今年も年末当直を頼まれると思ったが、院長の指示でそれは実現しなかった。
あくまでも今のスタンスを続けろというものだった。

しかしこういう時期だからこそ、集中治療室にはドンドン意味不明の重症が入ってくる。
外来での診断はほとんど不明。ただ重症、という情報しかなかったりする。

救急外来からのずさんな報告、搬入のせいで患者の処置が遅れてしまい、ついには
診断確定の検査すら不可能になってしまうケースがどれだけ多いことか。

年末。街の映画館では「ID4」が上映されていた。

「いっやー、よかったよかった」
放射線部の小杉が笑顔でポータブルを押してきた。

「なにが?」
「あの映画よかったあ。かなり並んだけど、最後はハッピーエンド」
「おい、結末を言うなよ!」
「先生、映画館なんか行くヒマないでしょ」
「正月休みがあったら・・・」
「みんな3日は取れるみたいだけど、重症背負ってる先生は休めないよ」
「わかってる」
「で、どの患者?」
「あそこ。IVHの確認。頸部から入れたんで」
「オッケー。じゃ、胸部ね」

電話がかかってきた。いよいよか。
角ナースが出る。
「もしもし・・・・・はい・・・・・はい・・・」

やはりそうか。

「はい・・・え?・・・・・はい」

何だ?かなり重症なのか・・?

「ええ・・・・そうですか・・・5分後・・・」

こりゃ間違いない。

彼女は電話を切った。
「外科の患者さんの家族が夕方来られると・・・」

なんだ、関係なかったか。
重症が来ない時期がある程度長いと、緊張の閾値が低くなる。高くなる人もいるが。
集中治療の面々は集まって時計を見たり喋ったりしていた。大晦日の朝の9時。
救急は絶対に来る。ベッドはICU6床、CCU5床が既にあけてある。
これを越える場合は、『長期』入院患者を随時、病棟へ上げていくという。

県の職員の奴ら、自分らはぬくぬくと・・・。お役所め。

「はいよ、先生!」
 小杉がレントゲンフィルム持って現れた。
「ありがとう」
「気胸はなし!でもこれ・・浅いんじゃないのー?」
「左の1弓に、かろうじてかかってるか・・」
「ま、深く入るよりかね」

電話がまたかかった。今度は本田さんが取る。

「はい、ICU本田です・・・・はい。今から?年齢は?男性?・・・」

今度こそ、間違いない。みんなが不安そうに注目している。
本田さんは電話を切った。

「52歳の虫垂炎疑いが入りまーす!」

各人、持ち場へ散らばった。僕も反射的にその場を退いた。
虫垂炎疑い・・・しかし外来での診断を鵜呑みにしてはダメだ。
憩室炎との鑑別も念頭に置く。

また電話。
「本田です。え?一般病棟?・・・・・腎不全?・・・」

病棟の急変か?

「73歳男性の腎不全が急変だって。ベッドごと、今からこっちに来るって」
 周りからブーイングが飛んだ。
「もしもし・・?これから外来患者が入るんだけど、状態を・・・あ、こいつ!」
 どうやら中途で切られたようだ。
「ムカつく!患者の状態報告するなら、ちゃんと把握してからしなっての!」
 本田さんは電話を壁に投げつけた。

 僕は少し見かねた。

「本田さん、どうすんだ?断るなら断るで・・」
「相手にすんの?」
 彼女の顔はかなり紅潮している。
「じゃ、受け入れないってことかい・・?」
「何よ、アンタまで・・・」
「?何をそんなに・・・」

 彼女の機嫌が一気に悪くなった。少し冷静さを取り戻し、彼女は病棟へ
連絡した。
「ICUです・・・尿は出てる?・・・他のバイタルは?呼吸は・・・・はい・・・・はい」

 よく見ると、彼女の目から涙が今にもこぼれそうになっている。悟られまいと彼女は壁向きに
なった。そのまま彼女は電話を置いた。

「慢性腎不全で、尿は出てるけどカリウムが7.8だって。5分後に入るって」
 彼女はそのまま小走りに走っていった・・・たぶんトイレだ。

角さんが呟いた。
「さっきの電話、ユキちゃんよきっと」
一同の目がどことなく微笑んでいた。

ユキちゃん・・・?山ちゃんの愛人と妙な噂を立てられてる一般内科病棟の主任か。
誕生パーティーに来なかったという。この人、婚約者いるって聞いたな。本田さん、
嫉妬してるとか・・・・・ないない、考えすぎだ。


虫垂炎疑いが運ばれてきた。後ろにはあの澤田がついてきている。
コイツにはもう会いたくなかった。

「よう、ICU/CCUのヌシ!わっはは」
「・・・・・」
「どうだ、少しは循環器以外もできるようになったか?」
「・・・・・」
「みぞおちの痛みから始まった右下腹部痛で、圧痛ありね。ブルンベルグは陰性」
「で、検査所見は・・・」
「レントゲンは君の好きなイレウス像!」
「な・・・・」
「CTはまだ撮ってない!採血もまだ!高熱があるから炎症所見はそれなりだろな」
「先生、超音波で虫垂は・・」
「まだ見てない!今は外来もやってるんだ。午後はオペがあるし。とりあえず抗生剤で散らしてくれ」
「結果がそろったらお願いします」
「おいおい。こんな虫垂炎ぐらい、そっちで診ろよ」
「共診でお願いします」
「共診?君と星野君との共診だよ。僕が主治医を決めた」
「・・・・?」
 確かにカルテの表紙に書かれている。
「まあオーベンとよく相談して!」
「オーベン?」
「みたいなもんだろ?」
 そう言って彼は消えていった。

引き続き、一般病棟からの腎不全が入った。
主任から本田さんへ申し送りがされている。
「腎不全を患ってて、カリウムが慢性的に高い人だったのよね、この人」
「・・・・・それで?」
「カリメート飲んでてうまく管理してたんだけどね」
「・・・・・入院データあるけど・・・入院時のしかないじゃない?」
「え?入院時・・・2ヶ月目前のね。それ以後のは、確か・・・・確か・・・・」
 主任はカルテをパラパラめくっていが、以後のデータはなさそうだ。
「たしか・・・」
「もう!早くしてよ!」
 角さんが小声で歌いながら電話している。
「はやくしって、よ、なにしってるのよ♪・・・なーにさまのつもりいっなの♪」
 けっこう年上であるはずの主任は、見る見る顔が青ざめている。
 だが本田さんは容赦しない。

「貸して!こっちが見た方が早い!」
「あ・・・」
「ところでなんで入院してたのよ・・・」
「え?それは・・・」
 主任がカルテを覗こうとしたが、本田さんは遮った。
「それは・・・カリウムのコントロール?」
 本田さんは無視してカルテを見ていた。
「・・・・・汚い英語ね。でも読めるわ。わかった!そういうことね!」
 主任が知りたがった。
「あ、合ってた?」
「ハズレ。基本からやり直したら?」
「・・・・・」
「前から思ってたんだけど、アンタ、トロいのよ、ハッキリ申しまして」
「・・・・・」
「先輩であることが恥ずかしいです」
「・・・・・」
「もう帰ったら?」
 主任はお供とともに、そそくさと帰っていった。

 本田さんはズンズンこちらへやってきた。
「先生、このカルテ見て。あとで教えて」
「なにを?」
「ぜんぶ。どうして入院したか、とか」
「?読んで分かったんじゃあ・・?」
「プッ!そんなわけないでしょ!」

 つられて鈴木さんが向こうで笑っている。
「何よ?」
 鋭い眼光でそれはかき消された。

 メーテルは訂正。コイツは、エメラルだす・・・。

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