集まりのますます悪くなる医局会も終わり。
つまらない内容のときはこっそり手帳で内職。

医局へ行くと、久しぶりにあの初老紳士「草波」氏がいた。黒スーツに紺のネクタイ。僕は「関連病院の職員」という思い込みだった。

「ああ、久しぶりですね。どうですか?」
彼は僕のヨレヨレの白衣を見て驚いた。
「トシキ先生。一体何が・・?」
「見れば分かるでしょう?忙しいんですよ!」
「もう先生、夜遅いじゃないですか。勤務時間はとっくに・・」
「ええ。労働基準法違反ですよ・・・って誰かが言ってました」
「先生、寝てるので・・?」
「寝てると思います。時々は」

草波氏は信じられない、といった表情だ。
彼の足元には資料のたくさん入ったような大きなカバンがある。

と、宮川先生がトイレから私服で出てきた。
「よお」
「宮川先生・・」
「世話になったな」
「え?先生・・どちらへ?」
「草波さん。そろそろコイツに教えてやってもいいでしょう?」

草波氏は少し微笑んだ。
「そうですね・・・」
「トシキ。すぐには言いふらすなよ。俺はもう、ここを辞める」
「え!」
「病院を代わる」
「先生まで・・?」

僕は草波さんにどうしても聞きたくなった。
「草波さん、ですか?どうするつもりなんです?いったいうちの医局員の先生方を・・・?」
草波氏の分厚いメガネの奥は冷ややかだった。
「医師らしくといいますか、人間らしくといいますか・・・働ける病院へ行くのです」
「はあ?」
「興味があったら先生・・・私に連絡を」

草波さんは名刺を差し出した。
「こんなの・・」
僕は名刺をつき返した。

「どうなるんです。うちの医局は・・」
宮川先生は目を逸らし、語らなかった。
「宮川先生。これから大変な時だというのに」
「もうやめろ!」

宮川先生は切れた。

「こんなのやってて、お前、それで一生生きてくのか?え?」
「な・・」
「医者をやりたいんならなあ!こんな奴隷みたいな生活すんな!」
「奴隷なんて。そんな」
「教授や講師の言いなりになって、ずっとイエスマンで貫き通して・・!あいつらがどんな人間か、お前も分かってるだろ!」
「し、しかし・・・大学病院の役割も必要です」
「そんな事は言ってない。だがもう俺はこいつらのやり方にはついていけない。加担はできない」
「・・・・・」
「1人で好きな道を歩む」
「先生、そんなことが実際・・・」
「できるのさ。な、草波さん」

草波氏はクールに微笑んだ。
「できますとも」
僕は怒りが増してきた。この前見た夢で思い出したが、この人こそ「魔王」?

「草波さん。一方的にどこかの病院へ連れ出すつもりなんですか?」
草波さんは書類を取り出した。
「一方的?そんなことはないですよ、先生。これを・・」
「?」
「契約書類です。ハンコもお互い押してある」

20行くらいの文章がある。1つ1つ項目があって、法律書のようだ。
「宮川先生は、この項目を1つずつ納得され、ハンコを押されたのです」
僕は力が抜けてきた。
「先生、残念です。せっかく内視鏡が上手で信頼される先生に出会えたのに・・」

「トシキ、あいつらみたいにならないようにな」
「あいつらって・・」
「お前のオーベンだ。俺は最後まで嫌いだったがな」
「オーベンの悪口は言わないで下さい」
「あいつも結局は山城の手下だぞ」
「山城先生の・・ですか?」
「お前のオーベンの実験データ解析や論文な。全部失敗。結局は山ちゃんの手作りで論文作成だ」
「えっ?」
「結局はどいつもこいつも山ちゃんの実験データの流用なんだよ」
「オーベンはそんなこと、しません」
「ホントだよ。オレは一緒の場所で実験してんだからさ」
「し、信じません」
「グッチは偉いよな。松田っちの実験データをそのまま引き継がず、自分で数回やり直した」
「・・・・・」
「でもお前のオーベン、グッチにかなり嫉妬しててな。実験が盗作とかなんとか言いふらしてやがる」
「そんな・・」
「だからな。トシキ。もう分かったろ?」
「分かりませんよ」

僕は中腰になった。なんか吐きそうだ。

草波氏がハンカチを渡す。
「もう分かったでしょう?先生。先生もお考え直して、私達とともに・・」
「・・・・・」
「松田先生も成功しておられるし、宮川先生もこれから活躍なさる。これで先生が加わったら、本当の医療ができる!
私は全面的にバックアップしますよ!」
「・・・・・」

宮川先生は目線を僕に合わせた。
「俺らといっしょにやらないか!お前だったら・・・!こんな医局と心中するな」
「・・・・・」
「いずれはグッチも説得する予定なんだ。あと数人、考えてる奴もいる。俺たちとやり直そう!内視鏡も全てお前に伝授するし!」
「・・・・・」
「理想の医局を作るんだよ・・・さあ!」
「・・・・・」
草波さんはパンフレットを差し出した。
「年収1400万以上は保証します。週休2日。一度、この病院まで見学に・・・いかがです?」

僕は後ずさり始めた。
「僕は行きません」
「おい・・・!」
「仲間がいます。仲間を置いてはいけませんし」
「仲間は新しい病院でたくさん見つかるって!」
「今の仲間が僕を見捨てたら、考えます」

僕は振り返って走っていった。

しかし僕の仲間とは・・?

いったい仲間とは何なんだ?

<つづく>

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