< オーベン&コベンダーズ 1-5 レジデント対助教授 つづき>
2004年7月20日 連載森さんは続けた。助教授が迎撃する。
「胸部レントゲンでの心拡大と・・」
「それは前からあるよな」
「両側の胸水貯留・・・」
「どこに?」
「この肺が・・・両側とも白くて・・」
「素人じゃないんだから。白いって君、レントゲンフィルムの色だろ、それは」
「はい・・・私がそう思っただけで」
「君だけ納得してどうすんだ?皆に分かるように言わないと。これはプレゼンテーションだよ!プレゼンテーション!提示する!症例を皆さんの前に提示する!じゃあ皆さんに分かりやすく伝えるために翻訳しなきゃ!自分の解釈を翻訳!トランスレーション!プレゼンテーション、オカーズ・フローム、トランスレーション!△■○×!」
松田先生が遠くから手話。間をおいて森さんが再開。
「胸水でなく、congestion(肺うっ血)でした。すみません。理学所見ですが、体温は36.4℃、血圧は88/64mmHg、プルスレート90/min、呼吸回数は20/min、心音は?・?ギャロップ、呼吸音はnormal vesicular。肝臓は触れず、脾腫も触れず・・」
「英語で頼むぞ!」
「はい。Body Tempretureは・・・」
「はいはい、もういいわ。レントゲンは?ああ、さっきのな。心電図は?」
「afです」
「教授、これです。どうぞ。で、エコー(超音波検査)は?」
「外来の分がこれです」
「どれどれ・・・これだけ?誰だこれ、撮ったの?」
「野中先生に・・・」
野中先生が手を上げた。
「ちょうど土曜日で、エコーの先生に依頼しようと思ったのですが。私しかおらず、自分でしました」
助教授が首をひねっている。
「僕は呼吸器科なんでよく分からないが、写真の枚数がこれじゃなあ・・・」
「poor studyだったもので」
「じゃなくて。君のstudyがpoorだったってことじゃないか?」
一同に笑いが巻き起こった。野中先生は顔面紅潮したままだ。
「心尖部からしかうまくアプローチできなくて・・」
「おいおい・・。君だよな、確か2年目でオーベンって」
「はい」
助教授は教授に耳打ち。
「やっぱ早すぎますよ、教授」
教授はエコーをじーっと眺めていた。
「まだいいでしょう」
「は?」
「人が少ないんでしょう?」
「そうですね。もっともです!わかりました!じゃあ総元締めの窪田君!」
「はい?僕がいつから総元締め?」
「たしかそうだっただろう?」
「・・・初めて聞きましたぜ」
「いや、僕の印象ではそうなんだよ」
「・・・・・」
窪田先生はあっけに取られていた。
「まあ決定であることに代わりはない。頼むぞ、窪田君。全責任は!」
助教授はビシッと人差し指を彼に向けた。
「なんか・・・えっらいことになるなあ・・・」
窪田先生は大きな目で僕らを見回していた。
森さんはまた始めた。
「よろしいでしょうか・・・?で、エコーの所見ですが、壁運動は全体的に低下」
「LVEFは?」
「21%です」
答えたのは野中先生だった。
「君はすっこんでなさいって!彼女に聞いてるんだ!」
森さんは少し電気が走ったようだった。
「に、21%です」
教授が口を開いた。
「シンプソンで計測を?」
「し・・・?神父・・・?」
「シンプソンで立体的に計測を?」
「しんぷそ・・・ん?」
森さんは野中に目で訴えた。
教授は眉間にシワを寄せていた。
「じゃ、いいよ。野中君。答えなさい」
「計測したエコーがポータブルの旧式でして、そこまでの計測方法が・・」
助教授がまた入ってきた。
「困るよ、それ。こういった貴重な症例はそう何例も入ってこないんだろ?症例発表に用意する入院時データが不足すると、治療後の判定との比較ができないだろ?そうだろ?な!いつの間にか来ている畑君!」
最後尾でひっそり聞いていた畑先生がうつむいていた。
「おっしゃる通りです・・・」
「じゃあ野中くんよ。今日の午後、エコー担当の先生にお願いしてやってもらえ!急げよ!」
「はい!」
あの、何者にも屈しないオーベンが・・・。
「次は水野くん」
「はい。よろしくお願いします!患者さんは58歳男性。主訴は・・・化学療法目的。既往歴ですが、平成5年より合計8クールのケモを施行されています」
教授と助教授がヒソヒソ会話しだした。
「Malignant lymphomaとの診断でCHOP療法を今回も同様に行う予定です」
「Non-Hodgkinのほうか。だがCHOPで始めると、誰が決めたんだ?」
「はい、私です!」
いいのかそれ、ミズノ!
