< レジデント・SICKS 18 悪夢との戦い >
2004年6月16日 連載「何だって?」
「今言ったとおりです。カテ室で、これからカテを」
「そうか。早めに駆けつけてくれたんだ」
「でも山城先生だけでした」
「なに?」
「それ以外の先生はまだ到着されてないので」
「1人でやるつもりなのか。何もかも」
僕は点滴を引っこ抜いた。
「先生、どこへ?あ、そうか。もうすぐ終わりですよね」
「ああ・・世話になったね」
「これまで、ありがとうございました」
出勤している数人が集まってお辞儀してくれた。
そのまま僕はICU/CCUの扉を開けた。左に行けば病院を出られる。
右に行けばカテ室。山城先生の手伝いとなることは必至。
そうだ。左に行けば、解放される。電車で大学病院の近くの、新規に借りた
アパートまで行けばいい・・・。
だが・・・。
「えい!」
何を思ってか、右に曲がった。廊下の鏡を見ると、白衣がシワシワで血だらけだ。
僕はそこらにあるゴミ箱に白衣をたたんで、入れた。
靴を脱ぎ捨て、カテ室へ。
カテ室では小杉が画面を覗きながら指示をもらっている。カテーテルをしているのはまぎれもなく、山城先生だ。
「次、RAO 30度。あ!」
どうやらこちらに気づいたようだ。
「ユウキか・・・まだいたか、お前」
画面には前下行枝の閉塞が映し出されていた。予測どおり♯7の閉塞だ。
「山城先生・・すみません。ご挨拶にと思い」
「お前、いつ帰る?」
「新しいアパートに・・ですか?今日にでもと」
「出勤は?」
「まだ聞いてません。一体どうなってるのか、大学からは何も」
「その件だがな・・・今日の午後、一緒に同行する。いずれにせよ連絡するつもりだったんだがな」
「は?」
「わしと一緒に、大学に行くんだよ」
「一緒に・・で、ありますか?」
「話したいこともある」
何をだ・・今さら。
「ええ。では待つことに・・・」
「待て。これを手伝ってからだ」
来たな。
「では、着替えを・・・」
「ああ、してこい」
山城先生はワイヤーで血栓をつついているようだ。まだ完全閉塞だ。
僕は着替え・手洗いをし始めた。カテなんて半年ぶりだ。でもまあ雑用なら、緊張はしない。
もう朝の9時はとっくに廻った。救急外来も終わっているだろう。
「入ります!」
両手を合わせ、部屋に入った。
「ナースの代わりは小杉がするからな」
「ええ」
小杉があちこち動き回っている。
「まあ、何とか開通はしたようだ」
画面では閉塞していた部位が2割ほど開通し、その末梢まで流れている。
「動脈硬化と血栓だな。さて、これからインターベンションだ」
「は、はい」
「小杉!ガイドカテとバルーン!」
「はい!」
小杉は何本か持ち寄り、山城先生が物色、選定していった。
「ユウキ。レジデント最後の餞に、やってみるか?ん?」
「いえ、それは・・・」
僕はちょうど1年前のあれを思い出した。
『ガイディングカテが挿入された。入れているのは・・・伊藤だ。上目遣いで必死だ。
この太いカテーテルを冠動脈入口部へ持って行く。そこを通して風船セットが入るわけだ。
中の様子が変だ。伊藤がかなりうなだれている。
僕は技師に問いかけた。
「何度も映ってる血管・・・これ、左冠動脈の・・主幹部ですよね」
「ああそうだ」
「拡げなかったのは・・・」
「主幹部、見てみろ。造影の画像がこれだ。動脈の壁が剥がれてる。これがダイセク、ディセックション・・解離だよ。狭窄を作っちまった」
「作った?」
「あの太いガイドカテを、押し込みすぎたんだ。運悪く、血管にとって太い径のカテだったんだ」
「じゃあ今後は・・・」
「バイパス術だろ」
伊藤は弱気な顔のままだ。職員は次々と引き上げた。
僕は伊藤の斜め後方に立っていた。
伊藤はそこで、静かに泣き崩れてしまった。
しかしその男泣きは・・・・・明日のための泣きだった』
明日のため・・・!いつか笑って語るため・・・!
困難に正面から立ち向かったという証が、僕にも欲しい!
「や、山城先生・・・」
「ん?」
「じ、自分に・・・やらせてください」
「そうか。だがわしのサポートでやるぞ。少しでも危なければ中止する」
「・・・・・・」
「お前の友達みたいな運命になってもいかんしな。ディバイダーの名前の、あいつ・・・」
「・・・ディバイダーって・・・それって、たしか・・・」
何でこの人が知ってるんだ?
