「51歳女性の気管支喘息、入ります!」
「かなり大柄だな。緊急外来での治療は?」
「まだ何も」
「ウソだろ?」
 平然としているナースの角さんに半ば呆れていた。
「おい!ルートまで入ってないじゃないか」
「太ってて血管がないんですよ。先生お願いします」
「そこへ移すぞ。あと2人来て!」
 本田さんとあと1人がかけつけた。日勤帯の真っ只中だ。
「はい1,2の・・・3!ととと・・・」

 すばやくモニター装着、12誘導心電図、酸素の付け替え。
僕だけベッドサイドに仁王立ちしている。
「聴診ではラ音がすごいな」
 本田さんが血管を探す。鋭い眼光が妙に色っぽい、って言ってる場合じゃない。
「・・・手首。ここね」
「分かるのか?」
「角ちゃん、サーフロー貸して」
「はい」
 ベテランの佐伯さんが後ろから話しかける。
「本体はポタコールで?」
「いや、心不全が除外できてないし・・・5%TZで頼む」
「酸素は今3L再開して、SpO2 99%。動脈血ガスを?」
「用意して」
「内服はこれです」
「外来のドクターは誰だ?最後に診たのは?」
「・・・ユウキ先生です」
「え?あああ、確かに、僕だよ、それ!」

 外来で内服のコンプライアンスが悪かった患者だ。自己中止、発作増悪、
それの繰り返しだった。今回はまた内服自己中止して2週間後の大発作だ。

「ルート入ったよ、先生」
 本田さんは全く焦ってない。さすがだ。
「採血結果やレントゲンはまだか。ソルメド行こう!250mgを生食100mlといっしょで!あ、125mgに
しようかな・・・」
 一瞬、空気が凍った。
「あ、まあ250mgでいいや」
 角さんが血ガスキットを手渡す。
「先生、ちゃんと指示簿に書いてください。さっき指示したことも全て」
「はいよはいよ。はい、ガスこれ、持っていって!心疾患を除外するので、エコーをこっちへ」
 ポータブルエコーが運ばれてくる。本田さんがスイッチを見えない速さで押していく。
「どうぞ」
「はい」
 僕と本田さんだけになった。
「先生、いよいよ忙しくなってきたわね」
「10月は平和だったな。こんなんだったら半年なんて軽いやって思ってたのに」
「春と秋には落ち着く時期はあるわね」
「極端に暑くもない寒くもない状況なら、循環動態は比較的安定するのさ」
「じゃあこれからは・・・」
「おそらく2月までは戦場だ・・・・ダメだ。エコーのビームが通らない」
「obesityのせい?」
「こういう状況だから、側臥位にもできないし」
「ゲインは問題ない?」
「上げても下げてもね。止めよう!ベッドは45度のままでね!」
 ウウー・・・・・ンとスイッチが切られた。

病室から詰所に入ると怒涛のごとく報告が入った。20代半ばリーダーの三島さん。
「COPDの患者さん、挿管してからSpO2上昇してます。しかし気道内圧が」
「高い?」
「40mmHgまで上がってます」
「ファイティングしてるの?」
 ベッドサイドへ。ファイティングしている様子ではない。呼吸回数は設定の20回を数回上回っているだけ。
「そうか。1回換気量が500ml。これ多すぎだ。このちっこい体格では」
「いくらにしましょうか」
「400mlへ。10分後にAラインから血ガスを」
「それと、今度はこっち!」
「はい?」
「外科のオペ後の患者さん」
「それは外科に相談しろよ」
「外科は今オペ中なんです」
「全員?3人とも?」
「はい。手が放せませんのでお願いします」
「・・・この患者はなんのオペ後?」
「胃癌で胃全的後。50代男性」
「で?多分聞かれても分からないよ」
「浮腫で体がパンパンです」
「・・・たしかに。顔も・・・両足も」
「SpO2も下がり気味で。ネーザル5LでSpO2 94%」
「ネーザルで5リットル?めちゃくちゃだ」
「マスクにしましょうか」
「そりゃそうだ。なんだこのカルテ、なんも書いてない!主治医は澤田か。最悪だ」
「指示内容は別表にありますが」
「じゃなくて・・・病状経過、ムンテラ内容とかなんも書いてない!」
「さあ、それは私た・・・」
「はいはい!で、胸部レントゲンは?」
「術後5日目ですが、撮ってません」
「自慢かよ!」
「は?」
「血液データはこれか。アルブミンは2.1g/dl。なにこれ?BUN 42mg/dl、Cr 3.3mg/dl、おいおい。これって・・・」
「低栄養と急性腎不全?」
「・・・っていうか、その・・・血管内脱水」
「なるほど」
 彼女はサッとメモ書きしはじめた。
「メモらんといてくれ!さっさとオーダーを!」
「はい。レントゲンですね。胸部?」
「そうだって言っただろ」
「はい、あ、先生!」
「なに?」
「レントゲンですね。CTじゃなくて?」
「あのなあ・・・、あそうか。じゃ、両方頼みますね」
「・・・・・」

 鈴木さんが小走りに血ガスデータを持ってきたが、本田さんが斜め後ろからかすめ取った。
「ユウキ先生。これ」
「ああ・・・・pH 7.522にpO2 160mmHg、pCO2 30mmHg」
「CO2が飛びすぎ?」
「・・・カリウムが2.8か。低いな。KClを点滴内へ」
 本田さんが待ったをかける。
「アルカローシスよね。それでカリが下がったと考えるのはおかしい?」
「え?」
「いえ、あたしのアホな知識でごめんだけど」
「ああ、そうだな」

 この子はうまい。相手のプライドを傷つけずにアドバイスしてくる。
 女はみんなサゲマンだと思っていたが・・・。

「じゃ、1回換気量をも少し下げて・・」
「もう少し待つ?条件いじってまだあまり時間たってないし」
「え?ああ・・そうだな」
「でも先生、おかげさまで気道内圧が若干下がってるよ、じゃっかん!」
「僕の口癖を・・・」
「フフ・・・」


<つづく>

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