< オーベン&コベンダーズ 1-13 不明熱・・ >
2004年7月23日回診は去っていった。オーベンは自分の患者の番があり、先に出て行った。
とにかく感傷とかそんなものに身を委ねる暇はない。だが目先優先でもいけない。
隣の部屋へ移動。
畑先生の患者を回診中。
「胸水は減りましたかな?」
「はい、このように!」
ネズミ先生はレントゲン・CTを取り出した。
教授は1枚ずつ丹念に見つめていた。
「細胞診はクラス・・」
「?でした、ハイ!」
「培養は・・」
「陰性でした、ハイ!」
「陰性・・・はて、君は院生だったかの、まだ?」
「い、いえ。しかし・・」
言いかけた畑先生に助教授が入り込んだ。
「畑君、通ったんだよな。ペーパー!」
「へへ・・」
畑先生は恥ずかしそうに周りを見回した。
教授に笑顔が差し込んだ。
「そうですかそうですか。よかったねえ・・・」
畑先生はハッと我に返った。
「あ!それで・・生化学のほうも異常なしでして、漏出液と思われまして」
「これであとは松田君の論文か」
教授は全く聞いていない。松田先生は反射的に廊下へ後ずさりした。
助教授はそれを尻目につぶやく。
「松田。早くペーパー書けよ!データを早くまとめんと、ペーペーだぞ?」
周囲の学生だけがニヤついていただけだった。
畑先生は黙々と続けた。
「他の疾患もルールアウトする予定です」
カルテを見ると、経過がすごく長い。呼吸苦で入院して胸水あり。穿刺・ドレナージ。排液はあるが減る気配がなく、
患者は2週間もドレーンにつながれたまま。その間に原因検索をしてるかというと、してない。僕はオーベンから指導されてるが、
在院日数が増えるってことは、主治医のその裁量に問題がある事が多い。原因不明だからとか重症だからとか、言い訳にすぎない。
ぼくもだんだん畑先生のズサンな管理に嫌気がさしてきた。
次は森さんだ。
「FUO、不明熱精査の方です」
カルテには『不明熱の原因』などコピーした資料が貼ってあり、除外したものにバツ印がついている。
教授は聴診を終えた。
「炎症反応は?」
「CRPは入院時より横ばいです。この2週間で、6.7→8.3→6.1」
「熱は高いの?」
「38℃以上がずっと・・」
「培養は?」
「先週出しました。静脈血で・・表皮ブドウ球菌が陽性」
「ふん・・・オーベンは?」
さきほどの畑先生が出てきた。
「はいっ」
「培養は正しく取れてたの?」
「え?ああ、培養・・自分は・・」
「手伝わなかった?」
森さんは少し睨むような表情だった。
「はい。私がしました」
「ひょっとしてコンタミしたんじゃないの?清潔操作には注意せんと・・で、動脈血は?」
「いえ。それは・・・」
「取ってない?」
「はい・・」
「オーベンは何と?」
「今回は取らなくていいと・・」
「それ、どういうこっちゃあ!」
教授がまた怒った。畑先生は顔がくずれそうになっている。
「はああ!私はそのようなことは!」
「アンタ、コベンへの指導はどうなっとる?」
教授の額に血管が浮き出た。助教授が畑先生に近づいた。
「論文いいのが出来てて、浮かれてたんじゃないのか?」
「アンタ、そんなこと関係ないでしょうがあ!大学は、研究!臨床!そして研究!」
助教授はひるんだ。
「はっああ!その通りです!おい畑くん、わかっているのか?」
教授は平静を取り戻し、助教授に耳打ちしていた。
「・・・・なところへ・・・がいいんじゃないのか・・・・(やま)しろくんにも言っておけ」
どうやら今後の彼の処分のことのようだった。
森さんは続けた。
「各画像検査は・・CTでもリンパ節腫脹なし。異常影認めず。腹部・心エコーも異常なし」
「ふうむ・・」
「今後予定しているのは・・マルク、あと・・」
