< レジデント・SICKS 8 逃げる? >
2004年6月3日 連載 RAで肺炎の患者。例のステロイド処方されていた・・。
ステロイドのため引き起こされていた高血糖のコントロールも、同剤の中止によりなんとか
良好となっていた。しかし肝心の肺炎に関しては・・・。
「これは・・もう危ないなあ」
レントゲンの肺はもう真っ白。肺炎・胸水などが混在した写真だ。胸部CTでも所見は同じだろう・・・。
人工呼吸器はすでに装着されている。PEEPもかかっている。グロブリン製剤の投与も行っている。
家族へ毎日ムンテラ。その内容は日々厳しくなってきている。
「先生、血圧が80mmHgです。低下時の指示、下さい」
「気道内圧は・・・」
「30mmHg後半です」
「上がってきたか。分時換気量も多いし、PEEPはかけてるし・・・」
「どうしますか」
「血圧低いからといって鎮静やめたらファイティングするし・・・」
「どうされます・か!」
「・・・どうしようもない」
ネフローゼの患者のカリウムは補正でき一般病棟へ。胸水も利尿剤とアルブミン補給で改善。
しかしまた胸水の貯留はありうるだろう。
膵炎の患者も小康状態となり一般病棟へ。
外科から来た虫垂炎疑いは、辛くも抗生剤で改善し一般病棟へ。
その間に重症心不全、けいれん重積が入った。
COPDの患者、喘息重積の患者も残っている。
だが重症も慣れてくるとだんだんパターン化してきて、ある意味管理・理解がしやすくなった。
本田さんが質問しにやってきた。
「先生、重症心不全って・・基礎疾患は?」
「DCMだよ」
「あっちゃー、それ大変じゃない!」
「心臓の動きはヘロヘロだよ。LVEF 8%」
「はち?」
「新しいβブロッカーを少しずつ増量している」
「アーチストね」
「利尿はついてる?」
「1日トータルで800mlと少ないわね」
「あまり急な利尿もかけないほうがいいしな。地道にやろう」
「困るわよ先生。地道なら病棟でやってよ」
「スワンガンツの詳細なデータが要るんだよ」
「そんなカテーテル、病棟でもできるじゃない」
「循環器病棟か。病棟の奴らでは監視が行き届かない」
「じゃあここに何週間も置いておくの?」
「DCMだぞ、DCM!」
「お、怒らなくてもいいじゃないの・・」
「す、すまない。だがこれは一見安定しているようでしてないんだ。右心カテのデータ見てみろ。PA圧50mmHgにCVP21mmHg。
つまり肺高血圧に右心不全」
「そりゃそうだけど」
「僕が毎日3回測定しているアウトプット、つまり心拍出量は1リットルもないんだぞ!」
「知ってます!心臓の押し出す力がないからでしょ!」
「だからそれを少しずつ押し出すためにβブロッカー内服してるんじゃないか!」
「インが多いんじゃないの?」
「食事が摂取できないんだからカロリーだって必要だ!1日1000mlくらい入るのは仕方ない!」
「それだけじゃないでしょ。抗生剤も・・」
「感染もあるようなんだ。これも仕方ない!」
「経口水分減らしたら?」
「今1日500mlだ。内服薬のための水分も要るだろ?」
「そこをもうちょっと減らすとか!」
「意識のある人だって、ここで治療しないといけない場合もある!」
「待ってよ、話変えないで!」
僕らは少し険悪になりつつあった。角さんがまたしても呆れた顔をして立っていた。
「そこの2人・・・ケンカならよそでやって。ここはICU/CCUなんだから」
「すんません・・・」
この言葉にだけ協調性があった。
しかし僕はまだ気がすんでなかった。彼女は休憩室へ入った。
「本田さん、待ってくれ」
「待ってよ、ちょっと・・・」
「苦しいの?」
「・・・・・ちょっとうずくまるわね」
「何だ?膵炎か・・・?」
「・・・あー、調子悪い」
「ホントにそうなのか」
「先生、機嫌悪いわね。彼女が辞めてから」
「そうかい?」
彼女はゆっくりイスに腰掛けた。
「ふう。疲れかなー」
「働きすぎなんだよ」
「だといいけど」
「だと・・?よくないだろ?何言ってんだ」
「あたしがあの子にしてたのは、イジメなんかじゃない!」
「そうは思ってないよ」
「世の中そんなに甘くないわよ。ヘタしたら人を殺すことになる」
「そうだよな」
「あの子がヘマをしでかしたりしたとき・・・先生らは何か注意したことあんの?」
「え?そういや・・・」
「でしょ。だからあたしがその役を買って出た」
「僕らが甘やかしたとでもいうのか?」
「先生は優しいのが一番だとは思うけど、それは甘やかすのと紙一重なのよ」
「威厳を持てと?」
「もうバカ!最低!」
本田さんは泣きながら立ち上がった。
「・・・・・」
「だから重症が助からないのよ!みんなの機嫌ばっか取るようなことして!」
