遅ればせながら、やっと大蔵くんが超音波を持ってきた。
「す、すんまへん・・・」
僕は怒る時間もなく、セッティングし始めた。

僕はプローブを前胸壁に押し当てた。
「映るかな・・・」
幸い、見える。まず左心室は・・・これだ。となるとその真横が右心室。その傍らが心房ということになる。

しかし。左心室のわりには、壁が薄い。というか、左心室特有の厚い壁でないような・・。むしろ小さめの右心室と思われる壁のほうが、左心室らしい。

すると、大きいのが右心室で、小さいのが左心室だ。逆か。

つまり右心室が拡大して、左心室は右心室から圧迫されている。ていうかむしろ、圧排という表現が正しい。

「水野。やっぱりそうだ」
「困ったな。僕はその症例、初めてだし・・」
「僕だよ」
「うーん・・・手帳にも記入してない」
「AMIはこれで否定されたわけだ」
「じゃあもう、カテはしなくていいんだね」
「いや・・・!」

僕はオーベン・窪田先生に見せる資料をそろえた。
「さ、水野・森さん。行こう」
森さんは患者を抑えながら驚いていた。
「え?カテするの?」
「CTを取ろう。それと・・RIへ連絡を」
「つながった。何と言えば?」
「肺血流シンチをお願いします、と」

オーベン・窪田先生にも連絡。窪田先生の声が聞こえる。
「あんたのオーベン、お腹壊したみたい」
「下痢ですか?」
「ストレスかねえ。で?」
「超音波ではRVからLVへの圧迫が」
「動画は記録した?」
「してます。水野がそちらへ持って行きました」
「今、患者は?」
「CTと血流シンチに向います」
「じゃあ、私らはビデオ見るね。AVと間違えないように!」
「先生、投薬をすべきでしょうか?」
「CTとシンチの写真を撮ってからにしましょうか」
「先生。血圧が80mmHg台なんです」
「なに?」
「ヘパリンか何かを・・」
「ヘパリンでは血栓は溶けないわね」
「すると・・」
「t-PAを」
「先生、保険上は・・」
「こんなときに、保険もクソもないよ」
「では自分が説明を」
「三品君は?」
「いません」

また病棟から連絡が入る。

「もしもし、トシキです」
「おお、さっきの患者。RA肺線維症で異常陰影の」
「はいはいはいはい」
「CTで見ると、どうやら・・・出血のようだ」
「肺出血?」
「肺胞出血じゃないかと・・」
「では・・?」
「mPAの類じゃないかと思うんだが」
「・・・・・」
「ん?今、本見てるんだが。MRAかもしれないな」
「ああ・・・」
「血管炎があったという印象はないがな。宮川、P-ANCA測定は・・クソ、やっぱしてないな」
「先生、MRAということになると・・」
「極めて予後が悪い」

三品先生が後ろで立っている。

「ちょっと実験の判定があってな」
「先生、その・・・困ります」
「なんだと?」
「僕らレジデントだけで診てました。さっきの救急患者」
「で?何だった?」
「肺血栓塞栓症じゃないかと」
「紹介ではAMIと聞いてたが?」
「否定的です」
「超音波の写真は?撮ったのか?」
「三品先生がおられなかったので、やむを得ず僕らで見ました!」

僕は不満をぶつけた。かなりの睡眠不足のせいか、ストレスのせいなのか。直情的になっている。
あと2人のレジデントも僕の両脇に立ち、雰囲気は緊迫していた。

森さんもペコッと頭を下げた。
「先生、写真はプリンターの設定がイマイチで。ビデオに撮ってカテ室で見てもらってます」
「そうか。ちゃんと見れたんだろうな?」
「私達、出来る限り見ましたが・・・。先生、お願いです」
「何をだ?」
「出てくるということならば、きちんと出てきて頂きたいのです・・」
「何ぃ?誰に向ってものを・・?」
「ただ出てきてくださるだけでも・・」
「るさい。俺は研究のほうだけって言われてるんだ。それなのに病棟とか急変とかも任せるって・・できるかよ?第一、最初と話が違うんだ!」

僕は一歩歩み寄った。
「先生。お願いがありまして」
「あーん?」
「t-PAの使用の許可に関して。家族へのムンテラを」
「俺が?」
「すみません。みんな手が放せないんです」
「なにを生意気に。お前らがすればいいだろ?」
「保険適応外のものですし、僕ら単体ではまだこういうムンテラは・・」
「そうお前が決めたのかよ?」
「いえ。循環器グループとして決まりました」
「ぬう・・・なら、仕方ない」

三品先生はムンテラのため家族を一室へ呼び寄せた。

僕は消化器科の名物講師「ウェルカム石井先生」へ連絡するように言われていた。
「もしもし。消化器の先生を・・・」
「はい。石井」
「すみません。イレウスの方がいまして。お願いしてましたイレウス管の挿入を」
「先生、もう夕方になりますよ・・」
「申し訳ありません。詰所から先生へ連絡がいくはずが・・」
「私も学会の出発などありましてね」
「そこをなんとか・・」
「無理です。当直が1人おりますので、そちらへ」

僕は当直医へ連絡した。
「はい、小野田」
「先生、まだ当直帯でないところすみません。イレウス管を・・」
「はあ?僕・・肝臓グループだし」

やられた。

「そうですか。今日入れないと休日に入るもので・・」
「消化管グループの先生に頼めばいいじゃないですか?」
「石井先生は帰られるようで・・」
「もっと早く相談しておいてくださいよ」
「ではもう、週明けの相談になるんでしょうか」
「そうなりますね。休日にトラブったらめんどくさいですし」

役人みたいだ。

後ろから窪田先生が話しかけた。

「t-PA、カテ経由で入れるから。それ終わったら、透視室でやりましょう」
「先生・・・。すみません」
「カタがつくまで皆、居残りね」
「先生、学会は・・」
「あたしは明日の出発だから。今日は大丈夫!」

理想の上司だ。

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