やがてステントは病変部位へ。

「よし止めろ!拡張する!・・・・・しばらく待つぞ!ところで、さっきの続きだが」
 またか、こんな時に。
「お前には実は感謝している」
「僕に・・ですか?」
「お前のおかげで、わしらはまた再出発することになった」

「わしらって・・・?」

「本田ミチとわしだ」
「さっきふと思いましたが・・・マジですか・・・・」

 ひどく落胆するはずが、なぜかホッとしたものがあった。
薄々気づいてはいたのだ。

 だがもうそれでいい。

「でも気づいてたんだろ?」
「ええ、まあ・・・」
「最初は不倫だったがな。ミチはどうしてもそれが許せんとな」
「先生、今は離婚を・・?」
「で、わしが妻に捨てられて・・それでもアイツとはよりが戻らんでな・・・バルーン解除!」

 造影。ステントはきちんと植え込みできたようだ。

「よし!もう一度アイバスで確認するんだ!」
「アイバス・・・いきます!」

 内腔はかなり拡がっている様子だ。あれだけ内腔を占拠していた血栓も壁側にかなり押しやられている。

「STもかなり改善してきましたね・・」
「よし、引き上げだ!」

 片づけが始まった。
「よし、あとの指示はわしが出す・・・!で、どこまで話した?あ、そうか」
「よりが戻らなくて・・」
「そうだ。お前が彼女とくっつきそうになった時」
「?そんなの、なってませんよ」

「いや、そうなりかけてた。わしは内心、焦った」
「そうですか・・・」
 僕は少し誇らしかった。

「彼女は本当に戸惑ったそうだ。だがお前、本命がいるってな」
「本命・・・ええ」

 それって、先生らが言いふらしたことじゃないか?

「ミチは自分のせいで、お前がその本命を捨てるのが、怖かったそうだ」
「そうなんでしょうか。僕にはよく・・・」
「聞け。で、彼女は悩んだらしい。そうなるとわしまで失うことになると」

「で、何ですかその。彼女はホントに誰が好きか気付いた、とでも?」
「いや、ホントの話だ!」

「なんか今やってるようなドラマじゃないですか、まるで」
「いや、わしはそう考えてる!」

「それは・・・あくまでも先生の解釈なので」

 やっぱ女の考えることは分からん。

「だが彼女はわしのとこに戻ってきた。それは確かだ」
「・・・・・」

 確かに彼にはいい所もあったんだろう。今日のサポートぶりを見ても思う。

まあよほど、過去に何かいい思い出があるとか、何か入れ込んだ
ところがお互いあったのだろう。

そう思うことにしよう。

「ユウキ、待て、帰るな。わしが大学へ送る!」
「失礼します」
「待て!車もないだろ、お前?」
「・・・1人になりたいんで」
「さっきの話で怒ったのか?」
「怒ってなんか・・・ま、幸せになってください」
「待ておい!」

 僕はさっさと着替えて廊下へ出た。遅れて駆けつけたほかの医師にすれ違った。

「さようなら、星野先生・・・横田先生・・・芝先生・・・」
 芝先生だけ目を合わさなかった。

 そして・・・・僕はやっと病院の外へ出た。1年住んでてまだ降りたことのない砂浜へ歩いていった。波はおだやかだ。

「はあ!終わった終わった・・・!」
 大きな伸びをして、病院へ振り返った。3年間はアッという間だった。

これからは束縛もなく、自分なりのやり方が尊重されるはずだ。

 すると、携帯が鳴ってきた。これは・・・?

「もしもし」
「山城だ。今どこだ?」
 僕は電話の話し口を遮った。波の音を聞こえないように。
「先生、もう1人で帰りますので」
「ダメだ。直接行くんだ」
「1人で大学へ直接行きます」

 そう言い捨てて電話を切った。

 タクシーで駅前に着いた。財布の金も残り少ない。この1年でけっこう貯めたつもりだったが、途中で減俸にされたことと飲み会の機会が増えたことで、自己資金は底をつくようになっていた。

 時刻表を確認。

「・・・いったん大阪駅で乗り換えて・・・と」

 すると後ろから肩を叩かれた。振り返ると・・コイツか。
「山城先生・・・もういいですから」

「さ、行くぞ」

 彼は知らない間にスーツ姿になっている。
「どこへ?」
 僕の腕は掴まれて離れなかった。

「表にセルシオ停めてある。それで・・・大学までな」
「い・・・医局へ同行ですか?」
「まあ、申し送りやな。それと」
 彼は1枚の履歴書を取り出した。

「それは・・・?」
 写真はどうも見慣れない顔だ。
「お前にゃ関係ない。院生であちこち名義を借りてる者の記録や」
「名義・・・」
「でないとアイツら、食いぶちに困るだろ?さ、乗れ」

 僕は助手席に座った。ゴージャスな内装だ。車はゆったりと走り始めた。

「高速を飛ばす。ベルトしろ」
「・・・・」
 言われた通りにした。

 車はゲームのごとくゴボウ抜き状態で、間もなくトンネルに入った。

しばらく無言が続いていた。

「ガム、要るか・・?」
「いえ、いいです」
「まあ、ミチにはわしのほうから宜しくいっておくよ」
「・・・・・」
「今までのレジデントは手の早い奴らばっかりでなあ・・」
「・・・・・」
「お前は感心だな。そういうところはなかった。ミチがお前を褒めるのも、分かるような気もする」

 なんてレベルの低い会話だ・・・。

「だがユウキよ、勘違いはするな」
「?」
「奴らが半年で僻地へ飛ばされたのはまあそういう理由からだが・・・。ただしお前が1年いれたからって、特別優秀だったわけではない。勘違いするな」
「ええ、そりゃあ・・・」

「訴訟になりかけたケースもあった。腸間膜動脈の・・」
「あれは先生、澤・・・」
「でもお前が主治医だ。家族はお前を名指ししてきた」
「そうだったんですか。ちっとも・・・」
「院長が示談にした。かなり高額の金を払ってな」
「・・・・・」
「主治医がリスクを負うのは当然のことだ」

 車はトンネルを抜けた。大阪の街が拡がってきた。

「話の核心になるが・・・お前は大学へは来なくていい」
「?」
「大学の医局員名簿には載る。医員として仕事することにしている」
「・・・で、実際は?」
「あとで医局長が案内してくれる」
「案内を?」
「わしはそこの場所は知らん」
「それって・・・」
「お前の望みを叶えるためや」
「望み・・」
「臨床家で技術を身につけたいんだろ?大学に縛られず」
「え、ええ。以前はそう言ってました」
「だからもっと伸び伸びと経験を積んでもらうのだ」
「勤務医として・・ですか?」

「当然や。コストは今よりも多い。その地では一番大きな病院や。伝統もあるし、最新設備もそろってる。ベテラン医師もな」

「教授が考慮を?」
「わしの考慮だ。下りるぞ!」

 車は高速を降りていった。大学まであと数分だ。

 第一線でやれるのか・・・!

<つづく>

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