車は高速を降りていった。大学まであと数分だ。

「ユウキよ、すまんが新しく借りたアパートだが・・・」
「分かってます。また引越しですね」
「ああ。引越し代は出んがな」
「敷金もですね。ええ。それが医局というものですから・・・」

 しかし、山城先生が僕に第1線で戦えるチャンスをくれた。

 そこまでの配慮があったとは・・・。

「まあ頑張れ。スタッフはベテラン揃いだから、手取り足取り教えてくれる」
「そうですか・・・ありがとうございます」
「お前の提唱する、胸部内科外来でもやったらどうだ?」
「え、ええ・・・」

 小杉に話してたんだが・・・あいつ、口軽いな。

 車は大学病院の広大な大駐車場へ到着した。

 玄関の近くに停車した。

「お前はここに座ってろ」
「先生、自分も・・・」
「いや。ここにいろ」
「逃げませんよ」
「ここにいろ!20分くらいで戻ってくる!」

 山城先生は履歴書を持って車を降り、玄関へと走っていった。
僕は久しぶりに皆に会いたかったのだが・・・。グッチにも会いたい。

「そうだ・・・」

 僕は携帯を取り出した。まだ電池はある。
 アホらしいが、目の前の大学病院へ連絡した。

 医局あてだとヤバイので、病棟へかけた。

「もしもし、もしもし」
「病棟です」
「あの・・・川口先生は・・・?」
「川口先生・・さっきいたんですけど・・探します」
「あの、ちょっと・・・」
 保留の音楽にすりかわった。待つしかしようがない。

 玄関は出入りが多い。ほとんどは処方箋を持って出てくる患者のようだ。

 電話が出た。
「もしもし」
「グッチ!僕だ」
「はあ?」
 どうやら別のナースの声らしい。
「す、すんません」
「川口先生は今はベッドサイドでマルク中です。何か伝えましょうか?」
「し、下にいますと。ユウキといいます」
「はあ・・・はい」

 しかし、僕は何をやっているんだ。会ったところで何を?

 やあ、久しぶり。ちょっと大きな病院で頑張ってこようと思う。君らはまあ大学で頑張ってくれたまえ。いつか偉くなったら帰ってくる・・・。冗談には聞こえないか。

電話はすぐにかかってきた。彼女か?

「もしもし」
「おい。いるんだろな」
「なんだ、山城先生・・・」
「なんや、わしでガッカリか」
「いえ・・・」

「医局長と向っている。その前にメシでも食うか?」
「いえ、今は調子が・・・」
「そうか。じゃ、今から直で行こう」
「勤務先の病院に・・ですか?」
「ああ。わしの役目はこれで終わり。医局長が連れて行ってくれるぞ」

 あのクールな医局長か。

「では、車・・・下りときます」
「ああ」

 車を降りて玄関の前に立った。

 新天地か。

 大学にも好きなときに帰れそうだし、ふだんの勤務はかなり充実してそうだ。

でもこれまでのことも反省して、頑張っていこう・・・。僕は運がいい。女連中に振り回されるのはもうコリゴリだな。

「待たせたな」

 山城先生と医局長が現れた。

「こんにちは。ユウキ先生、久しぶりですね」
「こ、こんにちは」

 山城先生はセルシオへ向った。
「じゃ、あとはよろしく!」
 医局長は無言で手を振った。

 セルシオは駐車場を縦断し広域道路へと合流していった。

 車が見えなくなるまで僕らは目線で追った。

「・・・じゃ、少し歩こうか」
「はい」
「あそこの車だ。BMだがね」
「は、はい・・・」
「もう詳細は、山城君から聞いたね?」
「ええ」
「大変だと思いますが、頑張ってください」
「はい。先生、大学には?」

「?」

「いつでも行っていいんでしょうか?」
「・・・いいですよ。こちらとしては大歓迎です」
「はい」
「でも、来られるときは前もって連絡を」
「ええ、そうします」

「どうぞ」
「失礼します」

車は北へ向けて走り出した。

僕はミラーで後ろ、病院玄関をみていた。やはりグッチの姿はない・・・。

何か・・・大事な忘れ物でもしたような。

『そう、確かに君は大学へ戻ってきた・・・』

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