「ユウキ、これはおい、どういうことだ?」
 多忙な外来が山城先生の鶴の一声で中断された。
「え?これは・・・」
 山城先生が持っているのは昨日の当直帯の一部始終だ。
入ってきた患者、対応内容。こと細かく書いてある。こういうノートが存在するのか。
「開業医から連絡があって・・」
「で?断ったのか?」
「AMIという話だったので・・うわっ?」
 彼は僕のエリを片手で引っ張った。
「貴様、なぜそうした?まず自分で見ようとなぜ・・」
「か・・・く・・・・か、患者を思って、です」
「患者を思う?お前の口から出るセリフか?」
「他院でダイレクトにカテに持っていったほうがと伝えまして」
「ダイレクトにするとか、なぜお前が判断した?まずわしらに報告しろ!」
「・・・・・」
「クソ、1例逃がしたか・・・AMIが来たなら来たで、わしらも早く切り上げるわい!」

 こいつ、ゴルフに行ってて・・・よく言えるな。

 ICU、誤嚥性肺炎の患者。人工呼吸管理5日目。
呼吸器科の畑先生とともにBFでトイレッティング。痰の吸引だ。
山城先生の命令で、呼吸器ドクターとの共診となっていた。

「かなり出ますね」
「ああ・・・代わるか?」
「はい」
「・・・右の主気管支だけでなく、左にもあるな」
「ありますね」
「どうだ、引きにくいだろ?」
「粘いですね、かなり」
 画面の向こうでは痰がとめどなくこちらへあふれてくる。かなり粘調なので、太い糸を引いた
ようになることもある。
「おい、水分は十分入ってるか?」
「1日トータル1900mlです。抗生剤入れて」
「少ないな。高熱出て、だろ。もっと増やせ」
「高齢なもので」
「ヘンな理屈だな。マアそう言わず、もっとインを足せよ。心不全にならん程度に」
「はい」
「吸入は入ってるな。だが点滴にビソルボンがないな。あとで指示しろ」
「ええ」
「よし、終わろう。今日のレントゲンはどれ?」
「これです」
「おい!心臓大きくなってるぞ!」
 先生は慌てて過去のフィルムを並べだした。
「おいおい・・・人工呼吸器つけてから、心臓大きくなってる。心不全だ!」
「いえ、これは」
「やっぱりイン足すな!全部TZへ切り替えろ!」
「先生、おそらく」
「じゅ、循環管理がお前の仕事だ!なんならアレ、スワンガンツ入れてモニタリングしろ!
オ、オレはあくまでも呼吸管理のために協力してるんだからな」
「おそらく・・人工呼吸管理になってレントゲン撮影が立位から仰臥位になったからだと思います」
「・・・あ・・・そ、それもあるだろな!」
「腰の曲がってるお年寄りでもあるし、仰臥位だと斜位ぎみの写真になってしまいますね」
「それぐらい分かってるわい」

 協力のおかげで、陰影は徐々に軽快しつつある。

「先生、なんか今日飲み会があるって?」
 本田さんが書き物中こちらへ話しかけた。
「ああ。よく知ってるな?」
「ちょっと小耳にはさんでね」
「緊急的な飲み会らしい。誰か来るのかな」
「2次会はどこ?」
「RETROだよ。なぜか君らの溜まり場の」
「ふーん・・・」

 『あさひ』の前ではMRの方々が2人立って待っていた。
僕ら循環器5人はタクシーを降りた。
「行くぞ」
 山城先生を先頭に、ヅカヅカと階段を登る。

「あら、いらっしゃーい!」
 ママが作ったような笑顔で迎えてくれた。
「今日は貸切りにしてるから」
 この前のようなことがあったからか、と思ったが・・。
芝先生が僕の腕を引っ張った。
「お前はここ!」
 カウンターのど真ん中に座らされた。左に山城先生。右は空いている。
その向こうも空いている。
「山城先生、1つ右に寄っても・・」
「ダメだ、そこは先約がある」
「そうですか」
 
 MRさんが入ってきた。以前と同じような組み合わせ。同じ業者だが顔は違う。
「三田先生、もうこちらへ向われているとのことです!」
 三田先生?ゲストの先生か。聞いた様な名前だな・・。

 山城先生はタバコを吸い始めた。
「わしは間違いなくコロナリーで死ぬな」
「分かるんですか?」
「というか血管系やな。こんだけリスクファクターがあるんや。高脂血症、喫煙・・・。医者たるもの、自分の専門の病気で死ぬのが本望や」
「・・・・・(何言ってんだよ)」
「呼吸器科でタバコ吸う奴らもそうやって言い訳しとる。な、ネズミ!」
 畑先生は向こうの席で吸っている。
「おおきに!」

「でもな、言い訳やったらまだマシや。陰でコソコソ動くのはイカン」
「・・・?」
「お前や、お前」

 今度はどの話を引き合いに出すつもりだ?

 カランカランと戸の開く音。ゲストの三田先生とやらか?

「いやっほー!」
 現れたのは・・・循環器病棟のカナさんと、新人の片山さんと・・・。?なぜ、鈴木さんがいるんだ・・・?
無理矢理つれてこられた・・・にしては、みなはしゃぎまくったような笑顔だ。
 この勤務帯のリーダーは・・やはりカナさんだった。
「今日もスッゲーむかついたー!片山ちゃん、はいはいそこに座って。彼氏のとなり!」
 彼氏?
まだ入って半年のはずの片山さんはテーブル席、星野先生の横に堂々と腰掛けた。
「エーン、寂しかったよー!」
 すでに酒が入っているせいなのか、彼女は星野先生の腕にしがみついた。
星野先生はタバコをもみ消し始めた。
「たった2日やないかい!ンな大げさな!」
 カナさんが正面に腰掛ける。
「大丈夫よ。あたしがちゃんと監視してたから!」
「イヤよ!カナ先輩に取られる!」

 なんて奴らだ・・・。それに星野先生は家族持ちだぞ。
星野先生は僕をうかがった。
「ユウキ君!言っちゃだめだよ、僕らの関係」
「な?」
「ま、ユウキ君なら口は堅そうだがね」

「いーや、そうでもないわよ」
 鈴木さんが信じられない言葉を口にし始めた。
まずはフーッと白煙を天井に吹き上げていた。
「この先生、本田とツーツーよ」
「なんだと?」
「あんた、いっつも情報流してるじゃん」
「情報?」
「今日だってこの飲み会のこと、バラしてたじゃない」
 一同から一斉にヤジが飛び始めた。
「調子に乗んなって、前からあたし言おうと思ってたんだけどさ・・今日はもう、スイッチ切れちゃった」
 僕は怒りで一杯だった。しかし冷めた怒りだ。
鈴木さんはなおも続けた。
「コイツもなんとかしようよ、先生!」
彼女は横田先生の膝の上に腰掛けてきた。

僕は怒りと不安でたまらなくなった。
「コイツもって何だよ!」
 辺りが静まり返った。

< つづく >

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