< オーベン&コベンダーズ 1-3 注射当番を遂行せよ! >
2004年7月19日 連載朝7時、病棟へ。今は寒くないので、早起きは苦にならない。レジデントどうしで極秘に決めた、合同会議。1日目でもあり、みんなキチンとそろっていた。
各自回診を終え、カンファレンス室へ。
僕が戻るとみなもう終わって戻っていた。
「みんな、廻ってきた?注射当番まで20分はあるな」
森さんもはりきっている。
「じゃ、カルテ持って来ましょうか?」
水野が慌てた。
「え?カルテもってきて話し合うの、夜でしょ?」
「今日は森さんの担当患者のカルテを見ようよ」
「いいわよ。これ」
水野がまた慌てた。
「わ!きったない字だなあ、これ!」
恐らく筆記体だろうが、オーベンの畑先生の字。だが記録は週2回程度。内容も同じようなものが
多い。僕は多少あきれながらページをめくった。
「病名は何だい?最初の1ページ目。糖尿病性ネフローゼ症候群、とある。ホントにそうなのかな?」
「それはあんまりでしょ?」
森さんは少しムキになった。
「父さんがよく言うんだ。前任者のいう病名を鵜呑みにしない。自分でも確認すること。オーベンも強調しているよ」
「ま・・・大事なことね」
「DMは20年来。今年の3月に尿蛋白が強陽性。それで入院、精査とある」
「それまでの検尿は?」
水野が外来カルテを見ていた。
「外来では血糖のチェックだけで、検尿はしてないよ。クレアチニンとかのチェックも入ってない。ほら」
たしかにこの5年、検尿はしてないようだ。血糖のみ。HbA1cは10%→8%→7%とある。
僕は続けた。
「DM、一見良くなってるようだが。でもこれ、腎症に進んでるからだ」
「誰なの主治医は?外来の?」
森さんはカルテをたどっていった。
「やっぱり畑先生よ。そのまま入院の主治医ってわけね」
水野は入院カルテの検査値を見ていた。
「1週間ごとにクレアチニン測定してるけど、だんだん上がってるよ?」
森さんが食い入るように見た。
「やだ。透析しなきゃならないの?」
僕はグラフを書き出した。森さんは目を丸くした。
「トシキ先生、グラフ用紙?なつかしー」
「必需品だよ」
「医者でも使うの?何を書いて?」
「クレアチニンの逆数をグラフにプロットして」
横軸に日付、縦軸に血中クレアチニンの逆数値。
「そっか。それで透析の時期を推定するんでしょ?」
「そうだよ。このままじゃ3ヶ月もしたら透析だ」
「治療は正しいのかしら」
「それだよ、森さん。うちの父さんが泣いて喜ぶよ」
「鵜呑みにしないってことよね。わかった!」
水野は冷たい視線を投げかけた。
「でもよくないよ。あくまでもオーベンの診療行為なんだからさ。あくまでも主治医の考えなんだから」
「いや、確認はしとくべきだよ」
「オーベンのあら捜しなんかしちゃダメだって」
水野はかなり不服そうだ。
「そんな言い方ないだろ・・」
「僕らはオーベンの指示に従ってりゃいいんだよ」
「それって!」
僕と水野はこの頃から分裂しはじめていた。
「あたし、注射当番行って来る」
幸いにも医局長の根回しで、最初は院生が1人付いてくれることになった。
詰所の処置室で、ヌボーとした巨体の松田先生は、ぼやくように説明を始めた。
「点滴内に必要な薬剤を注入。注入するときはアル綿でふきふき。そしてまぜまぜ。セットを組んでここをつまんで、ぽとぽと。ルートを一通り流して、先っちょからぽとぽと。あ」
「きゃっ!」
延長チューブ先から、点滴が勢い良く森さんの顔面に降りかかった。遠くで見ていた畑先生が笑い転げた。
「ぎゃっはっは!顔面シャワーだ、シャッシャッシャッ!」
「もうイヤ!」とは彼女はならなかった。すでに『ドラミちゃんと』あだ名がつけられていたが、気は強い子だ。
松田先生は点滴をすべてカートに移し、運んでくれた。
「この部屋から行こうか。おじいちゃんにガスターを静脈注射。誰か、わたしがします!って人は?」
ためらわず森さんは名乗りを上げた。
「はい!させてください!」
