< オーベン&コベンダーズ 1-20 ファースト最終回 さよならのオーシャン >
2004年7月25日第一詰所に入った。
「失礼しまーす」
みな書き物をしている。その中に・・・水野はいた。カルテを書いている?
オーベンはそろりと近づいた。
「水野くん!」
水野はハッと顔を上げ、声を荒げた。
「ああっ!野中先生!どうしてここに?」
「応援に来たぞ!もう大丈夫だ!」
水野は僕の顔を見るなり、少し陰鬱な表情になった。
「なんでまた、お前まで・・・」
オーベンは背を伸ばした。
「さ!患者は?患者!」
水野はゆっくり立ち上がった。
「あの・・・」
「なんだ?どこだ?部屋は?」
「もうカタがつきまして・・・」
もしや・・・急変が亡くなったのか?
「そうか、大変だったな。俺らもいちおう急いで・・」
「いえ。ズバット・解決しました」
「なに?解決・・?お前が?」
急変も、ペースメーカーも・・・?
「もう1人の先生にお願いしました」
「はあ?」
「もう1人の当直医です」
「もう1人って・・」
「ここは2人制なんです」
「2人・・・」
「患者さんが多いので2人制なんです」
「そうなのか。オレは森から聞いたんでな。助けてほしいそうだと」
「え?そんなこと言ってませんよ?」
「で。もう1人の先生はマトモな先生か?」
「15年目のベテランで、救急病院の循環器専門医らしいです」
少し間があった。
「ふーん・・・」
「なんかわざわざ来ていただいて・・・」
「だがもう1人いたんだったら、最初からその先生に相談しておけよな」
「申し訳ありません。私のオーベンが日頃、他の大学の先生に相談するのは医局の恥だと」
「そ、そうか?」
「でしょう?でもオーベンの教えだったんで・・・」
「カタがついたか、ふーん・・・」
オーベンは横目でこちらを向いた。
水野は少し青ざめた。
「あの・・・誰か他に来るので?」
僕らは完全に凍り付いていた。
「トシキ・・・」
「はい・・・」
「いい経験にはなったよな」
「はい・・・」
水野は病棟から駐車場を見下ろしていた。
「あ、あれ・・・畑先生じゃん!あ、失礼しました。それと・・・あの車は?」
僕らも窓ガラスごしに見下ろした。車が4台ほど連なって止まっている。
オーベンが困り果てていた。
「あれ、マミーのミラパルコだよ・・・あいつ多分、後輩までつれてきて・・・」
白衣の連中が駆け足で走ってくる。あの駆け足の速さ。たぶんレジデント集団だ。
1人残ったマミー先生は僕らが見てるとも知らず、ミラーに向って笑ったり、怒ったりしている。
髪を直したりもしている。
ナルシストなのか、キレイ好きなのか。
「オーベン。あの人、変ですよ・・・」
オーベンには生気がなかった。
「患者は助かった。しかし・・・オレの細胞はみな、死んだ・・・」
さらに追い討ちをかけるように、向こうから川口先生の車がやってきた。
水野は後ろから呟いた。
「こんなこと、松田オーベンに知られたら最悪だよ」
「・・・・・」
「頼むから黙っておいてくれよ」
「・・・・・それが・・・」
「?」
「すまないが・・・問い合わせた」
「なに?」
水野は顔面蒼白になっていった。
「どうしてくれる!」
水野はものすごい勢いで、僕のエリをつかんだ。
「お前はいつも!余計なちょっかいばかり!」
「いててて・・・」
「いつからリーダーなんだよ?お前もレジデントだろうが?」
「うぐぐぐ・・・」
「お前の指図なんか受けないぞ!」
「放せ!」
僕は腕を振り解いた。ネクタイがダラーンと垂れ下がった。
「そうやってお前は周りを蹴落として・・」
「なんだ?なんの話だよ?僕がそんなことしたか?」
「オレの邪魔ばっかする!」
「邪魔?ジャマだったのか?心外だ!」
「頼むから、もう関わらないでくれ・・・」
外の廊下で訳を説明しているオーベンと人ごみをくぐって、彼は出て行った。
オーベンがこちらへやってきた。
「トシキ。まあうまいこと話しておいたぞ。バツとして、オレが奴らにおごることになった。いったん解散して、大阪で飲み会だ!」
「・・・・・」
「お前も行くだろ?」
「・・・・・」
「な!決まり!」
「・・・・・」
後ろから可愛いらしい感じで色白の女医さんがヌッと現れた。紛れもなくさっき駐車場で化粧直ししていた人だ。
「あなたがトシキくん?」
「はい・・」
「いいオーベンに当たったわね。うらやましいわ」
「ええ・・・」
「どしたの?元気がない!男なら、背筋を伸ばす!」
「は、はい!」
「みんなと仲良くやってる?」
「ええ、まあ。それなり」
「オーベンを見習うことね。いっそオーベンの生き写しに」
この人も同じこと言うよな。
「みなさん、同様のことをおっしゃります」
「でしょうね」
「今日はちょっと、抜けさせていただこうと・・」
気分がすっきりしない僕は、レジデント2人をいつもの飲み屋まで誘うつもりだった。
「ダメよ、それは。オーベンの誘いも断ったらダメ!ついていきなさい!」
彼女は真顔だ。
「はい・・」
「今が一番大事な時期なの。ホントよ」
「そうですね」
「あたしらの間でも1人、浮いてたのがいたわ。そうなるともう仲間に入れてもらえない」
「そ、そうなんですか・・?」
「見てなさい。そのうち患者からも逃げ出すわ」
彼女は白衣をたたみ始めた。黒スーツが妙に決まっている。
しかしこの人・・その先生に何か恨みでも?
