< オーベン&コベンダーズ 2-4 苦悩 >
2004年7月29日カンファレンス室で、またひたすら内職。
森さんは不明熱に振り回されている。原因がホントに分からないのだ。
かといってNSAIDや抗生剤などの「対症療法」を始めてしまうと、評価がしにくくなる。
しまいには誰かから「薬物熱では?」と突っ込まれてしまうのがオチだ。
水野は「好酸球増加」に対する精査目的の患者を当てられた。こっちのほうはマシだが、好酸球増加に伴う全身のかゆみがある。国家試験のようにアニサキスとか一発では決まらないものだ。
だがこの場合も薬剤が入ると「薬剤性では?」と突っ込まれることが多い。
とにかく症状が発熱とか痒みというのは患者自身、鬱につながりかねない症状なので、早くなんとかしてあげたい。
選択肢に慣れてきた僕らにとっては「何か」という白紙の問いは、非常に難解な領域だ。
僕も人のことはいえなかった。COPDで肺炎を繰りかえしている患者がいる。
培養ではシュードモナス(緑膿菌)のほかMRSA陽性。肺炎の領域が限局されていてまだいいほうだが、抗生剤の投与を繰り返しているうちに耐性菌が出ないかと、いらん指摘を受ける。
いらんというか、こっちがとっくに気にしている内容なのだ。
「あたしが診てて、いけない?」
グッチ先生が勢いよくカンファ室へ入ってきた。後ろからオーベンが入ってくる。
「そうは言ってない」
「あの子は今、いろいろ悩みとかある大事な時期なのよ」
「何だ?何があった?」
「アンタには関係ない!」
「男に振られたとか?」
「知らない!」
グッチ先生が主治医の、MCTDのコのことだろう。
グッチ先生の素振りから、どうやらそれが当たってそうな印象を受けた。
「夜中にナース何回も起こして、睡眠薬希望してくるんだろ?主治医なら・・」
「指示は出してるわよ!」
「イマイチ効いてないらしいぞ!」
「だから治療に関してはもう少し間をおいて・・」
「病床の稼働率が下がる。精神科へ紹介状を書け」
「何。偉っらそうに」
「ナースらのブーイングもかなりなんだ。そのコのためにも」
「せめて、何日かちょうだいよ」
「ダメだって。病棟医長に相談して、早期のPG治験治療の準備をする」
「わかった!もう勝手にしてちょうだい!」
「おい、何を・・」
「こんな医局!」
グッチ先生は目を真っ赤にしてカンファ室を出て行った。
オーベンは止める間もなかった。
「強情なヤツ・・・」
僕はオーベンに問いかけた。
「ああいう年頃ですし、難しいですね」
「グッチがか?」
「いえ。患者さんのほう」
「早く治療に持っていかんと、あの子のためにならんだろ?それでもし進行したらどうする?PHが進行して器質化してしまったら!」
「そうですね。不可逆性になったら薬も効かないでしょうし・・」
「PHは怖いぞ。左室への流入が減る」
「ショックは怖いです・・」
「グッチのヤツ。主治医も女にしたのが間違いだな。女は同情すると、こうだ」
「・・・大学病院ですしね。ここは」
「そうだ。それを忘れてはいかんのだ。お前はいいことを言う」
オーベンは僕の肩を大きく叩いた。
オーベンは出て行った。すると森さんが後ろから皮肉をかぶせる。
「仲がいいですこと」
「皮肉かい?」
「ううん。あたし達にはマネできないわ」
「僕はマネしようとか、意識してるわけじゃない」
「それが余計怖いのよ。なんか宗教みたいで」
森さんは知らない間に入院サマリーを書いている。サマリーで肝心なのは考察だ。それができなくて、
みな提出が遅れてしまう。
「トシキ先生。やっぱ考察は文献引用が要るの?」
「そうだよ。海外の文献から。トピックス的なヤツを」
「そんなルール・・!」
「この前医局会でオーベンが提案したとき、誰も反対しなかったじゃないか」
「教授がいて反対できる?」
ぎこちない僕らの人間関係は、相変わらず続いていた。
そういえば周りの先生たちからも避けられているような・・・。
<つづく>
