三井先生が診察室で腹部CTをマイペースで見ている。
「ふん・・・ふん・・・」
僕は貯まった外来を診ようとした。
「ふん・・・ああ、すまない。どくよ」
「結石・・ありましたか?」
「石は見当たらんが、片方の腎がヒドロになってる」
「尿管にあるんですかね」
「そんなの言われんでも分かってるわい。もうすぐDIPするとこだ。オイ、ナース!検尿は?けんにょうけんにょう!」

 ダメだ、このままじゃ片付かない。僕はまとめて呼ぶことにした。
「田中さん、こちらへ。秋元さんと渡辺さんは、すぐ後ろで」
 田中さんから。25歳男性。
「胃が痛い」
「胃・・・どこです?」
「胃ってここやろ。みぞおち」
「ああ・・・十二指腸かもね。若いし」
「ずっと痛い。この痛いのなんとかして」
「酒はよく飲む?薬は何か?どんなとき痛い?」
「ちょ、ちょっと待ってえな。聖徳太子やあるまいし」
「あ、どうも」
「酒はよく飲む。けどクスリはやってない」
「く、クスリってその・・・」
「食っても食わんでも痛い」
「そうだな。腹部レントゲンと採血・・」
「とりあえず薬ちょうだいや」
「時間ないの?」
「もうこれ以上待たされたくないんや」
「あ、そ・・・ガスター・セルベックス、と・・・」

次、「めまい」という紙を持ってお婆さんが入ってきた。
「めまいはどっち?グラグラするほう?グルグル回るほう?」
「あたしゃ耳が遠いもんで・・・」
「・・・キンキン!」
 キンキンが大きく深吸気。
「グラグラユレルンデスカ、ソレトモグルグルマワルンデスカ!」
「ありがとう、キンキン・・・で?」
「かわいらしい看護婦さんじゃな」
「・・・あのなあ」
「ずーっと朝から座ってテレビ見てたら、なんかこう、立ちくらみがするんよねえ」
「?座ってて・・立ちくらみ?」
「2年前から・・・」
「・・・・・」
 もうその間にバイタルを確認。血圧正常。脈も徐脈じゃないし、不整もない。結膜も貧血ナシといえる。
「メイロンでもして帰りましょう・・・」

カルテ、書くか。
「えーっと、今診たのが、秋元さんだよね・・あれ、違う!」

 さっきの婆さん・・・割り込んできたんだ・・・。

「秋元やけど。まだなんかいな!」
 55歳男性は大汗で入ってきた。
「ど、どうぞ。咳・痰ですか。熱がありそうですね。何度・・」
「熱はない」
「は?」
「熱はない!」
「いちおう測りましょうよ」
「体温計は要らん。さ、点滴大きなの1本ぶちかまして、一気に直したってえな!」
「既往に・・アルコール性肝障害」
「酒は減らした!」
「SpO2 94%。少し低いですねえ」
「なんや?死ぬんか?」
「え?ではないです」
「先生。ハッキリ言うておくれよ。何も隠さんと!」
「そういう前に、検査させてください」
「またにするわ。とりあえず点滴を!」
「肺炎があるかどうか・・」
 カルテをたどると、この人は何回か肺炎で入院している。肺気腫ではないが・・
慢性気管支炎といったところか。菌はインフルエンザ桿菌。
「院長はいないのか?」
「いません」
「院長やったら、こんなの触っただけで治してくれるぞ!うちの親戚のじいさんは、
もともと肺に影があったが」
「・・・・・」
「あんたんとこの院長に脈触ってもろて写真とったとたん!ああっ!」
「・・・・・」
「影が消えたんねや!」
「・・・・・ポタコール500に、抗生剤はファーストシン・・・キンキン!向こうの部屋まで、頼む!」
 キンキンはまた深吸気を始めた。
「デハアチラデ、テンテキシマスノデ!」
 僕は至近距離で被曝した。
「うわ!そんな大きな声だすな!」

