< オーベン&コベンダーズ 1-10 ライク・アン・オーベン >
2004年7月22日「トシキ!」
オーベンだ。松田先生・畑先生も。
「野中先生、こちらです」
「ああ。今3人でエコー見せてもらった」
松田先生・畑先生はくたびれた表情だ。
「野中、俺達・・・夕方のバイトあるし」
「はい、お気をつけて。ありがとうございました」
オーベンはわざわざエレベーターの前まで頭を下げに行った。
僕とオーベンは再び病室へ。
オーベンはプローブを患者の胸に当てた。
「俺もエコーが1人前に出来るわけじゃないがな。少なくとも心不全はないし、明らかな壁運動異常もないと思う。『可視範囲』というやつだ」
「そうですか・・」
「トシキ、エコーで最も見落としやすい部位は?」
「え?さあ・・・」
「下壁だよ。見逃すと大変だ。短軸と2-Chamberで・・・でもまあ、採血の結果を待とう。レントゲンは?」
「いえ・・・まだ指示も出してなくて」
「なに?」
ヤバイ。
「思いつかなかったのか?」
水野が中に入ってきた。
「の、野中先生。酸素はいけなかったでしょうか。ぼ、僕の指示だったんですが・・」
「お前はいい。オレは自分のコベンに聞いてる」
「は、はい・・・」
「教えろ。なぜ撮らなかった?」
「はい・・・。狭心症や心筋梗塞を疑ってたので」
「冠動脈疾患にはレントゲンは要らないのか?」
「いえ、要ります」
「じゃあ、なぜ要るのだ?」
や、やばい・・・・。
「し、心臓の大きさとか・・」
「バカか。そんなことよりもお前・・」
「う、うっ血を・・」
「胸が痛かったら全部コロナリーなのか?え?」
オーベンの手が肩にドンと当たる。わずかな力だが、大きなダメージだ。
「胸痛で一番怖い病気は?冠動脈以外で」
「はい・・・えーと・・・肺癌です」
「ふざけんな!」
「ひっ!」
僕は冷静さを失っていた。だがここまで怒られないといけないのかな。
もうそろそろ答えを教えてくれたら・・・。
「なぜ分からない?」
「・・・」
「そりゃそうだ。お前は考えようとしてない。見れば分かる」
「・・・」
「そのうちオーベンたちが助けてくれる・・ってな」
「・・・」
「もういい。動脈瘤の否定だ。解離性のものも含めて」
「ああ・・」
「ならばCTも必要だ。時間があるうち、しておくべきだった」
「はい。たしかに・・」
「気胸とかも見落とさずにすむだろ?さきほど言ったように、オレも初めての救急は大変だった。たしかあのとき・・・患者と居合わせていたのは・・・たしかオレ1人だった、と思う」
「そ、そうだったんですか・・」
「それでもやるしかなかった。でもオレは冷静に考えた。この患者にとって、今はオレしかいない!」
「・・・・・」
「君ら3人もいたんだろ?どういった状況でも対応できるよう、居残ってイメージトレーニングの練習をしたらどうだ?」
水野がデータを持ってやってきた。
「野中先生、これです」
オーベンは無言で奪い取った。
「・・・白血球が少し増えているのと、貧血か。Hb 8.0だぜ。血小板やや増加。逸脱酵素は増えてない」
オーベンは患者へ問いただした。
「便はどうでした?」
「ああ、なんか黒っぽかったような気がするなあ・・・」
「ゲップが出たりとか・・」
「ああ、それはしょっちゅうでんな」
「今まで胃カメラ飲んだことは?」
「5回くらいある。大したことはなかったと聞いておるが」
「でも5回・・・薬はもらいました?」
「ああ、飲んでた」
「胃潰瘍と?」
「ヘルニアとか・・・」
オーベンはこちらへ戻ってきた。
「逆食じゃないか?出血性の潰瘍かも」
水野は眉間にシワを寄せた。
「ぎゃくしょく?」
「バカ。逆流性食道炎のこと!」
「ああ・・・あれか」
「とにかく消化器科へコンサルトしよう。今は何時だ?」
僕は腕時計を見た。
「昼の1時です」
「外来の受付時間を過ぎたか・・・」
「先生、僕が直接行ってきます」
「どこへ?」
「医局まで直接です」
「やめとけ。夕方に病棟医長がバイトから戻ったら・・」
「一度、自分に行かせてください」
「そりゃお前、仲のいい先輩でもいるのなら分かるが。上級生の知り合いとか。いないだろ?」
「・・・・いえ。1人」
「いつ知り合った?」
「・・・・さきほどです」
「?」
僕は消化器の医局へ入った。
「失礼します・・・吉本先生を」
秘書さんが立ち上がり、探しに行ってくれた。
やがて例の先生が現れた。ガムを噛んでいるようだ。
「あん?どうだった?救急は?」
「とりあえずうちに上げました」
「ふん。で、なんだったの?オレが聞くのも変だけど」
「心電図・採血・エコーからも心疾患・肺疾患は否定的でした」
「だから?」
