< オーベン&コベンダーズ 医局旅行編 ? あの山に登れ! >
2004年7月26日「トシキ!起きろ!急変だ!急変だ!」
「はいっ!」
急いで飛び起きると、大勢の大人に見下ろされていた。
「急変急変!」
「急げトシキ!」
「起きんかコラ!」
よく見ると・・みんな・・よく見る顔だ。うちの医局員たち。オーベンに、松田先生に、宮川先生に、安井先生・・。
みな浴衣姿で豪勢に大笑いしている。大きな部屋に12人ほど。ふとんを片付けてないのは僕だけだ。
「お、おはようございます!」
ガバッと起き上がったとたん頭痛がした。そうだった。昨日は夜遅くまで飲んでいた。この旅館にあるバーだった。
最初、松田先生と2人だったんだけど、そのうち人数が増えて・・・。あまりよく覚えていない。
オーベンが肩をぽんと叩いた。
「さ、回診回診!じゃない、モーニング食いにいくぞ!」
「はい」
みな浴衣のままゾロゾロと部屋を出て行った。みな病棟や実験でのストレスから解放されているような様子だ。
こんなのがずっと続いていれば・・・。
朝食を取る予定の大部屋では、教授と助教授がもう座っていた。みんなそれを見つけるなり足早となっていく。
女将さんらしき人がカチャッと鍋の下にチャッカマンしている。
医局長の安井先生が先頭をきっていた。
「申し訳ありません!集合が遅れまして!」
教授は無言で鍋の蓋をあけている。助教授は少し不機嫌そうだ。
「まあいいんじゃないか?医局旅行なんだからね。さ、早く座った座った!」
みな席につきだした。教授から遠い席から埋まっていく。
僕はなかなか座れないでいた。安井先生は僕の手を引っ張った。
「レジデントは、教授の横!」
「えっ?」
有無を言わさず、教授の真横に座らされた。つまりこの席は、僕と教授と助教授の3人だけだ。
教授はご飯を少しずつ食べ始めた。助教授は正面から僕を見つめている。
「どうだ?少しは慣れたか?」
「はい・・・寝心地も良くて」
「いやいや、うちの医局だよ」
「ええ!すばらしいオーベンを当てていただいて・・」
僕は緊張してわけがわからなかった。
「不服はないか?オーベンがレジデントでも」
「全くございません!」
「君が3人のレジデントで一番優秀だものな」
「そんな・・」
教授は黙々と食事している。と、少し誤嚥したのか首を押さえ始めた。
「んっふ、んっふ」
助教授は立ち上がった。
「教授!」
すると周囲のドクターたちがみな立ち上がった。だが助けようとする者は1人もいない。
助教授は腫れ物を触るかのようにゆっくり手を教授に近づけた。しかし発作はおさまったようだ。
「ああ、大丈夫大丈夫。何を大げさな」
助教授はゆっくり退いていった。他のドクターも徐々に着席していった。
「・・・申し訳ありません。今日の天気は・・おい安井君!今日の天気は?」
安井先生は頭をかきながら立ち上がった。
「今日は午前中晴れますが、午後は思わしくないようです」
「思わしくないとは?日本語になってないぞ」
「少し曇るようです」
「少し?ヘンな表現だな。じゃあ雨は降らんのだな」
「と思いますが・・しかし山の天気はもっと厳しいかと」
「ふん。さすがの呼吸器専門医も、雲の動きは読めないか」
教授が早くも食べ終わろうとしている。助教授は察知した。
「じゃ、5分したら後片付けだ。わしらはもう準備しているから。あと15分したら、バスに乗り込むぞ」
ええっという声を少し漏らしながら、一同はハイペースで食事の速度を速めた。
助教授も沸いてない鍋を早々に開け、具を食べ始めた。
「はほっ、はほっ・・・トシキくんもさあ早く!」
教授は口をふいていた。
「あんたそれ・・・熱くないでしょ。火をつけて間もないのに」
「?え、ええ!そうなんですがその・・猫舌でして」
「わしに使うのは・・二枚舌のほうかな?」
「にまい・・・?は、は・・ははは!なるほど!いっ?それはないですなあ、先生!」
「ははははは!」
「いやあこりゃあ・・・!まいった!はっはっは!トシキくん!なあ!困るよなあ!」
「困る・・?いいえ・・」
助教授が気まずそうに周囲を見渡す中、複雑で微かな笑いが不気味に漂った。
みな大荷物を抱え、バスに乗り込んでいく。教授はもちろん先頭だ。
助教授は相変わらずおべんちゃら。
「教授はバスなんか乗られませんよね」
「バス・・?そんなことはないよ」
「そうでございますか?」
「昨日も乗ったじゃないか」
「え?昨日はタクシーでしたよね・・」
「バスといっても、ほら」
「ほお・・・?」
「テイクアバス!」
「テイクア・・・?ああ!ああ!なるほど!おいトシキくん!今の分かったか?」
「風呂ですね」
「うん。まあ、そうだ・・」
バスはゆっくり走り出した。まだ早朝だが、日はとっくに昇っている。ポケットの紙を取り出すと、医局旅行の
予定表があった。これから5合目登山口。そこから登山。山頂で1時間休憩。たった1時間か。で・・下山と。
せわしいな。
仕方ない。教授は無類の登山好きだ。オーベンはもと山岳部だし。彼の出世街道も問題ないな。
今回は富士山でまだいいほうだと聞く。数年前は北アルプスで、かなり大変だったらしい。何人もが高山病で倒れたと。
中央をはさんで助教授は座っている。
「トシキくん。他のレジデントは?」
「水野先生は重症があって。森先生は日光過敏があるそうで」
「ニューキノロンでも飲んだのか?はっは」
「いえ。もともとだそうです」
実をいうと・・この2人から、いちおうこういう事情で説明を、と頼まれているのだ。2人はいっしょに伊豆へ小旅行している。
だがなんでまた伊豆なのか。ニアミスしないで欲しい。
「トシキくん。昨日は新幹線の眺め、どうだった?」
「よかったです」
「海は久しぶりだったろう」
「いえ。この前、見ました」
「あ。そうか・・・」
富士の樹海が見え出した。
「トシキくん、あれが樹海だ」
「へえ・・・」
「悩みがあったらあそこへは入らず、医局長へ相談しろよ」
「は、はい」
「入る前に、10回は考えろよ」
「え?」
「じゅかい、じゅっかい」
この人といると、疲れる・・!
