< オーベン&コベンダーズ 2-13 図星 >
2004年7月31日教授回診。みなバテバテだ。
レジデントたちはオーベンによるスパルタ式特訓、それ以外のドクターは実験・カンファ準備・抄読会に向けて血の汗を流すほどの苦戦を強いられていた。
オーベンのアイデアで、カンファレンス時は各自1症例につき
レポート1枚提出。また、これまでの入院サマリー強制提出など、ノルマが増えたからだ。
ノルマの達成率などはすべて医局に張り出され、教授へも逐一報告がいく。
みんなの不満は頂点に達しようとしていた。
森さんは両目を真っ赤にして先陣を切った。
「不明熱の方で・・」
教授にとっても、もう毎週おなじみの患者だった。
「はいはい。今度は何を検査しました?」
「骨シンチです。それと骨髄生検です」
「はああ。で?」
「有意な所見、ありませんでした」
森さんはもう数ヶ月、不明熱の人を引っ張っている。オーベンも原因は見当もつかないとういう。在院日数はかなりだ。
転院先を探しているが、なかなか見つからない。しかし38℃以上の発熱は依然続いたままだ。
「次は、何を・・?」
教授がからかうように森さんをみつめた。
「検査のし直しを・・」
「ふーん・・・オーベンからよく聞くようにね」
「はい・・」
みんな出て行き際、いつものようにいろいろ捨てゼリフを吐いていく。
「小腸」
「血管生検」
「皮膚科は?」
「尿管とか?」
「え?ちょ、ちょっ・・・」
助教授がまた何かひらめいたようだ。
「森君。もうネタがすっかり尽きたような感じだな。え?」
「はい?」
「感じだ」
「?」
「カンジダ」
「・・・・それはもう調べました!」
森さんはオーベンへ近づいた。
「オーベン、今後は・・・」
「なんだ?調べてみろよ」
「この間の内容も、すべて調べました」
「ああ、それで?」
「いえ、その・・」
「お前主治医だろ?オレばっかり頼りにすんなよ!」
「・・・・・」
「オレも時間がないんだ!実験のやり直しもせにゃいかんし!」
オーベン、やっぱりあのこと根に持ってるな。
「すみません。この間は・・」
「手伝ってくれるならいいぜ。しかしこれはデータ解析が大変なんだ。どうしても有意差出さなきゃ意味がない」
「はい。私に手伝えることがあれば・・」
「お前に?何ができるんだ?畑先生の手伝いでマウス何匹殺した?」
「・・・・・」
「オレがそんなに頼りないなら、水野やトシキにでも聞け!とにかくこの実験は内科学会にも出したいんだ!」
オーベンは自分の研究を進め論文を作成する一方、内科学会への提出も考えていた。
オーベンが出たあと、森さんはしくしく泣き出した。水野がよしよしと撫でている。
水野は僕を睨んだ。
「あんなヤツについて行くもんか。お前は平気だろうがな」
「でもオーベンだろう?」
「相談なんかするか!あと数ヶ月。なんとか自分でやる」
「そんな無茶な・・」
「オレまで面倒見れないさ。あんだけ忙しいんだから」
僕らはもう修復不可能な領域にあった。
外来で僕が先日ドタバタやってた肺線維症の患者さんは、とうとうICUにて人工呼吸器導入となった。
尿量が少ない。DICや多臓器不全になってはいまいか。
心配しながら今日の緊急データを待つ。
結果が出た。パソコン画面で確認。LDHやCRPも上昇傾向。
レントゲンはバタフライシャドウ。ARDSだ。血小板は減ってない。
オーベンへ連絡。
「おはようございます先生。今いいでしょうか」
「早く言え」
「データをお伝えします。レントゲンはARDSだと思います」
オーベンにデータをすべて報告。
「そうか。悪化してるな。FOY、もう行けよ」
「先生。よろしければレントゲンの確認も・・」
「ああ、そのうち行く」
「そのうち・・先生。家族がムンテラの希望を」
「夜遅くなると言っとけ」
「それが先生、夕方になったら帰ると」
「ダメだ。待たせろ」
「子供を幼稚園まで迎えに行かれるとか」
「なに?ダメだ」
「し、しかし・・」
「大事な判定があるんだ。今度はジャマさせんぞ」
「・・・・・先生、僕のほうからムンテラしておきます・・」
「わかった。頼む」
レジデント1年目で、重症患者のムンテラは気が重い。
「どうぞ」
患者さんの娘さんが1人、入ってきた。
「あの・・・あと1人、入りますが」
「ええ。どうぞ」
「看護婦なんですが。妹です」
「え?あ、はい・・・」
姉が言ってたな。看護主任とか。
ナースへのムンテラか。オーベンが言ってたな。生半可な知識を持ってるやつに注意しろ、と。
しかし何に注意したらいいのか・・・。
「主治医の、トシキです」
そのナースは黙ったままこちらを凝視している。
「現在の経過ですが・・」
「あたし、聞くの初めてなのよ」
「はい?」
「最初から話してもらわないと。でしょ?あなただけ分かってても。こっちは素人なんだし」
素人じゃないだろう。
「は、はい。すみません。もともとうちの外来でかかっておられました。肺線維症ということで。今回は呼吸が悪化しまして」
「・・・そこの写真、どっちが最近の?」
「?・・・左が入院時、右が本日のです」
「悪くなってるじゃない。心臓も肥大してない?」
「臥位で撮ってますので」
「心エコーはしたの?」
「入院時と1週間前の2度しました」
「EFは正常なの?」
「?はい、正常でした」
なんだ。口頭試問か?