「何の話・・・」
「腸間膜動脈の患者だって!」
「またそれか!もうやめてくれ!」
僕は部屋を飛び出しそうになった。
「ひょっとして、逃げる?」
「僕だって精一杯やって外科にも相談した!落ち度なら・・・」
「そういう言い訳はやめて!患者を治す信念があるんだったら・・・」
「・・・・・」
「意地でもそれを通すものよ!」
「・・・・・」
僕はICU/CCUを出た。集まってるMRの波をかきわけて。
トイレだけが静かだった。しばらくそこに立っていた。しかし単調な時間はなかなか過ぎ去らない。
「信念、か・・・」
時間つぶしに、しばらく帰ってない家の留守番電話を聞いた。
『あたしだけど。今週末、行くから。新幹線、新神戸で降りる。土曜日の夕方5時』
「おい、待てよ!」
僕は慌てて携帯をかけた。
「もしもし?」
「はい」
「僕だけど。今週末もどうか分からないんだよ」
「とにかく行くことにしたんだ・・」
「今はICU/CCUの当番なんだ。そう、当番。だから土曜日だろうと日曜日だろうと、帰れる
保証がない」
「すごいな。昇格したの?」
「ま、まあね。だから時間的な余裕が・・・」
「いいよ、それでも」
「え?」
「玄関でもいいから」
「玄関?病院の?」
「いいのよ、それでも。5分でもいい」
「5分・・・」
「そしたらあたし、帰るから」
「そりゃ降りれないこともないけど・・・」
「もうかなり会ってないし。なにかもう、不安で・・・」
「何か、あったの?」
「このままあたし、仕事してて、ユウキも仕事していて・・・」
彼女の話は、長い。
「で、このまま年だけ取ってしまうのかなあって・・・」
「と、年ね。僕ももう27だ」
「ねえ。誰か好きな人とか、いない?」
「え?」
「若いナースとか」
「え?え?いやあ、みんな40以上のオバサンばっかりだよ、は。は
キツそうな性格の奴ばっかだし」
「そうなの。よかった」
「週末は努力してみる。なんとか時間を・・・」
「とにかく、行くね」
気がつくと、誰かがチョロチョロ小便している。ジッパーの閉まる音。
そそくさと手を洗う音。少しこけかけたようだ。足音が不整。
どうやら、聞かれたな・・・。
僕は、いったい何をやっているんだろう。とは全く思ってもいなかった。
答えを出さなければ・・・。
レジデント生活終了まで、あと2ヶ月が迫っていた。
< つづく >
ステロイドのため引き起こされていた高血糖のコントロールも、同剤の中止によりなんとか
良好となっていた。しかし肝心の肺炎に関しては・・・。
「これは・・もう危ないなあ」
レントゲンの肺はもう真っ白。肺炎・胸水などが混在した写真だ。胸部CTでも所見は同じだろう・・・。
人工呼吸器はすでに装着されている。PEEPもかかっている。グロブリン製剤の投与も行っている。
家族へ毎日ムンテラ。その内容は日々厳しくなってきている。
「先生、血圧が80mmHgです。低下時の指示、下さい」
「気道内圧は・・・」
「30mmHg後半です」
「上がってきたか。分時換気量も多いし、PEEPはかけてるし・・・」
「どうしますか」
「血圧低いからといって鎮静やめたらファイティングするし・・・」
「どうされます・か!」
「・・・どうしようもない」
ネフローゼの患者のカリウムは補正でき一般病棟へ。胸水も利尿剤とアルブミン補給で改善。
しかしまた胸水の貯留はありうるだろう。
膵炎の患者も小康状態となり一般病棟へ。
外科から来た虫垂炎疑いは、辛くも抗生剤で改善し一般病棟へ。
その間に重症心不全、けいれん重積が入った。
COPDの患者、喘息重積の患者も残っている。
だが重症も慣れてくるとだんだんパターン化してきて、ある意味管理・理解がしやすくなった。
本田さんが質問しにやってきた。
「先生、重症心不全って・・基礎疾患は?」
「DCMだよ」
「あっちゃー、それ大変じゃない!」
「心臓の動きはヘロヘロだよ。LVEF 8%」
「はち?」
「新しいβブロッカーを少しずつ増量している」
「アーチストね」
「利尿はついてる?」
「1日トータルで800mlと少ないわね」
「あまり急な利尿もかけないほうがいいしな。地道にやろう」
「困るわよ先生。地道なら病棟でやってよ」
「スワンガンツの詳細なデータが要るんだよ」
「そんなカテーテル、病棟でもできるじゃない」
「循環器病棟か。病棟の奴らでは監視が行き届かない」
「じゃあここに何週間も置いておくの?」
「DCMだぞ、DCM!」
「お、怒らなくてもいいじゃないの・・」
「す、すまない。だがこれは一見安定しているようでしてないんだ。右心カテのデータ見てみろ。PA圧50mmHgにCVP21mmHg。
つまり肺高血圧に右心不全」
「そりゃそうだけど」