「ほう・・・?」
助教授は腕組みした。
「君が決めるにはまだ10年早いかな?」
「ていうか、自分が決めるかと・・」
「ていうか?本中華?オーベンに指導してもらう以上、すべての決定はオーベンを通しなさいよ。オーベンは?」
松田先生が手を挙げた。
「うそ?お前がオーベン・・・?」
助教授はうなだれた。
「お前早く、ペーパー書けよ!」
「え、ええ・・・」
松田先生はいっそうブルーに。
「まあいい。松田!ところでお前のオーベンは?」
一同にまた笑いが巻き起こった。しかし僕らは笑えなかった。どこか気まずかった。
助教授は笑いで少し機嫌を取り戻したようだ。
「この人はみんなよく知ってる。理学所見はいい。一折精査して、オーベンに報告、カンファレンスにかけてくれ」
「はい!」
「じゃ、何を検査する?」
「分類をまずして・・」
「それはとっくに終わってるだろう?病変の広がりはどうやって評価する?」
「CTを!」
「まあそれでもいいな。それと?」
「えー・・」
水野、ガリウムシンチだ!思い出せ!
「えー・・・(なんだった?)」
彼は助けを求めてきた。
「(ガリウム!)」
「(バリウム?)」
「(ガ!)」
「(バ?)」
助教授は前に出てこれまでのガリウムシンチの写真を眺めだした。
「何やってんだ。腹話術か?」
「ガリウムシンチです」
「そうだよ。これがね。いいか、レジデントの君達。それと未熟なオーベン諸君。病気ってのは治療がいる。てことは、前の状態とあとの状態の比較がいる。何で比較する?それが『指標』というものだ。何を指標として病気を見ていくか。それが大事なんだよ」
知らない間に教授が席を外している。助教授のハッスルぶりは止まらない。
「アドリアは蓄積性がある。今までの投与量を調べるように。次、トシキ先生」
きた。
「は、はい・・・47歳女性。主訴は・・・高血圧の精査・加療目的入院です。既往歴には特記事項なし。今年3月の健康診断で高血圧を指摘されまして、 今回精査を勧められ外来受診し今回入院となりました」
「今回、が2回続いてるぞ」
「す、すみません、直します」
「ふん、それで?」
「血圧は180/110mmHg、pulse rate 88/min整、心音はno murmur、呼吸音はnormal vesicular、腹部はbruit聴取せず、肝脾腫触れず・・」
「血圧は左右差なしだったか?」
「あ・・・!」
「高安ディズィーズが念頭になかったな」
「すみません・・・」
オーベンは向こうで少し舌を出した。
「考えられる基礎疾患は?」
「高血圧の原因ですか?」
「質問を質問で返したらいけないぞ!」
「はい。原因は・・・本態性のような」
「どうして?」
「え?というか、その・・・自分の印象でして」
僕が言ってる言葉には何の根拠もなかった。
「印象?君の数少ない経験からか?」
「はい・・・」
僕のほうも、ヤバイ。
<つづく>
「胸部レントゲンでの心拡大と・・」
「それは前からあるよな」
「両側の胸水貯留・・・」
「どこに?」
「この肺が・・・両側とも白くて・・」
「素人じゃないんだから。白いって君、レントゲンフィルムの色だろ、それは」
「はい・・・私がそう思っただけで」
「君だけ納得してどうすんだ?皆に分かるように言わないと。これはプレゼンテーションだよ!プレゼンテーション!提示する!症例を皆さんの前に提示する!じゃあ皆さんに分かりやすく伝えるために翻訳しなきゃ!自分の解釈を翻訳!トランスレーション!プレゼンテーション、オカーズ・フローム、トランスレーション!△■○×!」
松田先生が遠くから手話。間をおいて森さんが再開。
「胸水でなく、congestion(肺うっ血)でした。すみません。理学所見ですが、体温は36.4℃、血圧は88/64mmHg、プルスレート90/min、呼吸回数は20/min、心音は?・?ギャロップ、呼吸音はnormal vesicular。肝臓は触れず、脾腫も触れず・・」
「英語で頼むぞ!」
「はい。Body Tempretureは・・・」
「はいはい、もういいわ。レントゲンは?ああ、さっきのな。心電図は?」
「afです」
「教授、これです。どうぞ。で、エコー(超音波検査)は?」
「外来の分がこれです」
「どれどれ・・・これだけ?誰だこれ、撮ったの?」
「野中先生に・・・」
野中先生が手を上げた。
「ちょうど土曜日で、エコーの先生に依頼しようと思ったのですが。私しかおらず、自分でしました」
助教授が首をひねっている。
「僕は呼吸器科なんでよく分からないが、写真の枚数がこれじゃなあ・・・」
「poor studyだったもので」
「じゃなくて。君のstudyがpoorだったってことじゃないか?」
一同に笑いが巻き起こった。野中先生は顔面紅潮したままだ。
「心尖部からしかうまくアプローチできなくて・・」
「おいおい・・。君だよな、確か2年目でオーベンって」
「はい」
助教授は教授に耳打ち。
「やっぱ早すぎますよ、教授」
教授はエコーをじーっと眺めていた。
「まだいいでしょう」
「は?」
「人が少ないんでしょう?」
「そうですね。もっともです!わかりました!じゃあ総元締めの窪田君!」