待ち合わせ場所を決め、車は一台ずつエンジンをかけはじめ、ゆっくり国道へ流れ出た。
全部合わせると、8台くらいになる。よくもまあ、これだけ・・・。
オーベンはハンドルを握っている。完全に平和ムードだ。
「なあ、トシキ」
「え?」
「オレの言うことだが・・・間違ってないか?」
「え?いいえ、そんな・・・!」
オーベンがそんなことを口にするなんて。意外だ。
「もし間違ってたら言ってくれ。極力直してみる」
「先生ほどの人は・・・」
「集合は梅田だ。車はいったん解散する」
高速で一列の車は、まるで教授回診だ。先頭を僕らが走っている。湾岸線を走っている。右手は広大な海原だ。
海なんかもうしばらく見ていない。膿は見たけど。
なんだか、久しぶりだ・・・。
「先頭って気持ちいいですね」
「あん?そうか?」
「おいしいところを独占できそうで」
「先頭ねえ・・・でも先頭に行くまでが、いいんだよ」
「なるほど」
「あとは・・・抜かせないよう見張ることだ」
「・・・・・」
車が1台、インター出口へと向っていった。パッシングライトが数回瞬く。
「お前はついて来いよな」
「はい!助手席にいます!」
「じゃなくて・・・もっと広い意味!」
「はい!もちろんです!」
「モチロン・メチロンか?」
「はい!モチロン・メチロンです!」
また1台、また1台と、車が離れていった。
水野の姿が頭をよぎった。
「オーベン。水野ですが・・・気になります」
「?」
「彼、僕に誤解が・・」
「ああ。なんとなく分かる」
「そうですか」
「仲直りしようってのか?」
「ていうか、もとの関係に・・」
「そりゃ無理だぞ」
「え?」
「アイツは辞める。もうじきだ」
「そんな!」
「兵庫の地元の大学に帰るらしい」
「そんな。地元はイヤだって言ってたのに」
「人の心は変わりやすい。山の天気のように。だが変わったら、誰も止められない」
誰にも…
「失礼しまーす」
みな書き物をしている。その中に・・・水野はいた。カルテを書いている?
オーベンはそろりと近づいた。
「水野くん!」
水野はハッと顔を上げ、声を荒げた。
「ああっ!野中先生!どうしてここに?」
「応援に来たぞ!もう大丈夫だ!」
水野は僕の顔を見るなり、少し陰鬱な表情になった。
「なんでまた、お前まで・・・」
オーベンは背を伸ばした。
「さ!患者は?患者!」
水野はゆっくり立ち上がった。
「あの・・・」
「なんだ?どこだ?部屋は?」
「もうカタがつきまして・・・」
もしや・・・急変が亡くなったのか?
「そうか、大変だったな。俺らもいちおう急いで・・」
「いえ。ズバット・解決しました」
「なに?解決・・?お前が?」
急変も、ペースメーカーも・・・?
「もう1人の先生にお願いしました」
「はあ?」
「もう1人の当直医です」
「もう1人って・・」
「ここは2人制なんです」
「2人・・・」
「患者さんが多いので2人制なんです」
「そうなのか。オレは森から聞いたんでな。助けてほしいそうだと」
「え?そんなこと言ってませんよ?」
「で。もう1人の先生はマトモな先生か?」
「15年目のベテランで、救急病院の循環器専門医らしいです」
少し間があった。
「ふーん・・・」
「なんかわざわざ来ていただいて・・・」
「だがもう1人いたんだったら、最初からその先生に相談しておけよな」
「申し訳ありません。私のオーベンが日頃、他の大学の先生に相談するのは医局の恥だと」
「そ、そうか?」
「でしょう?でもオーベンの教えだったんで・・・」
「カタがついたか、ふーん・・・」
オーベンは横目でこちらを向いた。
水野は少し青ざめた。
「あの・・・誰か他に来るので?」
僕らは完全に凍り付いていた。
「トシキ・・・」
「はい・・・」
「いい経験にはなったよな」
「はい・・・」
水野は病棟から駐車場を見下ろしていた。
「あ、あれ・・・畑先生じゃん!あ、失礼しました。それと・・・あの車は?」
僕らも窓ガラスごしに見下ろした。車が4台ほど連なって止まっている。
オーベンが困り果てていた。
「あれ、マミーのミラパルコだよ・・・あいつ多分、後輩までつれてきて・・・」
白衣の連中が駆け足で走ってくる。あの駆け足の速さ。たぶんレジデント集団だ。
1人残ったマミー先生は僕らが見てるとも知らず、ミラーに向って笑ったり、怒ったりしている。
髪を直したりもしている。
ナルシストなのか、キレイ好きなのか。
「オーベン。あの人、変ですよ・・・」
オーベンには生気がなかった。