「ですから・・・消化器のほうの診断を」
彼はすでに僕の持ってきた資料に目を通していた。
「カメラお願いします、ってことだろー?」
「え、ええ。できれば・・・」
「え?じゃあしなくてもいい?」
「いえ!絶対!」
「それこそおい、あいつに頼めよ!宮川!」
「宮川先生・・」
あのテキパキしてる、型破りな先生か。プレゼンときテキパキしてた。
「アイツはすごいぜ。何でもできる。ていうか器用なんだな。バイト先で胃や大腸のカメラ、バンバンやってるぜ」
「宮川先生は、たしか今日はバイトで・・」
「夕方帰ってくるだろ。頼んでみろ」
「よ、吉本先生にはお願いできませんか」
「ンー、時間外だからな。貧血もそこまで大したことない。明日、外来受診にしてほしいな」
「しかし・・・」
「おたくらの得意な心不全にもなってなさそうだが。でも酸素吸ってるようだな?」
「・・・・」
「これを機会におたくらも反省しな。紹介する時期をちゃんと見極めるようにな。オレが朝言ってたことも伝えろよ!」
結局、僕は得るものナシで病棟へ戻った。オーベンは詰所で待っていた。
「その顔だと、どうやら断られたみたいだな」
「・・・・・」
「じゃ、明日の朝、紹介といくか!院内紹介状・・」
「野中先生。宮川先生にお願いしようかと」
「何を?」
「胃カメラです」
「おい。上の先生にそんな気安く・・図々しい。まず必要かどうか相談するなら分かるが」
「はい・・・相談してみます」
「相談したら、オレに連絡しろ」
「はい!」
オーベンは出て行った。
森さんがカルテを数冊、積み上げていた。
「ひーっ、あたしにも入院、入ったわ。リウマチ肺だって」
「君のオーベンはもう帰ったよ」
「うそ?あのネズミィ・・・」
「上の先生をそんな風に呼んではいけないよ」
「だってだってぇ。急にいなくなったりするんだもん!」
水野はボーッとカルテを見つめている。
「どうした?水野」
「今、考え中」
「不明熱?」
「外来からの予定入院なんだけどね。調べることが多すぎて・・」
「熱といえば感染症・膠原病・悪性腫瘍・・・」
「何だよ、オーベン気取りだなあ・・・お前なんか、オーベンに似てきてないか?」
「え?ホント?僕、オーベンに似てきた?やったあ!」
水野は呆れ顔だった。
だが遊んではいられない。僕は医局へ向った。
<つづく>
オーベンだ。松田先生・畑先生も。
「野中先生、こちらです」
「ああ。今3人でエコー見せてもらった」
松田先生・畑先生はくたびれた表情だ。
「野中、俺達・・・夕方のバイトあるし」
「はい、お気をつけて。ありがとうございました」
オーベンはわざわざエレベーターの前まで頭を下げに行った。
僕とオーベンは再び病室へ。
オーベンはプローブを患者の胸に当てた。
「俺もエコーが1人前に出来るわけじゃないがな。少なくとも心不全はないし、明らかな壁運動異常もないと思う。『可視範囲』というやつだ」
「そうですか・・」
「トシキ、エコーで最も見落としやすい部位は?」
「え?さあ・・・」
「下壁だよ。見逃すと大変だ。短軸と2-Chamberで・・・でもまあ、採血の結果を待とう。レントゲンは?」
「いえ・・・まだ指示も出してなくて」
「なに?」
ヤバイ。
「思いつかなかったのか?」
水野が中に入ってきた。
「の、野中先生。酸素はいけなかったでしょうか。ぼ、僕の指示だったんですが・・」
「お前はいい。オレは自分のコベンに聞いてる」
「は、はい・・・」
「教えろ。なぜ撮らなかった?」
「はい・・・。狭心症や心筋梗塞を疑ってたので」
「冠動脈疾患にはレントゲンは要らないのか?」
「いえ、要ります」
「じゃあ、なぜ要るのだ?」
や、やばい・・・・。
「し、心臓の大きさとか・・」
「バカか。そんなことよりもお前・・」
「う、うっ血を・・」
「胸が痛かったら全部コロナリーなのか?え?」
オーベンの手が肩にドンと当たる。わずかな力だが、大きなダメージだ。
「胸痛で一番怖い病気は?冠動脈以外で」
「はい・・・えーと・・・肺癌です」
「ふざけんな!」
「ひっ!」
僕は冷静さを失っていた。だがここまで怒られないといけないのかな。
もうそろそろ答えを教えてくれたら・・・。
「なぜ分からない?」
「・・・」
「そりゃそうだ。お前は考えようとしてない。見れば分かる」
「・・・」
「そのうちオーベンたちが助けてくれる・・ってな」
「・・・」
「もういい。動脈瘤の否定だ。解離性のものも含めて」
「ああ・・」
「ならばCTも必要だ。時間があるうち、しておくべきだった」
「はい。たしかに・・」
「気胸とかも見落とさずにすむだろ?さきほど言ったように、オレも初めての救急は大変だった。たしかあのとき・・・患者と居合わせていたのは・・・たしかオレ1人だった、と思う」
