< フィフス・レジデント 19 女は・・・ >
2004年5月24日 連載ICUでは例の誤嚥性肺炎の患者が人工呼吸管理中。
リーダーの本田さんが重症板に書き込み中。
「遅くなってすまない」
「やっと来たなー」
「ありがとう。挿管は何時に?」
「朝の4時。チューブの位置確認も済み」
「痰はかなりひけてる?」
「ひっきりなしよ。畑先生が言うにはアテレク起こしてるんじゃないかって」
「痰そのものによる閉塞か・・?」
「BFします?」
「いや、休日はあまり侵襲的なことは・・・」
「昨日は1人ステッたし。これでまた先生の患者が全部占めてしまったわね」
「ICU3名にCCU4名。しかしホントの重症はこの1人だ」
「これ以上は入れないでよ」
「そうしたいよ。でも今日の循環器コールは僕だ。救急が来たら直通で呼ばれる」
「ダメよ」
一瞬、彼女の表情がきつかった。
「送るよ、よそへ」
「まったく他の先生は・・・ゴルフ?ふざけんなっての」
「ゴルフだけなのかなあ」
「それだけじゃないの?」
「一泊するらしいよ。これも言ったらいけないんだけど」
「一泊って・・・明日は月曜日よ」
「早朝に帰ってくるつもりなんだ」
「一泊・・どこに?」
「どこって?ホテルの名前までは分からないよ」
彼女、今日は思ったよりしつこい・・。会話はここで打ち切った。
午後、オートバックスで車のオイル交換。真っ只中、携帯が鳴った。
「もしもし」
「当直ナースの者です。当直医と代わります」
「・・・もしもし、ユウキ先生ですか。ウロの西です」
「はい」
「今日は循環器の先生方は学会なんですよね」
「ええ、ぼ、僕もそう聞いてます」
「先生1人か・・キビシいな。実は開業医からの紹介が」
「開業医・・・胸部痛ですか?」
「ええ、その通りです。どうやらAMIらしいと」
「じゃあ電話をこちらへ」
「まわします」
「・・・もしもし。駅前クリニックの三田です」
「循環器のオンコールです」
「48歳男性。今日の早朝から胸部痛。EKGでST上昇あり、II・III・aVF誘導で」
「ニトロペンは・・」
「AMIだと思いますので、そちらでカテをお願いします」
こいつ、無視したな。
「先生、申し訳ないのですが・・本日は循環器の医師が自分1人でして」
「そうなんですか」
「ですのでカテーテルとなると当院では・・」
「ですが、貴院への受診は本人の希望でしてね。そちらでt-PAをまずするとか」
「そうですけど、ダイレクトにカテーテルにもっていったほうが・・」
という考えが実際、主流になり始めていた。
「まずは先生、お願いしますよ」
馴れ馴れしくないか、こいつ?
「患者さんのこと考えましても、当院ではフォローしかねます」
「・・・ベッドは空いてるでしょう」
「ち、ちょうど集中治療室も満床でもありますし」
ウソも方便として切り抜けることにした。
「満床か・・・うーん・・・」
「・・・・・」
「・・・わかりまし、た」
電話はいきなり切られた。感じ悪い奴。
夕方ICUへ戻った。
「もうすぐ申し送り?」
本田さんは機嫌よさそうだ。
「そう。先生がこっち主に診るようになって大助かりね」
「去年は・・・やっぱレジデントが主体で?」
「そうね」
「こういう仕事場だったら・・自分から辞めることもなかったろうに」
「そうね、不思議ね。ところで、夜は鈴木ちゃんが来るわよ」
「そうか・・」
「今アタックしたら、彼女、堕ちるかもね」
「え、そう?今は彼氏は・・」
「いないよ」
「そ、そうか・・・で、さっき開業医から連絡があってね」
「で?ちゃんと断ってくれた?」
「ああ。でも内緒にね」
「オッケー」
ひきつづき、循環器病棟へ。
「変わりないですか、ね・・・」
詰所内ではナースが2人、書き物している。申し送りは終わったようだ。モニターは鳴ってるが電極はずれだ。
どうやら無視されてるみたいだな・・。
「じゃ、これで失礼・・・」
「待ってください!」
片山さんが叫んだ。
「なにか・・」
「カテした患者さんの消毒は?」
「え?ああ、そうだったな」
「患者さんはずっと朝から待ってたんですよ!」
「星野先生の患者さんか」
