< レジデント・SICKS 最終回 ここで生きてく。>
2004年6月22日 連載事務長は書類や履歴書に目を通していた。
「ふーん・・・・・・・ふーん」
「・・・・・」
「なるほど!」
「・・・・・」
「じゃあさっそく来週から勤務ですね。宿舎がありますので、荷物はそちらへ移動してください」
「はい」
「実際の診療は来月からですね。それまでは荷物の運び出しがありますんで」
「運び出し?」
「ええ、そうですよ。病院内にある機材などをね。それと人員がグッと減りますし」
「減るっていうのは・・・」
「ああ、先生。医局長から聞いてなかった?こりゃいかんな・・・はっはっは」
「?」
「官公立で大きな顔していたこの病院も、とうとう閉鎖となりましてね」
「閉鎖?」
「ニュースで見ませんでした?でも大丈夫。病院としては残りますよ。ただその・・・これまでやってきた先端治療に関する
ものとかに関しては、全て引き上げにかかるわけでしてね。なにせ次の経営者の方針ですから・・・」
「・・・」
「部長クラスなどメインのスタッフは総入れ替えになるんですよね。コストの折り合いがうまくいかなくてね」
「・・・・代わりの新しい職員は補充を・・・?」
「新しい経営者が、そこらの村の事務員とか引っ張ってくるそうです。ま、何とかなります。ナースはオバちゃんらばっかりですけどね。寂しい限りです」
「ドクターは?」
「かなり御高齢の先生方になるようですな。なんせ村の勤務医・開業医上がりなもんで」
そんな動乱の時期に来たのか。
「でね先生、病棟は大半が療養型になりますので。コストもマルメ」
「マルメ?」
「だからその・・・いろいろ検査・治療されたとしても、病院の利益にはならないんですよ」
「何もするなと?」
「いえいえ、そういうわけでは・・。そういう体制になるのは国のせいでもあるんですよ。責めるなら政治家を」
しかし・・・。検査や治療にも制限がかかるのか・・・。
「近くの老人ホームと連携しますんで、そことのやりとりが中心になります」
「紹介と転院とかですね」
「ええ。急変時はお願いいたします」
「・・・・・」
「このような背景がありますんで、コスト的には・・・」
書類が手渡された。年収800万。医師年数からすると相応なんだろうが。
しかし、こんな現状では・・・。
「そこに、ハンコを」
「はい・・・・どうぞ」
ハンコが押されたとたん、事務長は澄まして立ち上がった。合図で、向こうから若い男性が入ってきた。
「新しい事務長の足立です」
旧の事務長は挨拶もなく、サッサと帰っていった。
「先生、よろしくお願いいたしますう」
「ええ、こちらこそ」
「わたくし、病院関係は初めてでして・・・」
何人か職員が入ってきては、荷物を運び出していく。これじゃまるで、夜逃げだ。
「あ、あの・・・事務長さん」
「はい?」
「トイレを」
「ああ、そこです」
便器に間に合わず、僕は吐き気をもよおした。
「ゲップ!ブ!ブブ・・・!」
胃の中はカラだ。胃液しか出てこない。
何なんだ。これは。僕は騙されたのか。
そうか。つまり・・・僕はおそらく、見せしめとしてここへ送られたんだ。
医局へ逆らう人間の末路として・・・考えすぎか?
どうやら早くも僕の医師生命は、ここでいったん冬眠に入るようだ。
遅くなってきたため、病院を出てJRの駅へ向かうことにした。道順はあらかじめ聞いておいた。
何歩か歩いたが、頭痛がしてきた。どうやら解熱剤の効き目が切れてきたようだ。
だがポケットには薬はなかった。
僕は降りていた石段に座り込んだ。
そして携帯を取り出した。空には雨雲が広がってるようだ。
そうだ。彼女に・・・彼女にこのことを伝えよう。きっと同情してくれるはずだ!
僕は「彼女」の携帯に電話した。
・・・・?おかしい。もう一度。
『ソノバンゴウハ、ゲンザイツカワレテオリマセン』
「うそ?うそだ・・・!」
何度も何度も押してみた。きっと地震か何か起きて不通になっただけじゃあ?
だが・・・とうとう電話は通じなかった。
全ての拠り所を失い、僕はヘタッと石段に倒れこんだ。雨風は容赦なく打ち付けてくる。どうしてこんなとき、いつも雨なんだ?
