ユウキ先生の「登院拒否疑惑」をきっかけに、医局はやや深刻な雰囲気になってきた。
と同時に先日の忘年会の影響からか、犬猿の仲である呼吸器・循環器グループそれぞれの自己主張も次第に目立つ傾向にあった。

僕の例のCOPDの患者のナトリウムは下がる一方で、いよいよ120mEq/Lまで低下した。見た目の神経症状はない。
カンファレンスではまず水分制限と塩分負荷・利尿ということで、生食500ml 2本と10%NaCl 2アンプルのナトリウム濃縮液
、朝1回のラシックス静注が開始されていた。

年末の呼吸器カンファレンス。安井医局長とマイオーベンが司会。どこか緊張した雰囲気だ。

宮川先生がプレゼン。

「70歳女性。bronchiectasia(気管支拡張)。今回pneumonia(肺炎)を合併。これ胸写、肺炎は右下肺。
CTでところどころmucoid impactionもあり。培養は待ち、WBC 11200のCRP 2.50mg/dl。AB剤(抗生剤)はCZOP」
あまりの速さにオーベンが困惑していた。
「宮川先生、学生さんもおられますので・・」

宮川先生は無視して続けた。
「あと1人は37歳の左pneumothorax(気胸)。CTはもうブラブラ。ドレナージ今-10cmH2O」
「宮川先生!」
「終わり!次行け!」
「プレゼンは学生さんにも分かるよう、できるだけゆっくりお願いいたします」
オーベンの叫びは届いただろうか。

安井先生は相変わらず紳士的だ。
「宮川。次から気をつけろよ。じゃ、次。川口君」
「はい。肺線維症疑いで紹介となりました63歳」

オーベンはうつむいており、安井先生が質問している。
「どこからの紹介って?」
「膠原病内科です」
「原疾患はRA(慢性関節リウマチ)です」
「つまりリウマチ肺ね」
「はい。症状は手指の関節痛のほか労作時の呼吸困難」
「SpO2モニターは?」
「トレッドミルで負荷をかけました。6Metzで90%以下へ落ちます」

僕が外来当番で施行した分だ。右脚ブロックのため虚血に関しては不明だ。

「この人の仕事は?」
「自営業だと」
「何の?」
「何のかは・・すみません。あとでまた聞いて・・」

オーベンが間に入った。
「グッチ、どうして職業聞いてるか分かるだろ?」
「・・・」
「職業上、必要な運動量とか推定しておく必要があるん・・ですよね、先生?」
安井先生は押されぎみだ。
「そうだな・・」
オーベンは皮肉っぽく続けた。
「RAで運動負荷ですか・・・」
「下肢の関節痛はありません」
「でも炎症があるかも・・」

グッチ先生はまた不機嫌になり席に戻っていった。
宮川先生は不服そうにペンを廻している。

一触即発の雰囲気だった。

「次、トシキ!行け!」
「はい!」
教壇で前方を見渡した。みな僕でなくマイオーベンを見つめている。

「こ、この間のCOPD。SIADHということでナトリウムの負荷をかけてきましたが、低下はとどまらず」
安井先生はオーベンのほうを向いた。
「さあ、オーベン。どうします?」
「デメクロサイクリンを発注させてもらいました」
「ほう・・・」
「他になにかあれば、ご意見頂きたいんですが」

宮川先生が挙手した。
「オーベン。教えてくれ。それはどこに作用を?」
「遠位尿細管です」
「いつまで続けるの?」
「?ナトリウムが正常化するまでは」
「そのあとは?」
「そのあと?」
「中止したら、また下がるんじゃないんですか?」
「それはやってみないと・・」
「そもそもSIADHは何のせいでなったのですか?」
「それは・・COPDでしょう?」
「俺に聞き返すなって!お前に聞いてんだから!」
「COPDによるものです」
「COPDがあるだけでSIADHになるのか?」
「そう記憶してますが」
「炎症の合併は?え?」
「肺炎はCTからは・・」
「でもオマエ、CRP 9もあるだろ?何なんだよこれは?」
「慢性的な気道の炎症・・」

オーベンは困って顔面が紅潮した。

「なんだって?」
「慢性の、気道炎症・・」
「慢性気管支炎ってことですか?じゃあ菌は?」
「トシキ、シュードモナスとMRSAだったよな」
「はい」

宮川先生は攻撃を続けた。
「どっちが原因だとオーベンはお考えですか?」
「・・・MRSAだと・・」
「どうして?」
「それは・・」
「それは分からんだろ?医局長!僕はまずPseudomonasをターゲットにすべきだと思います」
医局長は答えた。
「じゃ、何を出す?」
「CAMを」
「ルパン?じゃない、クラリスだったな」

やっと笑いが起こるようになった。
宮川先生はオーベンのほうへ向き直った。
「オーベン大先生よ。痰の培養では感受性は?」
「ええと・・」
「ないよ。実はそのデータ、見てたんだよ」
「・・・・・」
「じゃあなぜ敢えてCAMを緑膿菌に対して使うんだ?」
「・・・・・」
「なあ・・じゃ、宿題!」

また笑いが起こった。
オーベンは耐え切れず、立ち上がった。安井先生が驚いた。
「おい野中、待てよ!」
オーベンは振り切り、ズカズカ出口へ向った。

安井先生は最前列の学生を見渡した。
「うーん・・・いつもはこんなこと、ないけどなあ・・」
宮川先生は今度は僕のほうを指差した。

僕は続きを終わらさなければならない。
「と、ということで、レダマイシンの投与とクラリスの投与を・・」
「なんで併用なんだよ」
宮川先生がペンを両手でクルクル廻していた。
「同じ系統の薬剤を同時にはいかんでしょうが」
「?あ、そうか・・・」
「どっちにする?先生・・・主治医だろ?」
「クラリスを・・いえ、レダマイシンを・・」
「はあ?」
「低ナトリウムが重要なので・レダマイシンを」
「シュードモナスはほっとくんですかあ?」
「え?いえ・・」
「感受性のある抗生剤で叩くのはどうなんですかあ!」
「そ、そうですね・・・そうします」

ビクビクしながら僕はカルテ・フィルムを抱え込み、席へと戻った。

安井先生は咳払いした。学生は席を外された。
「ま、みんな・・・気持ちは分かるよ。宮川はちょっとやりすぎだなあ」
「センセ、アイツはいかんでしょう?循環器のヤツを司会にするのは!」
「ああ。だが教授や助教授も同意の上で・・」
「先生。教授に直接かけあって下さいよ。だから呼吸器がなめられるんです、いつも」
「じゃあ助教授にかけあって・・」
「センセ、助教授が呼吸器っていったって・・・呼吸器出来るんですか?あの人?」
「まあその、彼は研究のほうだからな。分子生物学で・・」
「うんまあそれは分かるけど。僕らは納得できませんよ。このままじゃ」

宮川先生はどこかカリスマ性があって、他の医局員を従わせるだけの説得力みたいなのを持っている。

1人1人自己主張が強い循環器グループと対照的だ。

カンファは終わり、解散した。

続いて循環器カンファ。もう目が回りそうだ。

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