ICU、畑先生と誤嚥性肺炎の患者を囲む。
先生は人工呼吸器を挿管チューブから外した。

「じゃ、角さん。口腔内の次は・・・気管チューブより吸引を」
「はいよ」
 ナースの角さんが吸引を始める。
「ゆっくりゆっくり・・・はい!」
 チューブはゆっくり抜かれた。すかさず酸素マスクがつけられた。
「これでよし。10分後までみて、いけるようだったらあとで血ガスだ」
「じゃあ、僕が」
「?ああ、いい」
「いいというのは・・・」
「しなくていい」
「いえ、僕が」
「知らなかったのか?」
「何を?」
「・・・・・ハッハーン、こりゃ大変だ」
 そういい残し、彼は戻っていった。

僕は控え室での休憩なしに、循環器病棟へ入った。

入ると何か申し送られるはずなのだが。平和なのか、何も話はないようだ。
各人、それぞれの仕事を黙々とやっている。
いつものようにカルテを取り出した。
「この、住友さん。熱が39度出てるじゃないか」
カナさんは無視している。この前の怒りを思い出した。
「おい!聞いてんのかよ!」
「はあ、聞いてますけど」
「ほっといたのか、これ!」
「え?指示はもうもらいました」
「一応僕の患者だろ!」
「え?違いますよ」
「なに?」
「困ったなー、まだ聞いてなかったのかー・・・これ!」
 彼女はカルテ表紙の患者氏名のところを指差した。
「これは・・・」
「主治医は、芝先生」
「な・・・」
 他のカルテも、主治医名が書き換えられている。
芝、横田、芝、芝・・・。
「だれが、いったい・・・」
「さあ」

 しかし、納得できないこともなかった。聞くだけヤボのような気もする。
僕の処分は、どうやら決まったようだ。

 一般病棟、呼吸器病棟でもそれは同じだった。

 ICU/CCUのカルテは見てないが、おそらく同様なのだろう。
外来業務で病棟フリーか・・。そうならそうで、もう帰らせてほしいな・・・。


「ユウキです、入ります」
「どうぞ」
 院長の直々の呼び出しだ。覚悟は決めてきた。
「ああ、そこのソファーへ」
「はい。失礼します」
「いろいろ、大変だねえ」
「は?」
「わしが若いころもひどかったな。ゴミみたいな扱われ方やった。典型的な封建社会でね」
「・・・・・」
 今もそれは何ら変わってないぞ。
「でも必ず楽になると思ってやってきたんや。そのための苦労なら惜しまんかった・・・・あ、そやそや。本題な」
「はい」
「この前、代表者会議っちゅうのがあってな。県の職員も集まって、みんなで君のことを話しあったんや」
「はい」
「君が一番分かってると思うが、どこの部署も残らず君の継続業務に反対・・・・かと思ってたんや」
「?」
「そしたら1ヶ所だけ、勤務継続を求める声があがった」
「それは・・」
「ICU/CCUの代表がね」
 本田さんか・・。
「彼女の君への評価が高かった。県の職員にとっては彼女の部署はかなり重要でね」
「え、ええ」
「わし自身困った。先輩に逆らうような問題児をずっと置いておくわけにもいかんしな」
「・・・・」
「だからこういう事になった。いいか。あと半年、君はここに勤務する」
「?」
「だが病棟のカルテ見てわかったように、病棟の仕事は一切任されない。外来も外す」
「・・・はい」

 外来まで外されるのか。

「だが例外的にICU/CCUでの勤務は認める。ただし、上司との共診という条件だ。勝手な行動は起こすな」
「上司?」
「待て。待て!わしが話をしてるんや。途中でさえぎるな!」
「・・・・・」
「給与はそれに合わせてかなり減額にはなる。が、それは仕方あるまい。で、1つ困ったことがあった」
「?」
「山城くんの要請で君の大学から、1ヶ所勤務先候補があがってたんだが。君がまだ残る今となっては
、そこへ誰かを送らねばならない」
「・・・・・」
「で、みんなで話し合った。畑くんに行ってもらう。彼も問題児だしな」
「え・・・」
「大学院でブロンコしか学んできてない奴など、この病院には要らん」
「先生、彼はどこへ・・」
「岐阜県の山奥にある病院だ。それ以上は言えん」
「先生、彼には子供もいてるし」
「それが何だ?他人のコストが心配か?能力のない奴にはそれ相応の報酬だ。わしらはボランティアではないからな」
「・・・・・」

 やっぱり自分に行かせてくれと、言えなかった自分が・・・くやしい。

 誤嚥性肺炎患者の動脈血ガスを採取。
「畑先生、CO2 38mmHg!再挿管しないでいけそうですね!」
「そうだなあ、よかった!」
 彼は人事のことはまだ知らされていない。数日後に大学の医局長から知らされ、1ヶ月後には引っ越さないといけない。
「ユウキよ。お前、ここに残るのか?」
「いえ、それはまだ・・」
「俺が来て間もないだろ。だから俺が飛ばされたりとか、ないかな」
「・・・・・」
「うちのワイフがしつこいんだよ。子供を塾に通わせるとかなんとか言い出して。名門のどこそこの近くに引っ越すとか。
女ってのは、金ができるとこれだ」
「え、ええ・・・」
「まあ生活に余裕があるから、忙しくても文句は言えんな」
「はい・・」
「落ち込んでるな。さてはフラれたんじゃないか?本田ちゃんに!」
「な、何を・・・!」
 周りに誰もいなくて良かった。
「でもなあ、ユウキ・・・本田ちゃんにだけは手を出すなよ・・・ヒヒヒ」
「それはどういう・・・」
「ヒヒヒ・・・」
 奇妙な笑いを残して、彼はそそくさと消えた。

 近くではまた鈴木さんが立っている。
「しつこいな・・・何だ?」
「わ、怒ってる」
「どいてくれ」
「あの、これだけお願い・・・!本田先輩にだけは・・・(ナイショで)」
「知るか、そんなの」
 僕はちっとも何とも思わなくなった。

 出ようとしたところ、本田さんに会った。
「あ、こんちは」
「・・・どうしたの?なんかヘン」
「え?僕のどこ・・顔?」
「顔はもともとじゃないの。でもなんかヘンね」
「そ、そうかい?」
「飲み会はどうだった?」
「あまり、その・・干渉しないでほしいな」
「え、そうなの!」
「まあ1つだけ言うなら、鈴木、あいつはもう最悪だ」
「・・・・・先生が言うならよっぽどね。わかった。なんかこれから、集中治療室は先生が常勤になるようね」
「ああ」
「そうなると夜中とか大変ね」
「おい、いくらなんでも1日中は・・・」
「救急から患者が入って、いきなり先生が主治医ってこともあるのよ。容赦なく呼ばれるわ」
「そんな、無理だよ」
「いえ。頑張って。あたしが手伝ってあげる」
 僕はかなり赤面してしまった。

「どうなるのかな・・・ま、それは来月からだから。あと7日ある。それから宜しく、ってことで!」
「うん。バーイ」

 彼女も味方なのか、敵なのか。もう僕には分からない。

 とりあえず島流しは免れたが、半年後の僕の処分はどうなのか。

 最終章「レジデント・SICKS」へ・・・。

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