< オーベン&コベンダーズ 1-9 狼ボーイズ&ガール >
2004年7月21日とうとうサイレンはやってきた。
僕は焦っていた。
「水野。みんな最初はこうらしいよ」
「お前の優秀なオーベンもそうだったのかな?」
「いや、軽快なフットワークでこなしたそうだよ」
「そのときの病名は聞いた?」
「AMI。心筋梗塞だって」
「ひえ!」
ピーポーピーポーピーーポーーピーーポーーピッ!
救急車の後部が開き、救急隊が患者を運んできた。遅れて1人、家族らしい人が下りてきた。
患者はやがて目の前へ。救急隊員はおやっとした表情で周囲を見回していた。
たぶん僕らが若すぎてビックリしたんだろう。
「あれ?あれ?いいですかね?」
僕らは固まっていた。隊員はメモを読み上げた。
「55歳の男性。早朝から胸部の不快感!みぞおちに近いようですがね」
こうやって時々間にコメントをはさんでくれる隊員はありがたい。
「以前から近くの開業医で狭心症を指摘。最近回数が増していたと。以上です。バイタルは・・これです」
隊員は引き上げにかかった。
「ありがとうございました!」
僕ら、返事は団結していた。
よかった。瀕死の重症ではなさそうだ。だが患者は座ってうずくまっている。
「うー・・・イテテ」
森さんが診察しようとするが、体位を絶えず変えられてしまう。
「あの!ちょっとじっとして頂けますか?」
「無理やそんなの!この痛みを取ってからにしてくれ!アイタタ・・・」
森さんの息が荒い。もうパニックになりかけている。
水野は心電図を運んできた。
「この機械、病棟のと違うね。新しい」
僕は落ち着きを取り戻そうとしていた。
「その前にバイタルを」
「バイタルは救急隊が」
「だけど変わってるかも」
「心筋梗塞だったら1秒を争うぞ!」
「じゃ、じゃあ心電図取りながらバイタル測ろうか」
「相変わらず仕切るよなあ。さ、どいて」
心電図は・・・水野は記録をピリピリ破いた。
「ST下がってる!下がってる!狭心症!」
森さんが奪い取り、じっくり見やった。
「何これ。右脚ブロックじゃないの・・」
それでSTが下がって見えただけなのか。
水野は酸素吸入の準備をしている。
「あったあった鼻カニューラ!はい、これ吸ってください!」
水野は一方的にカニューラを患者の耳に巻きつけにかかった。
「な!なんですの?これ?どうなってるん?」
水野はかなり焦っていた。
「狭心症の疑いがありまして!心筋梗塞かもしれなくてね!可能性があります!」
「なに?そりゃ大変なこっちゃ!それで胸が苦しいのか!」
水野は血ガスのキットを持ってきた。森さんが止めた。
「あなた今酸素吸入始めたばっかりでしょ?そんなすぐ採取していいの?」
呆れた僕はパルスオキシメーターを指にはさんだ。
「こっちが先だろ?」
森さんがまた覗き込む。
「森さん。目、悪いの?」
「じっと、はあ、見てて悪い?はああ」
「SpO2は100%だ。水野、今酸素は何リットル?」
「えーと、3!」
「しょっぱなから3か」
「なんとか上がったのかな」
「いや・・・」
最初から要らなかったのかも。
僕は森さんに指示した。
「森さん。オーベンたちに連絡は?」
「ダメ」
「とりあえず入院させようよ。病棟に連絡して」
「このまま行っちゃおうよ」
「ダメだよ。彼らはある意味、ドクターより権力持ってる」
「主治医が電話すべきよ」
「主治医?まだ決まってないだろ?」
「だから!誰が主治医か決めようよ!」
「わかった・・・じゃ、僕が」
僕が引き受けることにした。
「電話すればいいんだろ?するよ。もしもし、婦長さん?」
「先生、今どちらで?」
「救急外来だよ。胸の痛み」
「で?」
「入院をお願いしたいのです」
「診断は?」
「それはまだ・・・しかし胸痛なので」
「胸痛だけじゃ説明不足なんじゃない?」
「心電図にはブロックがありまして・・僕らの診断では心筋梗塞疑いだろうと」
「オーベンの先生はそう言いましたか?」
やっぱり信用されてないか。
「オーベンは捕まらなくて」
「あら、あたしは生物実験と聞いてるけど?」
「たぶんポケベルを持ってないんです」
「えっ?それは聞き捨てならないわね」
しまった。なんか僕の発言でオーベンたちが不利になってるような気がする。
「婦長さん。お願いです」
「ブロックねえ・・・男性?」
「男性です。55歳。酸素吸ってます。ストレッチャーで参ります」
「じゃあ早めに来てちょうだい!それから指示を早く出して!」
やっと電話を切った。
「喜べよ。受け入れオッケー!」
水野が喜んだ。
「そうか!これで一安心だな!」
「ここでは物品のこともよく分からないし・・詰所でナースたちに聞きながらやったほうがいいだろ?」
「さすが!未来の病棟会長!」
「病棟医長だろ・・!」
僕らはストレッチャーをエレベーターへ運んだ。
「水野!ボタンを!」
「ああ!あらよっと!」
エレベーターは動き出した。森さんは主治医でないとわかった途端、強気になってきた。
「さあトシキ先生!AMIだったら今日は泊まりね!夜は長いわよ!」
「AMIと決まったわけじゃあ・・」
水野もホッとしている。
「ま、何かあったら手伝ってやるからよ!」
この2人、ホントに患者の心配してるのか?
