ICUでは例の誤嚥性肺炎の患者が人工呼吸管理中。
リーダーの本田さんが重症板に書き込み中。

「遅くなってすまない」
「やっと来たなー」
「ありがとう。挿管は何時に?」
「朝の4時。チューブの位置確認も済み」
「痰はかなりひけてる?」
「ひっきりなしよ。畑先生が言うにはアテレク起こしてるんじゃないかって」
「痰そのものによる閉塞か・・?」
「BFします?」
「いや、休日はあまり侵襲的なことは・・・」
「昨日は1人ステッたし。これでまた先生の患者が全部占めてしまったわね」
「ICU3名にCCU4名。しかしホントの重症はこの1人だ」
「これ以上は入れないでよ」
「そうしたいよ。でも今日の循環器コールは僕だ。救急が来たら直通で呼ばれる」
「ダメよ」

 一瞬、彼女の表情がきつかった。

「送るよ、よそへ」
「まったく他の先生は・・・ゴルフ?ふざけんなっての」
「ゴルフだけなのかなあ」
「それだけじゃないの?」
「一泊するらしいよ。これも言ったらいけないんだけど」
「一泊って・・・明日は月曜日よ」
「早朝に帰ってくるつもりなんだ」
「一泊・・どこに?」
「どこって?ホテルの名前までは分からないよ」

 彼女、今日は思ったよりしつこい・・。会話はここで打ち切った。

午後、オートバックスで車のオイル交換。真っ只中、携帯が鳴った。
「もしもし」
「当直ナースの者です。当直医と代わります」
「・・・もしもし、ユウキ先生ですか。ウロの西です」
「はい」
「今日は循環器の先生方は学会なんですよね」
「ええ、ぼ、僕もそう聞いてます」
「先生1人か・・キビシいな。実は開業医からの紹介が」
「開業医・・・胸部痛ですか?」
「ええ、その通りです。どうやらAMIらしいと」
「じゃあ電話をこちらへ」
「まわします」

「・・・もしもし。駅前クリニックの三田です」
「循環器のオンコールです」
「48歳男性。今日の早朝から胸部痛。EKGでST上昇あり、II・III・aVF誘導で」
「ニトロペンは・・」
「AMIだと思いますので、そちらでカテをお願いします」

 こいつ、無視したな。

「先生、申し訳ないのですが・・本日は循環器の医師が自分1人でして」
「そうなんですか」
「ですのでカテーテルとなると当院では・・」
「ですが、貴院への受診は本人の希望でしてね。そちらでt-PAをまずするとか」
「そうですけど、ダイレクトにカテーテルにもっていったほうが・・」

 という考えが実際、主流になり始めていた。

「まずは先生、お願いしますよ」

 馴れ馴れしくないか、こいつ?
「患者さんのこと考えましても、当院ではフォローしかねます」
「・・・ベッドは空いてるでしょう」
「ち、ちょうど集中治療室も満床でもありますし」
 ウソも方便として切り抜けることにした。
「満床か・・・うーん・・・」
「・・・・・」
「・・・わかりまし、た」

 電話はいきなり切られた。感じ悪い奴。

夕方ICUへ戻った。
「もうすぐ申し送り?」
本田さんは機嫌よさそうだ。
「そう。先生がこっち主に診るようになって大助かりね」
「去年は・・・やっぱレジデントが主体で?」
「そうね」
「こういう仕事場だったら・・自分から辞めることもなかったろうに」
「そうね、不思議ね。ところで、夜は鈴木ちゃんが来るわよ」
「そうか・・」
「今アタックしたら、彼女、堕ちるかもね」
「え、そう?今は彼氏は・・」
「いないよ」
「そ、そうか・・・で、さっき開業医から連絡があってね」
「で?ちゃんと断ってくれた?」
「ああ。でも内緒にね」
「オッケー」

ひきつづき、循環器病棟へ。
「変わりないですか、ね・・・」
詰所内ではナースが2人、書き物している。申し送りは終わったようだ。モニターは鳴ってるが電極はずれだ。

どうやら無視されてるみたいだな・・。

「じゃ、これで失礼・・・」
「待ってください!」
 片山さんが叫んだ。
「なにか・・」
「カテした患者さんの消毒は?」
「え?ああ、そうだったな」
「患者さんはずっと朝から待ってたんですよ!」
「星野先生の患者さんか」
「星野先生から聞いてなかったんですか?」
「聞いてないよ。しかし消毒ぐらい、連絡するか当直・・・」
「あたしらは連絡係なんですか?」

 この新人、変わったな・・・。みんなと同じになったというか。

「わかったよ、するする」
「先生が1人でしてくださいね」
「はいはい」

 女は怖いな。本田さんにしても片山さんにしても・・あの表情。たまに非情なほど険しい表情を見せることがある。

50代男性の部屋へ。
「失礼します」
「ああ。来たなあ」
「すみません、遅くなりまして」
「もう日も暮れちゃうよお」
「どうも・・・じゃ、病衣を」
「はい・・・脱いだよ」
「じゃ、消毒・・・・腫れてませんね」
「じゃ、動かしても」
「いいですよ」
「ありがとう。でもまあ先生も大変だなあ」
「いえ、それは日によりけり・・」
「先生まあ、こちらへ」
 久しぶりに座れた患者は丸イスを差し出してくれた。
「え?ここに・・・いいですか?」
「どうぞどうぞ、座って」
「はい・・どうも」
「なんか今日は看護婦さんら、怖いですなあ」
「そ、そう思います?そうでしょ!」
「先生も怖いんでっか?」
「いつもと違いますよね」
「そうなんや、みなそう言っとった。どうやら彼氏と離れ離れになったみたいやなあ」
「だ、誰がです?」
「あの2人。なんやら彼氏が浮気してないかとか心配で、仕事にならんとな」
「遠距離恋愛ですか・・・」


 僕自身、かつての関係をまだハッキリ清算できていなかった。今はほとんど電話だけで、
忙しさの波に飲まれてか、その回数も途絶えつつあった。

 その日は以後緊急の呼び出しもなく、平和な朝を迎えた。朝、奴らは帰ってくる。

<つづく>

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