「抗核抗体は?」
「陰性でした」
「ふうむ・・・消化管は?」
「宮川先生に胃内視鏡をお願いしましたが、慢性胃炎の所見のみで」
「ふうむ・・・大腸は?」
「来週の予定です。便潜血は陰性でした」
「ヒトヘモのほうで?」
「はい。2回とも」
「だがアンタ、それでマリグナンシーは否定できんでしょうが」
「はい」
教授は不服そうに出て行った。機嫌を損ねたままのようだ。
ずっと黙ったままだった病棟医長や助手達は口々に言い残して出て行った。
「カンジダ抗原」
「甲状腺ホルモンを」
「腰椎穿刺は?」
「尿培養は?」
森さんはメモに追われていた。
「なっ?ちょっと・・・」
続いて助手以下の医局員が取り囲む。
「IL-6」
「腹部MRI」
「副腎は?」
「副甲状腺」
「副鼻腔」
「血清分けて」
彼女は汗だくになってきた。
「トシキくん。マルクいっしょにいい?」
「あ?つくだけならいいよ」
「突いてくれるの?」
「付き添いのほうだよ」
「なんだ・・・でも穿刺は私が」
「オーベンの見張りは?」
「トシキ君のオーベンにお願いしたわ。オッケーみたい」
「まず自分のオーベンにお願いしないと!」
「だってなかなか見つからないし。今日もあの調子でしょ」
「僕のオーベンまで巻き込まれるよ」
「先生のオーベンがオッケーなんだから、いいの!」
助教授が戻ってきた。
「なんだ、ケンカか?」
「いえ・・」
森さんは固まった。
「どうだ?少しは慣れたか?君達」
「いいえ、まだ・・」
「ちゃんと朝・昼・夕方と診てるか?患者さんを!」
「はい、それは・・」
「今日の予定は?」
「マルクを・・」
「マルクか。マルクは・・」
僕らはゴクッとツバを飲み込んだ。
「・・・まるく、収めろよ」
助教授はニヤついた。
すきま風がヒユウと吹いていた。既に連載が終わっていた「コージ苑」のような。
わたしは・・ちくわ女。
とにかく感傷とかそんなものに身を委ねる暇はない。だが目先優先でもいけない。
隣の部屋へ移動。
畑先生の患者を回診中。
「胸水は減りましたかな?」
「はい、このように!」
ネズミ先生はレントゲン・CTを取り出した。
教授は1枚ずつ丹念に見つめていた。
「細胞診はクラス・・」
「?でした、ハイ!」
「培養は・・」
「陰性でした、ハイ!」
「陰性・・・はて、君は院生だったかの、まだ?」
「い、いえ。しかし・・」
言いかけた畑先生に助教授が入り込んだ。
「畑君、通ったんだよな。ペーパー!」
「へへ・・」
畑先生は恥ずかしそうに周りを見回した。
教授に笑顔が差し込んだ。
「そうですかそうですか。よかったねえ・・・」
畑先生はハッと我に返った。
「あ!それで・・生化学のほうも異常なしでして、漏出液と思われまして」
「これであとは松田君の論文か」
教授は全く聞いていない。松田先生は反射的に廊下へ後ずさりした。
助教授はそれを尻目につぶやく。
「松田。早くペーパー書けよ!データを早くまとめんと、ペーペーだぞ?」
周囲の学生だけがニヤついていただけだった。
畑先生は黙々と続けた。
「他の疾患もルールアウトする予定です」
カルテを見ると、経過がすごく長い。呼吸苦で入院して胸水あり。穿刺・ドレナージ。排液はあるが減る気配がなく、
患者は2週間もドレーンにつながれたまま。その間に原因検索をしてるかというと、してない。僕はオーベンから指導されてるが、
在院日数が増えるってことは、主治医のその裁量に問題がある事が多い。原因不明だからとか重症だからとか、言い訳にすぎない。
ぼくもだんだん畑先生のズサンな管理に嫌気がさしてきた。
次は森さんだ。
「FUO、不明熱精査の方です」
カルテには『不明熱の原因』などコピーした資料が貼ってあり、除外したものにバツ印がついている。
