくれないかな」
「?」
「今日にでも手術してくれないか、と」
「しかし・・・」
「ついこの前、親戚のじいちゃんが心臓で亡くなったばっかりなんだ」
「同じ病気で?」
「手術はまだしなくていいと病院から説明受けてたんだけど・・急に悪化してね。悪化したらその医者、
『今、手術するのはリスクが大きすぎる』ってね・・・」
「それ、分かりますよ」
「そうですか」
「自分も似たような経験を最近・・・」
「ありがとう、ありがとう」
長男は泣き出した。
「分かりました、頼んでみます」
妙なヒロイズムにかられた。
「もしもし、心外の島田です」
「すみません。搬送中の患者さんですが」
「僕はレジデントなんです。あまり詳細な対応は・・・」
「?」
「待機的にオペをするって聞いてますけど」
「他の先生方は?」
「どうしよっかな・・・・じゃ、これ、内緒なんですが。公式の飲み会がありまして」
世間知らずのそのレジデントは簡単に誘導できた。
「・・・MRのでしょ?」
「ええそうです」
「すると今日はもう帰られないんですね。先生も大変ですね」
「そう!そうなんですよ!」
「いろいろ大変ですね。明日のオペの手伝いを?」
「いいえ、僕は見てるだけです。ペースメーカーの電池交換です。比較的楽なほうですが」
「そうですか。こちらは不安定狭心症なもので」
「発作・・あるんですか?」
「多少は。先生、今日は泊まりですか?」
「はい」
「そうか・・・大変だな」
「え?え?」
「いやいや。まあST変化は有意でないですがね。そちらの先生が待機的にということだから」
「ウソ、マジ、ウソ・・・」
「もし先生、患者診られて不安でしたら早めに相談されても」
「いえ。ちょっと報告しときます」
救急車は山道を走り出した。この峠を越えて、下りたら病院だ。
救急隊員がベッドにつかまる。
「揺れますよ!」
カーブにつぐカーブが僕らを翻弄した。
救急隊が電話を差し出した。
「先生、さっきの病院!」
「ええ。あ、もしもし?」
「先生すみません、やっぱダメでした。明らかなST変化がない限り、オペは明日以降にすると」
「そうですか・・・」
モニターも変化はない。
「長男さん、やっぱ明日以降のようです」
「夜中、大丈夫なんでしょうか・・・。怖いです」
「・・・・・」
車は峠を下りだした。
鈴木さんが肩を叩いてきた。
「先生、脈!脈!」
「はっ?」
モニターを見ると、かなりの頻脈だ。VPCも単発で出ている。
患者も動悸を訴えているようだ。
「あたたた・・・ドキドキする」
汗をかき出した。モニターのSTは低下傾向だ。
「鈴木さん!持ってきた薬は?」
「キシロは、この1本だけです」
「半分ずついくぞ!」
50mgを投与。しかし変わらない!
病院の玄関に到着した。
入り口からレジデントらしき医者が走ってきた。
「さきほどの・・・ユウキ先生?」
「そうです!」
「さっき救急隊から連絡ありました。大きな発作が出てきたと」
連絡してくれてたんだ。
「で、上の先生方にも連絡しました」
「そ、そうなんですか」
「オペ場で待機、ということになりまして」
「じゃ、今からオペを?」
「ええ。させて頂くと」
「ありがとう!」
と、長男が飛び出してきた。
「な、何ですか先生?この人は?」
「長男さんです」
「あ、これはどうも・・・」
ストレッチャーは救急外来を通り越し、廊下に運ばれていった。
救急車へ僕と鈴木さんは歩き出した。彼女は少し含み笑いしている。
「プッ!」
「ど、どうしたの?」
「よかったですね、先生」
「でも頻脈発作が起こった。どうなるかと思ったよ」
「頻脈は治りますよ」
「え?」
「ウフフフ・・・先生、気づかなかった?アハハ!」
見たことのない笑顔で、彼女は高らかに笑い出した。
「あーおかしい。先生が一生懸命処置したあとに気づいたんだけど、点滴がね・・・外れてたの」
「外れてた?台から?」
「そしたら全開で落ち続けていて・・」
「カタボンのことか、それ?」
「そ。もちろん直しましたよ!」
「そりゃ、脈、速くなるよな!」
「そうでしょ!あはは!」
「なんと言おうか、その・・・峠を越したってことか?」
「先生、うまあい!」
「いちおう、報告を・・・」
「いいじゃない・・」
「え?」
「このままオペしてもらおうよ・・」
「う、うん」
「行こ」
「あ、ああ」
帰りの救急車はサイレンなしの長距離ドライブとなった。彼女は何度も思い出し笑い。
いろんな話をしながら、僕らは小さく笑い続けた。救急隊の人たちにも笑顔がみられた。
緊急オペは無事終了、その患者は1ヵ月後に退院した・・・・。
車の中は畳1畳くらいのサイズしかない。救急隊員が報告している。
「71歳男性!生年月日・・・・いつですか?」
「ここに書いてあります」
「あ、どうも・・・症状は・・・どういうふうな?」
「僕がいいますよ」
「それダメ!」
「なぜに?」
「そういうシステムだから!」
どうやら渋滞に巻き込まれたようだ。市街地をジグザグ運転している。点滴がブンブン揺れている。
長男が不安がった。
「その点滴には・・何が?」
「カタボンという強心剤です」
「はあ・・・」
