慢性腎不全の患者はDMによるネフローゼ症候群だった。数年前まではDMだけの開業医フォローだった。

顔面浮腫の訴えがあった頃にはもう尿蛋白が強陽性で、クレアチニンも2-3台へ上昇していた。

開業医だからというわけではないが、漫然とフォローされる患者はたまったものではない。

2ヶ月前の一般病棟への入院は、ネフローゼに対する食事コントロールが中心だったらしい。
しかし一般内科のワンマンな例のドクターは入院時のカリウム(5.1)も再度フォローすることなく、
とうとう今回の高カリウム血症を引き起こしてしまった。

患者はムカつきがあるほか、モニターでもT波が増高している。幸いQTcは延びてない。7.8もあるのに。

「なんたって、一般病棟の採血だからね。溶血もしてんじゃないの?」
 本田さんがしつこく難癖をつける。
「本田さん、じゃあ、これ指示。カルチコールとメイロンを」
「はい、いつものね」

 カルテには記述がほとんどない。これでは主治医の考えがいっこうに分からない。
アルブミン値は2.2-2.5g/dlの間、と頼りない。入院はさせたが退院させるにさせれない、
そのような状況で漫然と引っ張ってきたのだろう。

 角さんから内服の確認。
「内服は続行で?カリメート、ペルサンチン、コナン」
「コナンは外して」
「え?いいんですか?血圧が・・・」
「最近高カリウムの副作用が言われてたから・・・アムロジンにしよう」
「それとワーファリン、カルデナリン、ニトロール、パナルジン、小児用バファリン」
「そんなに飲まして・・出血するぞ?」
「あとマーズレンにザイロリックに・・・」
 全部で13種類。

 鈴木さんがデキスターの数字を見せ付けた。
「先生、血糖は96mg/dlで高くないです」
 本田さんが後ろへ回りこんだ。
「アンタ指示も出てないのに、何やってんのよ!」
「え?DMだから・・・」
「だから何で勝手に測るのよ!」
「腎不全になるぐらいひどいDMだから、血糖が高いと思って」
「アホ!あー、もう、頭痛いわ・・・・やめてやる!」

 みな注目した。どこの職場でもそうだが、思ってても口に出したらいけない言葉だ。

「もーやめてやる!絶対!今月であたし、終わり!」
 旧友の角さんだけが平気そうな表情だ。
「スズキ、あんた正気?DM進行の腎不全なら、血糖はむしろ下がるでしょ?」
「え?どうして?」
「腎不全で尿が出にくくなったら、インスリンも出にくくなる!」
「ええ、そうです・・よね」
「だから血糖は結果的に下がるわけ!」
「・・・・でも」
「何よ?」
「尿が出にくいなら、インスリンも出にくくて、糖も出にくくて・・・結局血糖は下がらないんじゃ
ないんでしょうか」
「・・・・なによ、あたしは本で読んだのよ!」
「それ、どの本・・・」
「もう先生!この子なんとかして!」

 何で僕がまた・・・?

いちおう指示を出した。胸部レントゲンで胸水が貯留している。低アルブミンのためだろう。
ネフローゼにするのは本来の治療に反するが、今日から数日アルブミン製剤を追加。
尿量は12時間ごとの指示。必要により利尿剤。カリウムは数時間して確認、と。

 さきほど老人の肺炎が到着した。星野先生もいっしょだ。
「おいユウキ、今度はこっちだ。早くしろ」
「はい」
「両方の肺はもう真っ白だ」
「基礎疾患は?」
「きそ・・・知るかそんなの」
「既往歴は・・」
「そこまで聞けてない!」
「この人は・・・先生が診られてたんですよね」
「そうだが、まだ3ヶ月だ!いちいちコイツ・・」
 わけもなく怒りがこみあげてくる。僕の自制心は歯止めがきかなくなりつつあった。
「外来でミノマイシン・・・」
「ああ。あまり効かなかったんでな。抗生剤はよう分からん!」

