呼吸器科病棟で、右下肺炎の患者を回診。70歳女性、老健からの紹介で、基礎に気管支拡張症がある。
入院時セフェム3世代のモダシンを開始していたが、高熱・画像所見は変わらない。どうやら起炎菌の推定を
誤ったようだ。喀痰培養はまだ返ってきてない。入院してまだ3日目なので当然だ。

 患者を聴診していたところ、ガラガラ・・・と廊下から台車の音が聞こえてきた。
「よう!」
 畑先生が大量のカルテを抱えて回診している。急にストップしたため何冊かが滑り落ちた。
「おっとと・・・まだ高熱続いてるな!」
「ええ」
「酸素はいけてるのか?」
「マスク4Lで100%あります」
「おいおい。動脈血のCO2、チェックしてないな?」
「・・・エクタジアでもCO2、貯留するんですか?」
「それは決まってないだろ。確認はしておけ。これ見てみろ」

 うかつだった。外来カルテの巻末にある過去のデータでは、CO2 57mmHgと高めとなっている。
外来カルテの場所・見方が困難でも、かなりの情報が詰まってるのでチェックをルーズにしてはならない。

「CO2 68mmHgか・・・以前、オーベンが出してた指示でいくか」
『O2 3Lネーザルへ減量。SpO2 92-95%の範囲となるようO2を0.5Lずつ調節』
「これでよし・・と」
 抗生剤は・・・

『過去の情報は?』
 そうだ、もう一度カルテを・・・
過去のサマリーに、「MRSA陽性」とある。
「これか・・・バンコマイシンを!」
『バンコマイシン 0.5gと生食100ml・・・・8時間毎』、と。
モダシンは中止して、と。

出て行こうとしたが、少しわだかまりがあった。

『ところでどうして肺炎になったんだ・・・?』
紹介状には「呼吸苦あり、肺炎疑いで治療お願いします」としかない。
しかし入院時の看護サマリーには・・・
「食後より呼吸状態が悪化」とある。

「誤嚥性肺炎か・・・?なら、ダラシンS追加」
 嫌気性菌・MRSAをターゲットに補正し直し。
こういう指示は他の循環器グループ面々にっとっては、まるで苦手な領域だった。

ICU/CCUへ入ったのは、夕方4時だった。
「あ、来た!」
リーダーの本田さんが近づいてきた。
「みんな、待ちわびてたのよ。鈴木ちゃんが寂しそうだったよ!」
「な、何を・・・」
「誘ったら?今だったらいけるわよ」
「な、何の話・・・」
 といいながら、内心はウキウキしていた。確かに2時間ほど親しく話しただけだが。
本田さんと僕は誰もいない控え室へ入った。
「彼女がね、少し明るいのよ、最近」
「あ、そう?」
「よく笑うようになったのね。あ、そうそう」
「・・・重症の報告は?」
「みんな順調のようね。心不全はハンプ使ってハルン出てるし、APも変わりなし。昼のEKGはちょうどいた星野先生に見てもらいました」
「そうか・・・しかしそのドイツ語・・・なんかイヤだな」
「EKG?エーカーゲーっていう言い方?」
「うん。なんか品が悪いというか」
「ゲーって吐きそう?」
「そうそう。ドイツ語は嫌いなんだよ」
「アレルギーってこと?あたしは?」
「え?」
「あたしたちに拒絶反応ない?」
「ど、どうして?」
「最近ここに来ないでしょ。だから少し嫌われてるのかって・・」
「と、とんでもない!・・・外来が長引いたしね」
「そう。じゃあこれからしばらく居てくれるのね?」
「そ、そりゃあ」
「週末は何かあるの?」
「?」
「なんか山城先生たち、学会があるって」
「学会・・・?」
「あるんでしょ、新幹線で横浜へ」
「・・・ああ、あれか。あれは・・・」
「別にあたし、言いふらさないから」
「そう?実は・・・県内のコンペだよ」
「ゴルフ?」
「お気に入りの病棟のナース達とね。手取り足取りだってさ」
「そう。ま、県外には出ないのね」
「そうだけど・・・」
「いやあのね、循環器グループがごっそり居なくなったら大変でしょ。何かあったときに」
「そうだな。でも僕は留守番だよ。留守番はレジデントの定番だ」
「病棟ナース、ね。アイツらは嫌い」
「仲が悪いな」
「ふだんちゃんと患者見てろってのに!監視を怠るから急変して、うちに迷惑がかかるのよ」
「しかし、病棟にとっては君らはどうなのかな?」

 病棟ではこう言ってたな。「アイツらは機械的に対処するだけで、患者をケアしてない!」

早くも申し送りが終わったようで。2人が居残った。1人はベテランの大山さんで、もう1人が・・鈴木さんだ。
どこかドギマギしながら、相変わらずうつむいて書き物をしている彼女の方へ近づいた。
「今日は平和だね」
「・・・えっ?」
 彼女はビックリして大きな目を見開いた。
「ごめんごめん」
「いえ。先生、この間は・・・(楽しかったですよ)」
「(大山さんが見てる、シッ!)」
「(あの人、キライ!)」
「安定してるようだから・・・」
「(帰ったら、イヤ!)」
「え?」
「(深夜の交代まで・・・・居て)」
「(ここに?)」
「(そう・・・お願い!)」

 その日僕はICU/CCUに居残ることにした。仕方なく・・というのでもない。
だが患者は安定しており、むしろ患者数急増の病棟患者が気になった。

 ちょくちょく鈴木さんの横に来ては話していた。こういったダラダラ医師はけっこういる・・・。

病棟に電話してみた。しばらくして、やっと繋がった。
「循環器病棟です!ハアハア」
「あ、ごめん・・・大変そうだね」
「先生?ああ、ちょうどよかった」
「何?」
「よかったよかった」
「だから何?」
「えーと・・えーと・・・」
「何だよ?」
「また思い出したら電話します」
「何だよ?忘れるくらいの内容か?」
「あ、思い出した。今日の朝に入院した先生の新患患者」
「66歳女性?めまい精査で入った人だ」
「ええ。頭痛がすると」
「処方の希望?」
「見ていただけたらと」
「当直の先生は?」
「今日は眼科の先生なんです」
「が、がん、か・・・」
「バイタルは?」
「SpO2 99%です」
「まず血圧だろ!」

 フーッとため息。
「行かなくちゃなあ!」
「病棟ですか?急変?」
「じゃないと思うよ。めまいで入院したけど頭部CTも所見なかったし」
「よかった。あたしのいるときは入院はくれぐれも・・・」
「イヤだろね、そりゃ」
「うん」
「じゃ、ちょっと行って来る」
「戻ってきてね」
「ああ」

 これはひょっとして・・・脈あり、か・・・?どうもこの仕事を始めてからこう勘違いしてしまう、
いわゆる『脈あり』病になってしまったような気がする・・・。

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