「脈はこのモニターで見てます」
「今日、手術してもらえないのですかね」
「今日は無理のようです。明日以降ということらしいです」
「明日・・・しかし本人はつらそうですよ」
「今、薬剤を増量したところです」
モニターはあまり変わりがみられない。不整脈もなし。待機でいけそうな雰囲気だ。
アウトローはモニターをじっくり見ている。みんなたびたび揺れているが、彼女はあまり動じてない。
長男が何かまた話しかけたそうだ。
「先生。先生の口からあっちの先生にお願いしてくれないかな」
「?」
「今日にでも手術してくれないか、と」
「しかし・・・」
「ついこの前、親戚のじいちゃんが心臓で亡くなったばっかりなんだ」
「同じ病気で?」
「手術はまだしなくていいと病院から説明受けてたんだけど・・急に悪化してね。悪化したらその医者、
『今、手術するのはリスクが大きすぎる』ってね・・・」
「それ、分かりますよ」
「そうですか」
「自分も似たような経験を最近・・・」
「ありがとう、ありがとう」
長男は泣き出した。
「分かりました、頼んでみます」
妙なヒロイズムにかられた。
「もしもし、心外の島田です」
「すみません。搬送中の患者さんですが」
「僕はレジデントなんです。あまり詳細な対応は・・・」
「?」
「待機的にオペをするって聞いてますけど」
「他の先生方は?」
「どうしよっかな・・・・じゃ、これ、内緒なんですが。公式の飲み会がありまして」
世間知らずのそのレジデントは簡単に誘導できた。
「・・・MRのでしょ?」
「ええそうです」
「すると今日はもう帰られないんですね。先生も大変ですね」
「そう!そうなんですよ!」
「いろいろ大変ですね。明日のオペの手伝いを?」
「いいえ、僕は見てるだけです。ペースメーカーの電池交換です。比較的楽なほうですが」
「そうですか。こちらは不安定狭心症なもので」
「発作・・あるんですか?」
「多少は。先生、今日は泊まりですか?」
「はい」
「そうか・・・大変だな」
「え?え?」
「いやいや。まあST変化は有意でないですがね。そちらの先生が待機的にということだから」
「ウソ、マジ、ウソ・・・」
「もし先生、患者診られて不安でしたら早めに相談されても」
「いえ。ちょっと報告しときます」
救急車は山道を走り出した。この峠を越えて、下りたら病院だ。
救急隊員がベッドにつかまる。
「揺れますよ!」
カーブにつぐカーブが僕らを翻弄した。
救急隊が電話を差し出した。
「先生、さっきの病院!」
「ええ。あ、もしもし?」
「先生すみません、やっぱダメでした。明らかなST変化がない限り、オペは明日以降にすると」
「そうですか・・・」
モニターも変化はない。
「長男さん、やっぱ明日以降のようです」
「夜中、大丈夫なんでしょうか・・・。怖いです」
「・・・・・」
車は峠を下りだした。
鈴木さんが肩を叩いてきた。
「先生、脈!脈!」
「はっ?」
モニターを見ると、かなりの頻脈だ。VPCも単発で出ている。
患者も動悸を訴えているようだ。
「あたたた・・・ドキドキする」
汗をかき出した。モニターのSTは低下傾向だ。
「鈴木さん!持ってきた薬は?」
「キシロは、この1本だけです」
「半分ずついくぞ!」
50mgを投与。しかし変わらない!
病院の玄関に到着した。
入り口からレジデントらしき医者が走ってきた。
「さきほどの・・・ユウキ先生?」
「そうです!」
「さっき救急隊から連絡ありました。大きな発作が出てきたと」
連絡してくれてたんだ。
「で、上の先生方にも連絡しました」
「そ、そうなんですか」
「オペ場で待機、ということになりまして」
「じゃ、今からオペを?」
「ええ。させて頂くと」
「ありがとう!」
と、長男が飛び出してきた。
「な、何ですか先生?この人は?」
「長男さんです」
「あ、これはどうも・・・」
ストレッチャーは救急外来を通り越し、廊下に運ばれていった。
救急車へ僕と鈴木さんは歩き出した。彼女は少し含み笑いしている。
「プッ!」
「ど、どうしたの?」
「よかったですね、先生」
「でも頻脈発作が起こった。どうなるかと思ったよ」
「頻脈は治りますよ」
「え?」
「ウフフフ・・・先生、気づかなかった?アハハ!」
見たことのない笑顔で、彼女は高らかに笑い出した。
「あーおかしい。先生が一生懸命処置したあとに気づいたんだけど、点滴がね・・・外れてたの」
「外れてた?台から?」
「そしたら全開で落ち続けていて・・」
「カタボンのことか、それ?」
「そ。もちろん直しましたよ!」
「そりゃ、脈、速くなるよな!」
「そうでしょ!あはは!」
「なんと言おうか、その・・・峠を越したってことか?」
「先生、うまあい!」
「いちおう、報告を・・・」
「いいじゃない・・」
「え?」
「このままオペしてもらおうよ・・」
「う、うん」
「行こ」
「あ、ああ」
帰りの救急車はサイレンなしの長距離ドライブとなった。彼女は何度も思い出し笑い。
いろんな話をしながら、僕らは小さく笑い続けた。救急隊の人たちにも笑顔がみられた。
緊急オペは無事終了、その患者は1ヵ月後に退院した・・・・。
コメント