おじいちゃんは温かく僕らを出迎えてくれた。
「失礼いたします!」
丁寧すぎるくらい彼女は丁重に腕を取り、アル綿でふきふき。松田先生が見下ろしている。
「あのさあ、どの血管にするか決めてないのに、もうふきふき?」
「え?あ」
「駆血帯してくれよ。それぐらいは知ってるだろ?」
「はい」
彼女は駆血帯を巻き、血管を探しはじめた。
もう5分経った。松田先生は片足で足踏み。それが余計に彼女を追い詰める。
「あのさ、もう駆血帯外してあげないと、患者さん、手がしびれるだろ?大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっとジンジンするような」
「ほらみろ。はやく外せ!」
駆血帯を外し、彼女は頭を抱えていた。どうやら血管が見つからないようだ。
「すみません」
「僕に謝ってどうすんだ。患者さんに謝れよ!」
松田先生はこちらをそっと向いた。水野は反射的に僕の陰に隠れた。
「おいユウキ、じゃなかった、トシキ先生」
「はい」
「お前、血管探してみろ」
「はい・・・失礼します」
駆血帯で縛り、血管探し。肘に大きな肘静脈が・・・ない。ない!僕は手を回内・回外させるように腕をころころ回転させた。
「あいたタタ!ち、ちぎれる」
「す、すんまへん」
少しねじったようだ。
「ここか・・?」
手首内側にぷにぷに触れる血管を発見した。しばらく松田先生はうつむいてたようだ。
「どうだ?はやくやれよ!」
アル綿でふきふき。指で押す。間違いない。またふきふき。
「待たせるなよ!」
また指で押す。
「早く!」
と、患者のその手がすこし動いた。またその手を捕まえて、ふきふき。
「もういい!代われ!どいて」
「はい?」
「どけっての!」
一瞬で松田先生が入れた。駆血帯外して逆流を確認し、注射、抜去。アル綿で押さえ。
「まったく毎年、なんでレジデントの子守なんだよ」
畑先生が冷やかしにやってきた。
「おおっ!入ったの?松田君すっごーい!ワハハ」
森さんは無視していた。
結局12人廻るのに、3時間を要した。
各自回診を終え、カンファレンス室へ。
僕が戻るとみなもう終わって戻っていた。
「みんな、廻ってきた?注射当番まで20分はあるな」
森さんもはりきっている。
「じゃ、カルテ持って来ましょうか?」
水野が慌てた。
「え?カルテもってきて話し合うの、夜でしょ?」
「今日は森さんの担当患者のカルテを見ようよ」
「いいわよ。これ」
水野がまた慌てた。
「わ!きったない字だなあ、これ!」
恐らく筆記体だろうが、オーベンの畑先生の字。だが記録は週2回程度。内容も同じようなものが
多い。僕は多少あきれながらページをめくった。
「病名は何だい?最初の1ページ目。糖尿病性ネフローゼ症候群、とある。ホントにそうなのかな?」
「それはあんまりでしょ?」
森さんは少しムキになった。
「父さんがよく言うんだ。前任者のいう病名を鵜呑みにしない。自分でも確認すること。オーベンも強調しているよ」
「ま・・・大事なことね」
「DMは20年来。今年の3月に尿蛋白が強陽性。それで入院、精査とある」
「それまでの検尿は?」
水野が外来カルテを見ていた。
「外来では血糖のチェックだけで、検尿はしてないよ。クレアチニンとかのチェックも入ってない。ほら」
たしかにこの5年、検尿はしてないようだ。血糖のみ。HbA1cは10%→8%→7%とある。
僕は続けた。
「DM、一見良くなってるようだが。でもこれ、腎症に進んでるからだ」
「誰なの主治医は?外来の?」
森さんはカルテをたどっていった。
「やっぱり畑先生よ。そのまま入院の主治医ってわけね」
水野は入院カルテの検査値を見ていた。
「1週間ごとにクレアチニン測定してるけど、だんだん上がってるよ?」
森さんが食い入るように見た。
「やだ。透析しなきゃならないの?」
僕はグラフを書き出した。森さんは目を丸くした。
「トシキ先生、グラフ用紙?なつかしー」
「必需品だよ」
「医者でも使うの?何を書いて?」