教授は口を開けて眠っていた。
やがてバスは5合目の休憩所に停車した。すでに多くの観光客でごった返している。家族連れが圧倒的に多いようだ。
下山してビンから水を浴びている客がうらやましかった。
バスは去り、みな荷物を背負った。医局長が説明を開始。横に僕のオーベンが。
「じゃあ1列になりまーす!あまり詰めすぎないようにお願いします。各自、これより水の入ったボトルを補給します」
向こうからサバイバルの格好をした人が数人、クーラーボックスを運んできた。開けると、多数のペットボトルが氷にうずもれている。
みな1本ずつ取り出した。
サバイバルの人のうち1人が今度は非常食を配りだした。
「いつもお世話になりまーす!製薬会社の者デース!」
こんなところにわざわざ?
「粉末の袋を溶かして飲まれてもけっこうでーす!」
医局員のうちの1人がからかうように質問した。
「これ、電解質は何を?」
「え?ああ。はああ!また調べておきます・・!」
僕が1本取り出すと、医局長は4倍くらいの2リットルビンにすりかえた。
「すまんがこれで頼む」
「はい・・」
まるで皇太子様といっしょに登るような気分だ。
医局長は笛を吹いた。
「登山口、こっちです!」
<つづく>
「はいっ!」
急いで飛び起きると、大勢の大人に見下ろされていた。
「急変急変!」
「急げトシキ!」
「起きんかコラ!」
よく見ると・・みんな・・よく見る顔だ。うちの医局員たち。オーベンに、松田先生に、宮川先生に、安井先生・・。
みな浴衣姿で豪勢に大笑いしている。大きな部屋に12人ほど。ふとんを片付けてないのは僕だけだ。
「お、おはようございます!」
ガバッと起き上がったとたん頭痛がした。そうだった。昨日は夜遅くまで飲んでいた。この旅館にあるバーだった。
最初、松田先生と2人だったんだけど、そのうち人数が増えて・・・。あまりよく覚えていない。
オーベンが肩をぽんと叩いた。
「さ、回診回診!じゃない、モーニング食いにいくぞ!」
「はい」
みな浴衣のままゾロゾロと部屋を出て行った。みな病棟や実験でのストレスから解放されているような様子だ。
こんなのがずっと続いていれば・・・。
朝食を取る予定の大部屋では、教授と助教授がもう座っていた。みんなそれを見つけるなり足早となっていく。
女将さんらしき人がカチャッと鍋の下にチャッカマンしている。
医局長の安井先生が先頭をきっていた。
「申し訳ありません!集合が遅れまして!」
教授は無言で鍋の蓋をあけている。助教授は少し不機嫌そうだ。
「まあいいんじゃないか?医局旅行なんだからね。さ、早く座った座った!」
みな席につきだした。教授から遠い席から埋まっていく。
僕はなかなか座れないでいた。安井先生は僕の手を引っ張った。
「レジデントは、教授の横!」
「えっ?」
有無を言わさず、教授の真横に座らされた。つまりこの席は、僕と教授と助教授の3人だけだ。
教授はご飯を少しずつ食べ始めた。助教授は正面から僕を見つめている。
「どうだ?少しは慣れたか?」
「はい・・・寝心地も良くて」
「いやいや、うちの医局だよ」
「ええ!すばらしいオーベンを当てていただいて・・」
僕は緊張してわけがわからなかった。
「不服はないか?オーベンがレジデントでも」
「全くございません!」
「君が3人のレジデントで一番優秀だものな」
「そんな・・」
教授は黙々と食事している。と、少し誤嚥したのか首を押さえ始めた。
「んっふ、んっふ」
助教授は立ち上がった。
「教授!」
すると周囲のドクターたちがみな立ち上がった。だが助けようとする者は1人もいない。
助教授は腫れ物を触るかのようにゆっくり手を教授に近づけた。しかし発作はおさまったようだ。
「ああ、大丈夫大丈夫。何を大げさな」
助教授はゆっくり退いていった。他のドクターも徐々に着席していった。
「・・・申し訳ありません。今日の天気は・・おい安井君!今日の天気は?」
安井先生は頭をかきながら立ち上がった。
「今日は午前中晴れますが、午後は思わしくないようです」
「思わしくないとは?日本語になってないぞ」
「少し曇るようです」
「少し?ヘンな表現だな。じゃあ雨は降らんのだな」
「と思いますが・・しかし山の天気はもっと厳しいかと」
