外来業務は午後2時に終了。昼は食べる間もない。

僕はCOPDの患者のリハビリに付き添い、2時半にはカテーテル検査・インターベンションのため67歳男性の患者さんを搬送した。

カテ室へ入る。

「では、お願いしまーす」
窪田先生が待っていた。
「うん。コベンちゃん。どう?うちのグループは?」
「先生、今は勘弁してください」
「これから毎日言われるよ」
「先生、この方はトレッドミルで・・」
「知ってる知ってる。ST低下ありね。血圧が下がったんでしょ?」
「なので、シビアな病変かも・・」
「ありがと」

僕は通例どおり、患者さんの横にくっついた。
「大丈夫、すぐ終わります」
「もう神さんにもお願いしてきた!何の悔いもない!」
「そこまでしなくても」
「狭いとこがあったら、拡げてくれるんやってな?」
「そうです。場合によりますが・・」
「先生。本当のことを言っておくれ。わしは・・?」
「今のところ、狭心症疑いです」
「今のところか・・・じゃあ、悪くなるんやな」
「どうして?」
「実は先生、わしゃあビビリなんじゃ」
「?」
「入院してきたときは態度が大きかったんじゃが。それは強がりなんじゃ。昔からそうじゃ」
「・・・・・」
「人間、こういう時になったら本音が出る。でも先生になら聞いて欲しいんじゃ」
「ええ」
「針がチクッて刺しただけで、わしは飛び上がるんじゃ。先生が今日の朝、注射したときも」
「痛かったんですか」
「死ぬほど怖かった。先生には平気や言うたけど」
「今は?」
「そらアンタ、これからブッとい針刺すんでしょうが?怖いに・・」
「もう入ってますが」
「え?ホント?」

窪田先生は造影にかかった。
「RAO 30°!造影!」
右冠動脈は正常。

「右は終わりましたよ」
「どうだったんでっか?」
「またあとで説明を」

「左、造影!」
左冠動脈が造影。前下行枝が中途で閉塞している。#7以降のようだ。
「Total occulusion(完全閉塞)か・・・」
補助の三品先生が画像を指差す。
「コラテ(側副血行路)がAVブランチ(AV結節枝)から伸びてますね」

左冠動脈の中間で閉塞があるが、それ以降の虚血部分には右冠動脈から手が伸びている。
それによって血液が部分的に供給されている。

「ワイヤー、通るかな・・」
窪田先生はワイヤーを準備した。
「つついてみよう」

患者は僕のほうを向いた。
「つついたら痛いんでっか?」
「いえ、大丈夫。神経をつつくわけではないので」
「じゃあこっちは分からんわけですか」
「そういうことになります」
「余計怖いでんがな!」

「うーん・・・」
ワイヤーが突付くが、先端がクシャッとわずかに折れ曲がる。
「うーん・・・」

数分経過したところ、ワイヤーが少し進んだ。
「おっ?今の・・・」
ワイヤーはどうやら数センチ進んだようだ。
「よし、拡げましょ。三品君、いい?」
「ははっ」

バルーン付きカテーテルが挿入された。
「突っ込むわよ」
閉塞部だった部位より若干進んだところで固定。
「じゃ、ここで膨らませるよ・・・圧、入れます」
「ハイ・・・」
「数分、このまま」

技師さんがゆっくり僕のほうへ歩み寄った。
「先生。新入院が入ると、野中先生から」
「オーベンが?どんな患者かな?」
「先に診ておくそうです」
「ありがたい」
「止血がすんだらお願いしますと」
「オーベン、助かります」
「いや、私がそうお願いしたんです」
「あ、そう・・」

三品先生がバルーンを解除。
「デフレートしました」
「じゃ、造影ね」
造影したところ、数センチ先まで造影された。
窪田先生は腕組みした。
「閉塞部そのものは長そうねえ・・もう少し、やりますか!」
窪田先生はまたワイヤーで先を突付きはじめた。

技師さんが電話を持ってきた。
「どうも。もしもし?」
「婦長ですけど」
「ナンです?」
「新入院入れたら、これで満床ですけど」
「ええ」
「もうこれ以上は無理ですからね」
「婦長さん。午後に2人退院します」
「午後っていっても4時くらいでしょ」
「ええ。外来で点滴中の人が2人いまして。感染性腸炎の疑いが」
「3時を越えるような入院、取れません!もうこれで精一杯なんです!」
「保存的治療ですし、手間はあまりかけないと・・」
「もうそのテには乗りませんよっ!」
「なんでしたら、退院の時間を早めにずらします」
「今すぐできるの?カテにつきっきりなのに?」
「オーベンはいますか?」
「オーベンは新入院でアタフタですよっ!」
「そんな重症なんですか?」
「すぐに患者さんと交渉しなければ入院は無理ですっ!」

電話が切られた。水野へ電話。
「忙しい?」
「到底無理」
「わかった」

森さんへ。
「いける?」
「ダメ」
「はいよ」

そうだ。大蔵君がいた。
「大蔵君?」
「はい」
「今どこに?」
「図書館」
「病棟でお願いしたい事が」
「え?え?僕でもできる?」
「できるって!入院してる人に退院の時間を早めてもらうようお願いするだけ!」
「うん、まあそういうことなら・・」

これでなんとかなる。

「はい、じゃ造影!」
造影したところ閉塞は解除、前下行枝は末梢まで造影された。
三品先生も喜んでいた。
「コラテも消えましたね!」
「もう1回拡げましょうか!」

拡張が終了し、止血にかかった。

ガラスの向こうの部屋ではみんなが大笑いしている。
三品先生がやってきた。
「ははは・・・ボンクラ君、やるなあ!」
「え?」
「なんかお前、アイツにお願いしたのか?」
「ええ、退院を早めにずらすように、お願いしてきてくれと・・」
「アイツ、患者に宗教のことで揉めて、患者怒って帰ったらしいぜ」
「ええっ?」
「患者の1人が数珠みたいなのを持ってたらしいんだ」
「それで火がついたんでしょうか・・」
「もう1人の患者もそれ聞いてアタマ来て、さっさと帰ったってよ!わははは」
「大蔵君・・・やってくれるな」

予想外の早さで空床ができあがり、入院は早めに病棟に入れた。

「病棟ですか。止血、完了です」
僕は患者を病棟まで運んでいった。

急性腸炎、主治医は誰もなりたがらず僕が持った。オーベンに連絡の上、便培養出し、ホスミシン点滴開始。

みんなの食べた弁当も片付け、たまった入院サマリーを仕上げていく。

現在の睡眠時間は平均4時間。食事は昼と夜間の2回。
だんだん体がボロボロになっていくのが分かる。
ただ夏の蒸し暑さの中でないのがせめてもの救いだったりする。

病棟へ行くと必ずナースからの報告・指示要請がある。
病棟管理部という内容のため、どの患者のことでも報告がいく。

これを全て僕がオーベンに伝え、指示をもらう。オーベンが不在なら病棟医長。それでも不在で軽い指示なら僕が出す。

時々気が狂いそうになる。

<つづく>

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