こういうときに限って、どうでもいいことばかり考えてしまうものだ。
僕はもう、やり直せないのか・・・。
体の力が少しずつ抜けていくのが分かった。
でももう、どうでもいい。
ここで生きてく。
僕が劇的な復帰を遂げたのは、それから数年を経てのことだった。
<完>
「ふーん・・・・・・・ふーん」
「・・・・・」
「なるほど!」
「・・・・・」
「じゃあさっそく来週から勤務ですね。宿舎がありますので、荷物はそちらへ移動してください」
「はい」
「実際の診療は来月からですね。それまでは荷物の運び出しがありますんで」
「運び出し?」
「ええ、そうですよ。病院内にある機材などをね。それと人員がグッと減りますし」
「減るっていうのは・・・」
「ああ、先生。医局長から聞いてなかった?こりゃいかんな・・・はっはっは」
「?」
「官公立で大きな顔していたこの病院も、とうとう閉鎖となりましてね」
「閉鎖?」
「ニュースで見ませんでした?でも大丈夫。病院としては残りますよ。ただその・・・これまでやってきた先端治療に関する
ものとかに関しては、全て引き上げにかかるわけでしてね。なにせ次の経営者の方針ですから・・・」
「・・・」
「部長クラスなどメインのスタッフは総入れ替えになるんですよね。コストの折り合いがうまくいかなくてね」
「・・・・代わりの新しい職員は補充を・・・?」
「新しい経営者が、そこらの村の事務員とか引っ張ってくるそうです。ま、何とかなります。ナースはオバちゃんらばっかりですけどね。寂しい限りです」
「ドクターは?」
「かなり御高齢の先生方になるようですな。なんせ村の勤務医・開業医上がりなもんで」
そんな動乱の時期に来たのか。
「でね先生、病棟は大半が療養型になりますので。コストもマルメ」
「マルメ?」
「だからその・・・いろいろ検査・治療されたとしても、病院の利益にはならないんですよ」
「何もするなと?」
「いえいえ、そういうわけでは・・。そういう体制になるのは国のせいでもあるんですよ。責めるなら政治家を」
しかし・・・。検査や治療にも制限がかかるのか・・・。
「近くの老人ホームと連携しますんで、そことのやりとりが中心になります」
「紹介と転院とかですね」
「ええ。急変時はお願いいたします」
「・・・・・」
「このような背景がありますんで、コスト的には・・・」
書類が手渡された。年収800万。医師年数からすると相応なんだろうが。
しかし、こんな現状では・・・。
「そこに、ハンコを」
「はい・・・・どうぞ」
ハンコが押されたとたん、事務長は澄まして立ち上がった。合図で、向こうから若い男性が入ってきた。
「新しい事務長の足立です」
旧の事務長は挨拶もなく、サッサと帰っていった。
「先生、よろしくお願いいたしますう」
「ええ、こちらこそ」
「わたくし、病院関係は初めてでして・・・」
何人か職員が入ってきては、荷物を運び出していく。これじゃまるで、夜逃げだ。
「あ、あの・・・事務長さん」
「はい?」
「トイレを」
「ああ、そこです」
便器に間に合わず、僕は吐き気をもよおした。
「ゲップ!ブ!ブブ・・・!」
胃の中はカラだ。胃液しか出てこない。
何なんだ。これは。僕は騙されたのか。
そうか。つまり・・・僕はおそらく、見せしめとしてここへ送られたんだ。
医局へ逆らう人間の末路として・・・考えすぎか?
どうやら早くも僕の医師生命は、ここでいったん冬眠に入るようだ。
遅くなってきたため、病院を出てJRの駅へ向かうことにした。道順はあらかじめ聞いておいた。
何歩か歩いたが、頭痛がしてきた。どうやら解熱剤の効き目が切れてきたようだ。
だがポケットには薬はなかった。
僕は降りていた石段に座り込んだ。
そして携帯を取り出した。空には雨雲が広がってるようだ。
そうだ。彼女に・・・彼女にこのことを伝えよう。きっと同情してくれるはずだ!
僕は「彼女」の携帯に電話した。
・・・・?おかしい。もう一度。
『ソノバンゴウハ、ゲンザイツカワレテオリマセン』
「うそ?うそだ・・・!」
何度も何度も押してみた。きっと地震か何か起きて不通になっただけじゃあ?
だが・・・とうとう電話は通じなかった。
全ての拠り所を失い、僕はヘタッと石段に倒れこんだ。雨風は容赦なく打ち付けてくる。どうしてこんなとき、いつも雨なんだ?
こういうときに限って、どうでもいいことばかり考えてしまうものだ。
僕はもう、やり直せないのか・・・。
体の力が少しずつ抜けていくのが分かった。
でももう、どうでもいい。
ここで生きてく。
僕が劇的な復帰を遂げたのは、それから数年を経てのことだった。
<完>
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