「クレアチニンの逆数をグラフにプロットして」
横軸に日付、縦軸に血中クレアチニンの逆数値。
「そっか。それで透析の時期を推定するんでしょ?」
「そうだよ。このままじゃ3ヶ月もしたら透析だ」
「治療は正しいのかしら」
「それだよ、森さん。うちの父さんが泣いて喜ぶよ」
「鵜呑みにしないってことよね。わかった!」
水野は冷たい視線を投げかけた。
「でもよくないよ。あくまでもオーベンの診療行為なんだからさ。あくまでも主治医の考えなんだから」
「いや、確認はしとくべきだよ」
「オーベンのあら捜しなんかしちゃダメだって」
水野はかなり不服そうだ。
「そんな言い方ないだろ・・」
「僕らはオーベンの指示に従ってりゃいいんだよ」
「それって!」
僕と水野はこの頃から分裂しはじめていた。
「あたし、注射当番行って来る」
幸いにも医局長の根回しで、最初は院生が1人付いてくれることになった。
詰所の処置室で、ヌボーとした巨体の松田先生は、ぼやくように説明を始めた。
「点滴内に必要な薬剤を注入。注入するときはアル綿でふきふき。そしてまぜまぜ。セットを組んでここをつまんで、ぽとぽと。ルートを一通り流して、先っちょからぽとぽと。あ」
「きゃっ!」
延長チューブ先から、点滴が勢い良く森さんの顔面に降りかかった。遠くで見ていた畑先生が笑い転げた。
「ぎゃっはっは!顔面シャワーだ、シャッシャッシャッ!」
「もうイヤ!」とは彼女はならなかった。すでに『ドラミちゃんと』あだ名がつけられていたが、気は強い子だ。
松田先生は点滴をすべてカートに移し、運んでくれた。
「この部屋から行こうか。おじいちゃんにガスターを静脈注射。誰か、わたしがします!って人は?」
ためらわず森さんは名乗りを上げた。
「はい!させてください!」
おじいちゃんは温かく僕らを出迎えてくれた。
「失礼いたします!」
丁寧すぎるくらい彼女は丁重に腕を取り、アル綿でふきふき。松田先生が見下ろしている。
「あのさあ、どの血管にするか決めてないのに、もうふきふき?」
「え?あ」
「駆血帯してくれよ。それぐらいは知ってるだろ?」
「はい」
彼女は駆血帯を巻き、血管を探しはじめた。
もう5分経った。松田先生は片足で足踏み。それが余計に彼女を追い詰める。
「あのさ、もう駆血帯外してあげないと、患者さん、手がしびれるだろ?大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっとジンジンするような」
「ほらみろ。はやく外せ!」
駆血帯を外し、彼女は頭を抱えていた。どうやら血管が見つからないようだ。
「すみません」
「僕に謝ってどうすんだ。患者さんに謝れよ!」
松田先生はこちらをそっと向いた。水野は反射的に僕の陰に隠れた。
「おいユウキ、じゃなかった、トシキ先生」
「はい」
「お前、血管探してみろ」
「はい・・・失礼します」
駆血帯で縛り、血管探し。肘に大きな肘静脈が・・・ない。ない!僕は手を回内・回外させるように腕をころころ回転させた。
「あいたタタ!ち、ちぎれる」
「す、すんまへん」
少しねじったようだ。
「ここか・・?」
手首内側にぷにぷに触れる血管を発見した。しばらく松田先生はうつむいてたようだ。
「どうだ?はやくやれよ!」
アル綿でふきふき。指で押す。間違いない。またふきふき。
「待たせるなよ!」
また指で押す。
「早く!」
と、患者のその手がすこし動いた。またその手を捕まえて、ふきふき。
「もういい!代われ!どいて」
「はい?」
「どけっての!」
一瞬で松田先生が入れた。駆血帯外して逆流を確認し、注射、抜去。アル綿で押さえ。
「まったく毎年、なんでレジデントの子守なんだよ」
畑先生が冷やかしにやってきた。
「おおっ!入ったの?松田君すっごーい!ワハハ」
森さんは無視していた。
結局12人廻るのに、3時間を要した。
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