< 次回完結! レジデント・SICKS 21 本音 >
2004年6月18日 連載乗り換えたその車は、高速でなく一般道で走り続けるようだ。
「大学も最近は変わってきてましてね」
医局長が話を切り始めた。
「はい」
「学生のマイナー志向、大学院大学としての生き残り、大学の危機管理・・・インフォームド・コンセントの時代・・・」
「そういやニュース、多いですね」
「うちの医局も大変です。今年は2人しか入局しなかった」
「2人・・・厳しいですね」
「ですからその場合、外で頑張っている先生方を無理にでも戻さなくてはなりません」
「・・・でしょうね」
「それが単なる名義だけでもね」
「僕の名義も・・ですか?」
「そうです。先生の名義は大学にあります。しかし実質的な勤務先はこれから向うところです」
「遠そうですね」
「かなりかかります。食事したければいつでも」
「ええ・・・」
夕日が射してきた。
「ユウキ先生、突然で失礼なのですが」
「・・・?」
「もう少しその・・・医師としての適正を・・・再検討されたらいかがでしょうか」
突然、何だ?
「どうもその、先生。先生自身は疑問に感じられるかもしれませんが・・・この1年の先生の実績など見ますと・・・」
「・・・・・」
「チーム医療など周囲との連携ができていない。上司の命令も素直に従わないことが多い。病院を突然休む。先輩医師への反抗。先生、これでは・・・」
「確かにそんなときもありましたが・・・」
「これは・・・今後仕事を続ける上では、かなり致命的だと思いますね。一般企業ならクビですよ」
「その内容は、山城先生からの評ですか?」
「山城先生や、これまでスタッフ全員のです。すべて書類で送られることになっていますからね。大学の医局員たちもなぜかみな知ってました」
「・・・・・」
「こんな医局員が大学に戻ってきて、医局のマイナスイメージにつながると・・・新入医局員の確保まで難しくなりかねません。分かりますよね?」
「・・・・・」
「ですから、先生には反省をしていただく意味で」
「・・・なんですか、それ!」
「それですよ、先生。そこがいけない。カンファレンスや診療で本音でぶつかるのはいい。でも上下関係をきちんと踏まえないと!」
「上下でも、許せないことだってあります・・・」
「やっぱり危険ですね・・・向いてないなあ。それと先生、時々何かその・・・ホースが聞こえてくるとか?」
「フォースです。でもヘンな意味じゃないです!」
「そんなとこも心配ですねえ・・・」
車は山道を走り出した。車道はかなり狭い。だが対向車にはほとんど出くわさなくなった。
「でも先生、臨床的なセンスはいいほうだという評価でしたがね」
「そりゃどうも・・・」
「あー、畑くんはひどかった。プライマリケアからなってない。診断・治療の方針もメチャクチャだ」
彼は院を出ていきなり呼吸器科を任されたんだ。それこそムチャだ。
「彼はこの半年間、岐阜で頑張ってたようですが、さすが1人で80床は限界だったようです」
「1人しか医者が?」
「いえ、あと4人。うちの名義の医者がね。もちろん書類上のものです」
「で、彼は・・・?」
「辞表を出したそうです」
「・・・・・」
「ユウキ先生はかなり優遇されてるほうですよ」
「・・・・・」
「なんせ、やり直すチャンスがある。病院の規模も大きい」
車は田んぼの広がる湿地へと出てきた。長年目にしたことのない光景だ。
「勤務される病院は、内科だけで120床。医師は6人」
「一般内科ですか・・」
「先生が循環器。あとは消化器です」
「設備は・・」
「カメラは一通りあります。気管支鏡も。アンギオもね。MRIもあります」
「アンギオも・・・」
「何でしたら先生、カテをバンバンやってもいいですし」
「なるほど・・・」
「とにかく自由な発想の病院です。夜は当直が全てみます。夜は起こされません。こんな束縛のない病院って、そうありませんよ」
「いいですね、それ・・・」
しかし、そんな話があったのか・・・。僕は本当に運がいいのかも?
