マイオーベンが到着した。
「よお!」

僕の右側のグッチ先生がサッと身をひき、遠くへ離れていった。代わりにオーベンが座った。

「・・・どうした、聞かないのか?トシキ!」
「?」
「今日の実験はどうだった、って?」
「いえ。禁忌です、そんなの」
「今日の実験は俺のじゃない。上田先生のだ」
「上田先生?大学の近所の開業医ですね?」
「そうだ」
「なんでまた他の先生の・・」
「彼はいちおう院生なんだよ」
「開業してるのに、ですか?」
「大学に人がいないから、こういう取引きで院生になってもらってるんだ。院生になる代わりに学位を取っていただく」
「その方の実験を先生が?」
「まあね」
「論文まで・・ですか?」

オーベンは少しためらった。
僕は話題を変えた。

「新入医局員の歓迎会はどうだったんでしょうか?」
「あーそれな。助教授とオレが中心でやってる」
「決まった人数は・・」
「それはまだ決まってない。これだけは言える。まとめてくるか、ほとんどこないか、だ」
「グループがあるんですね・・」
「オバちゃん、モスコミュール!ひょっとしたら来年もお前ら、注射当番だな」
「はあ・・」
「それが嫌なら、誰か知り合いでも引っ張って来い」

オーベンが来て、なぜかしんみりとした雰囲気になっていた。

「マミー、5月から宜しくな」
「大学病院は嫌なんだけどね。でも山ちゃんのとこへ行くよりはマシだわ」
「そこは代わりにユウキが行くんだよな。俺はprognosis3ヶ月、とみたな!」
「あたしは半年とみたわ」
「マミーはカテは何例やった?」
「100人くらいはさせてもらったわ。先日は1人でやった」
「1人で?」
「通常のカテよ。それくらい。そっちは?」
「俺たちは相変わらず雑用ばっかりだぜ」

間宮先生、そういや循環器グループなんだな。

「水野と森は呼吸器科なんだろ?助教授から聞いた」
水野は真顔になっていた。
「はい」
「じゃ、敵だな」
「え?」
「ハハ。ウソだよ。ま、グッチからいろいろ教えてもらえ。実験のこととか」

相変わらずオーベンの皮肉は飛ぶ。
「病棟患者のゲリラ的転院のしかた、とか教えるなよ。グッチ」
「うるさいわね!」
グッチ先生が切れた。
「勝手なことをしちゃいけないってことだ。常識だろ?」
「人の気持ちを考えずに・・!」
「思いやりがないか?俺に?そうか、なあトシキ!」
「え?」
「俺は思いやりがない人間なのか?」
「いえ・・」
「誰にもそんなことは言われたこと、ないぞ」
グッチ先生はオーベンに照準を合わせていた。
「陰で言われてるわよ」
「なんだよ。ユウキに紹介なんかしやがって」
「焼きもちは良くないわよー」
マミー先生がおちょくった。

オーベンは2杯目を頬張った。
「これからはもっと徹底しないといけないな。なあトシキ!」
「え?」
「勝手なことをされると、それが癖になって何でもありと思われては困る」
「僕にはなんとも・・」
「お前はもう循環器グループしかないんだ!オレと組んで、呼吸器の奴らを追い出すんだ!はっはは」

早くもオーベンが酔いだした。しかしみな真顔だ。
「おいグッチ!窪田からもらった松田っちのデータ!そのまんまリサイクルかよ?」
「あたしは自分でちゃんとやった!」
「いいや、お前のことだよ!そのまま写したんだ!」
「負け惜しみ?」
「なんだと!」

オバちゃんが走ってきた。
「みんな、酒に酔ってしまって!もうおよし!」
マミーはグッチ先生の腕を引っ張った。
「こんなとこ、出よう。オバちゃん、これあたしから。少ないけどね」
オバちゃんは手渡された封筒をのぞいた。
「こ、こんなに・・いいのかい?」
「マネーのほうがいいでしょ」

オバちゃんは見送りして帰ってきた。
「あんたたち、仲良くしないかい・・・」
オーベンはしらばっくれていた。
「アタシは1人でやった?ふざけんな!真似しいめ。オレは1からやったんだ!いくつも論文読み倒して、自分だけのオリジナリティーでやったんだ!」

水野と森さんは固まったまま2人でヒソヒソ話している。
森さんは水野の手を引っ張った。

「オーベンすみません。水野くんが酔っちゃったんで、あたしたちもう・・」
「なんだよ、呼吸器グループで集まるのか?」
「いえ。先生、どうか気を悪くなさらず・・」
「もういい、消えろ」

2人は消えていった。大蔵君も消えた。

「トシキ。もうすぐ内科学会だな」
「ええ。じ、自分はもちろん門番です」
「ハン、オレだって行かない。誰が行くか!」

オーベンは6杯目を飲み干した。

オバちゃんはお茶を入れた。
「もうダメだよ。あんたは酒癖が悪いし」
「タチが悪いのはお互いさんだろ。しかしあの女、腹立つよな」

オーベン、まだグッチ先生のこと憎んで・・
「オーベン、もう帰りましょう」
「まだ途中!途中だろ!あの女、窪田とできやがって・・・!あのオカマ!」

たしかに最近、その2人があちこちでデートしているのを発見されたという情報がある。

だが僕には恋多き女、という魅力に映る。

オバちゃんと僕はオーベンを背負い、タクシーのところまで乗せに行った。オーベンは寝言ばかり呟いていた。

「くそうくそう、あの女。あの女」
「オバちゃん。オーベンとグッチ先生は以前から犬猿なんでしょうか?」
「フフフ・・。あたしには分かるが、あんたのオーベンはグッちゃんに片思いなんだよ。学生のときからずっと」
「ええっ?」
「だから彼女に群がる男という男を、皆嫌う」
「そ、そうなんですか・・」
「あんたは嫌われてないだろうね?」
「僕ですか?」

・・・だといいのだが。

眠ったオーベンを乗せたタクシーは国道を東へ果てしなく、遠ざかっていった・・・。

<つづく>

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