 効かなかった?老人の肺炎にいきなりミノマイシン?根拠もなしにか。
CRPも測定してない。SpO2も。熱が出て肺炎像だけでミノマイか。
これじゃ助からない。

「最近出ました、ファーストシンにします」
「ああ、まあとにかく頼む。わかってるって、形は共診だな、はいはい」

 情報収集だ。まず外来カルテ→家族→他院への問い合わせ。
外来カルテはサマリーがなければ採血データ、所見用紙、処方を参考に。

「CRP軽度上昇が慢性的。RAtest、リハビリ指示・・・表紙の通り、RAか。リウマチだ」
 処方をみると、降圧剤が入っている。循環器科は高血圧でフォローか。外来主治医も
 興味をもたないわけだ。

 長男の嫁と称する家族へ問診。
「家族の方、ほかに通院しているところは?」
「さあ、薬はあるけどどこかは・・・」
「では薬の袋を」
 
 袋に病院名が書いてある。
「あとは問い合わせます」
 その病院へ連絡。処方をファックスで取り寄せ。

以上の内容を5-10分で済ませる。

 次は情報整理。カルテ上で問題を抜き出す。順位づけは後回し。
「? RA、他院で加療中。NSAIDのほか、プレドニゾロンの処方あり。2錠つまり10mg。この量で数年続けてる」
「? 高血圧。一因にはプレドニゾロンの関与もあるか?」
「? 肺炎。これもステロイド関与ありか・・・?」

 これをあとで重要な順番に並べる。
「そうだ、じゃ真菌の検査も!」
 カンジテックとβ-Dグルカン提出。一方が保険で削られても県の職員が困るだけだ。僕は気にしなかった。

 こうすることで漏れの少ない指示が整った。

 時間が余れば、教科書などで指示漏れ・鑑別疾患を確認だ。

 しかし時間はなく、Unstable APが運ばれてきた。
今度は横田先生がついてきた。
「アンステーブル!入るぞ!」
 僕は外来ナースからデータ・画像を受け取った。
「陰性Tが広範ですね」
 横田先生は大汗をかいている。
「でもAMIは起こしてない。血液検査は正常」
「エコーは・・?」
「それも異常ない。症状はある」
「先生、カテは?」
「カテーテル検査は今はできない。装置が壊れた。修復が済むのは12時間後らしい」
「そんなに遅く?」
「ああ、だからニトロールやシグマート、ヘパリンで引っ張れ」
「しかし、先生・・・」
「6時間ごとにエーカーゲーとって、ST変化を・・」
「先生これ、右脚ブロックあります。STの評価は無理です」
「そうか」
「そうか、って・・・」
「ま、そこは適当に」
「適当?」
「じゃなくて適度に。じゃ、俺は病棟があるから。また病状を連絡してくれ」
「・・・・・」

 外来カルテをみると、先月うちでカテーテル検査してる。
「NCA。つまり正常冠動脈。狭いところはない」
 じゃあこの1ヶ月で何か起こったってことか。

ナースから報告。
「2人、新しく入りました。急性膵炎と肝不全」
「とうとう本物が入りだしたな」
「2人とも当院の外来フォローの方です」
「ちゃんと診てろよな!」
「は、はあ・・・」
「指示は?」
「出てます。2人とも」
「膵炎の指示はこれでdo。肝不全は・・・アルコール性ってあるな。どこまでする人?」
「・・・フルコースです」
「じゃあ人工呼吸器・心マッサージもか」
 
 肝不全のほうは肝硬変が非代償性で、腹部はかなり膨満している。意識障害がありアンモニアは200超。
酸素吸入で呼吸はいけている。
「この人の頭部CTは?」
「まだ1度も」
「またか!ここに来るまでに、ちゃんとやっとけよな!」
「先生、怒鳴らないでください!」
「え?あ、角さんか・・・す、すまない」
「大丈夫・・・?」

 大丈夫じゃなかった。


<つづく>

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