婦長の配慮で、空いてる個室に入れた。
水野が採血の準備をして持ってきた。
「採血やってみる。この血管ならオレでも取れそう。ルートは5%TZでいいか?」
「うん。森さん」
「なに?」
「すまないが、動物実験室まで行ってくれないか?」
「あたしが?」
「主治医じゃないし、いいだろ?カギは医局の秘書さんから借りて」
「わかった」
「水野、エコーを準備しとこう」
「・・・よし、入った。トシキ、ルート渡して」
「はいこれ。エコー、もってくるよ」
「お前主治医だろ?主治医はくっついとかなきゃダメ!」
水野は小走りに部屋を出た。
婦長は部屋の出口に仁王立ちしていた。
「モニター見てるんだけど・・・これのどこがブロック?」
「モニターじゃなくて、はいこれ。12誘導。右脚ブロックですよ」
「はあ?」
「右脚ブロックっていうのは」
「そ!そんなの!アホでも分かりますわよっ!」
婦長がアポッた?
「あたしは房室ブロックだと聞いてたから!」
「房室ブロック?言ってないですよ」
「いいや、言いました!い・い・ま・し・た!わたしのこの耳で!」
「STが判別できないんです。でも症状が胸痛ですし」
「・・・」
「うちの病棟が適切かと」
「あんたあ、もしうちに関係ない病気って分かったとして、そう簡単によその病棟へ移せるとでも思って?」
「さ、さあそれは僕には分かり・・」
「さっさと診断をおしいよ!」
婦長は大量に酸を浴びせたあと、クルッと向きをかえて詰所へと戻っていった。
水野がエコーを運んできた。彼は電源を入れ、ID入力をしはじめた。
「週に1回、エコーの先生についてまわってるからね・・これくらいは」
「いつの間に?」
「トシキの番も廻ってくるって。今は何の係?」
「運動負荷心電図」
「電極つけて、と。じゃオレ、やってみるよ」
水野もそうだけど、主治医でないと分かった途端ハリキるヤツっているよなあ・・・。
「ん?ん?うーん」
やっぱりよく分からない様子だ。
この頃から僕らは『オオカミボーイズ&ガール』と呼ばれるようになった。
<つづく>
僕は焦っていた。
「水野。みんな最初はこうらしいよ」
「お前の優秀なオーベンもそうだったのかな?」
「いや、軽快なフットワークでこなしたそうだよ」
「そのときの病名は聞いた?」
「AMI。心筋梗塞だって」
「ひえ!」
ピーポーピーポーピーーポーーピーーポーーピッ!
救急車の後部が開き、救急隊が患者を運んできた。遅れて1人、家族らしい人が下りてきた。
患者はやがて目の前へ。救急隊員はおやっとした表情で周囲を見回していた。
たぶん僕らが若すぎてビックリしたんだろう。
「あれ?あれ?いいですかね?」
僕らは固まっていた。隊員はメモを読み上げた。
「55歳の男性。早朝から胸部の不快感!みぞおちに近いようですがね」
こうやって時々間にコメントをはさんでくれる隊員はありがたい。
「以前から近くの開業医で狭心症を指摘。最近回数が増していたと。以上です。バイタルは・・これです」
隊員は引き上げにかかった。
「ありがとうございました!」
僕ら、返事は団結していた。
よかった。瀕死の重症ではなさそうだ。だが患者は座ってうずくまっている。
「うー・・・イテテ」
森さんが診察しようとするが、体位を絶えず変えられてしまう。
「あの!ちょっとじっとして頂けますか?」
「無理やそんなの!この痛みを取ってからにしてくれ!アイタタ・・・」
森さんの息が荒い。もうパニックになりかけている。
水野は心電図を運んできた。
「この機械、病棟のと違うね。新しい」
僕は落ち着きを取り戻そうとしていた。
「その前にバイタルを」
「バイタルは救急隊が」
「だけど変わってるかも」
「心筋梗塞だったら1秒を争うぞ!」
「じゃ、じゃあ心電図取りながらバイタル測ろうか」
「相変わらず仕切るよなあ。さ、どいて」
心電図は・・・水野は記録をピリピリ破いた。
「ST下がってる!下がってる!狭心症!」
森さんが奪い取り、じっくり見やった。
「何これ。右脚ブロックじゃないの・・」
それでSTが下がって見えただけなのか。
水野は酸素吸入の準備をしている。
「あったあった鼻カニューラ!はい、これ吸ってください!」
水野は一方的にカニューラを患者の耳に巻きつけにかかった。
「な!なんですの?これ?どうなってるん?」
水野はかなり焦っていた。
「狭心症の疑いがありまして!心筋梗塞かもしれなくてね!可能性があります!」
「なに?そりゃ大変なこっちゃ!それで胸が苦しいのか!」
水野は血ガスのキットを持ってきた。森さんが止めた。
「あなた今酸素吸入始めたばっかりでしょ?そんなすぐ採取していいの?」
呆れた僕はパルスオキシメーターを指にはさんだ。