「さ、いくぞ!シースも入れ換えて、フラッシュもした。ゆっくり入れていけ」
「は、はい」
カテーテルをゆっくり挿入。太い。こんなに太いのか。熱発はどこかに行ってしまった。
このヒヤヒヤとした透視室がかえって眠くさせないのかもしれない。
やがてカテは入口部に入った。
「・・・エンゲージしました、先生」
「バルーンは、これ」
「あ、はい」
「そのカテ、あまり押し込むなよ!」
バルーンカテはゆっくり入口部から顔を出した。バルーンはゆっくり進み、病変部、つまり
狭窄部へ。
「そこでストップ!圧を加えるぞ」
山城先生はハンドルをまわし始めた。
「30秒待つ!・・・・ところでユウキ先生よ」
「え?」
「お前、わしに何か聞きたいことがあるんだろ?」
「・・・・・」
「だから来たんだろうが・・・・バルーン解除!ユウキ、バルーン外して、造影だ」
「はい・・・・・・造影!」
すると血管が造影された。流れは滞りなく、一見、全開通しているように思われた。
小杉が入ってきた。
「やった!1回でできたじゃん?」
「まだだ!病変部が薄い!」
山城先生が活を入れた。
病変部は・・・造影剤の濃さがまだ薄い。だが血管径は
十分ありそうだ。
「角度を変えて造影だ!」
角度を何箇所か変更し、同じく造影。だがやはり血管径は十分、しかし造影欠損わずかにあり。
「ユウキ先生。アレを使うか」
「アレ・・・ああ、アイバスですか」
「コスギ!アイバスを!」
「あー、山ちゃん、病変部ウススギだからコスギ?」
「お前は黙ってろ。役立たずが」
アイバスが手渡された。かなり細い。そりゃそうだ。これが冠動脈内を通るわけだから。
「アイバス、いきます!」
正面に冠動脈内の画像が映る。横の冠動脈の走行と照らし合わせる。
山城先生は画面に向って乗り出した。
「・・・・そこでストップ!ちょっと手前・・・行きすぎ!そう、そこそこ!」
冠動脈は右半分が分厚い血栓で真ん中が割れている。左半分は開通している。
トータルで見ると、血栓で半分が埋められている。冠動脈造影で見るよりもかなり
の狭窄がある。
「山城先生・・・これはかなり・・狭窄ありってことで?」
「ああ・・・じゃ、ステント入れるぞ。コスギ!」
「は、はい!」
「シャッツを出してくれ」
「はい。血管径、測定します!」
ステントの巻きついたバルーンが手渡された。
「いいか。しくじるな」
「は、はい!」
<つづく>
「今言ったとおりです。カテ室で、これからカテを」
「そうか。早めに駆けつけてくれたんだ」
「でも山城先生だけでした」
「なに?」
「それ以外の先生はまだ到着されてないので」
「1人でやるつもりなのか。何もかも」
僕は点滴を引っこ抜いた。
「先生、どこへ?あ、そうか。もうすぐ終わりですよね」
「ああ・・世話になったね」
「これまで、ありがとうございました」
出勤している数人が集まってお辞儀してくれた。
そのまま僕はICU/CCUの扉を開けた。左に行けば病院を出られる。
右に行けばカテ室。山城先生の手伝いとなることは必至。
そうだ。左に行けば、解放される。電車で大学病院の近くの、新規に借りた
アパートまで行けばいい・・・。
だが・・・。
「えい!」
何を思ってか、右に曲がった。廊下の鏡を見ると、白衣がシワシワで血だらけだ。
僕はそこらにあるゴミ箱に白衣をたたんで、入れた。
靴を脱ぎ捨て、カテ室へ。
カテ室では小杉が画面を覗きながら指示をもらっている。カテーテルをしているのはまぎれもなく、山城先生だ。
「次、RAO 30度。あ!」
どうやらこちらに気づいたようだ。
「ユウキか・・・まだいたか、お前」
画面には前下行枝の閉塞が映し出されていた。予測どおり♯7の閉塞だ。
「山城先生・・すみません。ご挨拶にと思い」
「お前、いつ帰る?」
「新しいアパートに・・ですか?今日にでもと」
「出勤は?」
「まだ聞いてません。一体どうなってるのか、大学からは何も」
「その件だがな・・・今日の午後、一緒に同行する。いずれにせよ連絡するつもりだったんだがな」
「は?」
「わしと一緒に、大学に行くんだよ」
「一緒に・・で、ありますか?」
「話したいこともある」
何をだ・・今さら。
「ええ。では待つことに・・・」
「待て。これを手伝ってからだ」
来たな。
「では、着替えを・・・」
「ああ、してこい」
山城先生はワイヤーで血栓をつついているようだ。まだ完全閉塞だ。
僕は着替え・手洗いをし始めた。カテなんて半年ぶりだ。でもまあ雑用なら、緊張はしない。
もう朝の9時はとっくに廻った。救急外来も終わっているだろう。
「入ります!」