「患者は助かった。しかし・・・オレの細胞はみな、死んだ・・・」
さらに追い討ちをかけるように、向こうから川口先生の車がやってきた。
水野は後ろから呟いた。
「こんなこと、松田オーベンに知られたら最悪だよ」
「・・・・・」
「頼むから黙っておいてくれよ」
「・・・・・それが・・・」
「?」
「すまないが・・・問い合わせた」
「なに?」
水野は顔面蒼白になっていった。
「どうしてくれる!」
水野はものすごい勢いで、僕のエリをつかんだ。
「お前はいつも!余計なちょっかいばかり!」
「いててて・・・」
「いつからリーダーなんだよ?お前もレジデントだろうが?」
「うぐぐぐ・・・」
「お前の指図なんか受けないぞ!」
「放せ!」
僕は腕を振り解いた。ネクタイがダラーンと垂れ下がった。
「そうやってお前は周りを蹴落として・・」
「なんだ?なんの話だよ?僕がそんなことしたか?」
「オレの邪魔ばっかする!」
「邪魔?ジャマだったのか?心外だ!」
「頼むから、もう関わらないでくれ・・・」
外の廊下で訳を説明しているオーベンと人ごみをくぐって、彼は出て行った。
オーベンがこちらへやってきた。
「トシキ。まあうまいこと話しておいたぞ。バツとして、オレが奴らにおごることになった。いったん解散して、大阪で飲み会だ!」
「・・・・・」
「お前も行くだろ?」
「・・・・・」
「な!決まり!」
「・・・・・」
後ろから可愛いらしい感じで色白の女医さんがヌッと現れた。紛れもなくさっき駐車場で化粧直ししていた人だ。
「あなたがトシキくん?」
「はい・・」
「いいオーベンに当たったわね。うらやましいわ」
「ええ・・・」
「どしたの?元気がない!男なら、背筋を伸ばす!」
「は、はい!」
「みんなと仲良くやってる?」
「ええ、まあ。それなり」
「オーベンを見習うことね。いっそオーベンの生き写しに」
この人も同じこと言うよな。
「みなさん、同様のことをおっしゃります」
「でしょうね」
「今日はちょっと、抜けさせていただこうと・・」
気分がすっきりしない僕は、レジデント2人をいつもの飲み屋まで誘うつもりだった。
「ダメよ、それは。オーベンの誘いも断ったらダメ!ついていきなさい!」
彼女は真顔だ。
「はい・・」
「今が一番大事な時期なの。ホントよ」
「そうですね」
「あたしらの間でも1人、浮いてたのがいたわ。そうなるともう仲間に入れてもらえない」
「そ、そうなんですか・・?」
「見てなさい。そのうち患者からも逃げ出すわ」
彼女は白衣をたたみ始めた。黒スーツが妙に決まっている。
しかしこの人・・その先生に何か恨みでも?
待ち合わせ場所を決め、車は一台ずつエンジンをかけはじめ、ゆっくり国道へ流れ出た。
全部合わせると、8台くらいになる。よくもまあ、これだけ・・・。
オーベンはハンドルを握っている。完全に平和ムードだ。
「なあ、トシキ」
「え?」
「オレの言うことだが・・・間違ってないか?」
「え?いいえ、そんな・・・!」
オーベンがそんなことを口にするなんて。意外だ。
「もし間違ってたら言ってくれ。極力直してみる」
「先生ほどの人は・・・」
「集合は梅田だ。車はいったん解散する」
高速で一列の車は、まるで教授回診だ。先頭を僕らが走っている。湾岸線を走っている。右手は広大な海原だ。
海なんかもうしばらく見ていない。膿は見たけど。
なんだか、久しぶりだ・・・。
「先頭って気持ちいいですね」
「あん?そうか?」
「おいしいところを独占できそうで」
「先頭ねえ・・・でも先頭に行くまでが、いいんだよ」
「なるほど」
「あとは・・・抜かせないよう見張ることだ」
「・・・・・」
車が1台、インター出口へと向っていった。パッシングライトが数回瞬く。
「お前はついて来いよな」
「はい!助手席にいます!」
「じゃなくて・・・もっと広い意味!」
「はい!もちろんです!」
「モチロン・メチロンか?」
「はい!モチロン・メチロンです!」
また1台、また1台と、車が離れていった。
水野の姿が頭をよぎった。
「オーベン。水野ですが・・・気になります」
「?」
「彼、僕に誤解が・・」
「ああ。なんとなく分かる」
「そうですか」
「仲直りしようってのか?」
「ていうか、もとの関係に・・」
「そりゃ無理だぞ」
「え?」
「アイツは辞める。もうじきだ」
「そんな!」
「兵庫の地元の大学に帰るらしい」
「そんな。地元はイヤだって言ってたのに」
「人の心は変わりやすい。山の天気のように。だが変わったら、誰も止められない」
誰にも…
コメント