「僕が毎日3回測定しているアウトプット、つまり心拍出量は1リットルもないんだぞ!」
「知ってます!心臓の押し出す力がないからでしょ!」
「だからそれを少しずつ押し出すためにβブロッカー内服してるんじゃないか!」
「インが多いんじゃないの?」
「食事が摂取できないんだからカロリーだって必要だ!1日1000mlくらい入るのは仕方ない!」
「それだけじゃないでしょ。抗生剤も・・」
「感染もあるようなんだ。これも仕方ない!」
「経口水分減らしたら?」
「今1日500mlだ。内服薬のための水分も要るだろ?」
「そこをもうちょっと減らすとか!」
「意識のある人だって、ここで治療しないといけない場合もある!」
「待ってよ、話変えないで!」
僕らは少し険悪になりつつあった。角さんがまたしても呆れた顔をして立っていた。
「そこの2人・・・ケンカならよそでやって。ここはICU/CCUなんだから」
「すんません・・・」
この言葉にだけ協調性があった。
しかし僕はまだ気がすんでなかった。彼女は休憩室へ入った。
「本田さん、待ってくれ」
「待ってよ、ちょっと・・・」
「苦しいの?」
「・・・・・ちょっとうずくまるわね」
「何だ?膵炎か・・・?」
「・・・あー、調子悪い」
「ホントにそうなのか」
「先生、機嫌悪いわね。彼女が辞めてから」
「そうかい?」
彼女はゆっくりイスに腰掛けた。
「ふう。疲れかなー」
「働きすぎなんだよ」
「だといいけど」
「だと・・?よくないだろ?何言ってんだ」
「あたしがあの子にしてたのは、イジメなんかじゃない!」
「そうは思ってないよ」
「世の中そんなに甘くないわよ。ヘタしたら人を殺すことになる」
「そうだよな」
「あの子がヘマをしでかしたりしたとき・・・先生らは何か注意したことあんの?」
「え?そういや・・・」
「でしょ。だからあたしがその役を買って出た」
「僕らが甘やかしたとでもいうのか?」
「先生は優しいのが一番だとは思うけど、それは甘やかすのと紙一重なのよ」
「威厳を持てと?」
「もうバカ!最低!」
本田さんは泣きながら立ち上がった。
「・・・・・」
「だから重症が助からないのよ!みんなの機嫌ばっか取るようなことして!」
「何の話・・・」
「腸間膜動脈の患者だって!」
「またそれか!もうやめてくれ!」
僕は部屋を飛び出しそうになった。
「ひょっとして、逃げる?」
「僕だって精一杯やって外科にも相談した!落ち度なら・・・」
「そういう言い訳はやめて!患者を治す信念があるんだったら・・・」
「・・・・・」
「意地でもそれを通すものよ!」
「・・・・・」
僕はICU/CCUを出た。集まってるMRの波をかきわけて。
トイレだけが静かだった。しばらくそこに立っていた。しかし単調な時間はなかなか過ぎ去らない。
「信念、か・・・」
時間つぶしに、しばらく帰ってない家の留守番電話を聞いた。
『あたしだけど。今週末、行くから。新幹線、新神戸で降りる。土曜日の夕方5時』
「おい、待てよ!」
僕は慌てて携帯をかけた。
「もしもし?」
「はい」
「僕だけど。今週末もどうか分からないんだよ」
「とにかく行くことにしたんだ・・」
「今はICU/CCUの当番なんだ。そう、当番。だから土曜日だろうと日曜日だろうと、帰れる
保証がない」
「すごいな。昇格したの?」
「ま、まあね。だから時間的な余裕が・・・」
「いいよ、それでも」
「え?」
「玄関でもいいから」
「玄関?病院の?」
「いいのよ、それでも。5分でもいい」
「5分・・・」
「そしたらあたし、帰るから」
「そりゃ降りれないこともないけど・・・」
「もうかなり会ってないし。なにかもう、不安で・・・」
「何か、あったの?」
「このままあたし、仕事してて、ユウキも仕事していて・・・」
彼女の話は、長い。
「で、このまま年だけ取ってしまうのかなあって・・・」
「と、年ね。僕ももう27だ」
「ねえ。誰か好きな人とか、いない?」
「え?」
「若いナースとか」
「え?え?いやあ、みんな40以上のオバサンばっかりだよ、は。は
キツそうな性格の奴ばっかだし」
「そうなの。よかった」
「週末は努力してみる。なんとか時間を・・・」
「とにかく、行くね」
気がつくと、誰かがチョロチョロ小便している。ジッパーの閉まる音。
そそくさと手を洗う音。少しこけかけたようだ。足音が不整。
どうやら、聞かれたな・・・。
僕は、いったい何をやっているんだろう。とは全く思ってもいなかった。
答えを出さなければ・・・。
レジデント生活終了まで、あと2ヶ月が迫っていた。
< つづく >
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