「こっちが先だろ?」
森さんがまた覗き込む。
「森さん。目、悪いの?」
「じっと、はあ、見てて悪い?はああ」
「SpO2は100%だ。水野、今酸素は何リットル?」
「えーと、3!」
「しょっぱなから3か」
「なんとか上がったのかな」
「いや・・・」
最初から要らなかったのかも。
僕は森さんに指示した。
「森さん。オーベンたちに連絡は?」
「ダメ」
「とりあえず入院させようよ。病棟に連絡して」
「このまま行っちゃおうよ」
「ダメだよ。彼らはある意味、ドクターより権力持ってる」
「主治医が電話すべきよ」
「主治医?まだ決まってないだろ?」
「だから!誰が主治医か決めようよ!」
「わかった・・・じゃ、僕が」
僕が引き受けることにした。
「電話すればいいんだろ?するよ。もしもし、婦長さん?」
「先生、今どちらで?」
「救急外来だよ。胸の痛み」
「で?」
「入院をお願いしたいのです」
「診断は?」
「それはまだ・・・しかし胸痛なので」
「胸痛だけじゃ説明不足なんじゃない?」
「心電図にはブロックがありまして・・僕らの診断では心筋梗塞疑いだろうと」
「オーベンの先生はそう言いましたか?」
やっぱり信用されてないか。
「オーベンは捕まらなくて」
「あら、あたしは生物実験と聞いてるけど?」
「たぶんポケベルを持ってないんです」
「えっ?それは聞き捨てならないわね」
しまった。なんか僕の発言でオーベンたちが不利になってるような気がする。
「婦長さん。お願いです」
「ブロックねえ・・・男性?」
「男性です。55歳。酸素吸ってます。ストレッチャーで参ります」
「じゃあ早めに来てちょうだい!それから指示を早く出して!」
やっと電話を切った。
「喜べよ。受け入れオッケー!」
水野が喜んだ。
「そうか!これで一安心だな!」
「ここでは物品のこともよく分からないし・・詰所でナースたちに聞きながらやったほうがいいだろ?」
「さすが!未来の病棟会長!」
「病棟医長だろ・・!」
僕らはストレッチャーをエレベーターへ運んだ。
「水野!ボタンを!」
「ああ!あらよっと!」
エレベーターは動き出した。森さんは主治医でないとわかった途端、強気になってきた。
「さあトシキ先生!AMIだったら今日は泊まりね!夜は長いわよ!」
「AMIと決まったわけじゃあ・・」
水野もホッとしている。
「ま、何かあったら手伝ってやるからよ!」
この2人、ホントに患者の心配してるのか?
婦長の配慮で、空いてる個室に入れた。
水野が採血の準備をして持ってきた。
「採血やってみる。この血管ならオレでも取れそう。ルートは5%TZでいいか?」
「うん。森さん」
「なに?」
「すまないが、動物実験室まで行ってくれないか?」
「あたしが?」
「主治医じゃないし、いいだろ?カギは医局の秘書さんから借りて」
「わかった」
「水野、エコーを準備しとこう」
「・・・よし、入った。トシキ、ルート渡して」
「はいこれ。エコー、もってくるよ」
「お前主治医だろ?主治医はくっついとかなきゃダメ!」
水野は小走りに部屋を出た。
婦長は部屋の出口に仁王立ちしていた。
「モニター見てるんだけど・・・これのどこがブロック?」
「モニターじゃなくて、はいこれ。12誘導。右脚ブロックですよ」
「はあ?」
「右脚ブロックっていうのは」
「そ!そんなの!アホでも分かりますわよっ!」
婦長がアポッた?
「あたしは房室ブロックだと聞いてたから!」
「房室ブロック?言ってないですよ」
「いいや、言いました!い・い・ま・し・た!わたしのこの耳で!」
「STが判別できないんです。でも症状が胸痛ですし」
「・・・」
「うちの病棟が適切かと」
「あんたあ、もしうちに関係ない病気って分かったとして、そう簡単によその病棟へ移せるとでも思って?」
「さ、さあそれは僕には分かり・・」
「さっさと診断をおしいよ!」
婦長は大量に酸を浴びせたあと、クルッと向きをかえて詰所へと戻っていった。
水野がエコーを運んできた。彼は電源を入れ、ID入力をしはじめた。
「週に1回、エコーの先生についてまわってるからね・・これくらいは」
「いつの間に?」
「トシキの番も廻ってくるって。今は何の係?」
「運動負荷心電図」
「電極つけて、と。じゃオレ、やってみるよ」
水野もそうだけど、主治医でないと分かった途端ハリキるヤツっているよなあ・・・。
「ん?ん?うーん」
やっぱりよく分からない様子だ。
この頃から僕らは『オオカミボーイズ&ガール』と呼ばれるようになった。
<つづく>
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