やがて山の上に病院が見え始めた。
「ああ、たぶんあそこです」
走ること3時間余、やっとたどり着くことができた。だが周囲には民家がちらほらある。
これでもこの地域で一番大きな病院なのか・・・。
よくみると小学校の公舎のようだ。木造っぽい。まあそれだけ伝統があるってことだろう。
「先生、これから事務長に会います。話も長くなると思いますし私も用事がありますので」
「ええ・・・お先にどうぞ」
「車ですぐ帰りますね。先生は近くのJRの駅で乗って帰ってください」
「ええ・・・駅は近いので?」
「歩いて数分です」
外は少し暗くなってきた。思えば長い1日だった。救急明け、山城先生とのドライブ、大学、山道のドライブに・・・新天地でのオリエンテーション。
「着きました、ね・・」
車は病院の近くの広大な駐車場に停められた。仕事帰りなのか、多くの背広姿が玄関からゾロゾロ歩いてくる。各自、大荷物を持ってそれぞれ車へ向っているようだ。ダンボールを抱えている職員もいる。
「医局長、あれは・・・?」
「ああ、人事の時期なんでしょうね」
「あ、なるほど・・・」
僕らは砂埃舞う中、ゆっくり病院玄関へと向かっていった。
病院の建物はあちこちヒビが入っていて、かなり老朽化しているようだった。
だが看板には救急指定とある。間違いはなさそうだ。
事務室の前。いったん入っていた医局長が出てきた。
「ユウキ先生、どうぞ入って」
「はい・・・失礼します」
ストーブの上にやかん。いかにも田舎っぽい光景だ。
「ああ、どうぞどうぞ、寒かったでしょう!」
ハゲた老人が両手をこすりながらやってきた。しかし羽振りのよさそうなコートを着ている。
「事務長の河野です。どうぞ、なんなりと!」
「よ、よろしくお願いいたします!」
「やあ、ご苦労さんでしたな!」
医局長が少しそわそわしている。
「では先生、あとは・・・」
「あ、医局長さん!こりゃどうも!暗くなってきたしね!」
「失礼します・・・」
「どうも、ありがっとう!」
医局長は帰っていった。
<次回完結>
「大学も最近は変わってきてましてね」
医局長が話を切り始めた。
「はい」
「学生のマイナー志向、大学院大学としての生き残り、大学の危機管理・・・インフォームド・コンセントの時代・・・」
「そういやニュース、多いですね」
「うちの医局も大変です。今年は2人しか入局しなかった」
「2人・・・厳しいですね」
「ですからその場合、外で頑張っている先生方を無理にでも戻さなくてはなりません」
「・・・でしょうね」
「それが単なる名義だけでもね」
「僕の名義も・・ですか?」
「そうです。先生の名義は大学にあります。しかし実質的な勤務先はこれから向うところです」
「遠そうですね」
「かなりかかります。食事したければいつでも」
「ええ・・・」
夕日が射してきた。
「ユウキ先生、突然で失礼なのですが」
「・・・?」
「もう少しその・・・医師としての適正を・・・再検討されたらいかがでしょうか」
突然、何だ?
