< フィフス・レジデント 17 居心地 >
2004年5月22日 連載病棟のベッドでは患者が座っていた。大汗をかいている。
ナースが立ち尽くしている。
「あ、先生。早いね」
「うん。で、血圧は?」
「220/120mmHgです。アダラート舌下して5分です」
「何?アダラートを?」
「はあ。そういう指示があったので」
「誰の指示だよ?」
「眼科の先生です」
「さっき僕と電話で話して・・・そのあとコールしたのか?」
「は、はい」
「なんでまた・・・原因もハッキリしてないのに」
「先生、ちゃんと調べたんですか?」
「1ぺんに全部は無理だろ!」
「家族への説明はしたんですか?」
「所見がそろってないのに何を話すんだよ!」
「で、どうするんですか?」
「ちょっとそこ、どいて。山地さーん。今も痛いですか?」
「うんうん」
「目を閉じたままだ。おかしいな、レベルが・・・」
まず採血、結果待ちの間に頭部CTをもう1回。
「CTは小杉に直接僕が連絡した。写真が撮れたら呼んで」
ナースは後ろで立ち止まった。
「先生、どこへ?」
「へっ?」
「患者さんが・・・」
「これから検査だし」
「じゃなくて!こっちも夜勤、2人しかいないんです。県の方針で人員が減らされて」
「役人め!」
「ですから先生、帰られずにここで・・」
「ちょっと重症を見にいくんだよ」
「CCUですか?」
「僕の勤務は1ヶ所じゃないんだよ!」
階段を歩みながら思った。・・・何を怒って威張ってるんだ?偉くなったつもりか?
気持ちに解釈のないまま、ICU/CCUへ戻った。準夜から深夜への申し送りが始まっていた。
重症患者はほとんど安定しているため、あまり緊迫感がなかった。
放射線科まで歩いた。
小杉がナースたちと患者を台に移している。
「よいしょっと!ああ、重いな。あ!ドクターユウキ!」
「すまないな。頭痛があって、レベルも少し落ちてる」
「アポったのかもねー」
「めまいで入ったんだよ。脳外科は今日は休診だろ。頭部のCTは撮ったけど」
「昼間のね。僕も見たけどー。どってことなかったよね」
「今は目まいでなく頭痛のようだ。血圧がすごく高い」
「レベルも落ちてるんだったら、脳外科呼んでもいんじゃないの?」
「うーん・・・ま、このCT見てから!」
「じゃ、撮るよ」
僕らはガラス越しに操作室から患者を覗いていた。
「せんせーも大変だねー!週末留守番でしょ?」
「留守番は、慣れてるよ」
「学会なの?」
「あ、ああ、そうだよ」
実は口止めされているのだ。
「でも先生、最近ちょっと怖いよねー」
「怖い?僕が?」
「怖いっていうのはね。威厳が出てきたってこと。病棟のナース1人泣かしたでしょ」
「僕が泣かした?」
「覚えてないー?この間僕、ポータブル撮りに病棟上がってたのねー。そしたらナースが電話出てて。あれ、
心電図の報告だったんだよね」
「ああ、あれか。心電図がおかしい、とコールがあったんだ」
「で、先生怒鳴っちゃったんだよね」
「ああ、言ったよ。おかしいってナンなんだよ!って」
「それでかぁ。あのあとその子がワンワン泣き出して」
「ウソだろ」
「ちょっとキツかったみたいだね」
「所見を読む努力もしてないんだぜ」
「まーね。基本的に病棟のナースは無理でしょ。勉強会とかやってても」
「勉強会なあ、何度かやったんだけど」
「ま、CCUに求めることをそのまま病棟に求めないほうがいいってことじゃない?」
「そりゃそうだけど・・・」
「分かる、先生。レベル低かったら、ヘンなコールかかってきてばっかで休養どころじゃないもんね」
「・・・そうだよ。今の睡眠時間が平均3時間」
「循環器は寝れないっていうね」
「あっ?今の!」
「あ!出ましたね・・・ペンタゴン」
「SAHだ・・・!脳外科に連絡を」
ICUへ患者を搬送、脳外科をコール。転科の運びとなる。
鈴木さんはすでに帰っており、本田さんが深夜で勤務中。
