遅めの昼食を終わってICU/CCUへ戻ると、循環器グループが全員集合している。
順々に回診しているようだ。

見つけられ次第、僕に声がかかってきた。

「おう、反抗ユウキか」
「なんですか、それ」
 横田先生をサッとあしらい、彼らの横に並んだ。
芝先生とはあれ以来会話したこともなく、目を合わせたこともない。

 山城先生がカルテをジーッと見ている。よりによってアルカローシスになった患者のだ。
「・・・・・気づくのが遅いな、相変わらず・・・。おい、ペアは誰だ」
「はい」
 いいなりの星野先生が名目上のペアだが、このような非・循環器の患者に関しては研修医同然だった。
「星野、目を離すなよ、こいつから」
「え、ええ」
「ユウキ。これからは毎朝、ペアの先生に状況を報告しろよ」
「・・・はい」
「夜中に分からなかったら、まず当直の先生に相談だぞ」

 今週の当直表を見ろってんだよ。相談できる科の人間がどれだけいるか・・・。

「よし、次。ユウキ、指示はペアの先生がこれから直す。お前は夕方までカルテを触るな」
「?は、はい」
 本田さんが後ろから現れた、というよりずっと立っていた。
「ちょっと!」
 山城先生らに電流が走った。
「なんだ?」
「ペアの先生が昼間指示出して、夜中は知らんぷりってのはどういうことなのよ?」
「知らんぷり、と誰が言った?」
「じゃあどっちが主治医なのよ?大学みたいにオーベンが主治医ってことじゃないの?」
「元気だな相変わらず、お前は・・・」

 本田さんに向って、『お前』って・・・。

 山城先生は僕を隅っこに呼び寄せた。

「ユウキよ、いいか。本田の希望でお前は皮一枚でつながってる。感謝しとけ」
「・・・・・」
「だが少しでも問題を起こしたら、分かってるな?」
「・・・そのときは・・・どのように?」
「そんな口を利いて無事なのは、お前くらいだぞ」
 呆れ顔で、山城先生は次の回診にかかった。

 問題を少しでも、か・・・。こんな集中治療の場で、無理な話だ。

 挿管中の喘息患者はおとなしく眠っている、のではなく鎮静が十分効いている。
『共診』の畑先生が回診の輪から外れて診察・指示している。

「そう、ソルメド500mgを持続の点滴に入れる。1日1500mgだな・・・おう!」
「お世話になります」
「こんなクビの短い患者に、よく挿管チューブ入ったな」
「ええ、まぐれです」
「さて・・・」

 畑先生は転勤が迫っていた。そのせいか元気がない。
「来週から、俺じゃなく横田先生に変わるからな」
「そうなんですか」
「ま、循環器の先生だからな。お前のほうが詳しいと思うわ、たぶん」
「・・・・・」
「あーあ、岐阜県かあ・・」
「次の勤務先、面接には?」
「行ったよ。小さな町って感じのな。うちの大学の関連病院で2番目のド田舎らしい」
「しかし、田舎も田舎のよさがあって・・」
「釣りでもしてのんびり暮らすとするか」
「自分もどっか行きたいですねえ」
「行きゃあいいじゃないか」
「?」
「医師募集の広告とか見てさ」
 
 僕は先日の松田先生からの手紙を思い出した。

「あれってどうなんでしょうか?」
「医局を辞めて、全く違う世界へ行くんだよ」
「医局を辞める・・・そんなこと可能なんですか?」
「できるよ。まっちゃんがそうだろ?」
「ま、松田先生ですね」
「あの人、すごく活躍してんだって。患者受けもよくって、カテもバリバリらしいよ」
「いいですね」
「で、外車乗り回して週休2日だって。夜間対応はナシ」
「主治医制じゃないってことですか」
「ああ。俺も岐阜がダメだったら、考えようかなって。年収1400マン以上、おっとと」

 この先生のとこにも手紙が来たな?

「じゃ、失礼する。頑張れな」
「ええ。どうもありがとうございました」

 彼が解放されたような気がして、少しうらやましかった。

回診が終わったようだ。カルテを1冊ずつチェックすると・・・
いつものように3行分くらいの字の大きさで、無神経にアドバイスが書かれている。
COPDでアルカローシスになった患者。

『バカみたいにカリウム足すな!足すなら6時間ごとにモニタリングするとか工夫を!』
『テオフィリン製剤投与してるのなら血中濃度の測定を!』
『ウイニング時は必ずオーベンの許可を取ること』
『同じ抗生剤をチンタラ使うな!』

見ててやる気なくす。

af+脳梗塞の患者。

『勝手に食道エコーしないように』
『脳外科に毎日コンサルトすること』
『神経学的所見を図示しておくこと』
『さっさとワーファリンへの切り替えを』

例の喘息の患者。

『喘鳴軽度とあるが、背部に著明。きちんと背中まで聴診器を当てること』
『共診の先生にきちんと相談すること』

科が専門でないと、コメント少ないな。

次、肺炎→ARDSの患者。

『なんでもチエナム、で抗生剤決めないように』
『アルブミン値が低下している。単純に蛋白を足すのでなく、カロリー増量を検討せよ』
『高熱続いている。カンジダ抗原・β-Dグルカンの測定、血液培養、カテーテル抜去・カテ先培養を』

 これを直して、夕方に指示の書き直し。夜は毎晩のようにムンテラ。そのあと落ち着いていて満床なら
帰れる。

 夕方、医師公舎の表には小型のトラックが止まっていた。荷物が業者によって次々と運ばれている。
その中に畑先生もいた。家族の姿は見えない。もう先に引っ越したんだろうか。

「おう!また会ってしまったな!」
「て、手伝います」
「ああいい!もう終わったも同然だ」
「そうですか・・」
「これで部屋はもぬけの殻だ。トラックは明日岐阜に到着する」
「先生、あとの数日は?」
「大阪の自宅から通うよ」
「なるほど・・・」
「あ、そうだ。前にも言ったんだが」
「はい?」
「本田な。アイツには気を許すなよ。たしかに病院一、可愛いけどさ。関わんなよ」
「ま、またあ」
「いいやマジだって!今までの奴らも・・」
「はあ?」

 引越し業者が礼をして去っていく。
「ご、ご苦労さんよっ!」
「先生、今までの奴らって・・・」
「・・・・・オ、俺はそんなんじゃないんだぞ、いいか!じゃな!」

 畑先生はあわてて駐車場へ走っていった。すさまじいスピードだ。まさしくネズミ、さながらだった。

 彼女は謎の女?まるで・・・

 メーテルみたいだな・・・。

< つづく>

 

 
 

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