教授は聴診を終えた。
「炎症反応は?」
「CRPは入院時より横ばいです。この2週間で、6.7→8.3→6.1」
「熱は高いの?」
「38℃以上がずっと・・」
「培養は?」
「先週出しました。静脈血で・・表皮ブドウ球菌が陽性」
「ふん・・・オーベンは?」
さきほどの畑先生が出てきた。
「はいっ」
「培養は正しく取れてたの?」
「え?ああ、培養・・自分は・・」
「手伝わなかった?」
森さんは少し睨むような表情だった。
「はい。私がしました」
「ひょっとしてコンタミしたんじゃないの?清潔操作には注意せんと・・で、動脈血は?」
「いえ。それは・・・」
「取ってない?」
「はい・・」
「オーベンは何と?」
「今回は取らなくていいと・・」
「それ、どういうこっちゃあ!」
教授がまた怒った。畑先生は顔がくずれそうになっている。
「はああ!私はそのようなことは!」
「アンタ、コベンへの指導はどうなっとる?」
教授の額に血管が浮き出た。助教授が畑先生に近づいた。
「論文いいのが出来てて、浮かれてたんじゃないのか?」
「アンタ、そんなこと関係ないでしょうがあ!大学は、研究!臨床!そして研究!」
助教授はひるんだ。
「はっああ!その通りです!おい畑くん、わかっているのか?」
教授は平静を取り戻し、助教授に耳打ちしていた。
「・・・・なところへ・・・がいいんじゃないのか・・・・(やま)しろくんにも言っておけ」
どうやら今後の彼の処分のことのようだった。
森さんは続けた。
「各画像検査は・・CTでもリンパ節腫脹なし。異常影認めず。腹部・心エコーも異常なし」
「ふうむ・・」
「今後予定しているのは・・マルク、あと・・」
「抗核抗体は?」
「陰性でした」
「ふうむ・・・消化管は?」
「宮川先生に胃内視鏡をお願いしましたが、慢性胃炎の所見のみで」
「ふうむ・・・大腸は?」
「来週の予定です。便潜血は陰性でした」
「ヒトヘモのほうで?」
「はい。2回とも」
「だがアンタ、それでマリグナンシーは否定できんでしょうが」
「はい」
教授は不服そうに出て行った。機嫌を損ねたままのようだ。
ずっと黙ったままだった病棟医長や助手達は口々に言い残して出て行った。
「カンジダ抗原」
「甲状腺ホルモンを」
「腰椎穿刺は?」
「尿培養は?」
森さんはメモに追われていた。
「なっ?ちょっと・・・」
続いて助手以下の医局員が取り囲む。
「IL-6」
「腹部MRI」
「副腎は?」
「副甲状腺」
「副鼻腔」
「血清分けて」
彼女は汗だくになってきた。
「トシキくん。マルクいっしょにいい?」
「あ?つくだけならいいよ」
「突いてくれるの?」
「付き添いのほうだよ」
「なんだ・・・でも穿刺は私が」
「オーベンの見張りは?」
「トシキ君のオーベンにお願いしたわ。オッケーみたい」
「まず自分のオーベンにお願いしないと!」
「だってなかなか見つからないし。今日もあの調子でしょ」
「僕のオーベンまで巻き込まれるよ」
「先生のオーベンがオッケーなんだから、いいの!」
助教授が戻ってきた。
「なんだ、ケンカか?」
「いえ・・」
森さんは固まった。
「どうだ?少しは慣れたか?君達」
「いいえ、まだ・・」
「ちゃんと朝・昼・夕方と診てるか?患者さんを!」
「はい、それは・・」
「今日の予定は?」
「マルクを・・」
「マルクか。マルクは・・」
僕らはゴクッとツバを飲み込んだ。
「・・・まるく、収めろよ」
助教授はニヤついた。
すきま風がヒユウと吹いていた。既に連載が終わっていた「コージ苑」のような。
わたしは・・ちくわ女。
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