「星野先生から聞いてなかったんですか?」
「聞いてないよ。しかし消毒ぐらい、連絡するか当直・・・」
「あたしらは連絡係なんですか?」
この新人、変わったな・・・。みんなと同じになったというか。
「わかったよ、するする」
「先生が1人でしてくださいね」
「はいはい」
女は怖いな。本田さんにしても片山さんにしても・・あの表情。たまに非情なほど険しい表情を見せることがある。
50代男性の部屋へ。
「失礼します」
「ああ。来たなあ」
「すみません、遅くなりまして」
「もう日も暮れちゃうよお」
「どうも・・・じゃ、病衣を」
「はい・・・脱いだよ」
「じゃ、消毒・・・・腫れてませんね」
「じゃ、動かしても」
「いいですよ」
「ありがとう。でもまあ先生も大変だなあ」
「いえ、それは日によりけり・・」
「先生まあ、こちらへ」
久しぶりに座れた患者は丸イスを差し出してくれた。
「え?ここに・・・いいですか?」
「どうぞどうぞ、座って」
「はい・・どうも」
「なんか今日は看護婦さんら、怖いですなあ」
「そ、そう思います?そうでしょ!」
「先生も怖いんでっか?」
「いつもと違いますよね」
「そうなんや、みなそう言っとった。どうやら彼氏と離れ離れになったみたいやなあ」
「だ、誰がです?」
「あの2人。なんやら彼氏が浮気してないかとか心配で、仕事にならんとな」
「遠距離恋愛ですか・・・」
僕自身、かつての関係をまだハッキリ清算できていなかった。今はほとんど電話だけで、
忙しさの波に飲まれてか、その回数も途絶えつつあった。
その日は以後緊急の呼び出しもなく、平和な朝を迎えた。朝、奴らは帰ってくる。
<つづく>
リーダーの本田さんが重症板に書き込み中。
「遅くなってすまない」
「やっと来たなー」
「ありがとう。挿管は何時に?」
「朝の4時。チューブの位置確認も済み」
「痰はかなりひけてる?」
「ひっきりなしよ。畑先生が言うにはアテレク起こしてるんじゃないかって」
「痰そのものによる閉塞か・・?」
「BFします?」
「いや、休日はあまり侵襲的なことは・・・」
「昨日は1人ステッたし。これでまた先生の患者が全部占めてしまったわね」
「ICU3名にCCU4名。しかしホントの重症はこの1人だ」
「これ以上は入れないでよ」
「そうしたいよ。でも今日の循環器コールは僕だ。救急が来たら直通で呼ばれる」
「ダメよ」
一瞬、彼女の表情がきつかった。
「送るよ、よそへ」
「まったく他の先生は・・・ゴルフ?ふざけんなっての」
「ゴルフだけなのかなあ」
「それだけじゃないの?」
「一泊するらしいよ。これも言ったらいけないんだけど」
「一泊って・・・明日は月曜日よ」
「早朝に帰ってくるつもりなんだ」
「一泊・・どこに?」
「どこって?ホテルの名前までは分からないよ」
彼女、今日は思ったよりしつこい・・。会話はここで打ち切った。
午後、オートバックスで車のオイル交換。真っ只中、携帯が鳴った。
「もしもし」
「当直ナースの者です。当直医と代わります」
「・・・もしもし、ユウキ先生ですか。ウロの西です」
「はい」
「今日は循環器の先生方は学会なんですよね」
「ええ、ぼ、僕もそう聞いてます」
「先生1人か・・キビシいな。実は開業医からの紹介が」
「開業医・・・胸部痛ですか?」
「ええ、その通りです。どうやらAMIらしいと」
「じゃあ電話をこちらへ」
「まわします」
「・・・もしもし。駅前クリニックの三田です」
「循環器のオンコールです」
「48歳男性。今日の早朝から胸部痛。EKGでST上昇あり、II・III・aVF誘導で」
「ニトロペンは・・」
「AMIだと思いますので、そちらでカテをお願いします」
こいつ、無視したな。
「先生、申し訳ないのですが・・本日は循環器の医師が自分1人でして」
「そうなんですか」
「ですのでカテーテルとなると当院では・・」
「ですが、貴院への受診は本人の希望でしてね。そちらでt-PAをまずするとか」
「そうですけど、ダイレクトにカテーテルにもっていったほうが・・」
という考えが実際、主流になり始めていた。
「まずは先生、お願いしますよ」
馴れ馴れしくないか、こいつ?