「本田さん、すまないが僕の患者だ」
「めまいで入ったんだってね」
「うかつだった。昨日の入院だったんだが」
「さすがに即MRIっていうのも無理あったしね。仕方ないわよ」
「血圧は外来で160/85mmHgだったんだが。これもすぐ下げるような血圧じゃないだろ?」
「そうね・・病棟はそのあとチェックしてなかったんでしょ?」
「してないな」
「反省するのは彼女達のほうよ」
「そうかな・・」
「大丈夫!あたしらは先生の味方だから!それにこれからずっと働いてもらわないとね!」
「ずっと・・?」
「先生が辞めるって言わない限りね」
「僕は言わないけど・・・クビになる可能性はあるよ。これまでのレジデントはみなそうだったらしいし」
「彼らは自分から言い出したのよ」
「そうなのか・・・理由はやはり」
「過酷な勤務。それと・・・」
「なんだい?」
「・・・・・」
50代脳外科のドクターによる診察・カルテチェックが終わったようだ。
「うーん・・・なるほど。しかしユウキ先生」
「はい」
「患者は頭痛を夕方の4時から訴えていたらしいですね」
「夕方?いえ・・知りませんでした」
「夕方っていったら先生、まだ病棟にいたわけでは?」
「あちこち受け持っているもので」
「病棟ではドクターに報告、とありますよ」
「いや、この記録は・・・自分ではないと」
「よく分かりませんね。先生はきちんとナースと連携を?」
「え、ええ」
「それとさっき、診断前のアダラートの舌下。これもあまりされないほうが」
「は、はい。これは・・」
「AMI急性期にも禁忌になりましたよね?急な降圧は循環動態を・・」
「ええ、それは知ってます」
「相談するなら、もっと早めにしておいてくれないと」
「はい」
「しっかし、こんな夜中に・・・山城に言っておこう」
病院を出ると、かなり蒸し暑い。ぬるま湯の中につかっているようだ。
僕はそのまま家に帰りたくなかった。車で涼むことにした。
シビックは買ってもう10年になる。かなりガタが来ている。この間は
タイミングベルトが切れた。ダイナモも交換した。
駐車場に並んでるほかの車は・・・BMW、セドリック、ベンツ、新型マーク?。
アルトワークスはネズミの車。しかし彼は近々シーマに買い換える。医者の車への
執着は権力への執着に似たところがある。
山城に言っておく、か・・。もうどうでもよかった。
しかし今の時点ではここを去りたいとは思ってなかった。
居心地の良さを感じる場所ができたからだ。
ナースが立ち尽くしている。
「あ、先生。早いね」
「うん。で、血圧は?」
「220/120mmHgです。アダラート舌下して5分です」
「何?アダラートを?」
「はあ。そういう指示があったので」
「誰の指示だよ?」
「眼科の先生です」
「さっき僕と電話で話して・・・そのあとコールしたのか?」
「は、はい」
「なんでまた・・・原因もハッキリしてないのに」
「先生、ちゃんと調べたんですか?」
「1ぺんに全部は無理だろ!」
「家族への説明はしたんですか?」
「所見がそろってないのに何を話すんだよ!」
「で、どうするんですか?」
「ちょっとそこ、どいて。山地さーん。今も痛いですか?」
「うんうん」
「目を閉じたままだ。おかしいな、レベルが・・・」
まず採血、結果待ちの間に頭部CTをもう1回。
「CTは小杉に直接僕が連絡した。写真が撮れたら呼んで」
ナースは後ろで立ち止まった。
「先生、どこへ?」
「へっ?」
「患者さんが・・・」
「これから検査だし」
「じゃなくて!こっちも夜勤、2人しかいないんです。県の方針で人員が減らされて」
「役人め!」
「ですから先生、帰られずにここで・・」
「ちょっと重症を見にいくんだよ」
「CCUですか?」
「僕の勤務は1ヶ所じゃないんだよ!」
階段を歩みながら思った。・・・何を怒って威張ってるんだ?偉くなったつもりか?
