< オーベン&コベンダーズ 2-2 また逢う日まで・・・ >
2004年7月28日夕方、僕らレジデントが詰所で雑用していると、オーベンが入ってきた。もう夜の11時だ。
「おうおう、これは感心感心」
水野は重症が1人いて、重症版とにらめっこしている。
「どうだ水野。もうお手上げか?」
「ステロイドパルスも無効でした」
「肺線維症だからな。オレもパルスが有効とは思わん」
「いろいろ文献も当たりましたが・・症例報告集みたいなのばっかりで」
「活動性は、相変わらずか?」
「LDHに、動脈血の分圧較差・・いずれも悪化傾向です」
「感染の因子もあるぞ」
「MRSAも陽性ですし」
「だからといってそれが起炎菌とは限らんだろうが」
「・・・今日から始めました。バンコマイシン」
「何?」
オーベンの表情がくわっと変わった。
「朝みられた高熱は、今は少しおさまってると・・」
「オレに何の断りもなく、開始したわけか」
「ほ、報告しませんでしたが・・・これくらいなら」
「これくらいだと?」
「培養でMRSAを2度確認しましたし、それで・・」
「MRSA陽性ならバンコマイシンいっていいのか?」
「それでもいいかと・・」
「オレでもためらう内容だぞ」
「はい・・」
オーベンは机をドンと蹴った。
「ふざけるな!これで患者が悪くなったら!」
「・・・・・」
「お前の責任だぞ。お前の!だが今は俺がオーベンなんだ。俺にも責任がふりかかる!」
「・・・・・」
「安易な決断はするな。主治医は独裁者じゃないぞ!」
みんなのペンの動きがピタリと止んでいた。向こうの控え室の話し声もヒソヒソ声に変わっている。
「これからお前らのカルテ、毎朝・毎晩チェックするからな。いいな。たまった入院サマリーも、全部出せよ」
水野はかなり不満そうな表情を見せている。
僕はあと1つ用事があった。退職されるドクターの入院患者の引継ぎだ。
医局までカルテを持って、歩いていった。
「松田先生は・・?」
秘書さんは廊下へ出て、こっちこっちと指差した。教授室だ。
「トシキ先生は仕事終わり?」
「まさか。僕らレジデントに終わりはないです」
「なんかたくましくなったわね。息抜きはしてる?」
「息ですが・・・息はしてます。閉塞性障害というところでしょうか」
「はい?」
待つこと1時間、やっと松田先生は出てきた。
「あ・・・おう。トシキ」
「先生。今日でもう・・」
「そうだよ」
後ろに1人、役人みたいなオジサンがひっついて歩いてきた。
「あ・・・トシキといいます。松田先生と5分だけ、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。私は帰りますので・・じゃあ」
オジサンは礼儀正しく松田先生に会釈し、帰っていった。
何者・・?
「トシキ。それカルテか」
「はい。サマリー記入、ありがとうございます」
「大変だなあ、お前」
「先生、どちらへ・・」
「まあ近くだよ」
「病院ですよね」
「そりゃそうさ。お前も来る?」
「遠慮します」
「サマリーに何か不審な点あるか?」
「いえ」
「ああそうだ。お前、オーベンの実験も手伝ってるんだってな?」
「はい」
「オレのマウスも譲ったんだが。もうすでに2匹死んでたぞと伝えといてくれ。あいつ、殺しすぎだ」
「はい」
「実験データは医局のパソコンにすべて残してある」
「わかりました。伝えておきます」
「いいデータが出てるんだけどな・・・」
少し口惜しそうに松田先生はパソコン画面を見つめていた。
「松田先生、1つだけ聞いても?」
「あん?」
「ここを辞められる、本当の理由は・・?」
「理由な・・・。ここのやり方についていけない・・・てことかな。あのパソコンのデータは、オレが自由になるための代償だ」
「実験データですか?」
「ああ。それで教授は納得。データはもちろん引き継がれる」
「しかし先生、自由になるっていうのは・・」
「間違ってるか?俺はそうは思わない。こんなとこにいること自体、オレはもう耐えられない」
「・・・・・」
「ユウキも可愛そうなヤツだな」
「え?ユウキ・・」
「お前の先輩だよ。2年くらいしたら、僻地へ飛ばされるようだ」
「それは野中オーベンから聞いたことがあります。けどそこって、有名な病院じゃないですか?」
「今はな」
「?」
「さ、これから心機一転。臨床家として精一杯やれるんだ!」
「さっきの方ですけど・・」
「草波さん?ああ・・何をしてる人かって?それは・・・言えないな。すまんが」
「そうですか。今までありがとうございました。これは医局員一同からです」
僕は皆から集めたカンパで買った腕時計をプレゼントした。
畑先生も見送りに来ている。彼は転勤間近で、午前中だけの出勤だ。
「松田。また会おうな」
「ああ。お前も。山ちゃんのとこだろ?大変だな・・例の話はいいか?」
「草波さんのか?ああ。オレはいいよ」
もとオーベンどうしの2人はガシッと握手を交わした。
松田先生は僕のほうへやってきた。
「すまんな。薄給なのに」
「いいえ。では、失礼します」