「感染の合併も影響していえるとは思いますが、線維化のほうは悪化しています」
「治療はしたの?ステロイドは?」
「パルス療法、施行しました」
「ちょっと。それって効くの?」
「効果を期待して・・」
「期待?効く保証があるからするんでしょ、治療ってもんは?」
「治療法の選択肢から、これを選びまして・・」
「あなたが?研修医の先生が決めたこと?」
言葉が矢のように刺さり続ける。
「いえ・・カンファレンスで決めました」
「それは教授も交えて?」
「そうです」
「ならいいわ。で、パルスは効かなかったということね」
「はい」
「次は?」
「DICの併発が予測されるので、FOYを開始しました」
「なるほど・・」
そのナースは姉に向って呟いた。
「助からないわ」
姉はひどく落ち込んだ。思わず僕は焦った。
「ま、待ってください!」
ナースは顔をしかめた。
「だって・・・もう治療がないんでしょ?」
「それは・・検討する予定なんです」
「検討って、先生。そんなのんびり考え込んでいいの?」
「話し合って決める予定です・・」
「早く決めなさいな!あなた達がこうしてる間にも、悪化は進んでるのよ!まったく・・・大学だったら大丈夫だと思ったけど・・」
ナースは時計を睨んだ。
「あああ、もう戻らないと。今日は深夜明けで、正直来るかどうか迷ったのよ!」
僕は返事しなかった。
姉は頭を下げた。
「先生、どうもありがとうございました・・・」
ナースはブランド物のバッグを担いだ。
「ちゃんと上の先生と相談して!結論出してから物事進めてちょうだい!」
家族は出て行った。
以上の内容は、すべて僕のそばに立っていたICUナースが書き留めた。
しかし図星だ。家族のナースのいう通り、手立ては見つからなかった。
< つづく >
レジデントたちはオーベンによるスパルタ式特訓、それ以外のドクターは実験・カンファ準備・抄読会に向けて血の汗を流すほどの苦戦を強いられていた。
オーベンのアイデアで、カンファレンス時は各自1症例につき
レポート1枚提出。また、これまでの入院サマリー強制提出など、ノルマが増えたからだ。
ノルマの達成率などはすべて医局に張り出され、教授へも逐一報告がいく。
みんなの不満は頂点に達しようとしていた。
森さんは両目を真っ赤にして先陣を切った。
「不明熱の方で・・」
教授にとっても、もう毎週おなじみの患者だった。
「はいはい。今度は何を検査しました?」
「骨シンチです。それと骨髄生検です」
「はああ。で?」
「有意な所見、ありませんでした」
森さんはもう数ヶ月、不明熱の人を引っ張っている。オーベンも原因は見当もつかないとういう。在院日数はかなりだ。
転院先を探しているが、なかなか見つからない。しかし38℃以上の発熱は依然続いたままだ。
「次は、何を・・?」
教授がからかうように森さんをみつめた。
「検査のし直しを・・」
「ふーん・・・オーベンからよく聞くようにね」
「はい・・」
みんな出て行き際、いつものようにいろいろ捨てゼリフを吐いていく。
「小腸」
「血管生検」
「皮膚科は?」
「尿管とか?」
「え?ちょ、ちょっ・・・」
助教授がまた何かひらめいたようだ。
「森君。もうネタがすっかり尽きたような感じだな。え?」
「はい?」
「感じだ」
「?」
「カンジダ」
「・・・・それはもう調べました!」
森さんはオーベンへ近づいた。
「オーベン、今後は・・・」
「なんだ?調べてみろよ」
「この間の内容も、すべて調べました」
「ああ、それで?」
「いえ、その・・」
「お前主治医だろ?オレばっかり頼りにすんなよ!」
「・・・・・」
「オレも時間がないんだ!実験のやり直しもせにゃいかんし!」
オーベン、やっぱりあのこと根に持ってるな。
「すみません。この間は・・」
「手伝ってくれるならいいぜ。しかしこれはデータ解析が大変なんだ。どうしても有意差出さなきゃ意味がない」
「はい。私に手伝えることがあれば・・」
「お前に?何ができるんだ?畑先生の手伝いでマウス何匹殺した?」
「・・・・・」
「オレがそんなに頼りないなら、水野やトシキにでも聞け!とにかくこの実験は内科学会にも出したいんだ!」
オーベンは自分の研究を進め論文を作成する一方、内科学会への提出も考えていた。
オーベンが出たあと、森さんはしくしく泣き出した。水野がよしよしと撫でている。
水野は僕を睨んだ。
「あんなヤツについて行くもんか。お前は平気だろうがな」