気持ちに解釈のないまま、ICU/CCUへ戻った。準夜から深夜への申し送りが始まっていた。
重症患者はほとんど安定しているため、あまり緊迫感がなかった。
放射線科まで歩いた。
小杉がナースたちと患者を台に移している。
「よいしょっと!ああ、重いな。あ!ドクターユウキ!」
「すまないな。頭痛があって、レベルも少し落ちてる」
「アポったのかもねー」
「めまいで入ったんだよ。脳外科は今日は休診だろ。頭部のCTは撮ったけど」
「昼間のね。僕も見たけどー。どってことなかったよね」
「今は目まいでなく頭痛のようだ。血圧がすごく高い」
「レベルも落ちてるんだったら、脳外科呼んでもいんじゃないの?」
「うーん・・・ま、このCT見てから!」
「じゃ、撮るよ」
僕らはガラス越しに操作室から患者を覗いていた。
「せんせーも大変だねー!週末留守番でしょ?」
「留守番は、慣れてるよ」
「学会なの?」
「あ、ああ、そうだよ」
実は口止めされているのだ。
「でも先生、最近ちょっと怖いよねー」
「怖い?僕が?」
「怖いっていうのはね。威厳が出てきたってこと。病棟のナース1人泣かしたでしょ」
「僕が泣かした?」
「覚えてないー?この間僕、ポータブル撮りに病棟上がってたのねー。そしたらナースが電話出てて。あれ、
心電図の報告だったんだよね」
「ああ、あれか。心電図がおかしい、とコールがあったんだ」
「で、先生怒鳴っちゃったんだよね」
「ああ、言ったよ。おかしいってナンなんだよ!って」
「それでかぁ。あのあとその子がワンワン泣き出して」
「ウソだろ」
「ちょっとキツかったみたいだね」
「所見を読む努力もしてないんだぜ」
「まーね。基本的に病棟のナースは無理でしょ。勉強会とかやってても」
「勉強会なあ、何度かやったんだけど」
「ま、CCUに求めることをそのまま病棟に求めないほうがいいってことじゃない?」
「そりゃそうだけど・・・」
「分かる、先生。レベル低かったら、ヘンなコールかかってきてばっかで休養どころじゃないもんね」
「・・・そうだよ。今の睡眠時間が平均3時間」
「循環器は寝れないっていうね」
「あっ?今の!」
「あ!出ましたね・・・ペンタゴン」
「SAHだ・・・!脳外科に連絡を」
ICUへ患者を搬送、脳外科をコール。転科の運びとなる。
鈴木さんはすでに帰っており、本田さんが深夜で勤務中。
「本田さん、すまないが僕の患者だ」
「めまいで入ったんだってね」
「うかつだった。昨日の入院だったんだが」
「さすがに即MRIっていうのも無理あったしね。仕方ないわよ」
「血圧は外来で160/85mmHgだったんだが。これもすぐ下げるような血圧じゃないだろ?」
「そうね・・病棟はそのあとチェックしてなかったんでしょ?」
「してないな」
「反省するのは彼女達のほうよ」
「そうかな・・」
「大丈夫!あたしらは先生の味方だから!それにこれからずっと働いてもらわないとね!」
「ずっと・・?」
「先生が辞めるって言わない限りね」
「僕は言わないけど・・・クビになる可能性はあるよ。これまでのレジデントはみなそうだったらしいし」
「彼らは自分から言い出したのよ」
「そうなのか・・・理由はやはり」
「過酷な勤務。それと・・・」
「なんだい?」
「・・・・・」
50代脳外科のドクターによる診察・カルテチェックが終わったようだ。
「うーん・・・なるほど。しかしユウキ先生」
「はい」
「患者は頭痛を夕方の4時から訴えていたらしいですね」
「夕方?いえ・・知りませんでした」
「夕方っていったら先生、まだ病棟にいたわけでは?」
「あちこち受け持っているもので」
「病棟ではドクターに報告、とありますよ」
「いや、この記録は・・・自分ではないと」
「よく分かりませんね。先生はきちんとナースと連携を?」
「え、ええ」
「それとさっき、診断前のアダラートの舌下。これもあまりされないほうが」
「は、はい。これは・・」
「AMI急性期にも禁忌になりましたよね?急な降圧は循環動態を・・」
「ええ、それは知ってます」
「相談するなら、もっと早めにしておいてくれないと」
「はい」
「しっかし、こんな夜中に・・・山城に言っておこう」
病院を出ると、かなり蒸し暑い。ぬるま湯の中につかっているようだ。
僕はそのまま家に帰りたくなかった。車で涼むことにした。
シビックは買ってもう10年になる。かなりガタが来ている。この間は
タイミングベルトが切れた。ダイナモも交換した。
駐車場に並んでるほかの車は・・・BMW、セドリック、ベンツ、新型マーク?。
アルトワークスはネズミの車。しかし彼は近々シーマに買い換える。医者の車への
執着は権力への執着に似たところがある。
山城に言っておく、か・・。もうどうでもよかった。
しかし今の時点ではここを去りたいとは思ってなかった。
居心地の良さを感じる場所ができたからだ。
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