マルクを病棟の処置室で。

 僕のオーベンが介助するということだったが、レジデントだけでは心配とのことで、総元締め係りの窪田先生が監視することになった。彼は指導力の偉大さから陰で『総統』と名づけられていた。しかしある情報では自分でつけたあだ名、という噂もある。

 森さんはマルク針を取り出した。胸骨両脇に印をつけ、消毒も終わり布もかぶせてある。23Gでの局所麻酔もすんだ。

「コベンちゃん。針はそう・・・こうやって」
窪田先生は針の刺しかたを指導している。
「ピンク針で小さくカットして、拡げて・・そ。そ。そこへさっきの針を・・あ!」

森さんは針を落としてしまった。バウンドして床へ。

「ああ・・ごめんなさい!」
しかし総統は落ち着いていた。
「もう1個あるから大丈夫」

野中オーベンからもう1つ、針が手渡された。

「コベンちゃん。じゃ、グルグル廻して。カギを廻すように。で、押し付けなきゃ」
森さんは汗だくでグルグル針を廻し押し付けた。
「・・・これくらいでいいでしょうか」
「ダメ。まだズボッて入ってないでしょ?」
「はい・・」

怖がりの森さんはおそるおそる針を廻した。

「ちょっと痛いような・・?」
患者さんは少し違和感を感じているようだ。
しかし森さんはそのまま押し込もうとしている。
窪田先生が囁いた。

「このスカポンタス!苦しい思いさせたらアンタ・・・」
「すみません」
「アンタ・・再検せにゃいかんとき、断られるよ!」
「はい・・・」

森さんは局麻を追加。そしてまた針を押し付けまわし始めた。

「あっ!」
ズボッ・・・と入ったようだ。急に抵抗がなくなる。
「入りました、先生」

総統は少し嬉しそうだった。
「ううん何でも。じゃコベンちゃん、針の手前の部分だけ抜いてちょうだい」
「抜きます」
抜くと、注射器の差込口が見えた。
「ナカちゃん、注射器渡してあげて。さっさと。ここからは急がないと!」
「はい!」
オーベンは小さい注射器を渡した。すかさず森さんは注射器を着けた。

「はい!抜きなさい!いや・・引きなさい!」
後ろの廊下で見ていた畑先生がブッと噴出した。
さっきから誰か笑っていると思ったら・・・。
森さんは完全集中モードだ。
「はい!」

するとドロッとした骨髄が注射器に吸い込まれた。
「はい、それをココに垂らす!出す!早く出して!」
「は、はい」
森さんはガラスの小さい容器にそれを出した。
畑先生はヒーヒー笑っている。

窪田先生の言う事がそんなにおかしい?

「水野くん、あなたはスライドグラスに、こすり合わせて!」
「あ、はい。たしか・・・こうですね?」
「そう!こするこする!」
水野はスライドグラスの角に少しつけて、他のスライドグラスにうすく塗り始めた。

「もっと強くこすり合わせなさいな!」
総統がハイテンション。廊下では畑先生が転げまわっている。何かの発作か?

「かわかしなさい!」
総統はドライヤーをふかしはじめた。
「これ、出力弱いのよね・・」
総統は自分の頭に向って風を当てた。少し薄めの頭がフワッとなびいた。

畑先生はさらに笑い続けていたが、みんなの視線を感じて少しずつ平静を取り戻していった。

「じゃ、コベンちゃんたち。急いで検査室へ提出!」
僕らは検体を集め始め、オーベンは片付けにかかった。

手洗いに行こうとした森さんを畑先生が遮った。

「おい。ところでなんでオレに言わなかったんだよ?オーベンに!」
「え・・・忙しいかと思いまして」
「なんかあったらオイ、オレまで巻き添えを・・」

総統がズンと立ちはだかった。

「こら!」
総統と畑先生の相性は悪いらしい。
「てめえは日頃、ろくにコベンへの指導もせず・・・情けねえ!」
「は、はい・・・」
「どこの病院へこれから配属されるのか知らんが、そんな心構えじゃあ・・どこも使ってくれんぞ!」

総統は二重人格という噂もあり、柔和な面と恐ろしい面が両極端だ。

畑先生はトボトボ去っていった。しかし足取りはだんだん速くなり、スキップに変わっていった。

水野が検体を持っていき、片付けもすんだ。

「あんたらも、人事じゃないけど」
総統は少し興奮気味だった。
「アイツみたいに論文だけできても、医者としては何にもならないよ。大学に残るなら別だけど」
総統は僕に話しかけているようだ。
「はい、気をつけます。しかし、僕には論文すら・・」
「運もあるよ」
「そうですか」
「それと、コネもね。アンタ・・・アイツが自分の力で論文を書いたとでも?」
「え・・・?」
「ふふふ・・・」

総統はマントを翻したように、病棟を去っていった。

今、先生・・ナンかおっしゃいました?

・・・『エコエコアザラク』?

<つづく>

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