「僕が君らを縛ってる?・・・仲間だろ?」
「も!やへよ!こんなあふまり!」
「な・・・?森さん。いいのか?」

森さんは黙ってうつむいていた。

「うん・・・あたしもそう思う」
「なに?」
「トシキ君。変わったわよ。オーベンの嫌なとこも似てきてる」
「正義感?」
「もっと単純なものよ」
「よく分からないな。オバちゃん!」

オバちゃんは歩いてきた。
「おかわりかい?」
「おあいそ。彼らとの会合は、もうこれきり!」
「あんたたち・・・何かあったのかい?」
「いいんだよ、もう」
「仲間は大事にすべきだよ。一生の友達なんだ」
「一生?一年かもね」
「トシキ君も酔いが回りすぎたんだろ。疲れてるんだ。みんな疲れてるだけなのさ」

確かに僕も酔っていた。

会計が終わり、僕は先に外へ出ようとした。

「2人は・・・?」
森さんはこっちを睨んでいた。
「あたしは彼を送るわ」
「あ、そ・・・」

オバちゃんも出てきた。
「トシキちゃん。これ、多すぎるよ!」
「いいんだよ。取っといて」
「ああそれとこの前、借りたお金ね、あれ・・」
「だからいいって、返さなくても・・オバちゃん、いつもこっそり相談してくれたろ?」
「返すから・・・」
「いいんだって!頑張ってこの店、建て直してよ」
「女の子を雇うんだが、いつも客とデキちまう」
「やれやれ。ブサイクなコにすれば?」
「そうなると客が減るんだ」
「僕が偉くなったら、大勢を率いてやってきてあげる」
「いつもすまないねえ・・・」

オバちゃんは札をゆっくりポケットにしまった。僕がたまに稼ぐ健診のバイト代だ。

正直、コベンという身分のためか、直接人を救っているという実感がなかった。

だからこういった形ででも、人を救いたかった。

教授回診。僕らには早くも学生が付きだした。僕には小さな女の子がついた。おっと。最近『セクハラ』とか問題になってるな。
『女の子』という表現もいけないらしい。

「よろしくおねがいします!」
「は、はい」
「先生はどうしてこの科に進まれたんですか?」
精神年齢の低そうな、というか世間知らずのその子は唐突に聞いてきた。
「一番重要な臓器だと思ったからかな?」
「え?一番大事なのは、脳じゃないんですか?」
「たしかにそうだね。でも自分は肺とか心臓とか好きでね」
「じゃあどうして外科に行かなかったんですか?」
「・・・難しいね、それ」
「外科系は難しいからですか?」

黙って横で聞いていたオーベンはかなりイライラしていた様子。

「医局の雰囲気だよ、お嬢さん」
「はい?」
お嬢さんはドキッとした様子でオーベンを見上げた。オーベンは学生の間では理想的存在だ。

「医局の雰囲気がよかったんだ」
「ホントにぃ?」
オーベンは片目を閉じたまま語りかけた。
「君みたいな可愛い子が来てくれたら、僕も毎日が楽しいんだけどね」
「うそ・・・うそ・・・」

その子は真っ赤になって黙ってしまった。

僕らは部屋で待機するため病室へ向った。

「オーベン、黙らせましたね」
「ああいう世間知らずは大変だぜ」
「僕もそうでしょうか」
「・・・もう知ったから、いいだろ?」

病室で待機。COPDの患者さん。
「どうです?」
「ああ先生、いつもありがとうございます」

僕のようなレジデントにもこうやって差別なく対応してくれる患者さんは貴重な存在だ。
患者さんの真横には家族らしきオバサンがついている。年はいってるが髪型はヤンキーだ。

「これから回診がありまして・・」
オバサンは不愉快そうだった。
「え?あ、そ」
「回診がありますので、ご家族の方は廊下で・・」
「まだ来てないから、ええやん」
「いえ、もうそろそろ・・」
「かまわんかまわん!なあ、じいちゃんよ」
患者さんは困った表情だ。
「先生が出とけっていうんだから、言われた通りにせんと!」

オバサンは無視し、僕のほうを睨んだ。
「じいちゃんの腕、この前、動脈の血、取ったところな」
「はい?」
「あれしてから、じいちゃん手がしびれるってよ」
「あ・・」
「これって治るの?治るんだったらいいけど」
「・・・じきに治ってくると思います」
「フー・・まあアンタも修行の身だから、こんなこと言いたくもないけど。患者さんも人間っちゅうことをアタマに置いてやな」
「はい。すみませんでした」

オバサンは出て行った。

オーベンは後ろから耳打ちした。

「トシキ。謝らんでいいんだ」
「え?しかし・・」
「謝ったらどんどん図に乗ってくるんだ。ああいう奴らは」
「・・・」
「ドンと構えて行け!」

教授が入ってきた。僕と目が合った。

「トシキ先生・・・ですか、担当は?」
「はい、よろしくお願いします。この方は・・」

オーベンから背中を叩かれた。
「(教授は聴診中だ。今は話すな)」

教授は聴診を終えた。
「COPDの方ね。進展は?」
「し・・進展」
「在宅酸素の導入を?」
「はい。労作時の酸素飽和度をチェックしました。結果はこれです。で、酸素吸入を行った結果がこれです」
「フウム・・・」
「血液ガスもそれぞれ3回ほど行っています」
「3回も?計6回もかね?これは君、患者さんがかわいそうだよ」
「そ、そうでした」
「これは君、オーベンの指示なのかね?」
「いえ・・・」
「野中君。君はちょっと忙しすぎるんじゃないか?監視の目も行き届いてないようだし」

オーベンは焦った様子だ。

「い、いえ。しかし今後は注意を・・」
「レジデントも最近は好き放題やるやつがいるようでな」
「・・・?」
「保険適応を無視するやつはまだいいとして、遅刻はするわ、オーベンに従わないわ、すぐに帰宅するわで・・」

近くの川口先生が少し微笑んでオーベンにつぶやいていた。
「(ユウキ君じゃない?)」
オーベンは呆れ顔だった。
「そうですか。それは余りにも・・」

教授は続けた。
「余りにも・・・そう。そういう余りみたいなヤツには、今後の対応を考えんとな。むしろ今の医局のシステムがいかんのかもしれん」

助教授は腕組みしてフンフンうなずいている。だが少し学生を意識したようだ。
「まあ例外みたいなのがいるってことだね。どや?君らの中にもいるだろ?授業に来なかったりとか、一夜漬けのテスト勉強とかするヤツ!」
さっきのお嬢さんが率先して答えた。

「それは、科によります」
「なぬ?」
「人気のある授業はみんな出ますしー、人気がない科は誰も聞きませんしー」
「ほう・・?」
 どうやら会話がねじれているようだ。
「で、うちの科はどうなんだい?」
 お嬢さんはためらわず答える。
「うーん・・・中間かな?」
「へえ?」

教授はカルテをめくっていた。
「オペに関しては?」
教授は循環器であって、呼吸器は全くの素人に近い。オーベンが答えた。
「呼吸機能と、オペそのものの肺気腫への予後的なことを考えますと・・」
「あんたは黙ってなさい」
「オペは適応でないと」
「わかっとるわあ!」

時間が止まったように世界が沈黙した。オーベンは思いつめた表情だ。
「すみません・・・」

ああオーベン、謝ったらいいの・・・?でもいいのか、この場合?

教授は特別な存在だ。

<つづく>

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