さようなら、松田先生。
「おうおう、これは感心感心」
水野は重症が1人いて、重症版とにらめっこしている。
「どうだ水野。もうお手上げか?」
「ステロイドパルスも無効でした」
「肺線維症だからな。オレもパルスが有効とは思わん」
「いろいろ文献も当たりましたが・・症例報告集みたいなのばっかりで」
「活動性は、相変わらずか?」
「LDHに、動脈血の分圧較差・・いずれも悪化傾向です」
「感染の因子もあるぞ」
「MRSAも陽性ですし」
「だからといってそれが起炎菌とは限らんだろうが」
「・・・今日から始めました。バンコマイシン」
「何?」
オーベンの表情がくわっと変わった。
「朝みられた高熱は、今は少しおさまってると・・」
「オレに何の断りもなく、開始したわけか」
「ほ、報告しませんでしたが・・・これくらいなら」
「これくらいだと?」
「培養でMRSAを2度確認しましたし、それで・・」
「MRSA陽性ならバンコマイシンいっていいのか?」
「それでもいいかと・・」
「オレでもためらう内容だぞ」
「はい・・」
オーベンは机をドンと蹴った。
「ふざけるな!これで患者が悪くなったら!」
「・・・・・」
「お前の責任だぞ。お前の!だが今は俺がオーベンなんだ。俺にも責任がふりかかる!」
「・・・・・」
「安易な決断はするな。主治医は独裁者じゃないぞ!」
みんなのペンの動きがピタリと止んでいた。向こうの控え室の話し声もヒソヒソ声に変わっている。
「これからお前らのカルテ、毎朝・毎晩チェックするからな。いいな。たまった入院サマリーも、全部出せよ」
水野はかなり不満そうな表情を見せている。
僕はあと1つ用事があった。退職されるドクターの入院患者の引継ぎだ。
医局までカルテを持って、歩いていった。
「松田先生は・・?」
秘書さんは廊下へ出て、こっちこっちと指差した。教授室だ。
「トシキ先生は仕事終わり?」
「まさか。僕らレジデントに終わりはないです」
「なんかたくましくなったわね。息抜きはしてる?」
「息ですが・・・息はしてます。閉塞性障害というところでしょうか」
「はい?」
待つこと1時間、やっと松田先生は出てきた。
「あ・・・おう。トシキ」
「先生。今日でもう・・」
「そうだよ」
後ろに1人、役人みたいなオジサンがひっついて歩いてきた。
「あ・・・トシキといいます。松田先生と5分だけ、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。私は帰りますので・・じゃあ」
オジサンは礼儀正しく松田先生に会釈し、帰っていった。
何者・・?
「トシキ。それカルテか」
「はい。サマリー記入、ありがとうございます」
「大変だなあ、お前」
「先生、どちらへ・・」
「まあ近くだよ」
「病院ですよね」
「そりゃそうさ。お前も来る?」
「遠慮します」
「サマリーに何か不審な点あるか?」
「いえ」
「ああそうだ。お前、オーベンの実験も手伝ってるんだってな?」
「はい」
「オレのマウスも譲ったんだが。もうすでに2匹死んでたぞと伝えといてくれ。あいつ、殺しすぎだ」
「はい」
「実験データは医局のパソコンにすべて残してある」
「わかりました。伝えておきます」
「いいデータが出てるんだけどな・・・」
少し口惜しそうに松田先生はパソコン画面を見つめていた。
「松田先生、1つだけ聞いても?」
「あん?」
「ここを辞められる、本当の理由は・・?」
「理由な・・・。ここのやり方についていけない・・・てことかな。あのパソコンのデータは、オレが自由になるための代償だ」
「実験データですか?」
「ああ。それで教授は納得。データはもちろん引き継がれる」
「しかし先生、自由になるっていうのは・・」
「間違ってるか?俺はそうは思わない。こんなとこにいること自体、オレはもう耐えられない」
「・・・・・」
「ユウキも可愛そうなヤツだな」
「え?ユウキ・・」
「お前の先輩だよ。2年くらいしたら、僻地へ飛ばされるようだ」
「それは野中オーベンから聞いたことがあります。けどそこって、有名な病院じゃないですか?」
「今はな」
「?」
「さ、これから心機一転。臨床家として精一杯やれるんだ!」
「さっきの方ですけど・・」
「草波さん?ああ・・何をしてる人かって?それは・・・言えないな。すまんが」
「そうですか。今までありがとうございました。これは医局員一同からです」
僕は皆から集めたカンパで買った腕時計をプレゼントした。
畑先生も見送りに来ている。彼は転勤間近で、午前中だけの出勤だ。
「松田。また会おうな」
「ああ。お前も。山ちゃんのとこだろ?大変だな・・例の話はいいか?」
「草波さんのか?ああ。オレはいいよ」
もとオーベンどうしの2人はガシッと握手を交わした。
松田先生は僕のほうへやってきた。
「すまんな。薄給なのに」
「いいえ。では、失礼します」
さようなら、松田先生。
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