「はい?僕がいつから総元締め?」
「たしかそうだっただろう?」
「・・・初めて聞きましたぜ」
「いや、僕の印象ではそうなんだよ」
「・・・・・」
窪田先生はあっけに取られていた。
「まあ決定であることに代わりはない。頼むぞ、窪田君。全責任は!」
助教授はビシッと人差し指を彼に向けた。
「なんか・・・えっらいことになるなあ・・・」
窪田先生は大きな目で僕らを見回していた。
森さんはまた始めた。
「よろしいでしょうか・・・?で、エコーの所見ですが、壁運動は全体的に低下」
「LVEFは?」
「21%です」
答えたのは野中先生だった。
「君はすっこんでなさいって!彼女に聞いてるんだ!」
森さんは少し電気が走ったようだった。
「に、21%です」
教授が口を開いた。
「シンプソンで計測を?」
「し・・・?神父・・・?」
「シンプソンで立体的に計測を?」
「しんぷそ・・・ん?」
森さんは野中に目で訴えた。
教授は眉間にシワを寄せていた。
「じゃ、いいよ。野中君。答えなさい」
「計測したエコーがポータブルの旧式でして、そこまでの計測方法が・・」
助教授がまた入ってきた。
「困るよ、それ。こういった貴重な症例はそう何例も入ってこないんだろ?症例発表に用意する入院時データが不足すると、治療後の判定との比較ができないだろ?そうだろ?な!いつの間にか来ている畑君!」
最後尾でひっそり聞いていた畑先生がうつむいていた。
「おっしゃる通りです・・・」
「じゃあ野中くんよ。今日の午後、エコー担当の先生にお願いしてやってもらえ!急げよ!」
「はい!」
あの、何者にも屈しないオーベンが・・・。
「次は水野くん」
「はい。よろしくお願いします!患者さんは58歳男性。主訴は・・・化学療法目的。既往歴ですが、平成5年より合計8クールのケモを施行されています」
教授と助教授がヒソヒソ会話しだした。
「Malignant lymphomaとの診断でCHOP療法を今回も同様に行う予定です」
「Non-Hodgkinのほうか。だがCHOPで始めると、誰が決めたんだ?」
「はい、私です!」
いいのかそれ、ミズノ!
「ほう・・・?」
助教授は腕組みした。
「君が決めるにはまだ10年早いかな?」
「ていうか、自分が決めるかと・・」
「ていうか?本中華?オーベンに指導してもらう以上、すべての決定はオーベンを通しなさいよ。オーベンは?」
松田先生が手を挙げた。
「うそ?お前がオーベン・・・?」
助教授はうなだれた。
「お前早く、ペーパー書けよ!」
「え、ええ・・・」
松田先生はいっそうブルーに。
「まあいい。松田!ところでお前のオーベンは?」
一同にまた笑いが巻き起こった。しかし僕らは笑えなかった。どこか気まずかった。
助教授は笑いで少し機嫌を取り戻したようだ。
「この人はみんなよく知ってる。理学所見はいい。一折精査して、オーベンに報告、カンファレンスにかけてくれ」
「はい!」
「じゃ、何を検査する?」
「分類をまずして・・」
「それはとっくに終わってるだろう?病変の広がりはどうやって評価する?」
「CTを!」
「まあそれでもいいな。それと?」
「えー・・」
水野、ガリウムシンチだ!思い出せ!
「えー・・・(なんだった?)」
彼は助けを求めてきた。
「(ガリウム!)」
「(バリウム?)」
「(ガ!)」
「(バ?)」
助教授は前に出てこれまでのガリウムシンチの写真を眺めだした。
「何やってんだ。腹話術か?」
「ガリウムシンチです」
「そうだよ。これがね。いいか、レジデントの君達。それと未熟なオーベン諸君。病気ってのは治療がいる。てことは、前の状態とあとの状態の比較がいる。何で比較する?それが『指標』というものだ。何を指標として病気を見ていくか。それが大事なんだよ」
知らない間に教授が席を外している。助教授のハッスルぶりは止まらない。
「アドリアは蓄積性がある。今までの投与量を調べるように。次、トシキ先生」
きた。
「は、はい・・・47歳女性。主訴は・・・高血圧の精査・加療目的入院です。既往歴には特記事項なし。今年3月の健康診断で高血圧を指摘されまして、 今回精査を勧められ外来受診し今回入院となりました」
「今回、が2回続いてるぞ」
「す、すみません、直します」
「ふん、それで?」
「血圧は180/110mmHg、pulse rate 88/min整、心音はno murmur、呼吸音はnormal vesicular、腹部はbruit聴取せず、肝脾腫触れず・・」
「血圧は左右差なしだったか?」
「あ・・・!」
「高安ディズィーズが念頭になかったな」
「すみません・・・」
オーベンは向こうで少し舌を出した。
「考えられる基礎疾患は?」
「高血圧の原因ですか?」
「質問を質問で返したらいけないぞ!」
「はい。原因は・・・本態性のような」
「どうして?」
「え?というか、その・・・自分の印象でして」
僕が言ってる言葉には何の根拠もなかった。
「印象?君の数少ない経験からか?」
「はい・・・」
僕のほうも、ヤバイ。
<つづく>
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