「ふん。さすがの呼吸器専門医も、雲の動きは読めないか」
教授が早くも食べ終わろうとしている。助教授は察知した。
「じゃ、5分したら後片付けだ。わしらはもう準備しているから。あと15分したら、バスに乗り込むぞ」
ええっという声を少し漏らしながら、一同はハイペースで食事の速度を速めた。
助教授も沸いてない鍋を早々に開け、具を食べ始めた。
「はほっ、はほっ・・・トシキくんもさあ早く!」
教授は口をふいていた。
「あんたそれ・・・熱くないでしょ。火をつけて間もないのに」
「?え、ええ!そうなんですがその・・猫舌でして」
「わしに使うのは・・二枚舌のほうかな?」
「にまい・・・?は、は・・ははは!なるほど!いっ?それはないですなあ、先生!」
「ははははは!」
「いやあこりゃあ・・・!まいった!はっはっは!トシキくん!なあ!困るよなあ!」
「困る・・?いいえ・・」
助教授が気まずそうに周囲を見渡す中、複雑で微かな笑いが不気味に漂った。
みな大荷物を抱え、バスに乗り込んでいく。教授はもちろん先頭だ。
助教授は相変わらずおべんちゃら。
「教授はバスなんか乗られませんよね」
「バス・・?そんなことはないよ」
「そうでございますか?」
「昨日も乗ったじゃないか」
「え?昨日はタクシーでしたよね・・」
「バスといっても、ほら」
「ほお・・・?」
「テイクアバス!」
「テイクア・・・?ああ!ああ!なるほど!おいトシキくん!今の分かったか?」
「風呂ですね」
「うん。まあ、そうだ・・」
バスはゆっくり走り出した。まだ早朝だが、日はとっくに昇っている。ポケットの紙を取り出すと、医局旅行の
予定表があった。これから5合目登山口。そこから登山。山頂で1時間休憩。たった1時間か。で・・下山と。
せわしいな。
仕方ない。教授は無類の登山好きだ。オーベンはもと山岳部だし。彼の出世街道も問題ないな。
今回は富士山でまだいいほうだと聞く。数年前は北アルプスで、かなり大変だったらしい。何人もが高山病で倒れたと。
中央をはさんで助教授は座っている。
「トシキくん。他のレジデントは?」
「水野先生は重症があって。森先生は日光過敏があるそうで」
「ニューキノロンでも飲んだのか?はっは」
「いえ。もともとだそうです」
実をいうと・・この2人から、いちおうこういう事情で説明を、と頼まれているのだ。2人はいっしょに伊豆へ小旅行している。
だがなんでまた伊豆なのか。ニアミスしないで欲しい。
「トシキくん。昨日は新幹線の眺め、どうだった?」
「よかったです」
「海は久しぶりだったろう」
「いえ。この前、見ました」
「あ。そうか・・・」
富士の樹海が見え出した。
「トシキくん、あれが樹海だ」
「へえ・・・」
「悩みがあったらあそこへは入らず、医局長へ相談しろよ」
「は、はい」
「入る前に、10回は考えろよ」
「え?」
「じゅかい、じゅっかい」
この人といると、疲れる・・!
教授は口を開けて眠っていた。
やがてバスは5合目の休憩所に停車した。すでに多くの観光客でごった返している。家族連れが圧倒的に多いようだ。
下山してビンから水を浴びている客がうらやましかった。
バスは去り、みな荷物を背負った。医局長が説明を開始。横に僕のオーベンが。
「じゃあ1列になりまーす!あまり詰めすぎないようにお願いします。各自、これより水の入ったボトルを補給します」
向こうからサバイバルの格好をした人が数人、クーラーボックスを運んできた。開けると、多数のペットボトルが氷にうずもれている。
みな1本ずつ取り出した。
サバイバルの人のうち1人が今度は非常食を配りだした。
「いつもお世話になりまーす!製薬会社の者デース!」
こんなところにわざわざ?
「粉末の袋を溶かして飲まれてもけっこうでーす!」
医局員のうちの1人がからかうように質問した。
「これ、電解質は何を?」
「え?ああ。はああ!また調べておきます・・!」
僕が1本取り出すと、医局長は4倍くらいの2リットルビンにすりかえた。
「すまんがこれで頼む」
「はい・・」
まるで皇太子様といっしょに登るような気分だ。
医局長は笛を吹いた。
「登山口、こっちです!」
<つづく>
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