「私の領域ではないと、思いますがな・・!」
「僕の領域で、いろいろと」
「ふん?」
「病棟が一杯になってきまして。そうなんです。重症の方がたくさん」
「ほう」
「それで、どうしても個室が必要なのです」
「コホン。私に部屋を出ろと?契約では・・」
「呼吸不全の方です。大正生まれの方でして」
「大正生まれ・・?」
「高齢で、非常に危険な状態です」

本当の話を伝えた。

「そんなに恐ろしい病気なんですか・・?」
「肺線維症といいまして、進行したら治療が難しいのです」
「はいせんい・・・それって、移るのかな・・?」
「肺炎を合併したとして、菌によっては」
「その人が、すでに病院に今いるわけだね」
「病棟はまだですけど・・」
「じゃあ菌が病院内に拡がってる可能性も・・」
「いや、そこまでは・・」
「だがやっぱり、大学病院に入院するくらいの肺炎・・だものね」
「?はい・・・」
「そうか。菌によるか・・・ん?ちょっと待ってくれ」

しばらく間があった。

受付嬢が代わった。

「今、用事が入ったもので。しばらくしてまたおかけ直しを」
「え?」
「ちょうど今、先生はお忙しいもので」
「そうですか。失礼します」

相手にされなかったか。

家族がまた催促してくる。
「あの、いったいどうなったんでしょうか」
「ベッドはまだ空かないですね・・検討中です」
「もう帰りたいんですが」
「誰か他に、家族の方はいないんですか」
「妹がいます。民間病院の看護主任です」

そこまで聞いてないんだけど。

「その方は?」
「毎日毎日、夜勤で大変なんです」
「ええ。まあそうですけど」

こっちも毎日毎日、徹夜・呼び出しなんですけど。

「じゃあ、何かあれば連絡させて頂きますね」
「はい。連絡先は・・・ここです」

メモを受け取った。

「では・・」
家族は帰っていった。お年よりは家族といえど、所詮お荷物なのだろうか。

携帯が鳴った。
「もしもし」
「おい、今どこだ?」
「オーベン!」
「どこにいるんだ?」
「放射線部のとこです」
「患者が入ったんだって?」
「はい。肺線維症の患者さんで・・」
「病棟はダメみたいだな」
「そうなんです。どうすればいいか・・」
「紹介して転院させたらいいだろ」
「家族はここを希望されてて」
「無視しろそんなの!」
「転院するなら、どこへ・・」

オーベンが携帯で話しながらスタスタ歩いてきた。

「マミーのところにでも送る!」
「オーベン!」
「ほら、白衣だ。医局にあったから」
「ありがとうございます!」
「昼、過ぎたな。紹介は難しいかもしれん・・」

昼を過ぎると外来の受付が閉まり、紹介状での受診は受け入れできなくなる。主治医が直接
連絡して交渉しないといけない。

「おい、ところで家族は?」
「帰られました。仕事があって忙しいと・・」
「バカ!なんで帰らせた!」
「どうしても、というので」
「重症が入ったら、意地でも帰すな!もしお前、家族が帰って急変してトラブルが起こったらどうする?」
「は、はい」
「マミーの携帯へ電話する・・・・マミーか?俺だ・・・おう!」

患者の指にパルスオキシメーター。SpO2 94-95%だ。呼吸不全?型だから、上がりすぎてもいけないし、低すぎても
いけない。採血せずに二酸化炭素分圧が分かるような機械、ないかな・・。

「内科学会の抄録?俺はもう完成したぜ。プロフェッサーもオッケーだって。すごいだろ?」
オーベンは自慢話に花を咲かせている。だがそれだけ言えるほどの価値がある人だ。
「ああそれでな。患者を1人お願いしたんだが。肺線維症。挿管はしてない。MRSA?出てないよ」

外来では喀痰培養はやってない。

「そこを頼む。な!あたってみてくれ!」
オーベンは電話を切った。
「あとで連絡がある。エコーでもやろう」

オーベンと僕はストレッチャーを引きながらエコー室へ。

エコーはまだ外来分が終わってなかったようだ。
「おい!検査はこれで終わりだぞ」
エコー担当の三品先生が疲れきって所見書きしていた。
患者はみな終わって不在だ。

オーベンは頼みに入った。
「三品先生。先日は内科認定医試験合格、おめでとうございます!」
「お?おおう」
「狭き門の中を・・」
「いやあ、狭き門とは大げさな。合格率9割だよ」
「しかし再受験者もけっこういると聞きます」
「うん。まあな」

数ヵ月後に聞いた話では、その先生も再受験だった。

「そこで先生、1人重症が入りまして」
「ああいいよ、俺、するから」
「ありがとうございます!先生、専門医試験も頑張ってください!」
「いやいや、あれは難しいよ」
「なにをおっしゃいます?先生なら大丈夫ですよ!」
「そ、そうかな、ははは」

オーベンはウインクして合図した。僕はストレッチャーを運んだ。
「では、お願いします」
「うん」

ポケベルが鳴った。
「三品先生すみません、ちょっと・・」
「ああ、やっとくやっとく!」

「もしもし!」
「病棟です。今、議員さんの事務所から連絡があり・・」
「それで?」
「本日で退院されるそうです」
「ホントに?やったあ!」

オーベンがびっくりしていた。
「なに?誰が?」
「議員さんです」
「ああ、あいつか。悪化して当然のヤツだ。自己退院か?」
「そうです」
「ラッキーだな。荷物を早いとこ廊下へ引っ張り出して、この患者を入れよう」
「はい。病棟に伝えます」
「1日5万の部屋だが・・」

僕はモバイルを取り出した。
「明日、退院予定の人がいますので、そのときそこへ移動させます」
「そうか、そうすりゃいいな。病棟医長にも伝えておけ」
「わかりました!」

エコーが終了。机の蛍光灯の下で、三品先生が所見をつけている。
「肺気腫あんのか?見にくかったなあ。はい!」
所見用紙をもらった。右室拡大はあるがPHは軽度。慢性的な右心負荷はあったようだ。

「では、オーベン、行ってきます」
「カルテに詳細を記載しとけ」
「先生、実験のほうは?」
「聞くなと言ったろ?でもな、今日はいいぞ。有意差が出た!」
「そりゃよかった!」
「これでしばらく楽になる。病棟業務に本腰入れるぞ!あ?」

オーベンの携帯が鳴った。
「おうマミーか。焦るな。何?ああ、その件な。もういいわ」
電話は速攻で切られた。
「さ、行くか」

オーベン、やっぱB型だな・・・。

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