両手を合わせ、部屋に入った。
「ナースの代わりは小杉がするからな」
「ええ」
小杉があちこち動き回っている。
「まあ、何とか開通はしたようだ」
画面では閉塞していた部位が2割ほど開通し、その末梢まで流れている。
「動脈硬化と血栓だな。さて、これからインターベンションだ」
「は、はい」
「小杉!ガイドカテとバルーン!」
「はい!」
小杉は何本か持ち寄り、山城先生が物色、選定していった。
「ユウキ。レジデント最後の餞に、やってみるか?ん?」
「いえ、それは・・・」
僕はちょうど1年前のあれを思い出した。
『ガイディングカテが挿入された。入れているのは・・・伊藤だ。上目遣いで必死だ。
この太いカテーテルを冠動脈入口部へ持って行く。そこを通して風船セットが入るわけだ。
中の様子が変だ。伊藤がかなりうなだれている。
僕は技師に問いかけた。
「何度も映ってる血管・・・これ、左冠動脈の・・主幹部ですよね」
「ああそうだ」
「拡げなかったのは・・・」
「主幹部、見てみろ。造影の画像がこれだ。動脈の壁が剥がれてる。これがダイセク、ディセックション・・解離だよ。狭窄を作っちまった」
「作った?」
「あの太いガイドカテを、押し込みすぎたんだ。運悪く、血管にとって太い径のカテだったんだ」
「じゃあ今後は・・・」
「バイパス術だろ」
伊藤は弱気な顔のままだ。職員は次々と引き上げた。
僕は伊藤の斜め後方に立っていた。
伊藤はそこで、静かに泣き崩れてしまった。
しかしその男泣きは・・・・・明日のための泣きだった』
明日のため・・・!いつか笑って語るため・・・!
困難に正面から立ち向かったという証が、僕にも欲しい!
「や、山城先生・・・」
「ん?」
「じ、自分に・・・やらせてください」
「そうか。だがわしのサポートでやるぞ。少しでも危なければ中止する」
「・・・・・・」
「お前の友達みたいな運命になってもいかんしな。ディバイダーの名前の、あいつ・・・」
「・・・ディバイダーって・・・それって、たしか・・・」
何でこの人が知ってるんだ?
「さ、いくぞ!シースも入れ換えて、フラッシュもした。ゆっくり入れていけ」
「は、はい」
カテーテルをゆっくり挿入。太い。こんなに太いのか。熱発はどこかに行ってしまった。
このヒヤヒヤとした透視室がかえって眠くさせないのかもしれない。
やがてカテは入口部に入った。
「・・・エンゲージしました、先生」
「バルーンは、これ」
「あ、はい」
「そのカテ、あまり押し込むなよ!」
バルーンカテはゆっくり入口部から顔を出した。バルーンはゆっくり進み、病変部、つまり
狭窄部へ。
「そこでストップ!圧を加えるぞ」
山城先生はハンドルをまわし始めた。
「30秒待つ!・・・・ところでユウキ先生よ」
「え?」
「お前、わしに何か聞きたいことがあるんだろ?」
「・・・・・」
「だから来たんだろうが・・・・バルーン解除!ユウキ、バルーン外して、造影だ」
「はい・・・・・・造影!」
すると血管が造影された。流れは滞りなく、一見、全開通しているように思われた。
小杉が入ってきた。
「やった!1回でできたじゃん?」
「まだだ!病変部が薄い!」
山城先生が活を入れた。
病変部は・・・造影剤の濃さがまだ薄い。だが血管径は
十分ありそうだ。
「角度を変えて造影だ!」
角度を何箇所か変更し、同じく造影。だがやはり血管径は十分、しかし造影欠損わずかにあり。
「ユウキ先生。アレを使うか」
「アレ・・・ああ、アイバスですか」
「コスギ!アイバスを!」
「あー、山ちゃん、病変部ウススギだからコスギ?」
「お前は黙ってろ。役立たずが」
アイバスが手渡された。かなり細い。そりゃそうだ。これが冠動脈内を通るわけだから。
「アイバス、いきます!」
正面に冠動脈内の画像が映る。横の冠動脈の走行と照らし合わせる。
山城先生は画面に向って乗り出した。
「・・・・そこでストップ!ちょっと手前・・・行きすぎ!そう、そこそこ!」
冠動脈は右半分が分厚い血栓で真ん中が割れている。左半分は開通している。
トータルで見ると、血栓で半分が埋められている。冠動脈造影で見るよりもかなり
の狭窄がある。
「山城先生・・・これはかなり・・狭窄ありってことで?」
「ああ・・・じゃ、ステント入れるぞ。コスギ!」
「は、はい!」
「シャッツを出してくれ」
「はい。血管径、測定します!」
ステントの巻きついたバルーンが手渡された。
「いいか。しくじるな」
「は、はい!」
<つづく>
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