「患者さんのこと考えましても、当院ではフォローしかねます」
「・・・ベッドは空いてるでしょう」
「ち、ちょうど集中治療室も満床でもありますし」
ウソも方便として切り抜けることにした。
「満床か・・・うーん・・・」
「・・・・・」
「・・・わかりまし、た」
電話はいきなり切られた。感じ悪い奴。
夕方ICUへ戻った。
「もうすぐ申し送り?」
本田さんは機嫌よさそうだ。
「そう。先生がこっち主に診るようになって大助かりね」
「去年は・・・やっぱレジデントが主体で?」
「そうね」
「こういう仕事場だったら・・自分から辞めることもなかったろうに」
「そうね、不思議ね。ところで、夜は鈴木ちゃんが来るわよ」
「そうか・・」
「今アタックしたら、彼女、堕ちるかもね」
「え、そう?今は彼氏は・・」
「いないよ」
「そ、そうか・・・で、さっき開業医から連絡があってね」
「で?ちゃんと断ってくれた?」
「ああ。でも内緒にね」
「オッケー」
ひきつづき、循環器病棟へ。
「変わりないですか、ね・・・」
詰所内ではナースが2人、書き物している。申し送りは終わったようだ。モニターは鳴ってるが電極はずれだ。
どうやら無視されてるみたいだな・・。
「じゃ、これで失礼・・・」
「待ってください!」
片山さんが叫んだ。
「なにか・・」
「カテした患者さんの消毒は?」
「え?ああ、そうだったな」
「患者さんはずっと朝から待ってたんですよ!」
「星野先生の患者さんか」
「星野先生から聞いてなかったんですか?」
「聞いてないよ。しかし消毒ぐらい、連絡するか当直・・・」
「あたしらは連絡係なんですか?」
この新人、変わったな・・・。みんなと同じになったというか。
「わかったよ、するする」
「先生が1人でしてくださいね」
「はいはい」
女は怖いな。本田さんにしても片山さんにしても・・あの表情。たまに非情なほど険しい表情を見せることがある。
50代男性の部屋へ。
「失礼します」
「ああ。来たなあ」
「すみません、遅くなりまして」
「もう日も暮れちゃうよお」
「どうも・・・じゃ、病衣を」
「はい・・・脱いだよ」
「じゃ、消毒・・・・腫れてませんね」
「じゃ、動かしても」
「いいですよ」
「ありがとう。でもまあ先生も大変だなあ」
「いえ、それは日によりけり・・」
「先生まあ、こちらへ」
久しぶりに座れた患者は丸イスを差し出してくれた。
「え?ここに・・・いいですか?」
「どうぞどうぞ、座って」
「はい・・どうも」
「なんか今日は看護婦さんら、怖いですなあ」
「そ、そう思います?そうでしょ!」
「先生も怖いんでっか?」
「いつもと違いますよね」
「そうなんや、みなそう言っとった。どうやら彼氏と離れ離れになったみたいやなあ」
「だ、誰がです?」
「あの2人。なんやら彼氏が浮気してないかとか心配で、仕事にならんとな」
「遠距離恋愛ですか・・・」
僕自身、かつての関係をまだハッキリ清算できていなかった。今はほとんど電話だけで、
忙しさの波に飲まれてか、その回数も途絶えつつあった。
その日は以後緊急の呼び出しもなく、平和な朝を迎えた。朝、奴らは帰ってくる。
<つづく>
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