僕はオーベンの車に同乗した。

「お前の同僚の森君は、病棟の留守番係にした」
「オーベンの畑先生は?」
「車を取りに戻ったよ。こっちに合流してくる」
「僕らといっしょに行けばいいのに・・」
「せっかく神戸へ行くから、いろいろ買い物して帰るんだと」
「そうですか。困ったオーベン・・」
「なに?オレか?」
「そ、そんな!」

RX-7はゆっくりと国道へ合流した。

「大阪の道は詳しいか?」
「いえ・・」
「オレの携帯、使え。みんなの番号のってるし」
「はい」
「高速のインターまで30分かな・・・それまで松田先生にかけつづけろ。いちおう水野のオーベンを立てないとな!」
「はい」
「留守電にも入れておけ。5分に1回はかけ・・」
「・・・あ、出ました」
「そうか」
「もしもし。松田先生ですか?野中先生のコベン、トシキです」

「あ?トシキか?」
「先生、今どちらですか?」
「今・・?ゴルフだけど。滋賀県の」
「しが?」
「後半戦やってんだ。今日の大阪の講演会はキャンセルしたはずだぞ」
「それはいいんです。先生のコベンが・・・水野が。大変なんです」
「大変?急病か?」
「当直先でかなりの苦戦を強いられてまして・・」
「当直?ああ、バイトか」
「神戸の病院で」
「あいつ・・・。あの病院。あれだけ行くなと言ったのに」
「そ、そうですか。でも行ってるようです」
「で?オレに手伝えと?」
「自分と野中オーベンがこれから手伝いに向います。先生・・」
「?」
「よろしければ先生も・・・ダメですか?」
「オレは滋賀県にいるんだ。し・が!」
「遠いですよねえ・・」
「あいつ、戻ってきたら週明けはコテンパンにしてやる!」

「オーベン・・いいでしょうか」
オーベンはしかめっ面で運転していた。
「しが、ない男だ・・!もう切れ!」
「わかりました」

僕はつい電話を切ってしまった。
「あ!」
「いきなり切ったのか!・・・まあいい。乗るぞ!」

車は止まることなく徐行のまま、オーベンはサッとチケットを抜いた。

車は高速へ。

「トシキ、神戸の病院へ電話して、俺につなげ」
「はい」
「病状を聞いてみる」
「・・・・ダメです。電波が・・・」
「かけられない?」
「ずっとプープーです」
「こっちもだな・・」
「え?」

 高速に入ったはいいが、かなり渋滞してきている。前方の車は次々とハザードを点滅させてきた。

「ダメだ・・大渋滞だ」
「オーベン・・畑先生は?ひょっとしたら僕らより早く・・」
「お、そうだったな。電話してみる。貸せ・・・・・・あ、そうか、通じないんだった!」

オーベンも慌てている。

「じゃあ今のうちに復習でもするか、トシキ!」
「え?あ、はい」
「その朝倉内科学はしまえ!」
「はい!」
「なぜ分冊で買わない?まあいい。IVHはオレが入れるとして。腹痛がいると聞いた。何を鑑別除外する?」
「・・・その人の年齢とかは?」
「知らねえよ!これは演習問題じゃねえぞ!」
「す、すみません」
「何を除外しとく?」
「・・・腹膜炎、大動脈瘤、胃潰瘍、イレウス、急性膵炎・・・」
「わかったもういい!病名挙げればいいってもんじゃないぞ!」

どれも除外しておきたい病名なんですが・・。

オーベン、実験中断されたのがよっぽど。

電光掲示では、渋滞8キロとある。

「困ったな。じつに困った」
「オーベン・・・」
「森君はヒステリックな女だからな。あまりに泣きついてきたんで、つい引き受けてしまった」
「・・・・・」
「実験の判定時間も過ぎて、細胞も全滅だ。また一から起こさないといけない」
「大変そうですね」
「細胞は・・そうか!もううちの大学にはなかったんだ!」
「?」
「また申請書書いて・・くそ!」
「細胞は、特殊な?」
「特別な処理がしてある細胞だ」
「・・・・」
「環状線に入れば、湾岸線で行けるな」
「地図、見ていいですか?」
「ああ」
「この地図では・・湾岸線はまだ開通してませんが」
「古い地図だ。湾岸線は昨年、開通したはずだ」
「湾岸線以外で・・・・神戸線のほうはどうでしょうか?」
「そっちにするか。ン?おい、オレが決めることだ!知らない間に主導権を取るな!」
「すみませんでした!」
「お、つながるぞ。電話・・・・もしもし!」

畑先生につながったのか。だが・・頼りない先生だ。

「今、どちらへ・・?え?下の道?先生、それは・・・いえ、何でもありません」

さすがのオーベンも、上級生には逆らえないよな。

「はい。それは仕方ないですね。我々ですか?今、けっこう混んでまして・・・」
電話は終わったようだ。

「くそネズミ!」
「うわっ?」
「すまん。金がないから高速は乗れないと言ってたぞ」
「金がない?そんなことって・・」
「おいしいバイト、けっこうしてるハズなのに。あいつはダメだ!同じオーベンとして恥ずかしい・・・」
「・・・・・」
「なんでこう、低能なヤツばかりなんだ!もっと有能でフットワークの軽い・・・」
「オーベン?どうか・・されました?」
「そうだ!」

オーベンは運転しながらダイヤルを押し始めた。
「オーベン、少し速くなりましたし、今は危険・・・」
「うるさい!しつこく干渉するな!」
「はっ!?」

『干渉するな!するなするなすすすす・・・(エコー)!』

「・・・もうしわけありません・・・」
「間宮先生をお願いします」
「?」
オーベンは少し微笑んだ。
「オレのもと同僚だ。オレの次に優秀だった」
「そうですか・・」
「マミーか?オレだ。しばらくだな。いびられてるのか?相変わらず。あれ?もしもーし?クソッ!電波が切れた!」

無駄話しちゃうから・・・。

車は環状線に入った。

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