「でもオーベンだろう?」
「相談なんかするか!あと数ヶ月。なんとか自分でやる」
「そんな無茶な・・」
「オレまで面倒見れないさ。あんだけ忙しいんだから」
僕らはもう修復不可能な領域にあった。
外来で僕が先日ドタバタやってた肺線維症の患者さんは、とうとうICUにて人工呼吸器導入となった。
尿量が少ない。DICや多臓器不全になってはいまいか。
心配しながら今日の緊急データを待つ。
結果が出た。パソコン画面で確認。LDHやCRPも上昇傾向。
レントゲンはバタフライシャドウ。ARDSだ。血小板は減ってない。
オーベンへ連絡。
「おはようございます先生。今いいでしょうか」
「早く言え」
「データをお伝えします。レントゲンはARDSだと思います」
オーベンにデータをすべて報告。
「そうか。悪化してるな。FOY、もう行けよ」
「先生。よろしければレントゲンの確認も・・」
「ああ、そのうち行く」
「そのうち・・先生。家族がムンテラの希望を」
「夜遅くなると言っとけ」
「それが先生、夕方になったら帰ると」
「ダメだ。待たせろ」
「子供を幼稚園まで迎えに行かれるとか」
「なに?ダメだ」
「し、しかし・・」
「大事な判定があるんだ。今度はジャマさせんぞ」
「・・・・・先生、僕のほうからムンテラしておきます・・」
「わかった。頼む」
レジデント1年目で、重症患者のムンテラは気が重い。
「どうぞ」
患者さんの娘さんが1人、入ってきた。
「あの・・・あと1人、入りますが」
「ええ。どうぞ」
「看護婦なんですが。妹です」
「え?あ、はい・・・」
姉が言ってたな。看護主任とか。
ナースへのムンテラか。オーベンが言ってたな。生半可な知識を持ってるやつに注意しろ、と。
しかし何に注意したらいいのか・・・。
「主治医の、トシキです」
そのナースは黙ったままこちらを凝視している。
「現在の経過ですが・・」
「あたし、聞くの初めてなのよ」
「はい?」
「最初から話してもらわないと。でしょ?あなただけ分かってても。こっちは素人なんだし」
素人じゃないだろう。
「は、はい。すみません。もともとうちの外来でかかっておられました。肺線維症ということで。今回は呼吸が悪化しまして」
「・・・そこの写真、どっちが最近の?」
「?・・・左が入院時、右が本日のです」
「悪くなってるじゃない。心臓も肥大してない?」
「臥位で撮ってますので」
「心エコーはしたの?」
「入院時と1週間前の2度しました」
「EFは正常なの?」
「?はい、正常でした」
なんだ。口頭試問か?
「感染の合併も影響していえるとは思いますが、線維化のほうは悪化しています」
「治療はしたの?ステロイドは?」
「パルス療法、施行しました」
「ちょっと。それって効くの?」
「効果を期待して・・」
「期待?効く保証があるからするんでしょ、治療ってもんは?」
「治療法の選択肢から、これを選びまして・・」
「あなたが?研修医の先生が決めたこと?」
言葉が矢のように刺さり続ける。
「いえ・・カンファレンスで決めました」
「それは教授も交えて?」
「そうです」
「ならいいわ。で、パルスは効かなかったということね」
「はい」
「次は?」
「DICの併発が予測されるので、FOYを開始しました」
「なるほど・・」
そのナースは姉に向って呟いた。
「助からないわ」
姉はひどく落ち込んだ。思わず僕は焦った。
「ま、待ってください!」
ナースは顔をしかめた。
「だって・・・もう治療がないんでしょ?」
「それは・・検討する予定なんです」
「検討って、先生。そんなのんびり考え込んでいいの?」
「話し合って決める予定です・・」
「早く決めなさいな!あなた達がこうしてる間にも、悪化は進んでるのよ!まったく・・・大学だったら大丈夫だと思ったけど・・」
ナースは時計を睨んだ。
「あああ、もう戻らないと。今日は深夜明けで、正直来るかどうか迷ったのよ!」
僕は返事しなかった。
姉は頭を下げた。
「先生、どうもありがとうございました・・・」
ナースはブランド物のバッグを担いだ。
「ちゃんと上の先生と相談して!結論出してから物事進めてちょうだい!」
家族は出て行った。
以上の内容は、すべて僕のそばに立っていたICUナースが書き留めた。
しかし図星だ。家族のナースのいう通り、手立ては見つからなかった。
< つづく >
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