森さんは不明熱に振り回されている。原因がホントに分からないのだ。
かといってNSAIDや抗生剤などの「対症療法」を始めてしまうと、評価がしにくくなる。
しまいには誰かから「薬物熱では?」と突っ込まれてしまうのがオチだ。
水野は「好酸球増加」に対する精査目的の患者を当てられた。こっちのほうはマシだが、好酸球増加に伴う全身のかゆみがある。国家試験のようにアニサキスとか一発では決まらないものだ。
だがこの場合も薬剤が入ると「薬剤性では?」と突っ込まれることが多い。
とにかく症状が発熱とか痒みというのは患者自身、鬱につながりかねない症状なので、早くなんとかしてあげたい。
選択肢に慣れてきた僕らにとっては「何か」という白紙の問いは、非常に難解な領域だ。
僕も人のことはいえなかった。COPDで肺炎を繰りかえしている患者がいる。
培養ではシュードモナス(緑膿菌)のほかMRSA陽性。肺炎の領域が限局されていてまだいいほうだが、抗生剤の投与を繰り返しているうちに耐性菌が出ないかと、いらん指摘を受ける。
いらんというか、こっちがとっくに気にしている内容なのだ。
「あたしが診てて、いけない?」
グッチ先生が勢いよくカンファ室へ入ってきた。後ろからオーベンが入ってくる。
「そうは言ってない」
「あの子は今、いろいろ悩みとかある大事な時期なのよ」
「何だ?何があった?」
「アンタには関係ない!」
「男に振られたとか?」
「知らない!」
グッチ先生が主治医の、MCTDのコのことだろう。
グッチ先生の素振りから、どうやらそれが当たってそうな印象を受けた。
「夜中にナース何回も起こして、睡眠薬希望してくるんだろ?主治医なら・・」
「指示は出してるわよ!」
「イマイチ効いてないらしいぞ!」
「だから治療に関してはもう少し間をおいて・・」
「病床の稼働率が下がる。精神科へ紹介状を書け」
「何。偉っらそうに」
「ナースらのブーイングもかなりなんだ。そのコのためにも」
「せめて、何日かちょうだいよ」
「ダメだって。病棟医長に相談して、早期のPG治験治療の準備をする」
「わかった!もう勝手にしてちょうだい!」
「おい、何を・・」
「こんな医局!」
グッチ先生は目を真っ赤にしてカンファ室を出て行った。
オーベンは止める間もなかった。
「強情なヤツ・・・」
僕はオーベンに問いかけた。
「ああいう年頃ですし、難しいですね」
「グッチがか?」
「いえ。患者さんのほう」
「早く治療に持っていかんと、あの子のためにならんだろ?それでもし進行したらどうする?PHが進行して器質化してしまったら!」
「そうですね。不可逆性になったら薬も効かないでしょうし・・」
「PHは怖いぞ。左室への流入が減る」
「ショックは怖いです・・」
「グッチのヤツ。主治医も女にしたのが間違いだな。女は同情すると、こうだ」
「・・・大学病院ですしね。ここは」
「そうだ。それを忘れてはいかんのだ。お前はいいことを言う」
オーベンは僕の肩を大きく叩いた。
オーベンは出て行った。すると森さんが後ろから皮肉をかぶせる。
「仲がいいですこと」
「皮肉かい?」
「ううん。あたし達にはマネできないわ」
「僕はマネしようとか、意識してるわけじゃない」
「それが余計怖いのよ。なんか宗教みたいで」
森さんは知らない間に入院サマリーを書いている。サマリーで肝心なのは考察だ。それができなくて、
みな提出が遅れてしまう。
「トシキ先生。やっぱ考察は文献引用が要るの?」
「そうだよ。海外の文献から。トピックス的なヤツを」
「そんなルール・・!」
「この前医局会でオーベンが提案したとき、誰も反対しなかったじゃないか」
「教授がいて反対できる?」
ぎこちない僕らの人間関係は、相変わらず続いていた。
そういえば周りの先生たちからも避けられているような・・・。
<つづく>
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