「どうもその、先生。先生自身は疑問に感じられるかもしれませんが・・・この1年の先生の実績など見ますと・・・」
「・・・・・」
「チーム医療など周囲との連携ができていない。上司の命令も素直に従わないことが多い。病院を突然休む。先輩医師への反抗。先生、これでは・・・」
「確かにそんなときもありましたが・・・」
「これは・・・今後仕事を続ける上では、かなり致命的だと思いますね。一般企業ならクビですよ」
「その内容は、山城先生からの評ですか?」
「山城先生や、これまでスタッフ全員のです。すべて書類で送られることになっていますからね。大学の医局員たちもなぜかみな知ってました」
「・・・・・」
「こんな医局員が大学に戻ってきて、医局のマイナスイメージにつながると・・・新入医局員の確保まで難しくなりかねません。分かりますよね?」
「・・・・・」
「ですから、先生には反省をしていただく意味で」
「・・・なんですか、それ!」
「それですよ、先生。そこがいけない。カンファレンスや診療で本音でぶつかるのはいい。でも上下関係をきちんと踏まえないと!」
「上下でも、許せないことだってあります・・・」
「やっぱり危険ですね・・・向いてないなあ。それと先生、時々何かその・・・ホースが聞こえてくるとか?」
「フォースです。でもヘンな意味じゃないです!」
「そんなとこも心配ですねえ・・・」
車は山道を走り出した。車道はかなり狭い。だが対向車にはほとんど出くわさなくなった。
「でも先生、臨床的なセンスはいいほうだという評価でしたがね」
「そりゃどうも・・・」
「あー、畑くんはひどかった。プライマリケアからなってない。診断・治療の方針もメチャクチャだ」
彼は院を出ていきなり呼吸器科を任されたんだ。それこそムチャだ。
「彼はこの半年間、岐阜で頑張ってたようですが、さすが1人で80床は限界だったようです」
「1人しか医者が?」
「いえ、あと4人。うちの名義の医者がね。もちろん書類上のものです」
「で、彼は・・・?」
「辞表を出したそうです」
「・・・・・」
「ユウキ先生はかなり優遇されてるほうですよ」
「・・・・・」
「なんせ、やり直すチャンスがある。病院の規模も大きい」
車は田んぼの広がる湿地へと出てきた。長年目にしたことのない光景だ。
「勤務される病院は、内科だけで120床。医師は6人」
「一般内科ですか・・」
「先生が循環器。あとは消化器です」
「設備は・・」
「カメラは一通りあります。気管支鏡も。アンギオもね。MRIもあります」
「アンギオも・・・」
「何でしたら先生、カテをバンバンやってもいいですし」
「なるほど・・・」
「とにかく自由な発想の病院です。夜は当直が全てみます。夜は起こされません。こんな束縛のない病院って、そうありませんよ」
「いいですね、それ・・・」
しかし、そんな話があったのか・・・。僕は本当に運がいいのかも?
やがて山の上に病院が見え始めた。
「ああ、たぶんあそこです」
走ること3時間余、やっとたどり着くことができた。だが周囲には民家がちらほらある。
これでもこの地域で一番大きな病院なのか・・・。
よくみると小学校の公舎のようだ。木造っぽい。まあそれだけ伝統があるってことだろう。
「先生、これから事務長に会います。話も長くなると思いますし私も用事がありますので」
「ええ・・・お先にどうぞ」
「車ですぐ帰りますね。先生は近くのJRの駅で乗って帰ってください」
「ええ・・・駅は近いので?」
「歩いて数分です」
外は少し暗くなってきた。思えば長い1日だった。救急明け、山城先生とのドライブ、大学、山道のドライブに・・・新天地でのオリエンテーション。
「着きました、ね・・」
車は病院の近くの広大な駐車場に停められた。仕事帰りなのか、多くの背広姿が玄関からゾロゾロ歩いてくる。各自、大荷物を持ってそれぞれ車へ向っているようだ。ダンボールを抱えている職員もいる。
「医局長、あれは・・・?」
「ああ、人事の時期なんでしょうね」
「あ、なるほど・・・」
僕らは砂埃舞う中、ゆっくり病院玄関へと向かっていった。
病院の建物はあちこちヒビが入っていて、かなり老朽化しているようだった。
だが看板には救急指定とある。間違いはなさそうだ。
事務室の前。いったん入っていた医局長が出てきた。
「ユウキ先生、どうぞ入って」
「はい・・・失礼します」
ストーブの上にやかん。いかにも田舎っぽい光景だ。
「ああ、どうぞどうぞ、寒かったでしょう!」
ハゲた老人が両手をこすりながらやってきた。しかし羽振りのよさそうなコートを着ている。
「事務長の河野です。どうぞ、なんなりと!」
「よ、よろしくお願いいたします!」
「やあ、ご苦労さんでしたな!」
医局長が少しそわそわしている。
「では先生、あとは・・・」
「あ、医局長さん!こりゃどうも!暗くなってきたしね!」
「失礼します・・・」
「どうも、ありがっとう!」
医局長は帰っていった。
<次回完結>
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