「そ、そうだったんですか・・」
「それでもやるしかなかった。でもオレは冷静に考えた。この患者にとって、今はオレしかいない!」
「・・・・・」
「君ら3人もいたんだろ?どういった状況でも対応できるよう、居残ってイメージトレーニングの練習をしたらどうだ?」
水野がデータを持ってやってきた。
「野中先生、これです」
オーベンは無言で奪い取った。
「・・・白血球が少し増えているのと、貧血か。Hb 8.0だぜ。血小板やや増加。逸脱酵素は増えてない」
オーベンは患者へ問いただした。
「便はどうでした?」
「ああ、なんか黒っぽかったような気がするなあ・・・」
「ゲップが出たりとか・・」
「ああ、それはしょっちゅうでんな」
「今まで胃カメラ飲んだことは?」
「5回くらいある。大したことはなかったと聞いておるが」
「でも5回・・・薬はもらいました?」
「ああ、飲んでた」
「胃潰瘍と?」
「ヘルニアとか・・・」
オーベンはこちらへ戻ってきた。
「逆食じゃないか?出血性の潰瘍かも」
水野は眉間にシワを寄せた。
「ぎゃくしょく?」
「バカ。逆流性食道炎のこと!」
「ああ・・・あれか」
「とにかく消化器科へコンサルトしよう。今は何時だ?」
僕は腕時計を見た。
「昼の1時です」
「外来の受付時間を過ぎたか・・・」
「先生、僕が直接行ってきます」
「どこへ?」
「医局まで直接です」
「やめとけ。夕方に病棟医長がバイトから戻ったら・・」
「一度、自分に行かせてください」
「そりゃお前、仲のいい先輩でもいるのなら分かるが。上級生の知り合いとか。いないだろ?」
「・・・・いえ。1人」
「いつ知り合った?」
「・・・・さきほどです」
「?」
僕は消化器の医局へ入った。
「失礼します・・・吉本先生を」
秘書さんが立ち上がり、探しに行ってくれた。
やがて例の先生が現れた。ガムを噛んでいるようだ。
「あん?どうだった?救急は?」
「とりあえずうちに上げました」
「ふん。で、なんだったの?オレが聞くのも変だけど」
「心電図・採血・エコーからも心疾患・肺疾患は否定的でした」
「だから?」
「ですから・・・消化器のほうの診断を」
彼はすでに僕の持ってきた資料に目を通していた。
「カメラお願いします、ってことだろー?」
「え、ええ。できれば・・・」
「え?じゃあしなくてもいい?」
「いえ!絶対!」
「それこそおい、あいつに頼めよ!宮川!」
「宮川先生・・」
あのテキパキしてる、型破りな先生か。プレゼンときテキパキしてた。
「アイツはすごいぜ。何でもできる。ていうか器用なんだな。バイト先で胃や大腸のカメラ、バンバンやってるぜ」
「宮川先生は、たしか今日はバイトで・・」
「夕方帰ってくるだろ。頼んでみろ」
「よ、吉本先生にはお願いできませんか」
「ンー、時間外だからな。貧血もそこまで大したことない。明日、外来受診にしてほしいな」
「しかし・・・」
「おたくらの得意な心不全にもなってなさそうだが。でも酸素吸ってるようだな?」
「・・・・」
「これを機会におたくらも反省しな。紹介する時期をちゃんと見極めるようにな。オレが朝言ってたことも伝えろよ!」
結局、僕は得るものナシで病棟へ戻った。オーベンは詰所で待っていた。
「その顔だと、どうやら断られたみたいだな」
「・・・・・」
「じゃ、明日の朝、紹介といくか!院内紹介状・・」
「野中先生。宮川先生にお願いしようかと」
「何を?」
「胃カメラです」
「おい。上の先生にそんな気安く・・図々しい。まず必要かどうか相談するなら分かるが」
「はい・・・相談してみます」
「相談したら、オレに連絡しろ」
「はい!」
オーベンは出て行った。
森さんがカルテを数冊、積み上げていた。
「ひーっ、あたしにも入院、入ったわ。リウマチ肺だって」
「君のオーベンはもう帰ったよ」
「うそ?あのネズミィ・・・」
「上の先生をそんな風に呼んではいけないよ」
「だってだってぇ。急にいなくなったりするんだもん!」
水野はボーッとカルテを見つめている。
「どうした?水野」
「今、考え中」
「不明熱?」
「外来からの予定入院なんだけどね。調べることが多すぎて・・」
「熱といえば感染症・膠原病・悪性腫瘍・・・」
「何だよ、オーベン気取りだなあ・・・お前なんか、オーベンに似てきてないか?」
「え?ホント?僕、オーベンに似てきた?やったあ!」
水野は呆れ顔だった。
だが遊んではいられない。僕は医局へ向った。
<つづく>
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