 知らない間に後ろでは村中がDOAらしき患者の心臓マッサージ中。
ひたすら押し続けているが、モニターは反応ないようだ。アンビューを押しているのは三井先生だ。
「ユウキ先生、終わったんなら代わってくれ!」
 三井先生がアンビューの手を放した。
「おおっと!」
 僕は寸で受け止めた。
「村中先生。DOAかい?」
「CPAだよ」
「同じだろ?」
「用水路に自転車ごと落ちていたらしい。それに近所の人が気づいて・・」
「じゃあ時間がどれくらい経ったのかは・・」
「ああ!救急隊員が!マッサージしながら!運んできた!最初は脈!わずかに!あったらしいよ」
「でも今は対向反射、反応はないな・・・完全に散瞳だ」
「僕が!死亡診断書!書くんだけど!警察も!来るらしい!イヤだなあ。あ、今の・・折れた?」
「さ、さあ・・・」

 三井先生はDIPの写真を見ている。
「そうだろ、やっぱ左の尿管結石だ!見ろ!1時間後の写真ではもう流れている!」
 確かに造影間もない写真では、左尿管が途絶、その上流は拡張している。
「よおし!患者をこっちへ!村中先生、もう1時間もなるだろう?もう止めよう。家族呼んで」
「そうですね・・・」
 村中先生は汗を拭き、家族を呼び説明にかかった。警察も大勢入ってきた。

 僕は熱感でふしぶしが痛い。

 僕は貯まったカルテの処理だ。キンキンが数えている。
「全部で34冊。血圧高い47歳女性から」

 しかしそこでさらに中断が入った。ICU/CCUからの電話だ。キンキンが受けた。
「もしもし?・・・・こっちは手一杯!・・・・でも・・・あ、そうですか」
 キンキンは怪訝悪そうに僕へ受話器を渡した。

「ユウキです。角さん?IVHが抜けた?不穏で?抑制は・・してたけど?」
 どうやら入れなおしを迫ってるようだ。
「救急外来、大変なんだよ!末梢の血管でとりあえず・・・ない?無理?」
 こんなとき、本田さんがいてくれたら・・・。
「点滴の内容は・・・カテコラミン製剤・・・あるのか」
 ならば点滴中断はできない。

 周りを見回したが、村中先生は警察から尋問中。三井先生は患者に説明中。
「キンキン、悪いが・・」
「ダメよ!」
「どうしても処置を・・」
「彼女、いないわよ」
「そんなの関係なしでだよ!そうだ。他の先生いないかな?」
「医局は誰もいません!事務に呼んでもらいますか?」
「学会に行ってない、循環器か外科のドクターを!」

 僕は救急の診察に戻った。高血圧の女性が入る。
「家で測ったら220/160mmHgもあってね!それで・・・」
「こっちのベッドへ行きましょう!」
 長い話を聞いてる暇はない。
「アダラートカプセルを・・・」
「先生、最近それって使わないんでしょう?」
 キンキンが指摘してはくれるが。
「どうしても使わざるを得ないときもある・・・」

 救急車が到着。村中先生が走っていく。
「ユウキ先生、吐血が着いた!」
「僕はこれから喀血だ!」
 双方とも口から血が出るわけだが、咳とともに出るのが喀血のほうだ。
52歳の痩せ型男性。いかにも肺気腫だ。ティッシュを何枚も持っている。

「こんな血が出てね。コフ、コフ」
 咳き込むたびに血液が流れ出てくる。
「初診ですね。これまでの既往は・・・」
「いや・・病院嫌いでね、わしは」
「今から検査を。SpO2は・・・92%。低いな」

 結核・肺癌からの出血でなければいいが・・。だが可能性は高そうだ。

吐血の患者は65歳男性。太めで顔が黒ずんでおり、酒飲みの印象を受ける。
バリックスか。村中先生が内視鏡で確認するつもりのようだ。じゃあ、任せるとして・・。

事務員が入ってきた。
「じゅじゅじゅ・・・・」
「何だよ、落ち着いて話してくれ!」
「循環、循環器のてんていも、げげげ、外科のせせせんせいも、つかかまりません」


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