こうなると、議員にお願いするしかないか。僕の患者だし。だが手が放せない。

 在院日数は3週間を過ぎている。喘息発作があり点滴、2日で軽快したが、よくなった途端無断外出・外泊の日々。過去のカルテを見るとそのハチャメチャぶりが分かる。昨年の主治医の記載では「説得不能」とまである。

 一方の動脈血データはCO2 52mmHgと?型呼吸不全だ。病棟医長のヤツ。

酸素を鼻カニューラ少量へ変更。

点滴はポタコール。一般採血提出。レントゲン室へストレッチャーで。心電図室にも連絡した。

僕はレントゲン室前で携帯を使おうとした、ところ・・。
「何ですか、あなたは!」
レントゲン室受付のおばさん、失礼。職員だ。
「携帯電話は全面禁止です!ご家族の方?」

そうか。僕は白衣を着てない。
「いえ。医者です」
「申し訳ございません!」

ロボットみたいな人だな。

「緊急なので、使います」
内線は使われているため、携帯で詰所へダイレクトに電話。
「詰所ですか。議員さんは・・」
「外泊中です」
「やっぱりか・・今、どこに?」
「事務所ということになってますが。お探しですか?」
「そうだけど。困るなあ・・・やっぱりダメか。看護婦さん、この電話を循環器外来、窪田先生の内線へ転送を」
「わかりました」

こうなったら肺線維症の患者は転院させるしかない。だがレジデントの僕らにはそういう権限は与えられてない。

「窪田ですが。コベンちゃん?」
「先生!肺線維症の悪化した方が来まして」
「はいはい。先生、問診係?」
「いえ。救急で早朝に入ったんです。呼吸不全?型です」
「ナルコってる?」
「いえ。それと肺炎の合併はまだ不明です」
「病棟に上げたらいいんじゃない?」
「病棟が満床でして」
「アンタがいうのなら間違いないね。オーベンは?」
「オーベンは実験中で・・」
「アイツ、何考えてんの?」
「いえ、違うんです。きっと大事な判定をされていて・・」
「何を遠慮してるの?いいじゃない、呼べば」
「でも大事な実験が・・」
「患者のほうが大事!オーベンに今すぐ電話しなさい!」

やっぱり僕が呼ぶのか・・。

「分かりました。呼びます・・」
だけどやっぱり恐ろしい。これでまた中断とかそういう迷惑かけたら・・。

レントゲンが出来た。前回のと見比べると、両側下肺の透過性が低下している。

線維化の進行か、胸水の貯留か、肺炎の合併か。

CTを取らなきゃ。心電図は自分でやればいい。
僕はストレッチャーをCT室脇へ寄せた。

またポケベルだ。そうか、運動負荷心電図のこと、忘れてた。外来で電話。
「すみません、トシキです」
「どこ行ってるの!」
 外来婦長だ。
「急患を診てるんです」
「急患?いつそんなのが入ったのよ!」
「手が放せないので・・・キャンセルとかは無理ですか?」
「教授の患者よ。じゃあ先生が教授へ電話してください!」
「僕が?」
「当たり前よ!」

電話は切られた。教授へ連絡か。なんでこんなに事務的な用事なのか。事務的というより、義務的な。

付き添いの中年のほっそりしたオバサンが困っている。
「あのう・・・父は・・いったいどうなんでしょうか?」
「ベッドを探してます」
「近所なので、遠方は困ります」
「しかし、ベッドがなかったら入院は無理なんです」
「先生が無理なら、誰か上の先生に頼んで・・」
「今、いろいろ連絡してるとこなんです」
「はあ。私、仕事もありますし」
「ダメですよ、それは」
「昼からならいいですか」
「それもダメです!」

CT室の技師さんへ話しかけた。
「すみません」
「はいオッケーでーす!ちょっと今、忙しい!」
「緊急でCTを・・」
「入力は?」
「そんなヒマ・・」
「コンピューターへの入力は?」
「緊急なんです」
「しょうがないな。じゃ、オーダー用紙は?」
「用紙・・そこにありますか?」
「患者のIDと生年月日!病歴もきちんと!」
 
一応、事細かに書いた。

「はい!」
「失礼ですけど、院生の先生で?」
「院生?違います」
「いや、私服だから・・・」
「レジデントです。循内・呼吸器の」
「へえ。じゃあ野中の?」
「はい!オーベンです!」
「へえ、すると君はコベンか」

この人、技師さんじゃないのか。

「放射線レジデントの村上だ。大蔵君がローテで行ってるだろ」
「はい・・話した事はあまり」
「あいつはアブナイ宗教やってるから、気をつけろ」
「は?」
「青年幹部代表だ」
「はあ・・・」

患者さんはうまく割り込めたようだ。胸部CTを撮影。

「写真が出来たら、受付へ出しておく」
「ありがとうございます!」
「あの画面に流れてるスキャン画像からすると、線維化は前回と比べてかなり進行してるな。うっすらした影もある。
肺炎合併が明らかでなければ、ステロイドパルスとかいくのかな?先生」
「え?そ、そうですね・・」
「胸水はない。さ、外で待とうか!」

 この先生、前回の所見も頭の中にあるのか。さすが放射線科だ。

またポケベルだ。
内線へ。

「もしもし。トシキです」
「あたしだけど、先生?」
グッチ先生。女神の助けだ。
「トレッドミルは任せといて。窪田先生の書記係やってるんだけど、手伝ってこいって」
「そうですか。ありがとうございます!」

またポケベルだ。キリがない。

「もしもし!」
「トシキ先生?つながりました」
「はあ?誰と?」
「事務所です」
「事務?トレッドミルは・・」
「議員さんの事務所です」
「なに!」
「先生、急な用事だと言われてたので・・」

よ、余計なことを・・・。

「廻します」

一瞬の間が過ぎ、議員に代わった。この人とはほとんど話したこともない。

「なんでしょうか?」
「お・・おはようございます」
「なんでしょうか?先生?せ・ん・せ・い!」
「はい!いえ、その・・・ちょっとゴタゴタしてまして」
「ふむ?」
「・・・・・」
「私の領域ではないと、思いますがな・・!」
「僕の領域で、いろいろと」
「なぬ?」

ドツボにはまった。

<つづく>

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